インタビュー

「Ingress Prime」「Pokémon GO」のハンケ氏が語るARの今とこれから

福岡の「Ingress」公式大会で語られた次の進化の道

 Pokémon GOの大ヒットに続き、人気作品「ハリー・ポッター」とのコラボレーションを予告する米ナイアンティックCEOのジョン・ハンケ氏が来日した。同社では、近く、原点となるAR(拡張現実)型のスマートフォンゲームの次世代版である「Ingress Prime」をリリースする。

4月7日、福岡で開催された「Ingress」公式イベント

 ARゲームの旗手である同社が今、何を重要視するのか。そして次の一手は何か。ハンケ氏に聞いた。

ナイアンティックが大切にするものは

――グーグルの社内ベンチャーとして設立されてから8年になります。

ハンケ氏
 Google Mapsのチームで過ごしたのも8年ですので、それと同じくらいになりますね。設立当初「ナイアンティックラボ」と名乗っていた通り、実験的なものとしての立ち上げでした。現実の体験とARを模索するための組織で、手探りでやってきました。

 最近またARグラスが脚光を浴びています。活動のフィールドがどんどん広がっていると感じます。

アジア統括本部長の川島氏(左)とハンケ氏(右)

――ナイアンティックでは、「Adventure on foot with others(仲間と一緒に冒険へ出かけよう)」とうたっていますね。以前は「Adventure on foot」だけでしたが、1年ほど前に「with others」と付けるようになった理由は?

ハンケ氏
 リアルワールドゲームでは、コミュニティが重要です。ここ最近のナイアンティックには新しいメンバーが続々と加入している中で、明確にする必要があると考えました。

 新しく加わったスタッフは、世界中を訪れてIngressのイベント「ミッションデー」などに参加してもらっています。触れあうことが大切なのです。

 世の中に、モバイルゲームを提供する企業は数多く存在しますが、その中でナイアンティックがユニークな存在なのは、コミュニティをいかに大切にしているかという点があります。今後も注力していきたいですね。

――日本では、震災の被災地にも配慮を続けているように見えます。

ハンケ氏
 当社の製品本部長である河合敬一は東北の出身なのです。ナイアンティックがグーグルから独立する前にも、石巻でイベントを開催したこともあります(※関連記事)。これは自治体とのコラボレーションとして良い例になり、その後、米国でもフィラデルフィア、ロサンゼルスなどでも地域自治体と協力する機運が育まれています。

 何らかの施設を建設するよりも、ARを観光に活用すれば、コストがほとんどかかりません。それでいて経済的なインパクトを与える場合があります。たとえば鳥取で開催した「Pokémon GO」のイベントには8万9000人が訪れ、18億円の経済効果がありました。

 ナイアンティックでは、地域にとって“最高の場所”を探しだすきっかけとして、うまく機能するよう自社のプロダクトをデザインしています。

福岡ミッションデーで挨拶するハンケ氏

 たとえば4月7日に福岡県福岡市で開催された「ミッションデー福岡」は、当地ゆかりの戦国武将、黒田官兵衛にちなむミッション(スタンプラリーのようにスポットを巡るIngress内のミニゲーム)が用意されています。こうして街の歴史に触れられるわけです。

ミッションデーとその後の公式イベント「XM Festival」では、のべ3000人以上が参加した

ARのポテンシャルを見せたい

――Pokémon GOのヒットは、ARが盛り上がるきっかけになりました。

ハンケ氏
 以前はVRに注目が集まっていましたが、それがARにシフトしたのは素直に嬉しいですね。

 VRは、ヘッドセットで現実社会と遮断されるところがありますよね。運動もできません。ネガティブなトレンドだと捉えていたのです。

 一方、ARは、より潜在的に人々へ貢献できる力を持っています。子供が外へ出る力を持っているか、と考えるとARのほうに力があり、社会へポジティブに貢献できると。ただ、大企業がARにフィーチャーしようとしていますが、それは視覚にこだわっているように見えます。

 たとえばPokémon GOやIngressは、視覚ではなく、歴史の再発見といった手段としてAR技術を活用していたことに特徴があると思います。

 以前、任天堂でファミコンの開発に関わった方とお話したのですが、いわゆる「枯れた技術の水平思考」と呼ばれるように、最先端の技術を採用することよりも、楽しい体験を追求してこられたようです。任天堂さんの製品が洗練されているのはもちろんですが、最新のグラフィック技術ということよりも体験を重視する姿勢には、非常にインスパイアされました。ARの本当のポテンシャルを、ナイアンティックを見せていくのが大事ではないかと考えています。

――2月、ナイアンティックは、AR技術に関して「Escher Reality」というスタートアップを買収しましたね。

ハンケ氏
 はい、新たにチームの一員に迎えました。これによりARゲームのプラットフォームをより強化していきます。目指すのは、たくさんのプレイヤーが同時に、同じ体験を楽しめるようにすることです。アップルさんのARKitや、グーグルさんのARCoreではそれが実現されていません。1人だけでディスプレイ上に表現されたものを楽しむよりも、グループで一度に体験、共有できるものを提供したい。

――なるほど。ただ、そうした体験は、Pokémon GOにおけるレイドバトルや、Ingressにおけるアノマリーなどで既に実現しているのでは?

