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「モバイルSuica」インタビュー
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JR東日本に開発の背景と今後の展開を聞く
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2006年1月28日、JR東日本の新サービス「モバイルSuica」が始まる。乗車券として登場したSuicaは、その後、ショッピングで決済できたり、一部路線のグリーン券を購入できたりするなど、電子マネーとしての性格も持つようになった。
その名の通り、Suicaの携帯版として登場する「モバイルSuica」について、JR東日本 鉄道事業本部 Suica部次長の山田 肇氏に話を聞いた。
■ 2回のフィールドテストを経る
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JR東日本の山田氏
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――改札を携帯で通過する、というデモが披露されたのは、NTTドコモがおサイフケータイのフィールドテストを開始した直後の2003年12月19日でした。
「モバイルSuica」の構想自体は、2000年4月に設立された「ITビジネス推進プロジェクト」の中で生まれました。このプロジェクトは現在ITビジネス部となっておりますが、当時は情報技術を活用して様々なビジネスができるのではないか、という検討の中で、携帯電話とSuicaが一体化すれば、もっと便利になるのではないかと考えたわけです。
Suicaそのものがスタートしたのは、2001年11月ですが、カード型が世の中に登場する前に「モバイルSuica」は動き出したことになります。その後、さまざまなキャリアさんと話をしてきました。ボーダフォンさんは、当時J-フォンということで資本的にも関係がありましたから、一番最初に声をかけたと思います。
当初は「SF(Stored Fare、電子マネー)」「定期券」の2つの機能のみを備えるつもりでした。その後、湘南新宿ライン(群馬県前橋駅/栃木県宇都宮駅と、神奈川県逗子駅・小田原駅の間を新宿駅経由で通る路線)にグリーン車が導入され、そのチケット(グリーン券)をSuicaで購入可能になったことから、モバイルSuicaでもサポートする方針になりました。今後も、Suicaで実現される機能は、モバイルSuicaにも実装していきたいと思っています。
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第1回フィールドテストで用いられたSO504iCとN504iC
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2003年12月に披露したデモは、定期券の機能を備えただけのものでした。「モバイルSuicaを提供する」という内容のデモでしたが、この定期券のテストデータにて2004年2月~8月にかけて、第1回のフィールドテストを実施しました。NTTドコモの試験端末「SO504iC」「N504iC」を用いて、タッチの仕方や処理速度を中心に検証しましたね。
第2回のフィールドテストは、2005年3月~11月末まで行ないました。定期券に加えて、SFのデータを入れました。つまり、自動改札機の通過に加えて、電子マネー機能としてショッピングできるようにしたということです。ただ、通信機能によるチャージ機能は入れておらず、「最初にチャージした2万円分を使い切ったら終了」という形で運用しました。
第1回のフィールドテストではJR東日本の社員が、第2回では、キャリアさんやフェリカネットワークスさんなど、モバイルSuicaの開発に御協力いただいている方々にも試験に参加していただきました。
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モバイルSuicaでも電子マネー機能はサポートされる(写真は2005年3月の報道関係者向け体験会のもの)
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――正式サービスまで、なぜ2年以上かかったのでしょう?
システム構築には大変時間がかかりましたね。最初のフィールドテストはICチップが搭載された携帯電話にバリューを入れて通過する、というものでしたが、正式サービスでは自動改札機の通過に加えて、サーバーを経由してSFや定期券といったデータをダウンロードするという形になります。この部分の構築という意味ですね。
システムとしては、モバイルSuicaの会員を管理したり、定期券やSFをダウンロードするシステムを新たに構築する必要がありました。また、カード型のSuicaでも利用されているID(Suicaの番号)管理システムやビューカードの決済システムなど、多くのシステムとの接続も必要です。これらも、「モバイルSuica」で利用できるよう改修する必要があります。
Suicaの電子マネー機能を担当するシステムは、モバイルSuicaのシステムとは別に存在します。モバイルSuicaでもお店で電子マネーにてショッピングができます。この場合は、店頭にある加盟店端末でSFを受け取って、電子マネーのシステムが集計し、そこから算出された売り上げ(現金)を後日店舗に渡すことになります。これら電子マネー側のシステムは、我々とはまた別のチームが担当しています。
ちなみに自動改札機の通過でも、改札機に乗降データが蓄積され、定期的にセンターへ渡しています。電子マネー・乗降データともに一時的に蓄積されてからセンター側に渡すことになりますので、常にオンラインである必要はありません。
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モバイルSuicaのアプリイメージ。カード型のSuicaと同じ機能がサポートされる
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定期券の画面
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■ 端末試験の内容とは
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モバイルSuica対応機種は、現時点で9機種
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――モバイルSuicaでは、対応機種と非対応機種が明らかにされています。やはり気になるのは、合否を決定した、その試験内容です。
自動改札機は、朝のラッシュ時に1分間に60人以上通過できる性能です。タッチしたときに、うまく反応せず、流れが止まると困るわけです。また、電子マネーとして使おうとして加盟店端末にタッチしたものの、なかなか反応しないということも困ります。このようなことを踏まえて、試験の内容はいろいろ決めています。
おサイフケータイに搭載されているICチップは、全てフェリカネットワークスから提供されているもので、機種ごとの差はないと聞いています。しかし、携帯電話機というものは機種によって形状が異なりますし、また内部には多くの電子回路が存在します。機種によっては通信距離が異なったりすることがあり、「自動改札機の通過性能」という尺度で判定せざるを得ません。
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W32Sはバージョンアップする必要がある
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できるだけ対応機種を多くして、1人でも多くのお客様にモバイルSuicaを使っていただきたいと思っておりますので、「全機種合格にしたい」というのが本音です。しかし、実際の利用シーンで、自動改札機を通れない事態が頻繁に起こると、結局はお客様に迷惑をかけてしまうことになります。結果として対応機種が限定されてしまったことは、本当に残念です。
――通過性能ということであれば、その基準値はどうなっているのでしょう。また専用アプリに関する性能も合否に関わっているのでしょうか?
