藤岡雅宣の「モバイル技術百景」
MVNOの仕組み、そして新たなインフラシェアの可能性
2025年6月30日 00:00
メルカリモバイルなど、最近も新たなMVNO(Mobile Virtual Network Operator、仮想移動通信事業者)が誕生しています。JALモバイルのようにMVNOの枠組みを利用して、特有の付加価値を加えた移動通信サービスを始める企業も増えています。
多くのMVNOがユーザーにサービスを提供していますが、MVNOと移動通信事業者(MNO: Mobile Network Operator)の役割分担はどのようになっているのでしょうか。
また、MVNOとMNOの間は、どのように接続されているのでしょうか。
今回は、MVNOとMNOの関係、そしてMVNO形態による新たなインフラシェアの可能性について考えてみます。
MVNOとは
MVNOは、携帯電話の無線周波数免許や無線ネットワークをもたず、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク、楽天モバイルなどのMNOのネットワークを利用して私たちエンド・ユーザーにモバイル通信サービスを提供しています。
MVNOは大きく2つに分類できます。
(1)再販型MVNO:ネットワーク設備をもたず、MNOや他MVNOの提供するサービスに自ブランドの名前を冠したり独自の付加価値を加えて提供する
(2)設備設置型MVNO:みずから一部のモバイルネットワーク設備をもつ
設備設置型MVNOは、どこまでの設備や機能を提供するかによって、さらに細かく分類されます。
実際には、ほとんどの再販型MVNOそして一部の設備設置型MVNOは、直接MNOと契約・接続する訳ではなく、他の設備設置型MVNOを介してサービスを提供しています。
このように、他MVNOがサービスを提供するために必要なネットワーク機能や業務システムを提供・支援するMVNOはMVNE(Mobile Virtual Network Enabler)と呼ばれます。
上記のメルカリモバイルやJALモバイルは再販型MVNOですが、例えばJALモバイルはインターネットイニシアティブ(IIJ)をMVNEとして利用しています。
スマホユーザーを主な対象とするMVNOが多くある中、通信デバイスやメーター、センサーなどIoT(Internet of Things)に対する通信サービスに特化したソラコムのようなMVNOもあります。
さて、MVNOについて考える上で重要なのはモバイルネットワークが国際標準に基づいて構築されており、ネットワークを構成する装置や機能の間の切り口が細部まで規定されているということです。
特に、世界共通のモバイル通信に関わる仕様を策定している3GPP(3rd Generation Partnership Project)の役割が重要です。
特に設備設置型MVNOにおいては、MNOとMVNOの切り口が厳密に標準化されていることにより相互接続が可能となり、MVNOはMNOネットワークを利用して独自サービスを提供することが可能となっています。
MVNOの実現形態
再販型MVNOはネットワーク設備を持ちません。
とはいえ、スマホ上の独自アプリなどを通じて、データ利用量の追加購入、音楽・動画など独自サービスの提供と決済、ポイント付与などの付加価値サービスを提供できます。
設備設置型MVNOには、いくつかの形態があり、それらを理解するために、まずはモバイルネットワーク全体の構成を見てみましょう。
ここでは4Gを例に、ネットワークの構成要素と役割をまとめます。
現状、MVNOは音声通話サービス用の機能はもっていないので、ここではデータ通信機能に限定して述べます。
図1のように、4GネットワークはLTE無線により、スマホとやりとりする基地局群からなる無線アクセスネットワーク(RAN: Radio Access Network)と通信接続や通信経路のコントロール、スマホの認証(正当なユーザーのスマホであることの確認)などを行うコアネットワーク(CN: Core Network)で構成されています。
CN(コアネットワーク)の中で、MME(Mobility Management Entity)は、スマホの位置確認やデータ通信用のパス設定の制御、認証を行う装置です。
また、S-GW(Serving Gateway)はスマホとの間のデータのルーティング処理を行い、スマホが移動した場合のアンカーとなる装置です。
P-GW(Packet Data Network Gateway)は、モバイルネットワークの出口として、インターネットなど外部ネットワークとのルーティング処理を行う装置です。
HSS(Home Subscriber Server)は加入者(スマホ)の位置情報、サービス加入情報、認証情報等を保持するデータベースです。
PCRF(Policy & Charging Rules Function)は、データ通信における個々の加入者が契約した最大速度やデータ通信量などの「ポリシー」によりP-GWを制御する装置です。
たとえば、特定のユーザーの月々の使用量が一定値に達すると、ビットレートをある値以下に制限するというようなきめ細かい制御を行います。
さて、設備設置型MVNOの最も単純な実現形態は図2(1)に示すレイヤー3接続型です。
レイヤー3接続型MVNOでは、MNOのP-GWと外部ネットワークを接続する切口にMVNOのサーバーを接続して、このサーバーを介してインターネットと接続します。
