NTTドコモのFOMA端末や、J-フォンのJ-SH53の動画には、3GPP(3rd Generation Partner Project)の標準フォーマットであるMPEG-4形式が採用されている。それらの動画データに対応した「QuickTime 6.3」がアップルコンピュータからリリースされた。どのようなビジョンに基づいて提供されたのか、米アップルコンピュータでQuickTime プロダクトマーケティングディレクターを務めるFrank Casanova氏に聞いた。
■ 常に新しい方向性を模索
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米アップルコンピュータ QuickTime プロダクトマーケティングディレクター Frank Casanova氏
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-既にアナウンスされていることですが、QuickTime 6.3のアピールポイントを改めて教えてください。
最もエキサイティングなことは、やはり3GPPに対応したことでしょう。QuickTimeはパソコン上でMPEG-4形式の動画を再生できるプレーヤーです。MPEG-4形式は3GPPでも利用されており、QuickTime、MPEG-4、3GPPと3者の関係はとても密接であると言えます。3GPPの映像・音声それぞれのコーデックに対応するには恵まれた環境だったのです。
日本や欧州などの企業が何を求めているか、ということも調査しました。その結果誕生したのが今回のQuickTime 6.3です。従来の3GPP規格をサポートするだけではなく、日本だけで使われている仕様も盛り込んでいます。世の中であまり使われていないコーデックもサポートしており、これから新端末や新サービスが登場しても、QuickTime 6.3は対応できるようになっているのです。
-企業への調査を行なったとのことですが、開発しようと決断したきっかけは何だったのでしょう?
私自身がその理由です(笑)。というのも、我々は自分たちのテクノロジーをどのように提供していくかということについて、新しい方向性、興味深い方法を模索しており、そのために私は世界中を訪ねています。日本で目の当たりにしたのは、ドコモはASF形式、J-フォンはNancy形式というように、さまざまな技術が利用され、試みがなされていることでした。その時、彼らが求めていたのは“標準化”ということでした。
折りしも3GPPがきちんと組織として活動し始めた頃であり、我々も標準仕様の策定を手伝ったわけです。我々は、標準仕様となったMPEG-4に対して、コンテンツが作成できたり、再生できたりする環境をQuickTime 6.3で提供したいと考えたのです。
-iTunesの音楽配信のように、アップルはハードウェア・ソフトウェア双方で新しいものは、アメリカ市場から投入するケースが多いように思います。ところが今回は日本から導入しているのは、どのような理由・メリットがあるのでしょう?
QuickTimeのように、Mac OSとWindowsというクロスプラットフォームをサポートしたものが日米同時にリリースされたのは、確かに今回初めてのことです。これは、日本ではすでに3GPP規格が携帯電話で利用できるようになっていたからです。世界の他地域では、日本で実現されている内容と同じ方向へ向かっているのです。
■ MPEG LAのライセンス問題は影響があったのか?
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NTTドコモのFOMA端末「P2102V」
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-ドコモから新たなFOMA端末がアナウンスされたのは、昨年12月でした。そしてQuickTime 6.3は、先週(6月3日)にリリースされました。約半年のタイムラグがあった理由は?
元々、同時期に発表しようという予定はありませんでした。携帯電話が進化しているという認識はありましたが、QuickTimeを利用している企業全てをカバーする必要があったのです。
また、新バージョンの開発にあたっては、ドコモに一役買っていただいてるのです。昨年12月の段階でQuickTime 6.3のプロトタイプを提供していました。ドコモ経由で多くのコンテンツプロバイダに配られ、コンテンツ製作ができるようにしていました。
-MPEG-4関連特許を所有する企業で構成されている業界団体・MPEG LAのライセンス方式が日本では上手く受け入れられていない状況ですが、それは関係ないと?
全く関係ありません。
-アップルは、MPEG LAの一員です。MPEG LAがコンテンツプロバイダにもライセンス料を求めていることと、QuickTimeによってアップルがコンテンツ配信を促進する役割を果たしていることは、どのようにバランスをとっているんでしょう?
MPEG-4ライセンスに関して、最も懸念していたのは映像面でのことでした。映像関連で特許を持っているのは全部で18社。映像のことは注目されやすく、そのために表面化してしまったと言えます。ちなみに、その18社の中にアップルは入っていません。アップルが特許を所有しているのはシステム側なのです。システムと映像は全く異なります。
覚えておいていただきたいのは、(MPEG-4の)映像関連でライセンス料が発生するのは、有料コンテンツに限られているのです。無償で配信されるコンテンツには当然ながら利用料は発生しません。また3GPP規格には、H.263コーデックも用意されています。こちらは全て無料となっています。
-フィリップスなど他社から3GPPの動画データを再生できるプレーヤーが提供されています。QuickTime 6.3の開発で参考にされたりしましたか?
