auより発売された「G'zOne TYPE-R」は、耐水・耐衝撃性能を備えた折りたたみ型のカシオ製CDMA 1X端末だ。
“タフネスケータイ”としてカシオが製作してきたG'zOneシリーズは、同社が携帯電話市場へ参入する際、その存在意義を示すために投入したとされている。やがて折りたたみ型の端末が主流となり、2001年8月に発売された「C452CA」を最後にG'zOneシリーズはラインナップから遠ざかっていたが、2005年1月に開催されたアメリカのイベントで待望の折りたたみ型G'zOneプロトタイプが展示され、一気に注目を集めた。
4年間のブランクを経て復活したG'zOne TYPE-Rに、どのような苦労や思いがあったのか。カシオ日立モバイルコミュニケーションズ、カシオ計算機の開発担当者にお話を伺った。
■ 耐水・耐衝撃性能は必要な機能と確信
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携帯市場参入前に制作された3つのスタディモデル。左から「ジェットライナー」「アクアラングマスター」「ヴィンテージメタル」。中央が初代G'zOneの原形となった
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――まず、G'zOneシリーズの復活に至るまでの経緯を教えてください。
奈良 勝弘氏(カシオ計算機 開発本部 デザインセンター 第四デザイン室)
G'zOne TYPE-Rに行き着くまでの、歴代G'zOneシリーズを語らずして今回のTYPE-Rを語ることはできないと思います。まずはそこからお話しましょう。
携帯電話メーカーとして最後発のカシオ計算機が2000年頃、市場に参入するにあたって他社にはできないデザインやオリジナリティのあるものを目指そうということになりました。そこで、アクティブなシーンにもマッチする防水性を前面に打ち出した携帯電話を市場に投入しました。
最初のモデルはストレート型のC303CAですが、このモデルに至るまでに、いろいろ考えられる“タフネス”をどう表現するかというところで、3つのスタディモデルを作りました。メンタル面でのタフさ、ワイルドさを打ち出し、ウイスキーのスキットルをイメージしてメタル感を前面に押し出した「ヴィンテージメタル」、潜水用具やダイバーズウォッチをイメージした「アクアラングマスター」、近未来的でカーボンなどの素材から来る強さをイメージした「ジェットライナー」の3つを作り、この中でサークルベゼルなどが社内でも好評だった「アクアラングマスター」がC303CAの原形になりました。
G'zOneシリーズはクラブストリートシーンで特に好評をいただいた訳ですが、実は我々としてはもっとターゲットを広げていきたいという思いもあり、もう少しマイルドな路線にもしたいと思っていました。ただ、ハードなイメージに根強い支持もあり、当初のコンセプトを維持したままでシリーズを続けました。
やがて市場は大画面で、十分なキーピッチのある折りたたみ型にシフトしてしまい、その時代の流れには逆らえず、G'zOneシリーズは一旦ラインナップから遠ざかることになってしまいます。
ですが、我々は携帯電話に防水性能は必要な機能だと確信していましたので、なんとかG'zOneシリーズを復活させたいとずっと考えていました。カメラ付き携帯電話に当社のラインナップがシフトしても、同じ性能でG'zOneバージョンを出すならどうなるか、新機種が出るたびにスタディモデルとしてG'zOne性能を持つモデルを作っていました。
そんな中、2003年の4月頃、A5401CAの中身を入れた設定で折りたたみ型の2つのスタディモデルを作りました。このうちの赤いモデルが実際にTYPE-Rの原形になったものです。バイクのタンクのようなマッシブな印象を与えつつ、サークルベゼルなどG'zOneの血統を引き継ぐモチーフは残しました。赤いモデルは社内でもとても評判が高く、我々デザインセンターも商品化したいということでいろいろ社内を奔走しました。プロテクターも付いていたりと、TYPE-Rはこの赤いスタディモデルにかなり近い形で商品化されていると思います。
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中央の2台が折りたたみ型G'zOneの試作モデル。赤いモデルがTYPE-Rの原形となる
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井戸 透記氏(カシオ計算機 開発本部 デザインセンター 第四デザイン室 室長)
赤いモデルができたのが約2年半前ですが、その時点ではまだG'zOneの商品化は決定していませんでした。なぜこのデザインに決めてそこから大きく形を変えていないのかというと、4年前に発売されたC452CAを最後にG'zOneシリーズは止まったままで“幻の端末”になってしまっていたことが挙げられます。G'zの熱烈なファンで今でも使い続けて下さっているユーザーの募る思いや要望に、伝統のデザインという形で応えたいと思う一方、過去のG'zをまったく知らないユーザーには防水ケータイの必要性をアピールするためにも、全く新しい存在感というものが必要なのではと考えたからです。その2つのバランスを考えた時、この赤いモデルのデザインが最適だろうと判断しました。ですから決して最新のデザイントレンドという訳ではないのですが、過去のG'zと次世代G'zをつなぐことを目的に、現代に甦り再び歴史を作る出発点としてこの形を選びました。つまり“G'zOneの進化と継承”を考えた上で、この形での商品化を社内展開することにしました。
――最終的に、どのタイミングで商品化が決定したのでしょうか?
