藤岡雅宣の「モバイル技術百景」
オープンRANとは – 基地局オープン化とAIによる制御の枠組み –
2025年7月31日 16:47
モバイルネットワークの主要構成要素である無線基地局について、各ベンダーによる一体化した独自の装置構成から、機能分割して各機能部を異なるベンダーが提供、汎用ハードウェア上のソフトウェア機能として実現、また基地局を外部からAIを利用して柔軟に制御可能にするなどオープンRAN(Radio Access Network)のアーキテクチャに進化させる機運があります。
モバイル通信事業者は、それぞれアプローチは異なりますがオープンRANのアーキテクチャを取り込む方向で動いています。ドコモとNECが設立したOREX SAIや楽天グループの楽天シンフォニーは、このオープンRANのアーキテクチャに基づいた基地局を世界に展開する活動を進めています。また、従来の大手基地局ベンダーもオープンRANの流れに乗りつつあります。
そこで今回はオープンRANとは何か、どのような可能性があるのかまとめます。
無線基地局の構成
私たちがスマホなどで利用するモバイルネットワークは、無線アクセスネットワーク(RAN)とコアネットワーク(CN:Core Network)から構成されています。スマホなどの端末は電波を使ってネットワークとつながりますが、この電波を使った端末との接続を担っているのがRANです。RANは、スマホと直接電波をやりとりする基地局群から構成されています。
基地局は図1に示すように、一般にベースバンド装置(BBU: Baseband Unit)と無線装置(RU: Radio Unit)及びアンテナから構成されています。BBUは、CNとの間の映像や音声などのデジタル信号と、これを電波で送るための無線信号との間の変換のための複雑な演算処理を行います。
電波を送ったり受けたりするのがアンテナで、アンテナが受け取った電波から信号を取り出してBBUに送る役割を担うのがRUです。その逆に、BBUから送られてきた信号を電波に乗せてアンテナに送る処理も行います。BBUは、端末から受け取った信号からデータを取り出してそれをバックホールの光回線などを通してCNに送る処理や、その逆の処理を行います。
近年の基地局では多くの場合、BBUとRUがハードウェア的に分離しておりその間をフロントホールと呼ばれる光ファイバで接続しています。
RUは、BBUから送られてきたデジタル信号を電波に乗せるためのアナログ信号にしてアンテナに送る役割、またアンテナが受け取ったアナログ信号から元のデジタル信号を取り出してBBUに送る役割を担います。
5Gでは、BBUを複雑でリアルタイム性が要求される無線信号処理を担うDU(Distributed Unit)と、DUの上位レベルの信号のやりとりやCNとの接続を担うCU(Centralized Unit)という2つの機能に分割して規定しています。これらのCUとDUは、一体化してBBUとして実装する構成と、それぞれを分離して実装する構成があります。
オープンRANのねらい
オープンRANの一つのねらいは、基地局を構成する各機能の間の切り口(インターフェース)を明確に定義してオープン化し、各機能を実装した装置を異なるベンダーから調達しても相互にうまく動作できるようにすることです。
特に、従来RUとBBUの間のフロントホールと呼ばれるインターフェースはベンダーごとに規定されていましたが、これをオープン化することにより異なるベンダーから調達することが可能となります。BBUとCNの間のインターフェースやRUとアンテナのインターフェースは従来からオープン化されていましたが、これらに加えて装置間インターフェースのオープン化が促進されます。
オープンRANの別のねらいは、CUやDUを従来の専用のハードウェアではなく汎用のサーバーやクラウド上で動作するようにすることです。これは仮想化と呼ばれ、ソフトウェアにより必要な機能を実現することを目指しています。ただ、現実には一部のリアルタイム性の厳しい複雑な演算処理はアクセラレータという専用ハードウェアも利用するのが前提です。
オープンRANの3つ目のねらいは、基地局の制御機能をオープン化して外部からAIを用いるなどして柔軟に制御することです。無線周波数利用の効率化、障害や問題の早期検出・復旧、省エネなどを外部のソフトウェアによる制御で実現することを意図しています。
