法林岳之の「週刊モバイルCATCH UP」
NTTドコモの完全子会社化で、公正な競争環境は担保できるのか?
2020年9月30日 06:00
9月29日、NTTとNTTドコモはオンラインで共同記者会見を開催し、日本電信電話株式会社(NTT持株)がNTTドコモに対し、TOB(株式公開買付け)を実施し、完全子会社化することを発表した。詳細は本誌の速報記事を参照していただきたいが、ここでは今一度、この子会社化の是非と業界への影響について、考えてみよう。
規制緩和によって、競争環境を生み出してきた通信業界
携帯電話業界ではここ数年、昨年の電気通信事業法改正に象徴されるように、料金施策や販売施策など、業界の在り方について、さまざまな議論がくり広げられてきた。
そんな中、NTT持株がNTTドコモを完全子会社化することが発表された。
ユーザーとしては携帯電話料金値下げなどに結び付くのであれば、気にならないと考えてしまいそうだが、今回の話はここ三十数年の通信業界全体の在り方を根底から覆すような動きであり、見方によっては非常に筋のよろしくない取り組みとも言えるのだ。今一度、過去の流れを振り返りながら、説明を進めよう。
NTTの歴史
まず、NTTは広く知られているように、元々、「日本電信電話公社」(電電公社)と呼ばれる国営の特殊法人からスタートしている。
当時の郵政省の外郭団体として、1952年に設立されたが、1985年に施行された電気通信事業法により、電電公社の民営化、電気通信事業への新規参入、端末の自由化及び通信自由化が認められた。
対抗する事業者が誕生
これを受ける形で、1984年~1987年にかけて、相次いで新規通信事業者が設立されている。
京セラなどが出資する「第二電電(DDI)」(後にKDDIに合併)、トヨタなどが出資する「日本高速通信」(後にKDDIに合併)、日本国有鉄道(JRグループ)などが出資した「日本テレコム」(後にソフトバンクに合併)などが設立され、長距離通信サービス提供を開始し、当時のNTTよりも割安な市外通話が実現した。
その後、各社は通話料の値下げ競争をくり広げ、国際電信電話の分野においても同様の展開が図られたため、国内の電信電話サービスにおいて、はじめて 「競争環境によって、料金の低廉化やサービスの向上が図ることができた」 とされている。
ちなみに、余談だが、このとき、もっとも通話料が安い回線を自動的に選択する装置「NCC BOX」(LCR/Least Cost Routing)を開発したのが当時の日本ソフトバンク、現在のソフトバンクグループの代表取締役会長兼社長の孫正義氏であり、孫氏は現在もこの基本特許を保有している。
NTTの分離分割
1985年の民営化によって、日本電信電話株式会社がスタートしたが、1999年には巨大化したNTTグループでは、新規通信事業者と公正な競争ができないとして、地域を担当する東日本電信電話株式会社(NTT東日本)と西日本電信電話株式会社(NTT西日本)、長距離や国際を担当するエヌ・ティ・ティ・コミュニケーションズ株式会社(NTTコミュニケーションズ)に分割された。
3社の内、地域会社については直接的な対抗勢力こそ、登場しなかったものの、ADSLなどではNTT東西のフレッツADSLに、Yahoo!BBが対抗し、その後、ソフトバンクが通信事業で成長するきっかけを創り出した。
長距離と国際についても前述の新規通信事業者との間で、激しい競争がくり広げられたが、2000年代に入ると、電信電話サービスの主役は携帯電話事業に移行し、DDI、IDO、KDDの合併によるKDDIの設立、英VodafoneのJ-フォン買収による参入、ソフトバンクによる買収など、携帯電話会社を軸にした業界再編が進んでいく。
電電公社の異端児から屋台骨を支えるエースへ
一方、NTTドコモは元々、電電公社の移動体通信サービスを担当していた部門が起点としている。
当初はポケットベルのサービスを提供し、1979年に自動車電話サービス、1987年に第一世代となる携帯電話サービス(アナログ方式)の提供を開始した。ところが、当初はエリアも狭いうえ、料金が高額だったため、一部の企業ユーザーなどが利用するに留まり、一般ユーザーが手を出すには程遠い存在だった。
そんな中、1990年に政府が「日本電信電話株式会社から移動体通信事業の分離」の方針を打ち出し、1991年にエヌ・ティ・ティ・移動通信企画株式会社が設立され、NTTドコモのブランド名で全国でサービスが展開された。このとき、初代の代表取締役社長を務めたのが大星公二氏で、当時から歯に衣着せぬ物言いで、各方面で注目を集めた。
その後、NTTドコモは1997年に現在のデータ通信のベースとなる技術である「パケット通信」を「DoPa」で実現し、1999年にパケット通信を活かした「iモード」を生み出したが、2000年代はじめにiモードが急成長を遂げていたとき、会長職に就いていた大星氏は「iモードは成功したのは、自分らがパケット通信を作ったおかげ」と豪語したり、NTT持株との関係について、「そろそろ社名から『NTT』を外して、『株式会社ドコモ』にしたい」とコメントし、周囲を慌てさせるなど、自由奔放な発言が注目を集めた。