石田 伸二郎氏(カシオ日立モバイルコミュニケーションズ 戦略推進グループ 商品企画チーム)
1年半ほど前に、技術的にヒンジ部分の見込みがたった時です。そこから具体的に商品化を検討し始めました。
■ 苦労を重ねたヒンジの開発
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左から、川崎氏、井戸氏、奈良氏
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――ヒンジは可動部で、防水性能という面ではとても難しいですよね?
川崎 康彦氏(カシオ日立モバイルコミュニケーションズ 開発設計本部 機構設計グループ)
ストレート型と大きく違うのは、可動部があり、なおかつ配線が入っていることです。配線があることで、テンキー側ボディとディスプレイ側ボディでどうやって気密を確保するのか、というのが最初からテーマとしてあり、最後まで難しい部分でした。
最初に行なったことは、既存の折りたたみ型機種をベースに防水仕様品を作成し、大きさや筐体材料等を検討しました。
防水性能をみるためにヒンジ部分だけ取り出した試作品も作り、何十万回と開閉試験を繰り返し、ようやく量産の目処がたったのが1年半ほど前です。
何種類もの試作をし、最終的に、ヒンジ部分には水が入ってもボディ側までは水が浸水しないタイプを採用しています。このタイプで課題だったのは、ヒンジの中を通るFPC(フレキシブルプリント配線板)が水に濡れてもいいのか、という点です。実際に塩水につけたり漏電のテストをしたりと、ひとつひとつチェックしていくのにかなりの時間がかかりました。試行錯誤の中、開発を進めていく過程で良い材料や工法が見つかって、量産につながっていきました。
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アンテナはテンキー側ボディのヒンジ近く、黒いパーツの部分に内蔵された
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――防水性能や耐衝撃構造に関連して、他に苦労した部分はありますか?
川崎氏
これまでになかった点としては、サイドキーですね。防水構造上、キー周辺の樹脂の肉厚がないとケースが変形してしまいますし、平らな面でなく側面にあるのも防水構造の観点からは難しい点です。そこを小さくまとめるのに苦労しました。
大塚 俊昭氏(カシオ日立モバイルコミュニケーションズ 開発設計本部 ハード設計グループ リーダー)
タフネスモデルとして出すので、アンテナが飛び出す構造にはできない、というのがまずありました。しかしアンテナを内蔵したことで、例えばA5403CAよりサイズが著しく大きくなってしまう、というのも疑問がありましたし、防水性能なども実現しなければいけないということで、最終的にヒンジの近くに搭載しました。ここもヒンジという金属部分がアンテナ性能に影響するという問題がありましたし、落下の衝撃でアンテナ自体が壊れないような構造も仕込んでいます。金属物との関係を考えながら性能を確保するのが最後まで難しい問題でしたね。ヒンジ近くの出っ張りがアンテナを収めた部分ですが、デザイナーの方にも頑張ってもらって、目立たないようなサイズに収められていると思います。
甫足 博信氏(カシオ日立モバイルコミュニケーションズ 戦略推進グループ)
タフネスということで素材にマグネシウムを使いたい、となった時にも、アンテナの位置をどうするかでいろいろ試しました。実際にアンテナ特性がちゃんと出るかどうかは形にしてみないとわからない部分も多いので、位置を変えて試行錯誤を繰り返していました。
奈良氏
端末を開いた状態で机に置くと、アンテナ内蔵部分の出っ張りで安定しますし、結果的にこの位置でよかったのかなと思っています。
大塚氏
普通の端末の大きさに見えますが、防水性能のための仕組みもあって、中身は相当小さく作っています。基板自体をコンパクトに作るのにも苦労しました。
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試作の赤いモデルではプロテクターは下側。倒すとヒンジのバネで端末が開く
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TYPE-Rは液晶側ボディにプロテクターを装備
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――衝撃吸収のプロテクターがとても特徴的です。
井戸氏
プロテクターは、当初の赤いモデルでは閉じて置いた状態で下側(テンキー側)のボディに付けていましたが、上側(液晶側)ボディにつけるかどうかでも議論がありました。下側だとメールを打つのに邪魔ではないのか、上側だと通話の際に耳にあたって邪魔ではないのか、などいろいろな議論を重ねました。
