9月21日、総務省は「モバイルビジネス活性化プラン」を発表した。同プランは、1月から開催されてきた「モバイルビジネス研究会」の報告書を受けた内容となっており、携帯電話販売の奨励金制度やSIMロック、MVNOなどについて触れられている。研究会開催時には、一部で「0円端末がなくなる」などと報道され、携帯電話の価格に大きな影響があるのではないか、と話題を呼んだ。
研究会が終了し、最終的にまとめられたモバイルビジネス活性化プランは、端末価格と通信料を明瞭にする「分離プラン」の導入が提言され、SIMロック解除は2010年に再び議論を行なうことになったほか、奨励金については「減少に期待」という内容になった。
はたして総務省は、日本の携帯電話のあり方をどう考えているのか。本誌コラムでおなじみの法林 岳之が総務省総合通信基盤局 電気通信事業部事業政策課長の谷脇 康彦氏に話を聞いた。
■ モバイルビジネス研究会発足の背景
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総務省の谷脇氏
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法林
さっそくですが、9月に報告書を出したモバイルビジネス研究会は、一般ユーザーからすると、なぜそのような会合が開催されたのか理由がよく見えず、突然降って湧いてきた話題のようにも見えると思います。研究会開催の背景から教えてください。
谷脇氏
総務省では、通信分野での競争促進を図るための政策検討を進めています。これは固定もモバイルも、回線交換からIP網となるとともに、高速通信が実現され、旧来の競争ルールが時代にそぐわず、見直す必要があるということで着手しました。たとえば、ユニバーサルサービスや、事業者間の接続ルールなどがありますが、それぞれ互いに関係する部分も多いものですから、全面的に見直すべく議論を重ね、2006年10月に「新競争促進プログラム2010」を発表しました。これはブロードバンド時代の競争政策のアクションプランであり、その一環としてモバイル分野でも1月から「モバイルビジネス研究会」を開催してきたのです。
なぜモバイル分野でも研究することになったのかというと、成長期から成熟期に移り、奨励金の話題やオープン/クローズド、あるいは垂直統合モデルなどに関する話が出てきて、「今のままで良いのか」という問題意識を持って、改めて見直すことになったわけです。
法林
研究会の目指す方向は最初から決まっていたのでしょうか? FMC(固定と携帯の融合)といった時代を迎え、ユーザーが低廉かつ安心して携帯電話を使えるような環境にしていくことを目指していたと思えるのですが。
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モバイルビジネス研究会と活性化プランまでの流れ
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谷脇氏
研究会として、あるいは総務省として何らかの予断を持っていたことはありません。ただ、「ユーザーが低廉、かつ安心して携帯を使えるようにする」というのはその通りで、最終的には「ユーザー利益の最大化」、つまりサービスの多様化と料金の低廉化を実現することが目指すところです。総務省として、研究会を特定の方向に持って行くことはありませんでした。
モバイルビジネス研究会は、その名称からして、総務省の中では珍しい存在です。慣例からすれば「移動通信事業の在り方に関する研究会」といった形になりますが、わかりやすくするということで、この名称になりました。議論していく中で、総務省側からは何かしら誘導することは全くありませんでした。私個人としても、モバイルビジネス研究会での方向性について、5月くらいまで考えがまとまっていませんでしたね。
■ 「奨励金廃止」などの報道は……
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奨励金については不透明さが指摘されていた
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法林
議論が始まった頃に一部で販売奨励金廃止などの報道がありましたが、行政として奨励金を検討する面と、キャリア側もこれまで継続してきた奨励金をどうすべきか、という検討が行なわれてきたわけですよね。
谷脇氏
まさしくその通りです。モバイルビジネスを議論するとき、通信分野はずっと規制緩和してきた歴史がありますから、料金プランについて「行政が規制して特定の方向に持って行く」ということは当然できません。
ただ、キャリアが支払う奨励金の金額が増加してきた、あるいは販売代理店も結構大変だ……といった話があって、行政として何か手伝えることがあるかということで、話し合える場を提供しようということになりました。コンセンサスをどう形成するか、ということが実はモバイルビジネス研究会で大事なポイントでした。
それがいつの間にか「販売奨励金の廃止検討」といったわかりやすいイメージで捉えられてしまったと思いますし、その点で我々の説明が不十分だったと反省しているところもあります。
ただ、モバイルビジネス研究会に先駆けて「ICT国際競争力懇談会」という会合が開催され、そこで端末メーカーの国際競争力も議論されました。モバイルビジネス研究会とは別の場所でそういった話が出ていて、外から見れば、総務省がやること、あるいは国、政府が考えていることとして、「奨励金廃止」といった話題が(ICT国際競争力懇談会とモバイルビジネス研究会は別々の場であったが)ひとまとめにされてしまったところがあると思います。
■ 端末メーカーの国際競争力は議論の対象外だった
法林
うまく伝わらなかったという点では、研究会初期に為された報道で「日本のケータイメーカーは競争力がないから研究会をしている」「販売奨励金をなくす目的だ」と伝えられたところもありますが、実際はメーカーに関する話は考えていなかったのでしょうか?
