石川温の「スマホ業界 Watch」

非常時における「事業者間ローミング」、携帯各社の意見を読み解く

 9月28日、総務省にて「非常時における事業者間ローミング等に関する検討会」という有識者会議が始まった。

 7月上旬に起きたKDDIの大規模通信障害では、音声通話、データ通信が使いづらい状態になったが、なかでも110番や119番がつながらないという問題が浮き彫りとなった。

 実は緊急通報のうち、約6割は携帯電話からの発信だとされている。

 KDDIの通信障害では110番通報に関して、通信障害が発生した7月2日と7月3日の合算と、前週6月25日、26日の合算との間で、全国の警察本部に入電のあった110番通報のうち、KDDIおよび沖縄セルラー電話からの通報件数は、平時と比較して約45%減少したという。その一方で、他社携帯電話からの通報は各社約27%増加、公衆電話からの通報は約21%増加したとのことだ。

 通信障害のみならず、台風や地震などで、キャリアのネットワークがつながらなくなることは多々ある。そこで、そうした緊急時において、契約しているキャリアが使えなくなっても、他社回線を経由して緊急通報ができるようにならないか、という検討が始まったのであった。

 ただ、一方で「通信障害時にはスマホ決済も使えなくなる。一般の通話やデータ通信もローミングできるようにならないか」という声もある。有識者からも「緊急通報だけという現実解よりも、志高くデータ通信ローミングを含めた議論をすべき」との指摘もあった。

 今回の検討会において、4キャリアはいずれもローミングに対しては諸手を挙げて「賛同」という立場を表明している。しかし、各社からのプレゼンを見ていると「一般通話やデータ通信を含めたローミングは技術的にもハードルが高く、準備にも時間がかかる。緊急通報だけならなんとかなりそうだけど……」という消極的なスタンスが目立っているように感じた。

 確かにキャリアの立場とすれば、ローミングを実現するためには新たな設備投資や改修が必要となってくる。また緊急時の運用も複雑になることは間違いない。一般の音声通話やデータ通信までローミング対象となれば、他社のネットワークがダウンした途端、他社ユーザーの接続が殺到し、一気にトラフィックが増えて、自社ネットワークもパンクしてもおかしくない状態になるだろう。

 キャリアとすれば、ローミングを受けてもネットワークの負荷が少ない緊急通報のみでなんとか許して欲しい、というのが本音なのではないか。

 そんな邪推をしたくなったのは、NTTドコモ、ソフトバンクが通信障害時の対策としてローミングに賛同しながらも、一方で「DUAL eSIMの活用」を口にし始めたからだ。

 確かにスマートフォンのなかに2つのSIMカードが入っており、2つのキャリアを使えれば、どちらかのネットワークがダウンしても、別のキャリアで緊急通報、一般の音声通話、データ通信を使い続けられる。

 実際、筆者は、名刺にauの電話番号を記載しているのだが、通信障害でつながらなくなった際には、iPhone 13 Proに入れていたソフトバンクのeSIMでなんとか仕事の連絡をつづけることができた。

 eSIMは確かに便利ではあるが、ちょっと前までは一般のユーザーには敷居が高い印象もあった。どちらかというと、スマホや通信サービスに詳しい「玄人向け」という感じであった。

 しかし、数年前からiPhoneはeSIMに対応となっている。また、iOS 16からは「クイック転送」に対応し、auやpovo、UQモバイルではキャリアのサイトで申請をしなくても、端末だけで、eSIMの転送作業が行える。eSIMの取り扱いが今まで以上に実に簡単になったのだ。

 これまで、キャリアはeSIMの導入には否定的な立場であった。

 しかし、菅政権により料金値下げを目指した「アクションプラン」が制定され、そのなかにeSIMの推進が盛り込まれたことで、キャリアとしても諦めがついたのだろう。

 キャリアが扱うAndroidスマートフォンでもeSIMの採用が増えたし、どのキャリアでもオンラインでeSIMの申請ができるようになった(一部キャリアはなぜか長期間に渡るメンテナンス作業をしていたが)。

 これまでeSIMに消極的であったキャリアたちだが「ローミングの議論でネットワークシステムに追加の設備投資や改修を迫られるくらいなら、DUAL eSIMを訴求した方が負担が少ないのではないか」という考えになったとしてもおかしくない。

 もうひとつ、DUAL eSIMを推進することで「ビジネスチャンスに繋げられるのではないか」という魂胆も見え隠れする。

 今回の検討会でIIJからは「KDDIの通信障害によって、IIJのeSIMサービスの申し込み件数が、6月平均の8倍になった」という報告があった。まさにMVNOによる創意工夫によって生まれたサービスが、通信障害によってユーザーに一気に支持されたといえるだろう。緊急時のローミングが実現するのはユーザーにとって大きなメリットになるが、一方で、こうしたIIJのような新しい通信サービスの芽を潰すことにもなりかねない。

 「いざという時のために、もう一回線、eSIMを契約しておこう」という機運が高まれば、回線数が増加し、それにより新たな通信料収入につなげることもできる。キャリアやMVNOなど通信業界全体に喜ばしいことになるのは間違いない。

 IIJだけでなく、最近では日本通信やHISモバイル、mineoなどもeSIMを始めるなど、MVNOにとって新たな商機となっているだけに、ローミング実現には慎重な議論が求められそうだ。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。