インタビュー

KDDI高橋社長に聞く、“ドコモ子会社化”がもたらす「公平競争の危機」

 NTTドコモが、NTTの完全子会社になる――大きな驚きをもたらした発表から約2カ月。ドコモ株式の公開買付(TOB)は11月16日で終了し、NTTはドコモ株式の91.46%を保有するに至った。

 NTT(持株)の澤田純社長は、ドコモ買収の背景として、ドコモ自体の成長、ひいてはNTTグループの成長を挙げる。そして、11月17日の講演では、光による通信をハードウェア内部にも組み込む「IOWN構想」を軸に、日本のIT産業の興隆を唱えた。

 「世界に冠たる日本のIT技術の確立」を目指すNTT。だが、そのステップとして打ち出された「ドコモ完全子会社化」に対し、国内の通信各社28社が11月11日、総務大臣へ意見書を提出した。その内容は「公正な競争環境」への危惧を示すものだ。

 意見書では、公開の場での議論を求めるほか、公正な競争環境を担保する取り組みを総務省にもとめている。また、NTTから総務省への報告を求め、公表することもあわせて申し出ている。

 NTTドコモはこれまでもNTTの子会社だった。それが完全子会社になることで、どのような「公平な競争」への影響があるのか。KDDIの髙橋誠代表取締役社長に聞いた。聞き手は本誌関口と法林岳之氏。

議論抜きに「違和感」

――11月11日、総務省へドコモ子会社化に関する意見書を提出し、会見も開催されました。あらためて、どのような場面で問題が起き得るのか教えてください。

髙橋氏
 まず、総務省が掲げる「民間の力を使い、日本の国力をもう一度強化する」という競争政策については大賛成です。5G、そしてグローバル・ファーストなどを含む6Gに向けた取り組みにも賛成しています。異論はありません。

髙橋氏

 一方で、これまでを振り返ると、「NTT分割」などの取り組みは競争を促進するという方針が根本にあります。NTTとNTTドコモの関係も、徐々に希薄化するというのが国の方針でした。

――そうした議論はいつの間にか行われなくなりました。

髙橋氏
 「独占回帰」と「公正な競争政策」って相反するものですよね。ここがおかしいと思っている点のひとつめ。

 また「もともと子会社だったものが100%保有になっても何も変わらない」という話もありますが、それには反論したい。

――と言いますと?

髙橋氏
 たとえばNTT東日本、NTT西日本が、いわゆるボトルネック設備を保有しています。

 ボトルネック設備は各家庭に繋がる光ファイバーやGC局(グループセンター局、NTTの収容局)のことで、公平に各通信事業者へ提供すべきものです。

――家庭向けの固定通信サービスを提供する際には、必ず通る経路や設備ですね。

髙橋氏
 そして、NTT東西が提供する設備を利用する際の、卸料金がちっとも下がらない。

 同じ携帯電話事業者であるNTTドコモにとっても、本来、NTT東西の卸料金は下がって欲しいもののはずです。

 ところが、ドコモ完全子会社化になればどうなるか。

 NTT東西も100%子会社です。つまり「NTTグループ全体での利益の最大化」を考えると、「卸料金を下げない」という方向が強化されてしまうのではないか? という懸念があります。

 携帯各社にとって不利な条件という意味では、ドコモも同じです。でも卸料金が下がらなければ、グループ全体では潤うわけです。そういう構造は避けなければならないなと。

――NTTドコモがこれまでのNTT(持株)の保有率66%→100%になると、ドコモからNTT東西への卸料金の支払いは、グループ全体で見ると資金が還流するだけだと。

「GAFA対抗、意味がわからない」

髙橋氏
 「NTT独占回帰で、GAFAに対抗できる」という論もあります。でも、これはどうにも意味がわからないんです。

 GAFAと言っても、いろんな側面があります。何をもって対抗するのかよくわからない。そこはもっと議論したほうがいいかなと思います。

ボトルネック設備を共有化

髙橋氏
 それから、これまでも、法制度上、ボトルネック設備を見える形でフェアに使える環境にすると定義されています。しかし今後は、もっとより明確にしたほうがいい。

 かつての歴史を知っている方は減っていますが、15年ほど前、竹中平蔵総務大臣(当時)のもとで(NTTの)構造的な分離、持株制度を辞めたほうが良いのではないか、という議論がありました。今回も、もう一度議論する意義はあるんじゃないかと思います。

 日本には良い光ファイバーのネットワークが構築されています。もう一度(NTTを)分離して、さらにネットワークの整備を加速できるのであれば、その上で、新しい産業を起こすこともできます。それこそ日本の国力強化に繋がります。

――10年ほど前、政府が掲げた「光の道」構想で、ソフトバンクの孫正義氏が、NTT東西からアクセス回線部門を分離して独立した会社を設立すべきと訴えました。そのイメージに近いのでしょうか?

髙橋氏
 あ、そうですよね。当時は、想定料金がちょっと安すぎた設定で議論が立ち消えになりました。

 これから5G、6Gと無線技術が進化する中では、活用する周波数帯がどんどん上の帯域になります。すると、いかに光ファイバー網が整備されているかが重要です。

――基地局からの電波が届きにくくなる、つまり数多くの基地局が必要になり、そこに繋がる光回線が必要になる、ということですね。

髙橋氏
 はい、国としてどう整備するかという議論になりますよね。たとえば今年に入って、総務省も遠隔地への光ファイバー整備に予算をつけています。

 国と民間の力をどう組み合わせていくのか。もしかしたら半分ずつ分担して、国民からも出資を募るという考えもあるかもしれません。

 そうした工夫で、設備拡充をもっと加速させて、その設備を各社が使う形になり、その上でビジネスを創り上げていけばいいと思うんです。

「使わざるを得ないからボトルネック」

――ちなみに、NTT対抗として誕生したKDDIにとって、そうした資産を用いることに抵抗感はありませんか?

