パケット定額制の普及や、高速通信の一般化、端末の高機能化といった、ケータイのトレンドを背景に、動画コンテンツ市場が急速に拡大している。ドコモが906iシリーズを「オールラウンド動画ケータイ」と銘打ったように、一部のキャリアも、この分野に積極的だ。
現在、ケータイの動画コンテンツは、大きく2つの形式に分かれる。1つが、iモーションやEZムービーのように、3GPPや3GPP2で定められた規格に準じたものだが、こちらはダウンロード型が中心でファイルサイズの制限も厳しい。もう1つが、Javaのアプリを使ったもの。こちらは、ストリーミング用に設計されており、長時間の動画再生に向いている。
後者のプレイヤー型ソリューションで絶大なシェアを誇るのが、「jigブラウザ」などでおなじみのjig.jpが開発した「jigムービー」だ。「jigムービー」はどのように誕生したのか? また、なぜここまでシェアが大きくなったのか? こうした疑問を、jig.jpにぶつけた。
■ 定額制の限界に挑戦する遊び心から生まれた
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jig.jp 代表取締役社長 CEO 福野泰介氏
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jig.jp、jigムービー事業部、マネージャーの佐藤良典氏が「ドコモ内では45~46%ぐらいのシェアがある」と語るように、「jigムービー」は、動画配信プラットフォームのデファクトスタンダードになりつつある存在だ。今でこそ絶大なシェアを誇る「jigムービー」だが、開発のきっかけは、“技術者の遊び心”だった。jig.jp、代表取締役社長 CEOの福野泰介氏は、次のように話す。
「各社のパケット定額制が始まったころ、『どこまで定額なんだろう』という素朴な疑問があった(笑)。それを確かめるために、パケットを浪費するアプリを作ることにした。とはいえ、単にデータを流すだけでは本当の無駄になってしまう。そこで、音声をストリーミング再生できる『jigラジオ』を開発した。これが今の『jigムービー』の元になっている」
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jig.jp jigムービー事業部 マネージャー 佐藤良典氏
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同社では当時、「金曜プロジェクト」という開発者が自由に好きなものを作れる時間を設けており、「jigラジオ」もその時間に生まれた。同社では、このアプリを発展させ、動画を見る仕組みとして、「jigチャンネル」をスタート。「コンテンツを預って、持ち出して提供していた」(佐藤氏)というが、残念ながら大ブレイクには至らなかった。しかし、チャレンジを続けていくうちに「コンテンツを持った会社から声をかけられた」(福野氏)という。結果、jig.jp自身が直接コンテンツをユーザーに届けるという当初のビジネスモデルを転換し、プラットフォームとして、他のコンテンツホルダーに「jigムービー」を提供していくことになった。
佐藤氏は、「元々BtoCに特化した会社なので、コンテンツを他から持ってくるということが、あまり得意ではない。ベンチャーなので、集中できるところに集中し、一緒に進めていった方がいい」と、今のビジネスモデルのメリットを語る。
■ 市場の拡大に注力し、高いシェアを獲得
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シンプルなUIの「jigムービープレイヤー」
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とはいえ、jigムービーを開始した2005年は、HSDPAなどの導入前で、高速通信対応端末も商用化されていない。そもそも、ユーザーの間に「ケータイで動画を観られる」という認識もなく、必然的に、jig.jpが市場を広げる役割を担わなければならなかった。
佐藤氏は「見せたいと思う人もいなければ、見たいと思う人もいない。市場もなく、意識の追いつきには時間がかかった。動画を流せば流すほどお金が出て行く状況を改善し、もうからない理由を解消していった」と当時を振り返る。
コンテンツホルダーがコストを削減できるよう、データ量の圧縮率を上げたり、ストレージの部分に見直しをかけたりと、様々な改善を行った。「15に分けていた端末のカテゴリーを5つぐらいに共通化し、動画作成の手間やデータの量を減らした」(佐藤氏)という変更も、コンテンツホルダーを参入しやすくする環境作りの一環だ。また、「jigムービーエンコーダー」は機能がシンプルで、「ドラッグ&ドロップですぐに作れるのが最低条件」(佐藤氏)と、複雑な操作は一切不要。気軽にケータイ動画ビジネスへ参入できるような配慮がある。
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直感的に操作可能な「jigムービーエンコーダー」
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“安さ”も「jigムービーエンコーダー」の特徴だ。価格は税抜きで19万8000円。動画ソリューションとしては、破格な部類に入る。福野氏は「『まぁ、これくらいだったら売れるだろう』と考えた」のが理由だというが、「20万を切っていれば、部署レベルで決裁できる会社もあるので、導入しやすくなる」(佐藤氏)という、予算的な背景も考えたうえでのことだ。このソフトで作成した動画を再生する、ケータイ向けの「jigムービープレイヤー」は無料のため、ユーザーも気軽にダウンロードできる。ちょうど、AdobeのAcrobatが有料で、作成したPDFを閲覧するためのAdobe Readerが無料という関係に近い。
結果、「ある有名サイトの導入や、ソフトバンクの『S!番組プレイヤー』に使われたことで、流れが変わった」と佐藤氏が話すように、その後、jigムービーを採用するコンテンツプロバイダーは急増。メジャーな動画配信サイトから、jig.jpが開発センターを置く鯖江市のサイトまで、jigムービーを利用するところは多い。
■ 横画面再生にも対応し、さらに進化するjigムービー
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横ワイド画面での再生に対応し、動画の迫力が増した
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もちろん、動画を視聴するユーザーのことも真剣に考え、プレイヤーにも工夫を凝らしている。「どれだけプレイヤーを意識しないで使えるか」(佐藤氏)を考え抜き、次のような操作方法を考案した。
佐藤氏は、「音量は上下、時間軸は左右のボタンを割り当てた。ストップ、再生は同じ決定キーを押すだけ。この操作だけできれば、あとは動画に集中できる」と語る。UIがこなれているためか「プレイヤーに関しては、リリース当初からほとんど変わっていない」(佐藤氏)そうだ。
さらに、「jigムービーだとキレイに見えるという評価をいただいている」(佐藤氏)というように、画質への評価も高い。だが、「240×180ドットで、十数フレーム」(佐藤氏)というスペックだけで判断すると、決して高画質とはいえない。一方で、8KHzから始まった音質は、すぐに16KHzにバージョンアップ。今では32KHzになったという。
「パケットを次々とダウンロードして、音をつなげていくのは難しいが、画質より音質を重視した。人間は見た内容を脳内で補完するが、音は時間軸で動くので、途切れると違和感が生じる」(佐藤氏)
今年の8月には、横画面での再生にも対応。端末の形状とリンクして、画面の縦横が切り替わるようになった。「エンタDX ドーガ堂」がいち早く対応し、横対応のコンテンツを配信している。
「jigブラウザ」などのコンシューマー向けアプリとは異なり、「BtoBのビジネスモデルだと、他社と一緒に落としどころを探っていく必要がある」(福野氏)としながらも、近い将来「横画面がスタンダードな機種のものは、より高画質にすることも検討している」(佐藤氏)と、まだまだ進化は止まらない。CGM型のサービスや、世界展開、ケータイ以外のデバイスへの拡大なども、徐々に考えていくという。
Javaの通信に大幅な制限があるauに非対応だったり、ドコモだとサイトごとに複数のアプリをダウンロードしなければいけなかったりと、解決すべき課題も残る。無論、キャリアの方針が関係するため、簡単にはクリアできないが、動画配信プラットフォームとして、ぜひこれらの壁を乗り越えてほしい。
■ URL
jigムービー
http://movie.jig.jp/
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