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「仮想世界ではなくリアルワールド・メタバースに」、ナイアンティックがAR開発プラットフォームを目指す理由

 米ナイアンティック(Niantic)は、AR開発者キットとして「Lightship ARDK」を公開した。同社の知見やノウハウを活用し、ARの開発を強力にサポートしていく。

 本記事では、メディア向けに開催されたセッションの様子をお届けする。セッションには、ナイアンティックの最高プロダクト責任者である河合敬一氏らが登壇した。

「リアルワールド・メタバース」という考え方

 今回の「Lightship ARDK」は、ナイアンティックがこれまでコンシューマー向けゲームで培ってきたAR関連の技術をパッケージにし、AR開発プラットフォーム「Lightship」の一部として開発者向けに公開したもの。

 ちなみに、「Ingress」や「Pokémon GO」、「ピクミンブルーム(Pikmin Bloom)」といった同社のコンシューマー向けゲームはすべて、同プラットフォームの上で動作している。

 河合氏は、「『Lightship ARDK』の公開は、私たちの使命(ミッション)につながるものだと思っている」と強調する。

 これまでナイアンティックは、コンシューマー向けのゲームアプリを通じて、「人々が仲間とともに世界を探索する」という体験を後押ししてきた。河合氏は「我々の力だけでなく、開発者の方々の力も借りて(人々の体験を)後押ししたいという気持ちが、『Lightship ARDK』の公開につながった」と語る。

 では、ナイアンティックが目指すのはどのような世界なのか?

 近年では、インターネット上の仮想世界を意味する言葉として「メタバース」が注目を浴びる。この言葉は、1992年にSF作家のニール・スティーブンソン(Neal Stephenson)氏が、小説『スノウ・クラッシュ(Snow Crash)』の中で初めて使ったものとされている。

 河合氏は「メタバース」について、「現実世界があまり良くないものになってしまったから、その代わりに新しい世界を作って幸せになろうという考え方」と表現した。

 その上で、「(我々ナイアンティックは)ここではないどこかを作るのではなく、今いる場所をいかに豊かにするか、そういったことに技術の力を使いたい」と語った。これこそが、ナイアンティックが「リアルワールド・メタバース」と呼ぶ考え方だ。

 「コンピューターに関する技術を振り返ると、10年に一度の周期で大きなパラダイムシフトが起きている。次の大きな技術への変化が始まりつつあると思っており、“今の世界を豊かにする”のか、“ここではないどこかを作っていく”のかは、私たちの選択次第。『Lightship ARDK』を通じて、今の世界を豊かにしていきたい」と河合氏。

 同氏は具体的なイメージにも言及し、「晴れた日の散歩や日常の通勤を、バーチャルの力などを使って少し明るくする。また、人々が今まで知らなかった場所に気づけたり、前から気になっていたお店に行くきっかけを作ったり……そのような世界の実現に貢献したい」とした。

「Lightship ARDK」について

 「Lightship ARDK」は、Unity上で機能する開発者キットとして提供される。開発者は同キットを用いて、AndroidとiOSの両方で動作するアプリケーションを開発できる。

 すでにAndroid向けに「ARCore」、iOS向けに「ARKit」が存在しているが、河合氏は「『Lightship ARDK』はクロスプラットフォームであり、『ARCore』『ARKit』を包含するようなイメージでとらえていただきたい」と語った。

 「Lightship ARDK」の主な機能としては、「Mapping(現実世界の再現)」「Understanding(環境の理解)」「Sharing(体験の共有)」の3つが挙げられる。

「Mapping」

 「Mapping」では、リアルタイム・メッシングや深度推定といった技術を活用して、3次元の地図を自動的に作る。

 これにより、通常であれば周囲の画像を“ピクセルの集まり”としてしか認識できないスマートフォンのカメラでも、人間の目と同様、周囲の世界を立体的に認識できるようになる。

「Understanding」

 「Understanding」では、セマンティック・セグメンテーションと呼ばれる技術を活用し、地面や空、あるいは水など、周囲の環境における諸要素を即座に識別できるようにする。

 バーチャルのキャラクターに対して現実世界の情報を反映させることが可能になり、たとえばテーブルの上でジャンプするキャラクターや、木の後ろに隠れるキャラクターを作れるという。

「Sharing」

 「Sharing」は文字通り、1つの環境を複数のユーザー同士で共有できる機能。「Lightship ARDK」では、最大5台のデバイスを同時にサポートするARセッションの作成が可能になり、ユーザーは友人や家族などと同じコンテンツを楽しめる。

