インタビュー

Pokémon GO、Ingressのナイアンティック川島氏に聞く

1万5000人規模のAEGIS-NOVA TOKYO開催直前、Pokémon GOの日本での提供は

 7月6日、米国などでスマートフォンゲーム「Pokémon GO」の提供が開始された。ポケモンマスターとして街に出ていく子供たち、深夜にもかかわらず出かけてしまい、そこで新たな出会いに繋がったひとたち、はたまた株価への影響など、この数日、大きな盛り上がりを見せ、日本でも早くプレイしたい、という声が強くなっている。

 そんななか、Pokémon GOの開発・提供元である米ナイアンティックは、7月16日、東京で「Ingress(イングレス)」のイベントを開催する。Ingressはスマートフォンの位置情報を使ったゲームで、陣取り合戦やスタンプラリーなどの要素を備える。

ナイアンティックの川島氏

 1万5000人規模の参加を見込むというイベント「AEGIS-NOVA TOKYO(イージスノヴァ東京)」直前となる今回、ナイアンティック初の日本人スタッフでもあり、アジア統括本部長の川島優志氏を直撃した。

台場に集結、東京中が舞台に

――7月16日、お台場のほか、新宿や渋谷、上野、秋葉原、両国など、東京のいたるところを舞台にした「イージスノヴァ東京」が開催されますね。このイベントの意義をあらためて教えてください。

川島氏
 今回のイベントは、Ingressにおいて過去最大規模のものです。その最大規模のイベントを東京で開催できることは、ナイアンティックにとって、僕個人にとって、とても嬉しいことです。

 Ingressがここまで広まった背景のひとつには、日本での成長が上げられます。スポンサー企業を見ても、(ローソン、ソフトバンク、大日本印刷、三菱東京UFJ銀行など)日本の企業がすごく多いです。最近ではオートバックスさんが加わりました。多くの人からのサポートを受けて、日本は、iOSでは世界トップのユーザー数にまでなっています。

 たくさんの人達にプレイしてもらって、その積み重ねで、日本の存在感というのはすごく大きいんです。日本ではもっと前に、一番大きなイベントを開催したかったのですが、それに見合う会場がなかなか見つからなかった。ようやく開催できることになりました。

 (Ingressを生み出したナイアンティック創設者の)ジョン・ハンケも、東京で大きなイベントをどうしても開催したいと言っていて、ひとつの目標が、夢が叶います。

――SF作品でもあるIngressではストーリーにあわせて“アノマリー(状態異常)”と題するイベントが数多く開催されています。ストーリー上、アノマリーにはシリーズ名が付けられていて、今回はイージスノヴァシリーズで、そのフィナーレが東京ということだそうですね。Ingressではエージェント(プレイヤー)が2つの陣営に分かれて戦っていますが、普段の戦いとは別に、シリーズとしても勝敗を争います。

川島氏
 イージスノヴァシリーズとして、モスクワやサンディエゴなどでこれまで開催していますが、今回の東京はそれらの規模を大きく超える“メガアノマリー”として圧倒的な規模になっています。

――ちなみにイージスノヴァが開催された、他の都市の規模はどれくらいでしたか?

川島氏
 おおよそ3000人~4000人ですね。プライマリー(主会場)はそんな感じです。

 それから当日はサプライズゲストもいます。ちょっとびっくりするような方がいらっしゃる予定です。

――Ingressに関わる方ですか?

川島氏
 あの……とてもいい発表です。ぜひ楽しみにしていただきたいです。みんな、(日本向けの)「Pokémon GO」が発表されると思っているんじゃないかと思うんですが、Ingressに関しても発表がありますので。

――とても気になりますが……。新機能は追加されますか?

川島氏
 あの、そうですね、スキャナ(Ingressのアプリ)内の機能として新しいものがあります。当日を楽しみにしてください。

7月16日をお祭りに

――下準備と言いますか、ここまでの経緯もお伺いしたいです。

川島氏

 今ちょうど須賀(健人氏、ナイアンティックアジア統括マーケティングマネージャー)が湾岸署に行っています。ちゃんとコミュニケーションを取ろうというところです。

 これまでも各地のエージェントにご協力いただいてきましたが、今回はその体制が非常に洗練されていて、安全性の確認などを地元のエージェントの力を借りて進めてきていることが印象的です。1万5000人もの参加を見込んでいて、たくさんのポータル(ゲーム内のスポット、公園やアートなどが登録されている)の配置など、住宅街や危ない道を避けるなど、よく考えられていて、非常に感謝しています。

イージスノヴァ東京の舞台になるのは黄色で塗られたエリア

 また当日、お台場に限ると、(ナイアンティック出資者のひとつ)フジテレビさんの「お台場夢大陸」というイベントの初日と重なっていますので、多くの人が練り歩く分には、周辺への問題にはならないのではないかなと思っています。(湾岸署に限らず)関係する警察署にはお知らせしています。

――フジテレビのイベント初日と同じ、というのはあえて狙ったことなのですか?

