インタビュー
10周年を迎えたARゲーム「Ingress」、キーパーソンが語るこれまでの感謝とこれからの道筋
2022年12月16日 06:00
Pokémon GOやピクミンブルームといった人気ゲームを展開する米ナイアンティック。グーグル社内のスタートアップとして誕生し、その後、独立した同社だが、グーグル時代、最初に開発したゲームが「Ingress」だ。
2012年のベータ版開始から翌2013年の正式版登場を経て、しばらくはAndroid版のみだったが、2014年夏にはiPhoneでもプレイできるようになり、ITリテラシーが高い層を中心に一定の人気を得て、ナイアンティックを代表するゲームとなった。2016年夏、Pokémon GOの日本上陸直前に開催された「Aegis Nova TOKYO」は1万5000人規模とされ、Ingress史上最大規模のリアルイベントとなった。
2018年、Ingressは、バージョンアップし「Ingress Prime」へ進化を果たすが、コロナ禍で人を集める取り組みは難しくなってしまい、Ingressを盛り上げる各種イベントが一斉に消えた。
オンラインへ軸足を移すIngress向けイベントもあったが、外出を促して世界を探索し、人々をつなげる「Ingress」の魅力が抑えられた時期が長く続いた。筆者自身、「ケータイ Watch」編集部員としての仕事が多忙を極め、コロナ禍を必死に生き延びる中で、プレイする時間は激減していた。
そんな筆者のように、Ingressからやや遠のいた人も少なくないだろうが、それでもまだまだ熱いユーザーに支えられているのが「Ingress」というゲームでもある。
Ingressを一言で表せば、陣取りゲームだ。しかしその遊び方は画面の中ではなく現実世界。日本、そして世界各地にある公園や街なかのアートを訪れると、スマートフォンを通じて、謎の物質「エキゾチックマター」をめぐるバトルに身を投じることになる。そうしたゲーム内の体験に加えて、各地へ足を伸ばすなかでその土地その土地の歴史も学ぶ機会が数多くある。
現実世界でありながら、スマホの先にはゲーム内ストーリーの体験、ゲームとしてのバトル、そして各地で紡がれてきた歴史と、さまざまなレイヤーの情報へ触れていく。現実とリンクする多層的なその姿は、これからの「デジタルツイン社会」を少し変わった切り口で一足先に実現したのか? とつい思ってしまうような内容でもある。
「あなたの周りの世界は、見たままとは限らない」――2つの陣営に分かれて人類の行く末をめぐり戦う、エンライテンドとレジスタンスのエージェントたちが、ふたたび集う。そんなIngressの大規模イベントが、12月10日、約3年半ぶりに復活を遂げた。
横浜での開催となったイベント「Epiphany dawn(エピファニードーン)」の開幕直前、Ingressのプロデューサーであるブライアン・ローズ氏、初来日となったエンジニアリング担当のマイケル・ロメロ氏、そしてコミュニティ担当のティア・ハイタワー氏に取材する機会を得た。
つらく厳しい時代を経て、Ingressをリードしてきたキーパーソンたちは今、何を思うのか。そして、XR時代が本格的に拡大しようとするこれからに向けて、どんな体験を考えているのか。グループインタビューで語られた内容をご紹介しよう。
「Ingress」は現実世界を舞台にした陣取りゲーム。プレイヤーはエンライテンド(緑)とレジスタンス(青)のどちらかのチームに所属し、さまざまな場所にある「ポータル」というポイントを取り合う。
今回開催される「Epiphany dawn」は、Ingressのプレイヤーが集うリアルイベント。本イベントは3つのフェーズに分かれており、すでに「フェーズ1」としてロサンゼルスで実施され、11月18日からは「フェーズ2」、そして12月10日に横浜で「フェーズ3」が開催される。
Ingressが10周年を迎えて
ブライアン氏
何よりも、エージェント(Ingressにおけるプレイヤーのこと)には感謝しています。これまで以上に、これからの10年20年を皆さんと一緒に過ごすことを楽しみにしています。
ひとつのゲームが10年続くことは難しいのでしょうが、本当に支えていただいたと思います。
ロメロ氏
エージェントの皆さんのクリエテビティ、情熱にあらためて感謝しています。
ブライアン氏
この10年を振り返ると、ひとつのエピソードだけを選ぶのは難しいのですが、米国で開催された「コミコン」というイベントで、グッズを作り、販売していたときのことです。そこに遠くから小さな女の子が飛び跳ねながらやってきたんですね。
その子が私たちのところに来て、すごく小さい声で「パスワードはカッサンドラ」って言ったんです(Ingress初期のイベント名にカッサンドラと名付けられたものがあった)。