ドコモの気風
NTTドコモというと、『電電公社』という国有の特殊法人から生まれた企業というイメージが強調されがちだが、筆者が3Gサービス開始時のイベントに、大星会長といっしょに出演したときの印象などから推測すると、NTTドコモはNTTグループという縛りにとらわれず、比較的、自由に動き回ることができた会社だ。
だからこそ、外部から優秀な人材を招き、iモードのようなサービスを生み出すことができたように見える。
もちろん、すべてが成功ではなく、最終的にはNTTグループならではの障壁に阻まれ、NTTドコモを去った人も居るが、それでもNTTグループの他社に比べれば、自由度の高い企業風土を持っているというのが実情だろう。
屋台骨を支えるエースに
電電公社の移動体通信サービスから飛び出したNTTドコモは、1993年に各地域会社を統合し、1998年に東証一部に上場。同年にはNTTパーソナルのPHS事業の承継などがあったが、1999年には2000年代の主力サービスとなる「iモード」を開始し、順調な成長を遂げていく。
ここ数年は携帯電話料金の値下げや競争環境の激化の影響もあり、やや目減りしている感もあるが、NTT持株会社のIR情報を見ると、2019年度は営業収益で30%超、営業利益で50%超を稼ぎ出すなど、NTTグループの屋台骨を支えるエースとなっている。
しかし、稼ぎが多いからと言って、NTTグループ内での発言力が高まったかというと、そこはNTTグループの政治力学の難しいところで、2012年に加藤薰氏が就任するまで、NTTドコモ出身の代表取締役社長は生まれなかった。しかもNTTドコモの役員には、次々とNTT持株やNTT東西から人が送り込まれ、NTTドコモが持つ自由なカラーは徐々に薄められていったようにも見えた。
「NTT法の範囲には含まれない」というが……
これらの説明からもわかるように、国内の通信業界は競争環境によって、通信料金の低廉化やサービスの向上が図られてきたという背景がある。つまり、国有の特殊法人から生まれた企業があり、これを分割民営化し、規制緩和によって、対抗勢力の登場と成長を促してきたからこそ、競争環境が生まれ、低廉な料金や多様なサービスが提供されてきたわけだ。
ところが、今回のNTTドコモの完全子会社化は、再びNTTグループという大きな勢力にまとめようとしている。ちなみに、NTTドコモのシェアは40%強だが、NTT東西は70%の光回線のシェアを持っており、この組み合わせはKDDIやソフトバンクにとって、かなりの脅威となる。
9月29日の共同記者会見の質疑応答では、他社からの反発が予想されることや競争環境についての質問が相次いだが、NTT持株の代表取締役社長の澤田純氏は「NTT法の適用範囲はNTT東西。NTTドコモ、NTTコミュニケーションズ、NTTコムウェアは対象外なので、法的に問題ない。総務省にも確認をした」と突っぱねている。
競争環境として、本当に問題がないかどうかは、公正取引委員会などが判断することになりそうだが、法的に問題がないとは言え、やはり、これまでの流れから振り返ってみると、あまり筋のいい話とは言えないだろう。
澤田社長が「ドコモ完全子会社化」で目指すものは……
澤田社長は今回の完全子会社化について、「5Gを活かし、グローバル市場で戦っていくために必要」「次なる6GやIOWN構想を見据え、NTTコミュニケーションズやNTTコムウェアが強い法人向けビジネスを移管させ、新しい事業を創出していく」といった主旨の説明をしていた。
確かに、5Gはこれまでの世代と違い、さまざまなサービスと連携し、社会のインフラとして、通信が組み込まれ、新しい価値を生み出すことが期待されている。
トヨタのスマートシティ構想などの事例を見てもわかるように、これまでとまったく異なる軸で、通信が社会に融け込んでいくことに検討されている。
5G/6Gで重要視される「光回線」
しかし、5Gにせよ、次なる6Gにせよ、当面、そのバックホールとなるのは光回線であり、NTT東西は現時点で、70%のシェアを持っている。
5Gを見てもわかるように、5G以降のモバイルデータ通信では高い周波数帯域が使われるため、今まで以上に多くの基地局を展開する必要があり、その結果、より多くの光回線が利用されることになる。そうなれば、当然、光回線のシェアが高い通信事業者が大きな利益を得るわけだ。
NTTグループの共同調達
また、この話題は昨年あたりから何度となく、記事でも触れられてきた「共同調達」にも関連する。
これまでNTT持株とNTT東西は、NTTドコモなどのグループ会社と資材を共同調達することが制限されてきたが、2019年、これを総務省が容認する方針が打ち出している。