谷脇氏
研究会では、メーカーの国際競争力向上という議論は行なっていません。ただ、競争を促進させる政策を行なった結果、サービスの多様化などが進み、最終的に日本のメーカーが海外でも優位になっていくことは期待できるだろうと。ただ、研究会で国際競争力の問題を中心的なテーマとして議論してきたことはありません。
法林
風が吹けば桶屋が……と。
谷脇氏
「結果的に」ということですね。
法林
「海外で戦えなければダメだ」と議論してきたわけではないのですね。
谷脇氏
直接は議論していませんし、報告書にも載っていません。
■ SIMロックは解除すべき?
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モバイルビジネス活性化プランでは、2010年にSIMロックについて結論を出すことになった
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法林
SIMロックについても話題になりましたね。現状では、au端末やソフトバンク端末にiモードボタンがなかったり、auだけ通信方式が異なっていたりするなど、現状でSIMロック解除を導入しても、あまり意味がないと思います。活性化プランの内容を見ると、次世代通信方式でSIMロック解除を、という印象です。
谷脇氏
その通りです。
法林
ただし、たとえばアップルのiPhoneがバージョンアップするとSIMロックをかけ直したという話もあります。世界的な潮流がSIMロック解除なのかどうか、まだ一概には言えないのではないでしょうか。ロックされているからこそ動くものがあると思えます。
谷脇氏
モバイルビジネス研究会、そしてモバイルビジネス活性化プランでは、2010年にSIMロックの解除について最終結論を出すとしていますが、2つほど条件を付けています。1つは、いわゆる4Gなど、次世代通信技術の動向を見ること、もう1つは端末の動向を見ていこうということです。解除しないのか全て解除なのか、0か1か、まだよくわかりません。全て解除するのか、それともSIMロックフリー端末が入りやすい市場にするのか。あるいは欧州のように、一定期間が経過した後にSIMロックを解除するとか。現行の垂直統合モデルが悪とは思っていません。多様な選択肢があることが一番重要なのです。SIMロックについても、2010年に最終結論を出すとしていますが、それに向けた議論があって良いとも思います。
■ プラットフォームの議論は?
法林
プラットフォームについても話題になりましたね。たとえば端末プラットフォームを行政主導で開発したとしても、海外で普及するかどうかはわかりません。
谷脇氏
この場合、「プラットフォーム」は、端末開発のプラットフォームと、ネットワークのプラットフォームに分類できます。ネットワーク側は認証や課金のシステムですね。まず端末プラットフォームについては、各キャリアが既に共通化を進めており、行政がやることでもありません。ただ、手伝える部分はあると思います。たとえば、端末開発において、キャリア間の相互接続試験コストが高価だと言われています。そこで、関係事業者の協力を得て、テストベッドを総務省が用意し、相互接続試験ができるようにしても良いのではないかと。現在、テストベッドとしてどういった要件が必要か、関係者の間で議論しているところです。端末プラットフォーム関連では、総務省は“お手伝い”をしているわけです。
もう1つのネットワークに対しても、開放は義務づけません。モバイルビジネス研究会の第2弾のような会合を開催し、そこで考え方や情報を共有してコンセンサス作りを進めていきたいと思っています。新しく研究会を立ち上げて、今後議論を整理していきたいですね。
■ 「ケータイ検定」があって良い?