川島氏
 いえ、そこは偶然です。我々としては梅雨の時期を避けたかった、というのがまずありました。天候はとても大事です。本当はもう少し早い時期も考えましたが、難しかった。

 場所を探していたら、東京都の協力を得て、受付やアフターパーティ(閉会式)の会場になる場所が見つかった。その上で7月では2つの日程候補がありました。どちらがいいのか、後の日程であれば梅雨は明けているだろう……ということで決めたら、「夢大陸」と同じ日だったのです。もちろんその前の日程にして避けたほうがいいという指摘あるでしょうが、ひとつのお祭りとして同じ日程でかぶるのも悪くないんじゃないか、もし家族連れで参加されていたらどちらでも楽しめる……といった考えで決めました。

――個人的には梅雨だけではなく夏そのものを避けるのでは? と勝手に予想していました。

川島氏
 アノマリーイベントは日本だけではなく、世界中で展開しているため、他の都市での開催状況を踏まえて、よく話し合って決めます。もう少し後の時期になると次のアノマリーシリーズがあります。それもまた別途発表しますが……。

 今回、7月16日にイージスノヴァのイベントが開催されるのは東京だけです。通常、Ingressのこうしたイベントは世界各地の複数の都市で同日に開催されます。この「東京だけ」というのがやはり、日本の特別さが際立っているところです。この日程になったことで、海外からも多くのエージェントが日本に来ると思います。

 たとえばお台場の日本科学未来館にある「ジオ・コスモス」では、翌17日の「ミッションデイ」というイベントにあわせて、過去のIngressでエージェントたちが自らの力で行った、傑出した作戦を紹介します。こうしたイベントは日本だけで、海外のエージェントからすれば指をくわえてみているしかないわけです。日本に来たい! というエージェントは本当にたくさんいます。Ingressは人を動かすことに挑戦していて、東京単独開催というのは、そういった面でも意義のあることだと思っています。

6月に開催されたミニイベントでは、日本科学未来館の「ジオ・コスモス」にIngressのマップ(Intel Map)が表示された

 そうしてやってきた海外のエージェントと日本のエージェントが知り合いになったら、その繋がりをきっかけに知り合った人の国をいつか訪れる、といったことになるといいですね。また世界でも地域によって2つの勢力の特徴があります。欧州は(青色陣営の)レジスタンスが強く、米国は(緑色陣営の)エンライテンドが強い。今回、日本には欧州から多くのレジスタンスがやってくるのではないでしょうか。

――そうして訪日する外国人はどれくらいの規模になると見込んでいるのでしょうか。

川島氏
 2000~3000人だと見ています。東京には楽しめるもの、ユニークなものがたくさんあります。それがIngressの発展した理由だと思います。

Ingressのストーリー、どうなる?

――2014年12月に東京で開催された「Darsana Tokyo(ダルサナ東京)」(約5000人が参加)のころ、「1年~2年後にはストーリーに一区切りがくる」(※関連記事)というお話でした。

川島氏
 ストーリー上、ひとつの節目はもう間もなく来るのかもしれません。当時、1年か2年と述べて、それからもう1年以上経っているわけですけども、イージスノヴァ東京をもって何かパタッと終了するわけではありません。

 イージスノヴァシリーズでは既にエンライテンドの勝利が決まっていますが、ストーリーは東京の結果が大きく変化していきます。ADA(エイダ、劇中のキャラクターである人工知能の名前)の命運がかなり大きく変わりますので、ぜひエージェントのみなさんには頑張って欲しいです。今後、次のシリーズが発表されることになりますが、展開が変わってくるのだろうと思います。

グッズにあふれるIngress

川島氏
 それからイージスノヴァ東京の会場では頒布会が開催され、エージェント自身が手がけたグッズを提供する50以上のブースが立ち並びます。本当に想像しがたいクリエイティブな品ばかりで、エージェントのお財布は大丈夫かな? と心配になります(笑)。

 ナイアンティックとしても今回、公式グッズも販売します。参加される方にはぜひのぞきに来ていただきたいですね。(エージェントである)MIHOSさんの公式ポスター、あるいはグラフィックノベル「Ingress Origin」の日本語版などが用意されます。「Ingress Origin」日本語版は英語版とは少し内容が異なるところもあります。

 僕も、何か作れと言われて、今回Tシャツとポスターを作りました。東京の地図が描き込まれていて、道の1本1本が精細に記されています。これはIngressのログを使ったものではないのですが、「エージェントたちが歩いた道がつむがれて、みんなの歩いた軌跡で東京が作られている」というデザインです。ポスターのほうはA1判で、写真などをピン留めしたりして、当日のことを後から振り返っていただければなと。もしTシャツを購入していただいて、当日、僕を捕まえてくださったらサインもしますので(笑)。