O-RAN Allianceによる標準化
オープンRANの具体化のため、基地局の構成要素を機能毎に規定し、異なるベンダーやソフトウェア開発業者が各構成要素を提供しても相互運用が可能なように標準仕様の策定を行っている国際的な業界団体がO-RAN Allianceです。
2010年代初頭から中国を中心に複数基地局のBBUを集中化してセンターに配備するCentralized RAN、さらにその発展型であるCloud RANの検討が進みました。この「C-RAN」とは別に、基地局内部のインターフェースをオープン化してマルチベンダー構成を可能とするための検討が2016年に米国で発足したxRAN Forumで進められました。
O-RAN AllianceはC-RANやxRAN Forumの活動を引き継いで統合する形で、2018年2月AT&T、中国移動、ドイツテレコム、NTTドコモ、オレンジによって設立されました。現在、日本の大手4社を含む世界32のモバイル通信事業者、約230のベンダーや学術機関などが参加しています。
国際的にモバイル通信のための世界統一の標準仕様は3GPP(3rd Generation Partnership Project)で規定しています。ただ、基地局を構成する装置や機能の間のインターフェースについては、3GPPでは実装可能なレベルまでの詳細を規定せず、各ベンダーの実装に委ねている部分があります。これに対してO-RAN Allianceは、3GPPを補完しより実装に近い仕様を策定しています。
また、3GPPではスコープ外となっている基地局機能仮想化の枠組み、基地局外部からの操作・制御などについて、O-RAN Allianceが独自の仕様を策定しています。
O-RAN Allianceは標準策定だけではなく、実際に標準仕様に基づき開発した装置相互間の接続性検証をPlugFestとして定期的に開催、推進しておりマルチベンダー構成の柔軟なネットワーク運用を目指しています。
また、Linux Foundationと連携してO-RAN Software Community(OSC)を設立して、基地局制御用ソフトウェアの実装例をオープンソースとして開発・公開しており、仕様から実装への開発促進や迅速な技術検証を支えています。これらの活動により、マルチベンダー環境での柔軟かつ効率的な機能・装置開発が可能になっています。
図2に、O-RAN Allianceで想定する基地局アーキテクチャを簡略化して示します(運用・管理のインターフェースは省略)。O-RAN Allianceでは、基地局を構成する主要な装置・機能については、最初に「O-」というプレフィクスを付けています。オープンRANのねらいであるマルチベンダー化、仮想化、インテリジェント化のそれぞれについて、以下に述べていきます。
オープン化によるマルチベンダー化
従来から、基地局とスマホの間の無線インターフェースについては、基地局が様々なメーカーのスマホと接続するために3GPPで仕様が明確に規定されています。また、基地局とコアネットワークの間のインターフェースについても、様々なベンダーの基地局と様々なベンダーのコアネットワーク機器が接続されることを想定して3GPPで仕様が詳細に規定されています。
一方で、O-RAN Allianceでは基地局内部のインターフェースについて、異なるベンダーの装置や機能の間の相互接続ができる実装可能なレベルでの仕様を規定しています。例えば、図2に示すDUとRUの間のフロントホールの詳細仕様を規定することにより、基地局の根幹をなすBBU(CU/DU)と無線装置を異なるベンダーで構成することが可能となります。
例えばNTTドコモはO-RAN Allianceの仕様に準拠したCU/DUとRUをそれぞれ複数の異なるベンダーから調達して、任意の組み合わせで利用しています。また、楽天モバイルはDUを複数の異なるベンダーのRUと組み合わせて利用しています。
日本ベンダーのコンパクトで高性能なRUを、海外ベンダーのDUと組み合わせて利用することも可能となります。実際、例えばAT&TはO-RAN Allianceの仕様に準拠した富士通のRUとエリクソンのCU/DUを組み合わせて採用しています。