法林
報告書・活性化プランでは、携帯販売スタッフの知識やノウハウに関する話がありましたね。これはどのキャリアのショップでも活躍できる“スーパー店員”をつくるということではないのですね。
谷脇氏
ええ、そういうものではありませんし、国家資格をつくることは絶対にありません。ただ、資質というか、ケータイソムリエみたいな認定制度はあって良いのではないか、と思います。既に各キャリアで販売スキルに関する資格制度がありますので、それはそれで続けていただくとして、各社のサービスに共通するような知識を持っているのであれば、それを認めることがあって良いのではないか、と問題提起しているのです。その認定があれば、「ああ、あなたはケータイに詳しいのか」とすぐわかるようなものです。ご当地検定などがありますが、その携帯電話版と言えるかもしれません。
■ auのシンプルコースは「第一歩」
法林
端末代金と通信料の分離プラン導入という話がありましたが、その直後にauが「シンプルコース」を発表しました。
谷脇氏
各事業者のプランについて、具体的にコメントすることは差し控えたいと思いますが、あのプランについては、善し悪しではなく「大事な一歩」だと思っています。ただ、消費者がどのように反応するか、注意深く見守っていきたいですね。奨励金の取り扱いについては間違ってもハードランディングはできません。10兆円近いマーケットですし、関わっている人がとても多い。慎重に考えなければいけません。
法林
(急いで奨励金を全廃させるような)ハードな方向ではないということですか。
谷脇氏
携帯電話は非常に浸透している生活必需品です。関係者が多く、コンセンサスを形成する過程は丁寧にしていかなければならないと思っています。
■ MVNO問題は「参入障壁を限りなく減らすこと」が目的
法林
市場については、「日本市場は寡占的だ」という話もありました。ただ、歴史的経緯を振り返ると、一時期は最大7社あった状況で淘汰された結果、現在に至っています。ここでどう競争を促すか、難しい課題では?
谷脇氏
もちろん単純に「事業者数が多いほど競争が進展している」とは思いません。重要なことは、「参入障壁がどの程度のものか」ということです。バリアがあるなら、それを低くしたいのです。研究会ではMVNOについても議論しましたが、MVNOに参入したい人が事業展開できる環境をつくることが目的なのです。
法林
MVNOは日本ではまだ数少ない状況で、総務省として「やりたい人にしてもらえる」よう道筋をつけるということですか。
谷脇氏
MVNO側の肩を持つということはありません。それはやはり中立的ではありません。ただ、事業意欲がある人たちには平等に機会があることがフェアでしょう。それが環境整備だと思います。機会の平等です。
法林
一番の問題は接続コストですか?
谷脇氏
問題の1つですね。MVNO参入にあたり、コストやどの程度時間がかかるかよくわからない。そこで、回線卸売りの標準的な料金表を作って欲しいと既存キャリアにお願いしています。規制ではなくてお願いです。MVNOについて新たな規制を導入することはありません。唯一、(端末販売奨励金の取り扱いに関して)会計規則を見直すことくらいでしょう。
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MVNOにまつわる話題を「うどん」にたとえて尋ねると……
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法林
MVNOの問題は少しわかりにくいので、うどん屋でたとえてみましょうか(笑)。たとえばMVNOで参入したい人が既存キャリアに「ネットワークを貸して」と注文すると、ご飯や漬け物、天ぷらがついたうどん定食が出てくる。そうじゃなくて、自分は素うどんが欲しいのだと。ご飯や漬け物は自分で用意するよ、ということですか。
谷脇
「私は天かすを持っているので、これを付加価値にしていく」ということもあっていい(笑)。
法林
天ぷらの中身をよく見ると、奨励金の(原資の)一部になっていたりするので、MVNOの話題から奨励金に飛び火するわけですね。
谷脇氏
素うどんだけ欲しい人には、それだけの値段が明示されるべきです。そこを既存キャリアに考えてもらう必要があるのではないでしょうか。
法林
ただ、既存キャリア側からすると「素うどんと言っても、粉も必要だし、こねる場所も要る」、つまり技術開発やネットワーク保守がある。結局MVNOに貸し出しても、エンドユーザーから見て「繋がらない」「利用できないエリアがある」という点は危惧しているのでは?