 最大5台という現状の制限について、将来的には同時にサポート可能な台数を増やす計画もあるとのこと。

価格やサポート体制

 「Lightship ARDK」の価格はすでに公開されており、「Mapping」「Understanding」に関しては、利用料はかからない。一方、ナイアンティックのサーバーを活用する「Sharing」は、アプリの規模に応じて有料となる。

 ただし、「Lightship ARDK」の公開から6カ月間はプロモーション期間として扱われ、「Sharing」を含むすべての機能が無料となる。

 サポート体制としてはコミュニティフォーラムなどが設置されており、「Lightship ARDK」を使う開発者を支援していく。

パートナーシップ

 今回の「Lightship ARDK」公開にあたり、ナイアンティックはソフトバンク、LIFULL、集英社の3者とパートナーシップ契約を結んだ。具体的な目標は明かされなかったが、今後もパートナーシップの拡大を図っていくという。

ソフトバンク

 ソフトバンクからは、サービス企画本部 コンテンツ推進統括部 プロダクト開発部の坂口卓也氏が登壇。同氏は「Ingress」や「Pokémon GO」のプロモーションの企画推進を担当する一方、ARのユースケースに関する研究開発も行ってきた。

 ソフトバンクでは「Lightship ARDK」を、日本の通信事業者として初めて採用。今後はこれを活用したコンテンツを開発し、コンテンツ配信サービス「5G LAB」の「AR SQUARE」アプリなどで提供していく。

 開発中のデモ映像を披露した坂口氏は、「ユーザーの方々に対して、これまでにない高度なAR体験をできるだけ早く提供していきたい」と語り、ナイアンティックとの協業における意気込みを見せた。

LIFULL

 LIFULLからは、クリエイティブ本部未来デザイン推進室リサーチ&デザイングループの山﨑晴貴氏が登壇した。

 VRによる住まい探し体験アプリ「空飛ぶホームズくん」の開発を進めるLIFULLは、そのアセットを活用し、「Lightship ARDK」の新機能を取り入れたアプリの開発を目指す。

 山﨑氏は「今回のパートナーシップを通じた取り組みによって、ユーザーの方々の“したい暮らし”を、今まで以上にサポートしていきたい」とコメントした。

集英社

 集英社からは、XRチーム プロジェクトリーダーの稲生晋之氏が登壇した。

 「週刊少年ジャンプ」をはじめとして、幅広い年齢層向けに多くの作品を送り出してきた集英社は、11月に社内で「XR事業開発課」を新設し、XR事業「集英社XR」をスタートした。

 今回のナイアンティックとのパートナーシップもその一環で、2次元上のコンテンツをARなどと組み合わせることにより、グローバル展開も図っていくという。

そのほかの取り組み

Niantic Ventures

 「Lightship ARDK」の公開と同時に、コーポレートベンチャーキャピタル「Niantic Ventures」の立ち上げも発表された。

 規模は約2000万ドル(約23億円)で、アーリーステージのAR関連企業への投資を進めていくことが目的。日本のスタートアップも対象となる。

「VPS(ビジュアル・ポジショニング・システム)」

 ナイアンティックは、AR関連の新機能として「VPS(ビジュアル・ポジショニング・システム)」の開発も進める。これは、世界中の3次元マップを作るという壮大なプロジェクトだ。

 たとえばユーザーが3次元マップ上のある場所にバーチャルの物体を置くと、その物体はそこに存在し続け、同じアプリを使うほかのユーザーが、その物体を発見できるようになる。

 「VPS」の開発には多くの画像データが必要になるが、「Ingress」や「Pokémon GO」におけるARスキャンをベースとして、ユーザーの協力を得ながら開発に取り組む。

 来年には、一部都市での本格的なローンチに先立ち、「VPS」へのアクセスが一部の開発者向けに開放される見込み。

河合氏が語る「Lightship ARDK」

 今回の「Lightship ARDK」について、河合氏は「『Lightship ARDK』をさまざまな開発者の方に使っていただくことで、1つの現実世界の上にARのレイヤーが無数にできる。ユーザーの皆さんがそのときの気分や好みに合わせたレイヤー(チャンネル)を選ぶことで、現実世界がより豊かになるような世界観を、我々はイメージしている」と語った。

 同氏はこれまでの道のりも振り返り、「我々はもともとコンシューマー向けのゲームを作る会社としてスタートした。チームが小規模だった創立当時から、今回のような開発者向けプラットフォームを作りたいと考えていた。今回、ARにフォーカスしてパッケージングし、サポート体制も構築して『Lightship ARDK』バージョン1.0として公開できたことは、我々が頑張ったところだと思う」とコメントした。