石川温の「スマホ業界 Watch」

NTT法の見直しは“国民が幸せ”となるものか? NTT法廃止議論から見る日本の通信インフラ

 NTT法を巡って、当事者である「NTT」と、「KDDI・ソフトバンク・楽天モバイル連合」が火花を散らしている。

 10月19日朝、自民党でNTT法のあり方を検討する会合が開催され、その直後にNTTと、KDDI・ソフトバンク・楽天モバイル連合が“別々に”“同時刻”に記者説明会を開催したのだった。

 そもそも、NTT法の見直しは、自民党が防衛費を増額するための財源としてNTT株の売却を検討し始めたのが事の発端だ。NTT法では政府が株式の3分の1以上を保有することを義務づけているため、売却にはNTT法を見直す必要が出てくる。

 この株式売却話を絶好のチャンスだと捉えたのがNTTだ。同社が常々、不満に感じていた「固定電話のあまねく提供」「研究開発の開示義務」「社名変更」「取締役選任等の規定」も見直して欲しいとしてきたのだ。

 今回、NTTの島田明社長としては「NTT法は廃止が適当」という認識を示した。

「統合しない」なら明文化せよ

「KDDI・ソフトバンク・楽天モバイル連合」の記者会見のようす、左からソフトバンクの宮川 潤一社長、KDDIの髙橋 誠社長、楽天モバイルの鈴木 和洋共同CEO

 しかし、KDDI・ソフトバンク・楽天モバイル連合が「NTT法廃止」に待ったをかけてきた。

 この3社が恐れているのが「NTTグループの一体化」だ。

 NTT法が廃止となれば、現状、分離しているNTTとNTT東西、さらにはNTTドコモなどが一体化される懸念が出てくる。

 NTTの島田明社長は「NTT東西とNTTドコモを統合する考えはない」としているが、「そんなこと信じられるか」と不信感を募らせているのが、KDDIの髙橋誠社長とソフトバンクの宮川潤一社長だ。

NTT(持株)の島田 明社長

 高橋社長は「(再統合するつもりがないなら)法律に書いておかないといけない。分離分割の方向が閣議で決まっていたにも関わらず、法律に書いていないからとNTTは、「NTTドコモを完全子会社化」してしまった。こういうことをされるので、基本的には法律に残しておかないといけない」と主張。

 宮川社長も「NTTはNTTドコモの完全子会社化をしれっとやってしまった。あと、10年、20年後、いま我々がこの事業をやっている世代の人間が気がついて、声を出さないといけない」と危機感を募らせる。

 3社の社長がタッグを組んで記者説明会を開催し、国民に理解を求めようとしているのは、3社が提供するサービスもNTTの設備を利用しているからだ。全国にある4Gや5Gの基地局はNTTが所有する光ファイバー網につながっている。

 NTT東西には、公社時代から継承した7000の局舎、ケーブル数百万キロ、電柱1186万本など、設備投資額にして25兆円分の「特別な資産」が存在する。こうした資産は国が外資から保護すべきであるし、公正競争に寄与すべき資産ともいえるのだ。

 NTT法が廃止され、NTTグループの一体化が進むと、NTTドコモとほかの事業者の公正な競争環境が阻害される可能性がある。

 NTT東西とNTTドコモが一体化すれば、他事業者が借りる回線の料金が上がったり、条件が不利になることを恐れている。結果として、利用者料金の高止まりやイノベーションが停滞するなど国民の利益が損なわれるとKDDIなどは主張しているのだ。

共同出資のインフラ会社とする「光の道構想」

 昔話をして恐縮だが、実は2010年ごろ、ソフトバンクの孫正義社長(当時)が「光の道構想」をぶち上げたことがある。

 NTT東西が持つ「特別な資産」を会社分離した上で、政府やNTT、さらにはKDDI、ソフトバンクが共同出資する「アクセス回線専用会社」として運営していくべきだというものだ。

 これにより、NTT東西にとって赤字の原因であったメタル回線を剥がし、光ファイバー網に置き換えてしまうことで、全国的に一気に光ファイバー網を活用できるだけでなく、光ブロードバンド回線の利用料を月額5000円から1150円に引き下げられる事ができるという構想だった。

 かなり魅力的な話であったが、当時、Twitter上では「ソフトバンクは自分たちでネットワークを構築せず、NTT東西の回線にタダ乗りする気か」と批判が上がったり、孫社長自身が政府や総務省に対してケンカ腰であったため、警戒されて、話は頓挫してしまったのだ。

 ただ、今振り返ってみると、この「光の道構想」は実に素晴らしい。国が外資から保護すべき「特別な資産」も守ることができるし、NTT、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルが公平に回線を利用できる仕組みでもある気がしてならない。なにより、光ブロードバンド回線料金が大幅に値下げされ、1000円ちょっとで使えるというのであれば、国民の財布に優しいのは間違いないだろう。

 NTT法の見直しというせっかくのタイミングなのだから、かつての「光の道構想」のように国民生活が豊かになるような通信の未来のカタチをいまこそ検討していくべきだろう。

 宮川社長に「今回の議論を光の道構想まで持っていくつもりはないのか」と質問したところ、「チャンスがあればやりたい」とのことだった。

 ただ「ソフトバンクは意外と嫌われている。我々が言い出しっぺだとなかなかまとまらない」(宮川社長)とも語る。

 一方で、宮川社長は「これからデジタル化が進み、処理するデータ量が莫大になっていく。管路などに光ファイバーが埋まっており、日本全国でつながっている。さらに(ネットワークインフラを)強化すべき側にまわるべき。全員で協力し合って新しい日本を作るのが重要だ」と主張する。

 このままでは、国民にはNTTとKDDI、ソフトバンク、楽天モバイルがいがみ合っている構図しか見えてこない。

 自民党には「防衛費の増額」だけでなく、国民が通信インフラによって幸せになる「NTT法の見直し」に着手してもらいたい。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。