プロテクターは奈良が最初に提案したもので、衝撃吸収以外に、指を引っかけてポケットから取り出しやすい、といった利用も想定していました。ただ、いろいろな声を聞いていくうちに、ユーザーにとっては異質なものであるということが改めて分かってきて、不安になった時期もありました。好きになれないユーザーもいるのではないか、ということで、小さいものも用意してカスタマイズプロテクターとしてパッケージに3種類同梱することにしました。
奈良氏
当初は下側にプロテクターを付けて可動部を持たせていました。閉じた状態のロック機構も兼ね、プロテクターを倒すとフックが外れてヒンジのバネで端末が開く仕組みです。ただこれは実際にシミュレーションすると、耐衝撃性能を実現するためにはプロテクターの脇に張り出してしまう部分ができてしまうことが分かり、それはでダメだろうとなり、固定式ならそれほど張り出さずにできるということで、そちらに落ち着きました。
――交換して選べるのは嬉しいですが、ユーザーが交換できることで想定する防水性能への影響や不安はありませんか?
甫足氏
実際には、プロテクターで関係するのは耐衝撃性能だけです。プロテクターを外した状態でも防水性能に影響はない仕組みになっています。
井戸氏
ただ、プロテクターを外した状態ではマグネシウムのケースが張り出してきていますし、どれか一つはプロテクターを付けてもらうことになります。
■ G'zOneに対する問い合わせは数百件にも及ぶ
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本体カラーもモータースポーツを意識したネーミング
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――テーマとなった「レーシング」のきっかけは?
奈良氏
いろいろな案がありましたが、レーシングも一つのモチーフにすぎないと思っています。ほかにいくつかある中で、今回はこれが適切だろうということで選んでいます。
井戸氏
前モデルが出てから4年間、いろんなデザイナーがいろんな案を考えてきました。赤い試作モデルは奈良のデザインですが、そういう意味でいろんな人のいろんなデザインが各所に溶け込んでいます。4年分のいいとこ取りをしてできたのが今のデザインなのです。
石田氏
この4年間、G'zOneシリーズに関してユーザーから問い合わせや要望といったものを数百件もいただいていました。早く次のG'zOneを出して欲しいというものから、次期G'zOneに採り入れて欲しい機能の要望まで、さまざまな意見です。これらに目を通して、これは実現したい、これはまだ実現が難しいかもしれない、というデザイン以外の仕様の部分で、このモデルに合ったどういう機能を盛り込むかという点にも注力して検討を重ねてきました。結果的にG'zOneを待っていただいた方たちにも満足度の高い商品に仕上がっているのではないかと思っています。
デザインをより引き立てる仕様やサービスを検討するチームも密かに組織したりしましたし、「TYPE-R」という名前を決めるだけでも何回も打ち合わせを重ねました。
奈良氏
そういう意味では、“R”に込められた意味は「リバイバル」(復活)が一番かもしれませんね。
――TYPE-R全体として、ビジネスシーンをあえて意識させないイメージです。
井戸氏
最初のG'zOneがG-SHOCKテイストで、ストリート系のファッションなどを意識したものでした。ビジネスにも使える一般的なデザインの携帯電話は店頭にたくさん置いてあるわけですが、TYPE-Rは防水性能打ち出しつつも、デザイン的にも今店頭に並んでいるものとは明らかに違うものにしたいと思いました。
カメラや腕時計ならビジネスタイプ以外に趣味のものがたくさんありますよね。そういう意味で、モータースポーツを切り口に趣味で作ってしまったようなケータイもあってはいいのではないか、と考えました。なので、あえてビジネスシーンはイメージしていないですね。
石田氏
これまでカシオ計算機では、年に1機種や2機種を発売するという間隔でした。今回は夏にカシオ日立として一気に3モデルを出すことになります。それぞれのユーザーを確実に捉えられるようなモデルにしようということで、それぞれに「この端末でなければダメ」というユーザーがつくような特徴を持たせました。
井戸氏
これまでのカメラ付きモデルでもデザインにはこだわってきましたが、質感や色にこだわるといったように、基本はコンサバだったと思います。今回のように3モデルを出すことになった時に、ビジネスとして成り立つのであれば、特徴をそれぞれに持たせた細かな戦略も可能になります。我々の携帯市場での存在意義として他のメーカーとは違う企画やマーケティング、オリジナリティ、設計などすべてを持っていますし、他社とは同じものを作りたくないというのがカシオのDNAだと思っています。
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左から、濱島氏、大塚氏、甫足氏