髙橋氏
 ぜんぜんありませんよ。今だって利用している場所はありますし。電力系のネットワークも自前のものも利用していますと。

法林氏
 共有するということは、KDDI自身の設備を競合に使わせることもあり得るかと思いますが、それも含めてですか?

髙橋氏
 いいと思ってます。

法林氏
 共同企業体を設立して、その設備を公平に使えれば良いということですか。

髙橋氏
 ぜんぜん良いです。

法林氏
 それは、ちょっと意外でした(笑)。

山本雄次氏(KDDI渉外統括部長)
 補足すると、ボトルネック設備は「使わざるを得ない」んです。だからボトルネックと呼ばれるわけでして。

髙橋氏
 光ファイバー回線を整備する際には、管路(電線などを地下で通すための配管)や電柱が活用されています。それらの設備は、公社時代に作られたものです。

 KDDI自身も管路などを構築することもありますが、多くはNTTが保有する設備を使います。

――管路、電柱を全て自前で、というのは費用面でも時間の面でも難しそうですか。

髙橋氏
 はい、そうです。それに、似たような設備を同じような場所に構築するのは無駄です。協創と協調の時代の今、一緒に作れるものは、できるだけ皆で手掛けたほうがいい。

 それは5Gの設備でも同じで、だからこそ当社はソフトバンクさんと一緒に「5G JAPAN」という合弁会社で、遠隔地でのエリア整備を進めます。これが現代の常識ではないのかなと思います。

山本氏
 繰り返しになりますが、全国に設置された管路、電柱などの設備は、公社時代に作られたものです。それは国民の生活向上に資するために整備されたもので、「民間企業が経営判断としてリスクを取って整備したもの」ではありません。それと同じものを民間で作り上げるのは、無理があるんです。

 そこは競争が働かない領域ですから、みんなで使えたほうがいいと。

髙橋氏
 最近、「協創と協調の時代」だとあらためて感じています。これからの5G、そしてその次の6Gの時代は、設備投資が本当に巨額になるんです。

 先に申し上げたように「ボトルネック設備の開放」に向けた議論がありつつ、もうひとつ協調で設備を作り上げていく動きは阻害すべきではないとも思っています。

法林氏
 すると基幹となる光ファイバー網を共同で構築するようになったとして、その上のレイヤーで勝負していくと。

髙橋氏
 そうです、そうです。通信を使って、いかに付加価値を作るか、という議論になります。そこでの競争になっていくんではないかと思うんです。

――ちょっと未来すぎる話になるかもしれませんが、インフラシェアリングについては、設備を維持・発展させる原動力はどうなるんでしょう。

法林氏
 極端な例かもしれませんが、採算の上がらない設備をインフラ会社に押し付けるとか。インフラとして最低限の機能は維持されるかもしれないけど、そこを発展させるのは誰になるのか、というあたりですね。

髙橋氏
 確かにそうですね。構造の議論は必要です。KDDIとしても全国に自前の光ファイバー網があるわけではありません。電力系事業者(PNG)さんやCATVさんが保有する設備も活用しています。

 それらが一同団結すべきなのか。ゼロサムの議論になりかねません。どうすれば設備投資が進むのかは議論が必要です。

 それとは別に、今回、提起するように「ボトルネック設備」については、フェアに使えるように整備すべきだと思っています。

 どこまで一緒にして、どこから競争領域にするか、という話でもありますね。このあたりは、公正取引委員会での議論もあるように思えます。

 たとえば全てを共用すると競争にならない、ではダメなのか。遠隔地だけなら良いのか――そのあたりの議論はしっかりやっていかないといけませんね。

「ドコモ子会社化は止められない」、だからこそ

――ドコモ株式の公開買い付けが終わりました。総務省での議論を求めるという話は、「ドコモ完全子会社化」を政策制度面で補強し、お墨付きを与える懸念はありませんか? どのような手を打つのでしょうか。

髙橋氏
 はい、完全子会社化の動きは止まらないでしょう。

 一方で、「ボトルネック設備における開放性の確保」はもう少し議論が深まると思いますし、どちらかと言えば、そちらが主軸になるでしょう。

 それから、「将来的にNTTコミュニケーションズとNTTコムウェアをドコモグループに」という話もあります。こちらは道半ばですから、議論の余地があります。

「公正な競争」が引き出す進化

――意見書の提出に関する本誌記事への反響では、KDDIやソフトバンクも十分巨大な企業ではないかという指摘の声が多く見受けられました。「公正な競争」が何をもたらすのか、その恩恵がなかなか伝わりづらいかなとも思えたのですが、いかがでしょうか。

髙橋氏
 そういったお声には「頑張ります」ということに尽きます。

 ただ、過去を振り返ると、過去20年で通信速度は飛躍的に進化しました。スマートフォンで楽しめるコンテンツの表現力も向上しています。

 お客さまも、より良いものを求められます。そこに対して、私たちも品質などを大きく改善してきた点は、事実としてあります。

 その背景には、まさに今までの競争環境があるのです。その環境をいかに維持するのか。

 そこに「NTT独占回帰」は相反する行為ですので、政策面で注意を払っていただきたいと思っています。繰り返しになりますが、そうした上で、私たちは(より良いものを提供できるよう)頑張ります。

――確かに昔は、地下鉄の階段を降りるたびに圏外になっていたり、繁華街の駅前では繋がりにくくなったり遅くなっていましたね。今日はありがとうございました。