川島氏がデザインしたTシャツ

――グッズといえば、先日、メルカリとのコラボレーションが発表されました(※関連記事)。メルカリ創業者の山田社長とはもともとご友人だったとか。

川島氏
 大学時代の友人で、いまや日本有数の起業家として雑誌にも紹介される人物ですが、当時は一緒に物をよく作っていました。メルカリさんとのコラボの背景としては、ナイアンティック側が以前から二次創作へのスタンスをずっと模索していたことがあります。エージェントたちが作るものに感謝しているけれども、グレーな部分がつきまとっていました。それをどう解消したらいいのか、どうやったらホワイトにできるのか考えていました。そこでひとつの方法として、出品したものにロイヤリティを課す、というモデルを試せるのではないかと。

 こうした仕組みは過去、あまりないと思います。メルカリさんがパートナーになったのは、技術的に優れていて、新しいチャレンジをしようとする力があること。そして配送などに関してインフラが整っていることが挙げられます。たとえば出品者は匿名で発送できるサービスが用意されているのですが、Ingressは位置情報を使うゲームだけに、住所を教えたくないという需要はあるでしょう。

 二次創作についてさまざまな議論があるなかで、ひとつの取り組みとしてこういうものもあるのでは、ということになります。

――さきほどイージスノヴァ東京の会場でエージェントたちのグッズが並ぶ、という話がありました。たとえばメルカリとの取り組みを通じて、そうした“日本限定”なグッズを海外のエージェントに届ける仕組みをナイアンティックがサポートする考えは?

川島氏
 それもすごく考えていて、米国ではオフィシャルストアを立ち上げて、素晴らしいエージェントの作品を取り扱うようになっています。エージェントたちの作品はどれも素晴らしいものですが、そのなかでも特に素晴らしいものがあれば、サイトを通じて提供する。日本でも立ち上げていきたいと思っています。

――それはメルカリとは別の仕組みとして、ですね。

川島氏
 はい、そうです。それから東北の職人さんによるIngressグッズを制作、販売したいというアイデアをいただいて、そのサイトを通じた販売を認めています。オンラインではできるだけメルカリを通じた形に、となっているのですが、東北については復興支援もありますし、伝統工芸での作品ということもありますので、そこで得られる10%のロイヤリティは、その東北の伝統工芸の職人団体に寄付することになっています。

――二次創作グッズの流通でのロイヤリティは、ナイアンティックにとってどの程度収益として占めるのだろう、と思っていましたが……。

川島氏
 こうした取り組みは、エージェントに安心してもらえるための環境づくりです。そうすることで、Ingressに関わる文化が健全な形で育まれるのではないかと思います。

 もちろんナイアンティックとして収益については、Ingressはこうだけど、Pokémon GOでは違うなどとサービスによって異なるモデルを模索しています。

 Ingressについては、単体でも収益が出るような形にしたいと思うけれど、プラットフォームとして特別なものなのです。そこはすごく大事にしていきたいです。

Pokémon GOについて

――「Pokémon GO」が登場して大きな話題になっています。ナイアンティックのリソースは「Ingress」よりも「Pokémon GO」に集中するのでしょうか?

川島氏
 ここ最近は、「Pokémon GO」のローンチのため、集中していましたが、Ingressにまた戻ってきます。Ingressへの新機能の追加もはやいペースで行われるんじゃないかなと思います。繰り返しになりますが「Ingress」はナイアンティックにとって特別なものなのです。

 ナイアンティックでは人を外に出す、新しい物を発見する、というミッションを掲げています。「Pokémon GO」に期待しているのは、Ingressがこれまで辿ってきたそうした効果、ストーリーをより広い人達に味わっていただけるようにする、というもので、実際にそうなりつつあります。

 外を歩いて、自分たちが申請したポータルから、より安全性の高いものが「Pokémon GO」に利用されています。「わしが育てた」じゃないですけど(笑)、Ingressのエージェントのみなさんは、自分たちが作り上げたものが「Pokémon GO」に繋がっているのだと思ってもらいたいです。「Pokémon GO」ではポケストップと呼ばれる場所から発生しているものは、Ingressにおける「エキゾチックマター(XM)」と変わりませんので、それを感じ取って、ポケモンマスターからエージェントになる人もたくさんいるんじゃないかなと思います。

――Google+でも、これまでの経緯を紹介されていましたね(関連URL)。「Pokémon GO」の正式版登場について、あらためて、川島さんのお気持ちを聞かせてください。