通過性能の基準は、多くの基準があるので一言ではいえませんが、最も重要視している基準は自動改札機の通過性能です。先ほど申し上げた「自動改札機は1分間に60人以上通過できる」という点が目安になるでしょう。また、Suicaカードには「調達基準」が設けられています。通信距離が100mm以上であることのほか、かざした時に一定の条件のデータをやり取りするという試験で、処理時間が100ミリ秒以内であることです。
アプリに関しても、もちろん関連があります。ちゃんとプログラムが動作しなければいけませんから。開発にあたっては、機種ごとに微妙な違いがあることもあり、一機種ごとに確認し、アプリをあわせています。これは苦労したポイントですね。
――auの「W32S」ではバージョンアップが必要とされていますが、なぜでしょう?
理由は、KDDIさんに聞いていただくのが一番良いでしょう。ただ、我々が試験した際、発売された「W32S」の一部ではうまく通過できないものがありました。そこへ、KDDIさんから「バージョンアップしたい」と申し出があり、改修した端末では問題がクリアされていたのです。
――非対応機種が出てきたことについて、キャリアやメーカーの理解は得られているのでしょうか? JR東日本から何らかの仕様を提示したのでしょうか?
モバイルSuicaは手探り状態での対応でしたので、明確な仕様を提示することが今年の秋ごろまでなかなか難しい状況でした。従って、既に発売されている、あるいは開発中の携帯電話は、一般的なリーダライターと比べて特殊な通信特性(タッチ・アンド・ゴーという動きの中での通信が必要)を持っているSuica改札機との通信性能確保の調整を実施することが難しい状況となってしまいました。
ただし、7月から開始した対応機種判定の試験については、キャリアさん・メーカーさんとの協力体制にて進めてきましたので、一定の理解は得られていると思います。
提示した仕様という意味では、先ほど最も重要視していると申し上げた「自動改札機の通過性能」、電子マネーの加盟店端末やグリーン車のリーダライターにタッチして使えることなど、我々の行なった評価が「要求仕様」になるでしょうか。
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自動改札機にも改修が施される
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――「W32S」がバージョンアップで対応、ということは、他の非対応機種において救いの手になり得るかと感じたのですが、非対応機種が今後モバイルSuicaを利用できるようになる可能性はあるのでしょうか?
その可能性はないと捉えています。
――ちなみに自動改札機は改修されるのでしょうか?
改修します。当初、自動改札機を改修する予定は無かったのですが、より多くの機種をモバイルSuica対応にしたいと考え、改修することにしました。カード型Suicaに影響が無い範囲で、モバイルSuica端末との通信が最も良好になるような調整を行なうのは、なかなか大変でした。
朝のラッシュ時には、1分間に60人以上のお客様が自動改札機を通っています。我々は、自動改札機の通過性能を最も重要視しており、これまでのSuicaの開発でずっと試行錯誤を重ねてきました。今回のモバイル対応においては、NTTドコモ、au、携帯電話メーカーの皆さんには端末の改良をお願いし、我々は改札機の改良を行なうなど、通過性能を満足させるために、本当に苦労しました。実際はもっと早くクリアできると考えていましたが、意外と時間がかかりました。
開発時点で注力した点として、ユーザーインタフェイスも挙げられます。携帯電話の画面は限られた大きさですので、いかにわかりやすくするかということですね。また、通信経由でチャージすることになりますが、通信にかかる処理時間が長すぎると、お客様が途中で切ってしまう可能性もあります。処理時間の短縮化は当然図ってきましたが、ある程度まで行き着くと限界に達してしまいます。それをいかに短い処理時間であるように見せるかという点も気に掛けたポイントです。
また携帯電話ですから、電波環境が場所によって異なります。チャージ中に圏外になる可能性もあります。その後再び圏内に入った際に、サーバーとやり取りして、サーバーから再送してもらう形にしています。もちろん、最初からやり直すというわけにはいきませんので、処理過程で復旧ポイントを設けておき、途中で切れると直前の復旧ポイントまで戻って、そこから再送、という仕組みにしています。
ありとあらゆるケースを想定し、それらに対処したつもりですが、正式サービス開始までバグの発見に努めていく予定です。
■ クレジットカードや現金チャージ、今後は?