そのイベントでは、パスワードを私たちに伝えると、「デッド・ドロップ」(本来はスパイが情報交換する際に情報が記された書類などをあらかじめ決めておいた場所に隠し、相手に渡していたことを指す用語。Ingressでは、イベント時に運営側から参加者にイベントを優位に進めるための情報が渡される)を渡していました。
デッド・ドロップを渡された彼女の手は、震えていました。その後ろから彼女の父親がやってきて、「彼女はIngressが大好きで、ジオキャッシング(位置情報を使った宝探しゲーム)も大好きなんだ」と話してくれました。
彼女は、コミコンで行われている次のIngressのイベントに向かっていったのですが、この思い出を今回ご紹介したのは、「この子はテレビのなかのゲームを遊んでいるわけじゃなかったんだ」と感じたからです。
Ingressでは、エージェントは2つの陣営に分かれます。彼女は、この日、所属する陣営においてヒーローになったんですよね。彼女が所属する陣営に貢献するデッド・ドロップを得たのですから。
Ingressを遊んでくださっている皆さんひとりひとりが、その少女が感じた「自分が地球規模のなにかの一部であり、自分よりも大きななにかの一部」ということや、その日の流れを変えるために極めて重要な役割を果たした、という体験を味わってほしい。これこそが、(プロデューサーである)私がIngressでやりたいことなんです。
ロメロ氏
ブライアンのエピソードより良い話はできませんが(笑)、私自身は英語だけではなく、スペイン語やポルトガル語を話せますので、これまでメキシコやブラジルを訪れて(現地のエージェントと交流して)きました。
この3年は、ええと、理由は忘れちゃいましたが(笑)イベントのペースが落ちていましたが、再びエージェントのコミュニティと交われることを本当に幸せに思います。
今回のイベントにあわせて、初めて日本を訪れたんです。日本のエージェントと交流するのが楽しみだったんです。
ブライアン氏
1カ月前、横浜でのイベントの前に、ロスアンゼルスでも同様のイベントを開催し、久々にエージェントの皆さんにお会いできてとても嬉しかった。今回も本当に楽しみでした。
20年前から、テック業界に身をおいてきましたが、やろうとしてきたことは「人と人を結びつけること」でした。
今回のイベントでは、日本のエージェントだけではなく、米国やスイスなどからも訪れていると聞いています(筆者注:近隣アジア各国からもエージェントは横浜を訪れている)。世界中から集まっているんです。
私はほかの言語は話せないんですが、それはもう大きなハードルではないんです。今日は2つの陣営が戦う日ですので、同じ陣営であれば言葉なしで通じ合えます。
明日はミッション(スタンプラリーのようにさまざまな場所を訪れていくIngress上の機能)がありますから、そうなると陣営が異なっていても友人になれます。
日本のエージェントについて
ブライアン氏
Twitterなどを通じて日本のエージェントとも交流を重ねてきたのですが、とても情熱的で繋がりが強いです。
Ingressというゲームでは、とある場所から、別の場所へリンクを張るという行為があります。本来は近所でプレイする際によくするアクションですが、日本の方は、日本からハワイにリンクをつなぎ、ハワイからカリフォルニアまでつなぐ、といったこともしています(離れた場所へリンクをつなぐためには、リンク先で得た『ポータルキー』と呼ばれるアイテムを持っておく必要がある)。
日本ではバイオカード(エージェント自身を紹介する名刺のようなカード)やバッジなどを作る方もたくさんいます。オリジナルで作ったグッズを提供する頒布会もぜひ見ていただきたいですね。本当に日本のエージェントは活発で、Ingressは日本発のゲームなのかと思うくらいです。
ナイアンティックにおけるIngressの意義
ブライアン氏
ナイアンティックでは、さまざまなコンテンツを用意しており、それらに共通するのは「体を動かすこと」「現実世界を探索すること」「ほかの人とつながること」です。
Ingressは、ナイアンティック初のゲームということもありますが、3つの要素をすべて備えており、ナイアンティックのゲームアプリすべての基礎と言えます。
ナイアンティック内のほかのチームと話すときにも、この3つの要素が必要だということは、繰り返し話しているんですよ。
技術的には、Ingressは、ナイアンティックの技術を最初に盛り込むゲームでもあります。ナイアンティックでは、AR開発プラットフォーム「Lightship」を提供し始めており、Ingressにもすでに組み込まれています。
私もスタートアップ出身ということもあって、多くのトライアルと技術開発、プロトタイピングを積極的に進めています。Ingressでスピーディに取り組み、そのフィードバックをほかのナイアンティック内のチームと共有できるのです。
ロメロ氏
私は、グーグルからスピンアウトする前からナイアンティックに在籍していますし、初代PlayStationの時代からゲーム開発に携わっています。