川島氏
 そうですね……。「Pokémon GO」のプロジェクトが始まったのは2年前、エイプリルフールに実施した、グーグルマップでの「ポケモンチャレンジ」(※関連記事)がきっかけでした。(ナイアンティックは当時、まだグーグル社内のスタートアップで)「ポケモンチャレンジ」が一足先に社内で公開されたら、ジョン・ハンケが「これをIngressのプラットフォームでできないか」と言うんです。彼の子供はポケモンで育った世代ということもあって、愛着もあったのでしょう。なんとかならないか、という相談が僕のところにきました。僕としても非常に面白いなと思ったんですよね。Ingressとの相性もさることながら、当時のプロモーションビデオがよくできていて、砂漠ではその場所にあわせたポケモンが見つかる。このコンセプトは実現できるんじゃないかと思ったのです。

 僕と同じく、当時、グーグル米国本社で勤務していたエンジニアの野村(達雄氏、ナイアンティック2人目の日本人)がポケモンチャレンジを作ったのですが、相談しにいって、その結果、ポケモン社の石原(恒和)社長にお会いできた。

 石原さんも本当にあらゆるゲームに精通する天才的な人です。Ingressも深くプレイされている。その後、石原さんがグーグルで講演する機会があったのですが、Ingressをプレイしていない社員がいるにもかかわらず、Ingressでの多重コントロールフィールド(Ingress上でフィールドを複数、重ねて構築するテクニック)の話をずっとされたりして(笑)。本当にゲームを愛している方なんですよね。

 その後、「Pokémon GO」のプロジェクトは話がどんどん進んでいきました。野村がナイアンティックに加わり、プロジェクトのリーダーとしてローンチまでこぎ着けてくれました。

 それから、河合敬一がナイアンティック独立のおりに加わってくれました。「Pokémon GO」は、日本のコンテンツを米国で開発する、という構造です。日本とシリコンバレーが協力する非常に面白いケースです。こうした、違う文化を持つ2つの国が協力していくのは、どんな国同士の組み合わせであっても難しいところがあるでしょう。それを乗り越えてこられたのは、ひとつ、任天堂やポケモン社の方々が大きな熱意を持っていたことが挙げられます。そして先に申し上げた河合の存在があります。河合は、日米それぞれでグーグルマップのストリートビューを統括していました。日米両方の考えの違いをよく知っているのです。

 野村は自分でコードを書いていく天才肌です。河合とうまくかみあって、ここまでたどり着けたと思います。

――今思い出せるもので、乗り越えた具体的なものとは?

川島氏
 日米どうこうということではないのですが、たとえば(2015年夏の)ナイアンティックの独立がありました。もともとグーグル社内で「いつかは独立」とやっていたけど、独立のタイミングを今、ここでしょうとなったときに、グーグルという大企業をやめるかどうか、チームのひとりひとりが、どういうキャリアを歩むか決めることになった。グーグルへ残ることを選んだエンジニアもいるし、ナイアンティックを選んだ人もいます。僕も家族がいて、現実問題として、難しいことですよね。

 それからポケモン社の石原さんが本当に情熱を持っておられて、任天堂の岩田さん(2015年7月逝去)ともずっと話をされていました。昨年9月の発表会でも「岩田さんと一緒に発表したかった」(※関連記事)と仰ってましたが、岩田さんがお亡くなりになる間際までミーティングを重ねてきたプロジェクトでしたので、今、実現したのは本当に嬉しいですし……(岩田氏に)お会いしたときにも、Ingressを家族で楽しんでいる写真に感激されていたのです。幅広い層がゲームを楽しめるという部分が「Ingress」にもあって「Pokémon GO」をやってみようと、その可能性を見出してくださったのかなと。予想を上回るローンチになりましたが、喜んでくださってるといいな、と思います。

――米国などで先にリリースされたのはなぜでしょう? 日本ではいつ遊べるようになりますか?

川島氏
 それらの国の優先順位が高かったというわけではありません。法律的な問題や安全性への配慮、時間が必要なものなどいろいろな要素が影響しており、慎重に選んだものです。重要性で決めたわけではありません。

 日本でのローンチが遅れているのは、サーバー自体が予想を上回るアクセスで、きちんとしないといけないというところです。発表だけして遊べないと言うのでは困ります。エンジニアは寝る間を惜しんで増強に努めています。近いうちに、日本でも提供いたします。

――7月16日の「Ingress」のイベントで、「Pokémon GO」に関連して何か発表されますか?

川島氏
 「Pokémon GO」に関して何か発表があるとはまだ言いません。

 でも、みなさん、もう来るんじゃないか、来るんじゃないかと思ってらっしゃるでしょう。少しでも早く遊んでもらえるようにしたいですし、良い発表ができるようにしたいですね。

――ありがとうございました。