ハンケ氏
 確かにそうですね。ただ、近い将来には皆がARグラス(眼鏡型デバイス)を手にする可能性があります。そうした未来を見据え、視覚的にも強みを作りたいのです。

 AR関連では、プラットフォームを越えた、ARのマッピングデータを作りたいと考えています。「クロスプラットフォームARマッピングクラウド」と呼んでいるもので、ナイアンティックの新たなARプラットフォームの一部になります。

 これはゲームだけではなくさまざまなアプリへの活用を想定しています。ナイアンティックにとって、初のプロダクトは、街歩き中にさまざまな情報を得られる「Field Trip(フィールドトリップ)」でしたが、たとえば福岡ミッションデーで盛り込まれた、街の歴史に由来する情報を街の銅像に関連してパネルのように表示する、といったことが実現できるかもしれません。

 そうした形でARを活用して街をガイドしたり、バーチャルキャラクターが声でユーザーと交流しながら街を巡ったりする、といった体験が今後5年~10年で実現できる世界になるのではないでしょうか。

「Ingress Prime」どうなる?

――まもなく「Ingress」の新バージョン「Ingress Prime」がローンチするとのことですが、2019年5月までのイベントまで明らかにされていますね。そうしたイベントで新たな体験が提供されるのですか。

ハンケ氏
 「Ingress Prime」提供のタイミングについてはまだお話できませんが、Ingressはゲームそのものに加えて、イベント、ストーリーと3つの要素の三角形で構成されています。そこを全く新しい形にしたい。

 そこで目指していることの1つが、今までの5年を振り返るような体験を提供するということです。新たなストーリーで、全く新しいイベントのフォーマットです。

一般ユーザー向けに披露された操作画面

 これまでとにかく走りながらゲームデザインとイベント、ストーリーが相互に影響を与え合ってきました。そのノウハウが今、わかりはじめているのです。今まで得たものから、どんな新しいものを作れるのか。そういう機会になります。

――「Ingress」は、「Pokémon GO」と比べて、わかりにくい点があったと思います。改善するような取り組みはありますか。

ハンケ氏
 かつて「Ingress」開発前には、もっとわかりやすいゲームを検討したこともありましたが、「Ingress」はハードコアなSFを題材にすることにし、先端的な技術をどんどん取り入れる作品とすることに決めたのです。その分、わかりにくいところはあったかもしれませんが「Pokémon GO」での体験は「Ingress Prime」でも活かせるでしょう。

――ポータルを長く保有することで「ガーディアン」というメダルが付与される形でしたが、最近廃止されましたね。復活することはありますか?

ハンケ氏
 ガーディアンそのものを語る前にお伝えしておきたいことがあります。

 私がゲームデザインする上での理想としては、世界人口の10%が、毎日、1~2時間、プレイするものを作りたいと考えています。集中してプレイするのではなく、もっと合間の時間でちょっと遊んだり、あるいは歩いている間に距離をカウントしたりするというものです。5年ではなく、50年にわたり、子供も孫も遊べる、人生を通して遊べるものにしたい。

 「ガーディアン」は、「Ingress」で最初に導入した要素のひとつです。自分がオーナーとなっているポータルを長持ちさせるため、毎日リチャージするでしょうから、我々の考えにフィットしています。少しずつプレイしてエンゲージメントを高められる。

 しかし問題は、不正利用です。チートや位置偽装をを数は少なくとも、100%防げない現状があります。150日間保持すれば付与される実績を目指しているユーザーに対して、140日守ったポータルが不正行為で破壊されることがある。技術的に改善を図っている最中ですが、その対策が完成する前に、我々の大切なユーザーがものすごくがっかりするような体験をして欲しくありません。「ガーディアン」は我々のビジョンにマッチしている。でも技術的な観点から止めることにしました。

 現在、Pokémon GOや、今後提供する「ハリー・ポッター」とのコラボレーションを通じて、マシンラーニングなどで不正行為を防止する技術を開発し、投入していきます。現在もその効果が出てきています。「Ingress」でも、不正行為が防げるようになれば、「ガーディアン」を復活させたいですね。

――ありがとうございました。

福岡で明らかにされた「Ingress」の新要素

 4月7日、福岡で開催されたイベントでは、次バージョン「Ingress Prime」のローンチは先送りにされたものの、一部の操作画面が初めて一般ユーザー向けに公開された。

 スポンサー企業であるソフトバンクからは、「Mixed Reality(複合現実)」を活用し、マイクロソフトの「HoloLens」を用いて、Ingressの世界を楽しめる試みが紹介された。今後、何らかの形で一般ユーザーが体験できる機会を模索していくという。

ソフトバンクが開発するMRによるIngress体験
現地で披露された今後に向けた予告映像
公式イベントのXM Festival開催中では、閉会式会場の設営が着々と進められていた