O-RAN Allianceでは、フロントホールだけではなく後述のRICとCU/DUの間のインターフェースについても明確に規定しています。一方で、CUとDUの間や異なる基地局のCU同士その他のインターフェース仕様については3GPPに委ねた上で、相互接続性を担保するためのオプション絞り込みなどを行っています。
基地局の仮想化、ソフトウェア化
モバイルネットワークにおける仮想化の検討はNFV(Network Functions Virtualization)という枠組みで、コアネットワークを対象に2010年代初頭から始まり、2010年代半ば以降実際に商用ネットワークにおいて汎用サーバー上での実装が進んでいます。
一方、基地局の仮想化の検討については、O-RAN Alliance設立後2010年代終盤から始まりました。ここでは、基地局機能をクラウドを含む汎用サーバー上で効率よく実装・運用するためのいわゆるクラウドネイティブな技術基盤、インターフェースを規定しています。
また、汎用サーバーではリアルタイム性を満足できない無線の非常に複雑な信号処理については、高速並列計算処理に特化したアクセラレータを用いることを前提に、アクセラレータ利用のためのインターフェースを規定しています。
比較的処理能力が小さい基地局のBBUについては、従来から汎用サーバー上で独自に実装することもありました。それに対してO-RANの仮想化は、サーバー上でのCU/DU実装方式、アクセラレータとの切り口をオープン化することで、ここでも様々なベンダーのサーバーやアクセラレータの組合せの自由度を担保しています。
大手基地局ベンダーも、従来DUにおける膨大な信号処理のために専用集積回路であるASIC(Application-Specific Integrated Circuit)などを開発してきましたが、それよりも汎用プロセッサを利用する方がコスト的、開発期間的に有利であると判断すれば、そちらの方向に舵を切ることも考えられます。
実際、ASICなどの開発には膨大なコストが掛かることもあり、また仮想化構成のほうが次に述べる基地局インテリジェント化との親和性が高いということもあるので、長期的には仮想化が主流になる可能性があります。
基地局のインテリジェント化
CU/DUの監視や制御を外部から行うための仕組みもO-RAN Allianceで標準化しています。その基盤となるのが、図2に示すRIC(RAN Intelligent Controller)と呼ばれるソフトウェア実行環境です。RICとCU及びDUとのインターフェースはリアルタイム処理に適したやりとりが行えるように規定しています。
実際には、RICはNon-RealtimeとNear-Realtimeの2階層構造となっています。そして、各階層のRICを利用してCU/DUを操作するソフトウェアがRANアプリケーションであり、Non-Realtime RIC上ではrAPP、Near-Realtime RIC上ではxAPPと呼ばれるRANアプリが動作します。
rAPPは直接CU/DUに作用するわけではなく、Near-Realtime RICを通して間接的に作用します。
xAppやrAPPは各種設定の最適化、機能高度化、新機能導入、障害復旧など、基地局を外部から監視したり制御するために必要に応じてAIを使用します。xAppは1秒以内の周期で基地局に作用する準リアルタイムの、rAppは1秒以上で日単位や月単位も含めた長い周期で基地局に作用する非リアルタイムのアプリを意味します。
RICはxAppやrAppに対して標準的な切り口を提供し、誰でもこれらのアプリを開発し実行できる環境を整えています。xAppやrAppといったRANアプリの開発には、通信ベンダー、通信事業者だけではなく、AIに精通したアプリ開発業者やベンチャーも取り組むと想定されます。実際日本でも、FYRAなどそのような開発に取り組むベンチャーが現れてきています。
CU/DUを外部から操作することは、上記の基地局の仮想化・ソフトウェア化により基地局機能を柔軟に構築する流れと呼応しています。つまり、仮想化により基地局の柔軟な制御も可能になっていくということです。
従来一旦設置すると定期的なソフトウェア更新などでのみ可能であった基地局機能の変更が、この仕組みによりいつでも、また短時間で行えるようになります。つまり、既存の基地局機能をソフトウェアにより柔軟に改善したり、利用状況に応じて最適化することにより既存資産の継続的な有効活用が図れます。