各特許の中にはライセンスが必要なものがあります。AMRコーデックなどをサポートするには、ノキアやエリクソンなどからライセンスを受けなければなりませんでした。標準仕様をサポートするためには、各社から承諾を得て商品化しなければならない場合があるのです。私の仕事には、そういった時に他社と交渉することも含まれています。
■ 3GPPのサポート、最後にはなりたくなかった
-Windows Media PlayerやRealOne Playerなど他社のメディアプレーヤーが3GPPをサポートしてきた時、QuickTimeの優位点やメリットは何でしょう?
我々はそのような状況を歓迎します。そうなれば、コンテンツプロバイダやエンドユーザーが互換性を心配する必要が無くなります。従って、コンテンツ製作をどのように行なえるかが違いになってくるでしょう。我々にはFinal CutやiMovieのようなソフトウェアがあり、最適なプラットフォームを用意しているのです。
3GPPをサポートした最初の企業になれたということには満足していますし、最後にはなりたくなかったのです。分かります?
-ええ、分かります(笑)。
■ これまで縁の無かった人々と対話できる機会が生まれた
-日本では、携帯電話のユーザー数とパソコンのユーザー数は、明らかに携帯電話の方が多いのですが、今回のQuickTimeのように携帯電話とパソコンの親和性を高める意義は何でしょうか?
いい質問ですね。アップルにとっては、今までソリューションを提供していなかった分野に一歩踏み込む良い機会になったと思います。昨日(6月10日)の記者発表会には、ドコモの夏野氏が登場し、「他社のリリースで挨拶するのは初めて」と述べていました。その“初めての会社”がアップルだったのです。
それに象徴されるように、ドコモだけではなく携帯電話メーカーやサービスプロバイダなど、これまで縁が無かったさまざまな人々と新たに対話できるチャンスが生まれているのです。
-ビジネス面でアップルの可能性が広がったと?
ええ、非常に拡大しました。
-携帯電話のユーザー層とパソコンのユーザー層は異なる部分があります。親和性が高まることによる直接的なメリットが伝わりにくいと思うのですが?
パソコンを持つメリット、ユーザー自身が体験していることを完全な形にするのにパソコンがいかに役に立つのか、ということを各キャリアから伝えてもらえると思います。もちろんアップルとしても努力はしますが、接触できる顧客の絶対数が異なります。請求書を送る時など、毎月のようにキャリアはエンドユーザーとの対話の機会があるのです。それを通じて、何が作れるようになったのか、何が利用できるようになったのかといったメッセージを出せるのです。
■ アメリカ市場の3Gサービスと今後のQuickTime
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J-フォン J-SH53
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-日本に比べ、遅れているアメリカの3G市場ですが、いつ普及すると考えていますか?
大変難しいですね。既にスタートは切っているんですが、その進行はゆっくりとしたものです。(Nokia 3650を手にとって)この端末もFOMAと同じような能力を備えており、こういった端末が利用できるようになっていますが、現在のFOMAと同じ規模になるには、少なくとも1年後、あるいは2年後になると思います。
インフラを整えるのも大変な労力が必要でしょう。ニューヨークやサンフランシスコといった大都市の一部から利用できるようになるでしょう。我々もアメリカのキャリアに聞いてはいるのですが、機会があれば是非直接キャリアに尋ねてみてください。
-かつてのQuickTimeは、ストリーミングでの利用がメインというイメージでした。このところはデータをダウンロードして使うという印象ですが……。
QuickTime 4以降はストリーミングもダウンロードも可能になっています。ファーストスタートストリーミングという形式を提供したのは我々が最初でしたが。映画の予告編のようなファイルを、ダウンロードした部分から再生する“プログレッシブダウンロード”というようなことも可能です。FOMAもこの手法をとっています。仕様としてはリアルタイムストリーミングも可能で、いずれリアルタイムストリーミングが重要になれば対応可能です。(6.3で)最も重要な点は、携帯端末に対してコンテンツを配信したり、受け取ったコンテンツを再生したりすることに対応したことなのです。
-QuickTime 6.3は、将来の仕様も見越したバージョンとのことですが、今後はどのようなビジョン・方向性になるのでしょうか?
重要なことは、標準仕様のサポートを継続するということです。ワイヤレスインターネットという環境でも同様です。既存のMPEGコーデックに改良を加えていきますし、新しいコーデックも進化させていきます。3G自体も進化していくでしょうから、それらの新たな要望に対応していくでしょう。
我々は、複数のバージョンを同時期に開発できるような組織を作っています。これにより毎年新たな製品を提供したり、多様なプラットフォームのカバーが可能になっているのです。
-今日はありがとうございました。最後にP2102Vで日本のユーザーへのメッセージを撮影させてください。
もちろん! 3GPPコンポーネントをダウンロードしてご覧ください。
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『やぁ、Frank Casanovaです。今、3GPPに対応したQuickTimeで見てくれているね。私もP2102Vで撮影してるよ』とコメント。動画はこちらから(100KB)。3GPPコンポーネントをダウンロードして、ご覧ください
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■ URL
QuickTime 6.3 製品情報
http://www.apple.co.jp/quicktime/products/qt/
3GPPコンポーネントのダウンロードサイト
http://www.apple.co.jp/quicktime/download/3gpp/
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(関口 聖, 矢作 晃)
2003/06/11 20:56
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