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モバイルSuicaの利用には、ビューカードが必要だ
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――モバイルSuicaは、JR東日本の「ビューカード」を持つ必要がある、とのことですが、全ての提携カードが利用できるのでしょうか?
「ビューカード」との提携カードはJALカードSuicaやルミネカードなど、さまざまなものが発行されていますが、全て利用できます。
ビューカード決済は、お客様から料金をいただく仕組みとして採用しましたが、モバイルSuicaの構想を考えた当初は銀行口座からの引き落としも検討しました。ただ、当社にはビューカードのシステムが存在しており、改修などを含めて最も早く対応できることから、まずはビューカード決済とさせていただきました。自前のシステムということもあり、モバイルSuicaのシステムとの接続は比較的スムーズに行なえました。
――クレジットカードが必須、ということは未成年のユーザーに対してはどうお考えでしょうか? また、他のクレジットカードは利用できるようになるのでしょうか?
18歳未満のお客様については、今後の検討課題ですね。携帯電話は若年層ユーザーがアクティブに使っているという面もありますし、ぜひ会員になって欲しいと考えています。そういう意味でも、クレジットカードを必須としていることは、重要な課題と認識しています。
また他社の発行するクレジットカードですが、既に駅窓口ではビューカードだけではなく、他社さんのクレジットカードが利用できるようになっています。技術的には当社のセンターと接続することは可能です。実際に対応するかどうかは、お客様からの要望も踏まえて判断していくことになると思います。
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山田氏は、「鉄道以外の分野で、モバイルSuica独自サービスが登場する可能性がある」と将来像を示唆した
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――改札機を通過する際、グーパスのような情報配信サービス、あるいは子供を持つ保護者向け情報サービスも実現できそうですね。
いろいろな可能性があると考えています。ただ、保護者向けサービスについては、過去にアイデアとして出たことはありますが、検討レベルまでいっていません。また、グーパスを採用するようなことも現段階では考えていません。
モバイルSuicaならではのサービスとしては、上野駅で実施したリーダライター付きのポスターによる情報配信、提携カードのポイントをSFに交換するといった内容を検討しています。また、モバイルSuicaのSF(電子マネー)を使ってショッピングができる仕組みも検討中です。たとえば通信販売のサイトに携帯電話でアクセスして商品を購入し、その代金はSFで支払う。モバイルコマースでの決済は、現在クレジットカードが多いと思いますが、「ネットでSF決済」という形で利用できるようにしたいですね。
――全国各地に、FeliCaチップ内蔵のカードを採用した乗車サービスが存在しています。これらとの相互乗り入れの可能性はあるのでしょうか?
まず他地域での利用については、JR西日本さんの「ICOCA」エリア内の駅でも乗降が可能となります。11月14日にモバイルSuicaのサービス開始日を発表した際には、まだ明確ではなかったのですが、正式に「ICOCAエリアでも利用可能」という形になりました。
また、当社としては、まず関東の鉄道事業者やバス事業者との相互乗り入れを進めていますので、モバイルSuicaを相互利用できるようにしたいですね。この相互利用という面では、カードと同時期にモバイルSuicaも相互利用可能、というケースはあり得るでしょう。データの内容自体は、カードもモバイルSuicaも同じものですので、逆にモバイルだけ先に相互利用可能、というのは無いでしょうね。
モバイルだけのサービスがあるとすれば、先に挙げた「モバイルコマースでのSFネット決済」など、鉄道以外の分野で登場する可能性があるでしょう。
――モバイルSuicaでのチャージは通信経由ですが、現金チャージの可能性は?
券売機でモバイルSuicaにチャージするためには、改造が必要になることから、券売機でのチャージという話は現段階ではありません。ただし、Suicaが利用できるファミリーマート店舗や、JR東日本の駅にあるニューデイズでは、Suicaカードに現金チャージできます。理論上は、そういった店舗でもモバイルSuicaに現金チャージできますが、正式対応とするかどうかは、現在検討中です。
――電子マネーという側面で見れば、ビットワレットのEdyや、セブン&アイ・ホールディングスの独自サービスなどが存在します。これらとの提携は?
詳しくはわからないのですが、「加盟店に設置する1つのリーダライターでEdyもSuicaも利用できるようにしよう」という動きはあります。一方、「Edyで電車に乗れる」というのは難しいのではないでしょうか。
――ありがとうございました。
■ URL
モバイルSuica サービス案内(JR東日本)
http://www.jreast.co.jp/mobilesuica/
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(関口 聖)
2005/12/08 12:52
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ケータイWatch編集部 k-tai@impress.co.jp
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