こうした動きに対し、昨年、KDDIやソフトバンクなど21社は、共同調達に対する意見申出書を提出したが、これは認められず、今年8月にはNTT持株とNTT東西が共同調達実施の告知に踏み切っている。
KDDIやソフトバンクなど、他社が共同調達に反対する意見を出した背景には、1985年の民営化以前、NTTが巨大な購買力を持ち、通信機器メーカーに対して、強い支配力を持っていたことが関係している。
現在は携帯電話端末や通信設備などもある程度の自由度があるとされるが、たとえば、前述の基地局設備に必要な光回線の関連機器について、O-RAN的な取り組みがあるものの、もし「NTT独自仕様」のような形で調達されてしまうと、他社もそれを調達しなければならず、コスト削減などに影響が出てしまうことを危惧しているわけだ。
通信事業のグローバル展開の難しさ
さらに、グローバルへの展開について言えば、確かにGAFAなど、OTT各社の巨大な勢力が注目され、そこに対抗していく姿勢が打ち出されているが、通信事業者としての立場を考えた場合、実際に日本以外の国と地域の通信事業者を買収したり、保有することは、かなり難しいとされる。
直近で言えば、ソフトバンクの米スプリント買収が記憶に新しいが、NTTドコモも2000年代にiモードの世界展開を狙い、米AT&Tへ1兆1000億円を出資したが、いずれも失敗に終わっている。
実は、NTTの株式も外国人が一定割合以上、保有することが制限されており、国家の根幹となる通信インフラを海外の企業に委ねることは、世界的にも制限されている。
そのため、NTTグループがグローバルでの事業展開をするのであれば、通信事業というより、通信を使ったソリューションなどのビジネスが中心になるが、そのためにNTTドコモを完全子会社化する必要があるようには受け取れない。
もちろん、これからの時代、NTTグループが世界で戦うために、5Gや6Gというモバイルの技術が必要であることは認めるが、事業会社を完全子会社化しなければ、できないことなのだろうか。
これまでの三十数年は何だったのか
そして、もうひとつ考慮しなければならないのは、資本関係だ。
冒頭でも説明したように、NTTは1985年に民営化後、1999年に3社に分割されたが、3社の親会社であるNTT持株は、2020年6月30日現在、政府(財務大臣)が33.93%の株式を保有しており、純粋な民営会社ではない。
そのことを考慮すると、今回の話は政府の資本が入った企業が国内で40%という最大シェアを持つ携帯電話会社を完全子会社化するということであり、国がNTT持株を通して、携帯電話会社を保有しようという取り組みでもあるわけだ。
今回のNTTドコモの完全子会社化の背景には、政府とNTTが日本のICT再興を狙う思いが見え隠れする。もし、政府が国策として、そういった方向性を打ち出すのであれば、監督官庁である武田良太総務大臣が何らかの説明をするべきだ。
しかし、9月29日昼に行なわれた会見では、NTTドコモがNTTから独立した経緯を踏まえた指摘に対し、「明らかに当時は、市内電話が圧倒的に多い時代。ここまで携帯電話が普及した時代と(かつてのNTT分離分割の状況は)社会環境に合致しない。社会環境に合致した健全なやり方を期待したい」とコメントしており、容認する構えを示すに留まっている。
しかし、通信事業者の競争環境を偏らせるかもしれない動向が本当に現在の社会環境に合致していると言えるのだろうか。共同記者会見の席に於いて、澤田社長は事前に総務省に報告していたことを明らかにしており、用意周到に根回しが進められていたこともうかがえる。
ここ数年、携帯電話業界は、菅義偉総理大臣(当時は官房長官)の「4割下げられる余地がある」という発言に端を発し、総務省も「3社寡占で、適切な競争環境ができていない」と、再三、モバイル研究会などの検討会を通じて、コントロールしようとしてきた。
しかし、イジワルな見方をすれば、「4割下げられる」発言から着々とNTTグループの再編と強化の準備を進められてきて、今日の発表に至ったのではないかとも受け取られ兼ねない印象だ。元々、NTTはここ十年ほど、グループ再編を進めてきており、その集大成的な動きと言えなくもないが、それにしてもこれまでの流れを鑑みると、不可解な印象は否めない。
また、冒頭でも説明したように、これまでの三十数年、通信業界は規制緩和によって、競争環境を生み出し、料金の低廉化やサービスの向上が図られてきた。
携帯電話料金の値下げ問題については、あらためて説明したいが、今回のNTT持株によるNTTドコモの完全子会社化は、三十数年にわたる通信業界の取り組みを根底から覆すものであり、公正な競争が担保できるのかどうかが非常に不透明な状況にある。
今後、関係各社がどのように反応するのか、ユーザーがどう受け取るのかなど、動向をしっかりとチェックしていきたい。