相互接続試験
O-RAN Allianceは、OTIC(Open Testing and Integration Centre)と呼ばれるオープンRAN機器やソフトウェアの相互接続試験や、装置がO-RAN Alliance仕様に準拠しているかどうかを検証する中立的な試験拠点の設立も推進しています。
O-RAN AllianceがOTIC設立のための基準・ガイドラインを作り、これに基づいて設立されたOTICを公式に認定する役割を担っています。世界各地の研究施設や通信事業者のラボがOTICとして登録されています。定期的なO RAN Alliance主催のPlugFestもOTICを中心に実施されており、最新のオープンRAN技術の検証と普及を支える重要な役割を果たしています。
OTICはO-RANの公認テスト機関として、O RAN仕様に準拠していることや他装置との相互運用に問題ないことを確認すると同時に、装置全体としてのシステムテストを実施し、合格した製品には証明書やバッジを発行します。この証明書やバッジを発行できるのは OTIC のみとなっています。
日本でも、2022年12月に横須賀リサーチパーク(YRP)内にJapan OTICが設立され、モバイル通信大手4社が共同で運営して、機能検証、性能試験、エンドツーエンドの統合評価などを実施しています。
インフラシェアへの適用
モバイル通信をどこでも使えるようにという観点から、屋外基地局の電波が届きにくいビルの中やショッピングモールなどで、通信事業者間での共用システムにより低コストで好条件のカバレッジを実現するインフラシェアの要求が高まってます。
このようなインフラシェアにおいて、従来はシステムを共用する事業者が各々基地局RU(あるいは基地局全体)をビル内などに設置し、各事業者のRUからの電波出力を束ねて光回線や同軸ケーブルで各フロアに置かれた屋内アンテナまで配線する構成が一般的でした。
一方で、各通信事業者のDU(BBU)がO-RAN標準に準拠していれば、O-RAN標準ベースのフロントホールが利用可能となり、複数事業者の免許周波数を束ねて処理可能なRUを事業者間で共用することが可能となります。これにより図3に示すように、共用RUから各フロアに置かれた屋内アンテナまで配線することで共用システムが構築できます。
これにより、共用システムが単純化され省スペース、省エネ、低コストで実現できる可能性が出てきます。実際、JTOWERではそのような構成で利用可能なRUを開発し、導入にむけた準備を進めています。
おわりに
オープンRANの取り組みは、無線基地局市場が大手ベンダーによって寡占されていることや、一旦特定ベンダーの基地局を導入すると他社製品への切り替えが難しくなるベンダーロックインといった課題を解決しベンダーの選択肢を増やす手段として始まりました。
2010年代終わり以降、北米、欧州、インド、日本などが地政学的な観点から中国系ベンダーの排除方針を打ち出したことを背景に、その動きが一層加速しました。
一方で、オープンRANは基地局の構成要素をオープンインターフェースで分離し、異なるプレイヤーが提供する機能を柔軟に組み合わせることで、将来的な基地局の高度化、インテリジェント化を大きく後押しすると期待されます。
特に基地局機能を外部から操作する仕組みとして、RICはAIを活用した無線周波数利用の最適化、混雑状況の予測や干渉回避、エネルギー効率化などを自律的に実現することを目指しています。これにより、運用中の基地局の性能改善や新機能の迅速な導入が可能となります。
楽天モバイルのイノベーションプログラム開発事業部ジェネラルマネージャである朽津光広氏は、「オープンRANにより、日本ベンダーを含めて都心部、郊外などのトラフィック状況に応じて、安価で優れた無線機を選択できるようになりました。更にO-RAN Allianceの仕様に基づき柔軟にRANをAIで制御できるようになっただけでなく、RIC自体もオープン化したことで様々なAIのユースケースの実現、今までにない革新的なサービスが提供できると期待しています。これらは、6GのAIにもつながっていくと考えています」と述べています。
オープンRANによりスマートなモバイルネットワークが実現され、低コストで柔軟なネットワーク運用と高品質な通信サービスが提供されることが期待されます。





