石川温の「スマホ業界 Watch」

総務省で議論進む非常時の「ローミング」と、考えるべき「今すぐできること」

 この夏、KDDIが起こした大規模な通信障害では「110番などの緊急通報も繋がらない」というトラブルに見舞われた。そのため、総務省では現在、「非常時における事業者間ローミング等に関する検討会」を開催している。

 大規模通信障害時や災害時など、ネットワークがダウンした際、他社の回線にローミングして、緊急通報だけでも使えるようにならないか、また、可能であれば緊急通報だけでなく、SMSやデータ通信もローミングできないか、などを技術的、制度的に検討する場となっている。

 4キャリアからは「ローミング接続に対しては賛同する」という意向が示されているが「呼び返しや一般通話、データ通信を含めたローミングとなると難易度が上がる」として、緊急通報だけのローミングを現実解としている雰囲気がある。

重要テーマのひとつ「呼び返し機能」

 今回のローミングの議論において重点的なテーマとなっているが「呼び返し機能」だ。

 緊急通報は、固定電話の頃の考え方が継承されており、万が一、発信者からの通話が切れてしまった場合、緊急通報を受けた側からの呼び返し通話が発信者につながるようにしなくてはならないという決まりがある。

 海外ではSIMカードのないスマートフォンからでも緊急通報が可能だが、日本では対応していない。なぜなら、呼び返しの通話ができないからというのがその理由だ。

 10月25日に開始された検討会では警察庁、消防庁、海上保安庁が登壇し「呼び返し機能」の是非についての議論が盛り上がった。

 KDDIの大規模通信障害では、コアネットワークも機能しなくなっていた。仮に同様の通信障害が起きた際、ローミングが実現されていたとしても、呼び返し機能は使えない可能性が極めて高い。

 総務省からの「ローミングを提供する際、呼び返し機能がなくてもいいのか」という質問に対して、警察庁、消防庁、海上保安庁とも「事業者間ローミングを実現すべき。しかも、データ通信を含めたフル機能で。もちろん呼び返し機能は絶対に必要」という主張を繰り返していたのだった。

 そもそも検討会としては「万が一、コアネットワークが落ちた際、呼び返し機能がなくても許されるものなのか」というおうかがいを立てたつもりであったのだが、警察庁、消防庁、海上保安庁ともに「フルローミングで呼び返し機能は絶対必要」と頑なに譲らないので話にならない。

 しかも、警察庁からは「コアネットワークが落ちないような対策をしてほしい」という要望があった。

 誰も「コアネットワークが落ちる」なんて思っていない。キャリアは落ちないように万全な対策を打っているが、どうしても通信障害が発生してしまうものなのだ。それを「落ちないような対策をして欲しい」と要望するのは無理があるというものだ。

 コアネットワークが落ちた時にどうローミングを実現するかが、この検討会の趣旨であり、議論がかなり噛み合っていない感じもあった。

課題を乗り越えられるのか

 いずれにしても警察庁、消防庁、海上保安庁ともに「呼び返し機能」を求めており、コアネットワークが落ちた際に事業者間のローミングを実現するというのは技術的に相当、難しいのは間違いないようだ。

 関係者は「従来、この手の検討会はあらかじめ総務省の方でシナリオができていて、その通りに議論が進んでいく。しかし、今回の緊急ローミングに関する検討会は、突然、総務大臣から無理難題が降ってきて、答えのないまま検討会が進んでいる感がある。今後、担当者同士での話し合いになるだろうが、落としどころは見えてないのではないか」と語る。

 仮にまた、KDDIで通信障害が起こった場合、auのユーザーをどのようにしてNTTドコモ、ソフトバンク、楽天モバイルのネットワークに振り分け、音声通話、SMS、データ通信のローミングを提供するのか。どうやって呼び返し機能を提供するかなど技術的な検討課題は山積みだ。

 もちろん、NTTドコモ、ソフトバンク、楽天モバイルで通信障害が起こった時にどうするのか、どれくらいの通信障害の規模からローミングを提供するのか、どのタイミングで終了させるのかなどもあらかじめ検討しなければならない。

 さらに、いつ起こるかわからない通信障害のために、それぞれのキャリアが、ネットワーク改修に多額の費用を注ぎ込むのが、どこまで現実的なのか、という議論も必要だろう。

注目すべき「LINEからの緊急通報」

 ただ、検討会では、かなり真っ当な意見が有識者から提案された。

 「この検討会で議論するテーマではないかもしれないが、 緊急通報の新たな仕組みづくりが必要なのでは 」というのだ。

 そもそも、緊急通報を音声通話だけで受け付けると言うのは、必ずしも時代に合っていないのかもしれない。多くのユーザーがスマホを持ち、無料メッセージアプリ「LINE」を使っている。ならば、LINEで緊急通報を受けられるようにすればいいのではないか。

 警察庁、消防庁、海上保安庁がLINE公式アカウントを作り、本人確認が取れているアカウントからのみ緊急通報を受け付けるようにすればいい。

 「LINEのサーバーは海外にあるぞ」と言う指摘が出るのであれば、LINEだけでなく3キャリアがやっている「+メッセージ」のアカウントもあればいい。

 いっそのこと、FacebookやTwitter(イーロン・マスク体制になって少し不安だが)、Instagramなど、さまざまなSNSに公式アカウントを作り、日頃は警察庁、消防庁、海上保安庁から防犯や防災のメッセージを発信しつつ、いざという時には緊急メッセージを受け付けてくれれば安心だ。

 別の有識者からは「海外では緊急通報を発信できるアプリがある。日本で導入できないか」とか「日本では聴覚障害者向けに緊急通報できるアプリがある。それを一般に解放できないか」といった意見もあったが、人生で数回、かけるかかけないかの程度の緊急通報のために、わざわざ専用アプリ入れる人なんて、たかが知れている。

 新型コロナウィルス接触確認アプリ「COCOA」ですら、まともに普及しなかったのだから、専用アプリではなく、普段から使っているSNSで緊急通報メッセージが送れた方がいい。

 また、有識者の中からは「Wi-Fi Callingは使えないのか」と言う質問もあった。

 キャリアからは「ネットワークの改修が必要」と言う回答であったが、台風など局所的に基地局がダウンして使えなくなった場合、Wi-Fiさえ使えればWi-Fi Callingで電話ができるだけでも安否確認ぐらいには使えるのではないか。Wi-Fi Callingでの緊急通報の提供は難しいかも知れないが、「音声通話の提供」という意味では、Wi-Fi Callingの実現を検討してもいいのではないか。

 今回のKDDIの大規模通信障害を受けて、あるMVNO関係者は「法人からのデュアルSIM運用の問い合わせが殺到している。やはり、ある運送会社がKDDI回線に依存していたこともあり、通信障害時に仕事にならなかったのが大きかったようだ」と語る。

 先日、IIJが1枚のSIMカードで複数のキャリアの回線に切り替えて接続できるマルチプロファイルSIMを開発したと発表したが、今度も起きるであろう大規模通信障害に備えて、こうしたMVNOの企業努力が身を結ぶ取り組みも必要なのではないだろうか。

 いずれにしても「コアネットワークが落ちたら、呼び替え機能もある事業者間ローミングを提供する」という環境の実現はかなり先の話になりそうなだけに、キャリアやMVNO、ユーザーが「今すぐできること」から始めていき、いざという時に備える必要がありそうだ。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。