Pokémon GOも、ピクミンブルームも素晴らしいゲームで、これからもナイアンティックはすごいコンテンツを提供していく予定で、ぜひご紹介したいところですが、(将来する登場するゲームの詳細を)まだお話するわけにはいきません。
ナイアンティック社内では、それぞれのチームが個々の良さを大切にしながら開発を進めています。何よりも外へ誘うこと、プレイヤーの皆さんが外で遊ぶことを応援しています。
これからの10年に向けて
ブライアン氏
ナイアンティックには、ユーザーから寄せられた、各地のスポットの情報があります。POI(Point Of Interest)と呼ばれるもので、Ingressはほかのコンテンツと違い、すべてのPOIが含まれています。
そのPOIについても、Ingressでは、Lightship VPS(ビジュアルポジショニングシステム)という機能を「ポータルスキャン」という名前で実装し、各地のスポットをスキャンし、カメラベースのARとして、3D化を進めています。
プレイヤーに、ゲーム内の主人公になったような感覚になっていただくような仕組みを用意し、その見返りとして、プレイヤーは周囲の世界の情報を私たちにもたらしてくれます。
そうして寄せられた情報を、私たちは活用するという約束をしていると思っています。ポータルスキャンで得た情報をもとに、カメラベースのAR機能、データベースを構築していきます。世界中、何十万というスポットがVPS対応のポータルで動作する機能を開発中なんです。
新機能「HEXQUEST(ヘックスクエスト)」とは
ブライアン氏
数年前、「ヘキサスロン」というフィールドテストから、現在開発している機能が「HEXQUEST」になります。
(筆者注:ヘキサスロンは六種競技といった意味だが、Ingressでは2019年~2020年ごろ、複数の課題に挑む同名のイベントが開催された)
ブライアン氏
ゲーム内のストーリーとしては「IQTech」という(架空の)企業が提供するものになります。
ロメロ氏
エンジニアとしては、未来を語るのはそんなに楽ではありません(笑)。まさに開発中の機能です。楽しみにしてほしいですね。
ハイタワー氏
コミュニティを担当する私としては、今、エージェントを支援することを考えています。ナイアンティックが主催したもの、エージェントが主催するもの、どちらもサポートしたいです。
ゲーム内のストーリーで、移動型の研究車両「NL1331」というものがあります。Ingressでは、未知の物質「エキゾチックマター(XM)」が存在する――というストーリーですが、そのXMを研究する車両です。世界中を移動しているのです。
ブライアン氏
エージェントが集まるきっかけとして、「NL1331」がどこかを訪問する、といったことを考えています。
ロメロ氏
2023年は再成長の年と考えています。イベントをより円滑に進められるようなサポート機能を開発しています。
Ingressに「トースト」が登場する理由
ロメロ氏
Ingressには「トースト」が登場することはあるんですが、これは、あるミスがきっかけで登場しました。
アプリでプッシュ通知機能というものがありますよね。そのテストをしたときに誤って本番環境でテスト通知を送ってしまったんです。
こういうテスト通知は、飛び出すといったイメージから英語圏では「トースト通知」って呼ばれるんですが、そのミスをした技術者は自分自身に向けて「これはトースト通知です(This is a toast notification」って送ったつもりが、エージェント全員に届いてしまった。
ブライアン氏
エンジニアであれば「これはミスだな」とわかるんだろうと思うんでしょうが、そうではない方々から「これはパンのトーストに関するなにかがあるのか?」と受け止められてしまい……。
日本のエージェントからもすごく連絡がたくさんあったんです。そのなかに「パンを擬人化したキャラクターがいるんだよ(食パンマンのこと)」と。
そういうことを踏まえて、ナイアンティック内のデザイナーにお願いして、トーストを描いたビーコン(ポータルと呼ばれるスポットに一定時間、設置できる看板のようなもの)を作ってもらいました。
エージェントとしては、「これはゲームではない」と真剣にプレイしていただいているところですが、ちょっとほっこりする事件があって、誕生したものでした。
質疑応答
――過去2年以上、エージェントにとってもIngressにとっても困難な日々でした。そうした中でも、新たな取り組みを進めてきたと承知していますが、それでもアクティブにプレイするエージェントが減ってきたように思えます。新機能は、そうした状況への対策になるのでしょうか。
ブライアン氏
新たにIngressを始める人にとって、まだプレイする動機や、何をすべきか、わかりづらい面があると思います。
