石川温の「スマホ業界 Watch」

「日本のiPhoneは“つまらないデバイス”になる」、Appleがスマホ新法に抱く強烈な危機感

 ついにアップルも堪忍袋の緒が切れたようだ。

 アップルのSenior Vice President of Worldwide Marketingであるグレッグ・ジョズウィアック氏が、iPhone 17シリーズ発表イベントの翌日、本社内に日本のメディア陣を緊急招集。

グレッグ・ジョズウィアック氏

 日本で12月18日に施行される「スマホ新法(スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律)」に対して直接、懸念の声を上げたのだ。

 スマホ新法とは、アップルやグーグルに対して、スマートフォンのOSやアプリストア、ブラウザ、検索エンジンなどの寡占状態を是正し、競争を促進するための法律だ。

 アップルが提供するAppStore以外からもアプリをダウンロードできるようにするサイドローディングなどが、これまでユーザーの安全性を脅かすとして話題となってきた。

 しかし、グレッグ・ジョズウィアック氏が特に問題視しているのが、日本がスマホ新法を制定する上でお手本にしてきた欧州(EU)のDMA(デジタル市場法)の惨状だ。

 DMAではOSの機能開放を求めている。例えば、iPhoneとアップルの周辺機器で提供されている機能は他社も使えるようにしなくてはいけない。

 しかし、アップルとしては、ユーザーのプライバシーや個人情報を保護した上で、iPhoneと周辺機器と連携している。もし、他社に同じ機能を提供しようと思えば、プライバシーやセキュリティが脅かされる可能性が十分にあるのだ。

 そんな心配もあるため、アップルは欧州において、Mac上でiPhoneを操作できるミラーリング機能を提供していない。また、すでにライブ翻訳機能が提供されているが、こちらも欧州では未提供の状態だ。

 この9月に発売となったAirPods Pro 3のライブ翻訳機能では、目の前で外国人が話している言語を、リアルタイムに翻訳してくれる。現在、日本語には対応していないが、年内には日本語翻訳も提供される予定だ。

AirPods Pro 3のライブ翻訳機能

 実際、開発中の英語から日本語の翻訳もアップル本社で試してみたが、かなり実用性がありそうだと期待が持てた。このライブ翻訳が年内に提供されたとしても、12月18日以降、スマホ新法が施行されたら提供打ち切りになってしまう可能性もある。

 グレッグ・ジョズウィアック氏は「DMAによって、企業が長年の投資による研究開発によって生み出してきたイノベーションや技術を競合他社に無償で提供するように強制されている。これはイノベーションを阻害する要因でしかない」と怒りをあらわにする。

 これまでアップルはユーザーに「魔法のような体験」を売りにしていた。

 例えば、AirPodsの蓋を開けるだけで、iPhoneにポップアップが表示され、簡単にペアリングができるという体験は、アップルが長年、ハードウェアとソフトウェアに投資してきたからこそ、実現できたものだ。しかし、DMAがあると、同じ機能を初日からすべてのデバイスに提供する義務が生じるため、アップルとしては「提供するのは無理」ということになるようだ。

 つまり、EU圏のユーザーはアップルが提供しようとする、便利な機能がどんどん使えなくなってくるということを意味する。
 DMAではデバイスが蓄積した情報を第三者がアクセスすることも可能となっている。例えば、公衆Wi-Fiに接続した履歴を知ることもできるため、病院など「他人に知られたくない場所にいたこと」もわかってしまう。

 つまり、SNS事業者がユーザーの公衆Wi-Fi接続履歴をのぞき見ることで「ユーザーが身体のことで悩んでいることに対して、最適な広告を表示する」といった活用も可能となるのだ。

 アップルとしては、米国企業である同社やグーグルばかりが目の敵にされ、サムスン電子や中国企業が全く適用されていない点においても腹立たしく感じている。特定の企業のみに適用され「公平な競争環境ではない」(グレッグ・ジョズウィアック氏)という。

日本の「スマホ新法」はDMAの二の舞になるか

 アップルが懸念しているのは、欧州のDMAによって起きた悲劇が日本でも繰り返されないかということだ。

 スマホ新法の条文ではOSの機能開放について、DMAに比べて現実的なアプローチがとられている

 が、実際、どこまで法律をきちんと適用するかが見えていない。

 それこそ、法律を過大解釈して、アップルを懲らしめる可能性だって十分にあり得る。

 特にお役所の文書は「行間を読む」スキルが求められ、空気を読み違えたらアウトという世界だったりもする。

 そんな失敗は犯せないので、アップルとしても日本市場では「新しい機能は提供しない」という、安全策をとることになるだろう。結果、ユーザーとしては「アップル製品は海外では機能が豊富なのに、日本では本当につまらないデバイス」になりかねない。

 スマホ新法によって、ユーザーのプライバシーとセキュリティが脅かされ、企業が持つ知的財産権やイノベーションに対するインセンティブが無視される恐れがある。

 アップルとしては、日本のスマホ新法が、DMAの二の舞になりやしないかと、相当な危機感を持っている。日本としてはヨーロッパの経験を学び、同じ過ちを繰り返してはならない。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。