石川温の「スマホ業界 Watch」

今年のアドビは生成AI推し、「Adobe MAX 2023」で見えた“2つの方向性“

 アドビのクリエイター向けイベント「Adobe MAX 2023」が、10月10日(現地時間)、アメリカ・ロサンゼルスで開催された。

 昨年は「メタバース」向けのアプリなどを強力にプッシュしていたが、今年は予想通り「AI」が中心だ。画像生成AIである「Firefly」が大幅に進化。AIで写真画像を生成するクオリティが上がり、また別の画像をAIに参照させることで、自分が欲しいと感じている画像に近づけることが可能となった。

 たとえば「女性が交差点でスマートフォンで喋っている」とテキストを打ち込めば、それっぽい写真画像が生成される。この画像に対して「油絵」の参照画像を読ませると、油絵風の「女性が交差点でスマートフォンで喋っている」画像が出来上がってくるのだ。

 さらにベクターデータによる画像も生成することができるようになり、素人が「Illustrator」アプリでイラストで簡単に描くということが可能になった。

 たとえば「スマートフォンを持った忍者」とテキスト入力すれば、それっぽい画像が出てくるし、ベクターデータで生成されているので、自由に変形させたりすることも可能だ。また「再配色」といって全体の色味をまとめて変更することもできたりする。

 個人的には15年以上前、F1雑誌の編集者もしていたころ、イラストレーターさんから上がってきたIllustratorのデータを扱うことがあり、「とても難しいソフトだな」とできるだけ触りたくないなと思っていたアプリだった。しかし、一念発起して自分でIllustratorを使って画を描いてみようとチャレンジしたが、難しすぎてあっさりと断念したこともあった。

 だが、今回、提供されたFireflyはまさに最初のとっかかりの部分を克服している進化といえるだろう。Illustratorの細かい操作性を知らなくても、とりあえずはAIを使って、なんとなく、それっぽいイラストを描けてしまう。ベースとなるイラストを触りつつ、「もうちょっとIllustratorを使いこなせるようになろうかな」という気にさせてくれる。

 これまで、アドビの経営課題として解決が求められていたのが「いかにAdobe製品を使ってもらえるユーザーを増やすか」という点だった。

 YouTuberなどSNSが盛り上がることで、インフルエンサーとしてのクリエイター人口が増えたのは間違いない。しかし、無料のアプリを使われてしまっては、Adobeに恩恵はもたらさない。

 そこで、ここ数年、アドビが強化してきたのが、PhotoshopやIllustratorなどパソコン向けアプリのiPhoneやiPad向けの展開だ。

 これまでマウスが中心だった操作性を指とペンを使って使いやすい操作性に進化させ、特にiPadで手軽にデビューできるようにアドビは注力してきたのだった。

 ただ、今年のAdobe MAXではそうしたiPhoneやiPad向けのアプリ強化の話題はほとんど出ていない。というか、もはや、iPhoneやiPad向けのアプリにおいては「定番化」してしまっており、ニュース性は薄くなったのだろう。

アドビが力を入れる2つの方向性

 そんななか、このタイミングでアドビが強化しているのが2つの方向性だ。ひとつはWeb版の強化であり、PhotoshopやIllustratorのWeb版が強化されている。

 さらにデバイスとしてはグーグルの「Chromebook」向けに注力が行われている。先日、グーグルはチップやメモリの性能を2倍近くアップさせた「Chromebook Plus」を発表。acer、ASUS、HP、Lenoveが対応機種を発表、発売している。

 アドビではChromebook Plusに対して、Webブラウザ版のPhotoshopや簡単に画像編集やポスター、チラシなどを作成できるAdobe Expressを訴求している。

 アメリカでは特に教育市場において、Chromebookは圧倒的なシェアを誇っている。安価でありながら、やれることが多く、またデバイスを一括して管理しやすく、マルウェアなどからの攻撃も受けにくいというメリットが評価されている。

 日本においても、GIGAスクール構想において、40%を超えるシェアを誇っており、WindowsPCやiPadを寄せ付けない人気を誇っている。

 アドビがChromebook Plus向けにPhotoshopやAdobe Expressを訴求しているのは、もちろん教育市場で新たなユーザーを獲得したいという表れだろう。

 実際にCreative Cloud製品マーケティング担当 バイスプレジデント、ディーパ・サブラマニアム氏は「Adobe Expressを教育現場に向けてChromebook Plusに搭載していく。Chromebook Plusはまさにクリエイティビティのチカラを教育現場に向けてプッシュルするには最適のデバイスと言える。これから大きなチカラになっていくだろう」と語る。

ディーパ・サブラマニアム氏

 またAdobe Experience Cloudプラットフォーム兼製品担当シニアバイスプレジデントであるアミット・アフジャ氏は「Adobe Expressのユースケースは様々だ。教育関係にも使えるし、マーケティング的に使える」という。

アミット・アフジャ氏

 Adobe MAXの会場では、HPのChromebook PlusでPhotoshopを試すことができた。生成AI「Firefly」にも対応しており、テキストから自由に画像を生成することができた。ただ、クラウドのやりとりに若干、待たされるし、描画にも時間がかかる。昨今、グーグルの「Pixel」やアップル「iPhone」など、チップを自社で開発し、AIの処理機能を持たせることで、処理能力を上げ、他社と差別化するというアプローチが増えている。

 アドビも生成AIを推していくのなら、Fireflyに特化した自社開発チップを開発するなんてことがあるのだろうか。

 デジタルメディア担当CTOのイーライ・グリーンフィールド氏は「いろんなメーカーと研究している。モデルが大きくなっており、ハイブリッドとしてクラウドで処理しつつ、ローカルを強化していく。最後のアセットをレンダリングするなど、ローカルの果たす役割は大きい」と語る。

イーライ・グリーンフィールド

 学生など、新たなユーザーを開拓するためにも「安価だけど高性能でFireflyの処理が快適」というデバイスは必要だろう。

 将来的にはFireflyの処理に優れたチップやデバイスをどこかのメーカーが出すということもあり得そうだ。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。