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谷脇氏も「うどん」で解説
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谷脇氏
そのあたりの不安は解消すべきで、行政としてやることがあるでしょう。既に固定網では、NTT東西がネットワークを開放していますが、これは「損してでも貸し出せ」ということではありません。適正な利潤や保守費用を確保するのは経営上当然のことです。ただ、余計なモノは外して、「力うどんじゃなくて素うどん」と言えるようにしなければいけない。その一方で、総務省が何か義務づけるのではなく、企業同士の話し合いが基本です。このあたりは、わりと誤解されているかもしれません。
法林
現状を見ると、国内はデータ通信のMVNOが登場しています。海外ではVirginが成功しているという話もあります。
谷脇氏
(成功していると言えそうなのは)Virginだけですよね。加入者数は500万程度だと思います。
法林
それでもウィルコムと同等ですね。Amp'd Mobileの話(若者向けコンテンツで人気を得ていたが破産)なども踏まえると、MVNOは果たして商売として成功するのか疑問です。
谷脇氏
固定でもそういう話がありました。1985年に通信自由化が行なわれ、音声再販事業者が出てきましたが、結局うまくいかず、データ系に流れています。可能性としては、モバイル分野でも高速データ通信で付加価値を付けたサービスはあり得ます。行政としては、環境整備に徹して、それ以上触れるべきではない。それでも可能性があるなら指摘すべきでしょう。たとえば地域に根差したサービスなどですね。
法林
失敗例になってしまいますが、たとえば米国でのDisney Mobileのように、データ通信や法人向けサービス以外のMVNO事例が国内でも出てきて欲しいのですが、まだ見えてきません。
谷脇氏
確かにまだ明確ではありません。ですが、3Gだけではなく、WiMAXや次世代PHSをベースにしたMVNOが出てくるかもしれません。ご指摘のように「MVNOは成功しないのでは」という意見が間違っている、とも断言できません。私としては、データ中心の付加価値性の高い日本型のMVNOが登場することを期待しています。
■ 参入しやすくなると「アイピーモバイル問題」はどうなる?
法林
最近では、2年前に2GHz帯で免許を受けたアイピーモバイルの動向が話題になっています。当時は、「要件を満たしているから(認可を)出した」という話でしたが、アイピーモバイルのような事例を見ると、参入希望者がきちんと資金を調達できるのか、という話が出てくると思います。
谷脇氏
アイピーモバイルという具体的なケースについてコメントすることは控えたいと思います。あくまで一般論ですけれども、通信の世界では規制緩和を積極的に続けてきましたので、通信会社が市場から撤退する可能性はあります。しかし、ユーザーは保護されるべきです。何らかのセーフティネットが必要だろうということですが、こうしたユーザー保護の問題は環境整備を図ることがもっと必要な分野で、今後1年、力を入れていきたいところです。
法林
たとえばアステルのサービス停止時は、ボーダフォン(当時)が手をさしのべたものの、ユーザーとしては電話番号が失われるのは痛手と感じられました。
谷脇氏
「潰れたから仕方ない」というのではなく、可能な限りユーザーをサポートできる仕組みを検討すべきでしょう。
■ これからどうなる?
法林
引き続き、新たな研究会を立ち上げていくということでしたが、どうなるでしょう?
谷脇氏
プラットフォームの話題にしても、いろいろな議論が出てくるでしょう。引き続き市場活性化に向けた環境整備は注力していきたいですね。
法林
ありがとうございました。
■ URL
総務省 報道資料(モバイルビジネス活性化プラン)
http://www.soumu.go.jp/s-news/2007/070921_1.html
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(編集部)
2007/10/23 10:59
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