以前、ハックストリークという機能を実装しました。これは、毎日、1回でもポータルにアクセス(ハック)し、それを毎日続けると良いことがあるよ、といったものです。
その結果、アクティブ率が上昇しました。毎日アクションをするということは、ゲームにおいて、リテンション(プレイし続ける)の効果があることを理解したわけです。
新機能の「HEXQUEST」では、その後、何をしたらいいのか、エージェントに示すような機能になればいいなと考えています。
また、イベントをもっと多く実施したいですね。イベントを実施する際に大切なことは、エージェントの皆さんにとってはその日を迎えるまでの準備や、その後の体験だろうと思います。
たとえば、新しいエージェントがレベル8になるまで一緒に頑張ろう、ですとか、一緒にフィールドでプレイして、ポータルキーを交換したりするといったことを、Ingressをプレイするなかで体験することがあります。
新しく始められた方には、イベントがあれば本当にいろんなことをまとめて効率的に体験していただけると思っています。
ゲームをプレイし始めてコミュニティへつながると、より長くプレイされるという傾向もあります。イベントを実施して、多くのユーザーをお迎えして、一緒に遊びたいと思っていただけるようにしたいと。
――コミュニティを重視されることはとてもよく理解できます。一方で、ゲームバランスを変更していく考えはありますか? たとえば、レベル8のレゾネーターを2本(通常は1本)ポータルに設置できるキャンペーンも過去にありましたが、もっと積極的なキャンペーンを実施するですとか。
ブライアン氏
来年、多くの実験をしたいと考えています。その際には、社内のデータサイエンティストと、リテンションに対してどのような影響があったのか、検討を進めます。
10年続くゲームの課題でもあるのですが、長く遊んでくださっているエージェントの皆さんがいらっしゃるなかで、ルールを変えることはとても難しいです。どうしても「以前のルールのほうがよかった」という声が上がります。
2つの陣営があるなかで、以前できなかったこととして、「敵対する陣営の作ったフィールド内では、自陣営のリンクやフィールドを構築できない」というものがありましたが、現在は、一定距離内では構築できるようにしています。これで、新しいユーザーの方に喜んでいただけるのではないかと。
今後も調査して決めていきたいですし、長く情熱的に続けてくださる方にも理解していただけるように取り組みたいです。
――ライトなユーザーはかなり減少したように思えますが、Ingressは今後も続くのでしょうか。
ブライアン氏
ビジネスとして見ると、ナイアンティック内では、複数のゲームで構成するポートフォリオと考えています。
一括りで位置情報を使ったゲームといっても、Pokémon GOのトレーナーと、Ingressのエージェントが求めるものは少しずつ異なるだろうと。
実際、ここに同席するティアは、Pokémon GOでプレイしはじめた後に、Ingressを遊ぶようになりました。もっとチームで遊びたい、もっと競い合いたいということで、Ingressに行き着いた。最初の遊び方が徐々に変化する人もいるのです。
ナイアンティックとしては、遊び方の異なる複数のゲームをラインアップして、そのエコシステムのなかで遊んでいただけるのではないかと思います。
Ingressは、ナイアンティックのなかでも最新技術を取り入れる場でもあります。
プロデューサーとしてIngressのチームを見ていると、検証やリサーチに強みがあります。その中からプロトタイピングも迅速に実装しています。そのなかには、Ingressでしかできないこともあります。あまりに大規模なユーザーにはテストできないことも、Ingressでは、といったことですね。
エージェントの皆さんの多くは、ITリテラシーに高い人も多いです。そういう方々からのフィードバックも貴重な声だと思っています。
――ゲーム内では、アイテムを収納しておくとそのアイテムが少しずつ増える「クアンタムカプセル」があります。これの廃止が予定されているそうですが、現状は?
ブライアン氏
クアンタムカプセル廃止の背景には、多くの課題があります。
マルチアカウントでアイテムを増やそうという、私たちにとっては「悪いプレイヤー」になる動機になってしまうのです。
クアンタムカプセルがゲームに登場した当初は、三菱UFJ銀行がスポンサーでした。預けて増えるという機能は、預金金利のようなもので、銀行らしいものでしたが、(三菱UFJ銀行はすでにスポンサーから撤退し)「探索」を促すきっかけにはなっていないんじゃないかと。
また、アイテムを増やす計算リソースも、実は莫大なコストがかかっています。
そこで、最近は、移動距離にあわせてアイテムを生成できる「キネティックカプセル」を追加したわけです。
クアンタムカプセル廃止でも、技術的な課題がかなりありましたが、その解消の目処も立って、まもなく終了のはこびとなります。
――ありがとうございました。