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――サウンド面でもテーマに沿ったものを収録しています。
甫足氏
プリセットされているサウンド関係にもこだわっています。端末に合わせたハードな感じの曲や、レーシングのワクワク感をイメージさせるものなど。また各種効果音にもその意思は入っています。今回、デフォルトではアーティストの楽曲を収録していませんが、これもTYPE-Rの世界観を裏切らないように考えた末、オリジナルで作ることを選びました。
濱島 秀豪氏(カシオ日立モバイルコミュニケーションズ 戦略推進グループ リーダー)
作った音には、遊び心のあるものをたくさん採り入れています。TYPE-Rでやりたかったことは、買っていただいたユーザーに「なるほどね」と言ってもらうことです。普通、携帯電話に収録されている着信音は世界観などがつながっていませんが、今回のTYPE-Rでは開閉音や起動音ひとつとっても「あ、なるほどね」と言ってもらえるような世界観に沿ったものを作曲しました。特に意識したのは、TYPE-Rでしか鳴らすことが許されないような、レースなどをイメージした効果音です。もちろんこれまでの一般的なものも入っています。
■ チャレンジと遊び心と
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赤く光る状態は充電中。カメラのライト、着信ランプなども兼ねる
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方位センサーは3桁まで表示
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――ハード面で他に工夫した点や苦労した点はありますか?
大塚氏
着信のLEDが無いと思われている方もいるかもしれませんが、カメラのライト、充電のランプ、着信時のランプをカメラの横の1つのLEDで実現できるよう回路をまとめました。
TYPE-Rは方位センサーをテンキー側ボディに搭載しているのですが、普通は開いている状態を想定して方位センサーを搭載します。TYPE-Rは閉じた状態でも方位センサーを使用できますが、液晶側ボディにはマグネシウムケースを採用し、レシーバーや開閉検出用磁石もありますので、金属物(磁性体)の影響で閉じた状態と開いた状態で方位センサーの示す数値に誤差が出る場合がありました。そこを揃えるのにソフト、ハードの両面で苦労しました。
甫足氏
方位センサーの角度表示も、3桁も出すのはやめようという話もありましたが、3桁出るところがこだわりなんですと。“本物”を創り込むんだという気持ちで追求した部分です。秒針で1秒の誤差は角度にすると6度ずれてしまうことになりますが、開けた状態、閉じた状態でそれぞれキャリブレーションできるようにしています。
ストップウォッチも当初10分の1秒までの計測機能でしたが、100分の1秒まで計測できるようにしています。
大塚氏
エクステンションモードも、品質保証の面で搭載まで苦労した機能でした。携帯電話の一般的な電池の特性として、最後に急激に電圧が下がっていくという傾向がありますので、そういった中でどうやって限られた範囲の動作を保証していくのか、という点がハード的にはかなりハードルが高い課題でした。
――最後にユーザーに向けてコメントをどうぞ。
石田氏
チャレンジと遊び心が詰まった端末になっています。買ってもらったユーザーの方に感動があると嬉しいです。
奈良氏
唯一無二のコンセプトとデザイン性を持った端末です。そのインパクトはもちろんですが、買った後にじわじわ感じていただけるきめ細やかな気配り、長く使える良さもあると思います。
井戸氏
趣味でデザインしているように言われることもありますが、いくらお金を貰っても仕事ではできないこだわりを持ってやっていますね。開発から営業まで深く関われるインハウスデザイナーの我々だからこそ作り上げることができた端末だと思います。
――本日はどうもありがとうございました。
■ URL
ニュースリリース(KDDI)
http://www.kddi.com/corporate/news_release/2005/0721/
ニュースリリース(カシオ)
http://www.casio.co.jp/release/2005/gzone.html
製品情報(KDDI)
http://www.au.kddi.com/seihin/kinobetsu/seihin/gzone/
製品情報(カシオ)
http://gzone.jp/
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(太田 亮三)
2005/07/22 10:57
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