MVNOのユーザーのデータはこのサーバーを経由するようにルーティングします。
この場合、インターネット通信での基本仕様であるIP(Internet Protocol)を使っており、IPは階層化されたデータ通信手順(プロトコル)の世界では「レイヤー3」に相当するため“レイヤー3接続”と呼ばれます。
レイヤー3接続型MVNOは通常、個々のユーザーのデータ量のモニターなどができます。たとえば契約データ量を超えた場合に接続を遮断するような制御はできます。一方、細かいポリシー制御をするには通信データ分析などを行う必要があり、レイヤー3接続ではかなり困難です。
MVNOとMNOとの契約は、一般にP-GWとMVNOサーバーの接続点での合計通信速度や送受信データ量をベースに締結され、ユーザーごとの接続条件などは含まれません。
MVNOがより多くの機能を持つのが、図2(2)に示すレイヤー2接続型です。
レイヤー2接続型MVNOはP-GWをもち、MNOとはS-GWとP-GWの切口で接続します。
スマホとインターネットの間のIPよりも低い階層での接続となるためレイヤー2接続と呼ばれます。
P-GWを持つことにより、MVNOがスマホへのIPアドレスを柔軟に割り当てられます。
たとえば企業のプライベートIPアドレスを割り当てることにより、P-GWと企業ネットワークを直結してモバイルネットワーク上での仮想的なプライベートネットワークを容易に構築できます。
多くのレイヤー2接続型MVNOは図2(2)に示すように、P-GWに加えてPCRFも保有しています。
これにより、個々のユーザーの加入サービスプランごとの細かいポリシーを制御することが可能です。
ポリシー制御により、個々の接続先ごとの多様なサービス機能を提供できます。たとえば特定のアプリについてはデータ量を無制限にする(ゼロレーティング)といった運用が可能となります。
IoTに特化したMVNOでは、デバイスのニーズに応じて動的にビットレートを変えるような制御も可能です。
レイヤー2接続型MVNOに加えて、更に多くの機能をもつのが「フルMVNO」です。
図2(3)に示すように、フルMVNOはP-GWやPCRFに加えてHSSも保有します。
これにより、MNOに頼らずに自らSIMカードを発行できユーザーに提供できます。
フルMVNOは自らの管理の下でユーザーとの契約や迅速なサービスの提供開始が可能です。
また、フルMVNOは複数のMNOと相互接続してユーザーの希望や属性に応じて各MNOネットワークを使い分けられます。
みずからのモバイルネットワーク識別番号を持つため、海外MNOと直接契約して国際ローミングサービスを提供することもでき、サービスの範囲を広げられるのです。
MVNOの歴史と進化
MVNOの実現形態を踏まえて、これまでMVNOがどのように生まれ進化してきたかを振り返ってみましょう。
2000年前後、欧州をはじめ世界的に大手MNOによるモバイル通信サービスの寡占が進み、新規事業者が参入できない構造が問題視されました。
そこで、通信市場の自由化やサービス多様化といった面から、MNOネットワークを借りる形でのサービス提供を制度的に認めることで競争を促進する施策がとられたのがMVNO誕生の背景です。
初期のMVNOは再販型が基本でした。
日本では、2001年に日本通信が、当時DDIポケットというPHS事業者のサービスを提供する再販型MVNOビジネスを始めました。
一方で、3Gなどのモバイルネットワークを利用したMVNOについては制度が未整備だったこともあり、再販型を含めて、しばらくの間、導入が進みませんでした。
その後、制度整備やMVNOとMNO当事者間での交渉が進み、2008年にIIJ、続いて日本通信がNTTドコモの3Gネットワークを利用したレイヤー3接続型MVNOサービスを始めました。
この際のネットワークは、図2(2)と同じトポロジーで4Gを3Gに読み替えた構成です。たとえばP-GWはGGSN=Gateway GPRS Support Nodeと読み替えます。
レイヤー3接続型では通信速度制限ができないなどサービスの自由度が小さく、差別化が難しいこともあり、また制度も整ってきたことから2009年には日本通信、続いてIIJがNTTドコモの3Gネットワークを利用したレイヤー2接続型MVNOサービスを始めました。
この際のネットワークは、図2(2)と同じトポロジーで、4Gを3Gに読み替えた構成です。
ただし、3GではPCRFに相当する機能が明示的に標準化されていなかったこともあり、初期のレイヤー2接続型ではポリシー制御機能はなく、MVNOとして提供できるサービスとしてレイヤー3接続型と大きな差異はありませんでした。
また、2012年にIIJは、日本で最初に4Gネットワークを利用したMVNOサービスをレイヤー2接続型によりNTTドコモのネットワーク上で始めました。
IIJではPCRFに相当する機能を独自開発していましたが、このタイミングでその機能を4G上だけではなく3G上でも導入しました。
これにより、ユーザーのデータ通信量をリアルタイムで監視・制御し、契約容量を超えた際に即時に通信速度制限や停止を行うリアルタイムでのポリシー制御などが実現できるようになりました。
3GPP仕様が固まるに従い、後にこのPCRF機能は3GPP仕様準拠になりました。
その後、IIJに続いてBIGLOBEや日本通信もレイヤー2接続型MVNOサービスの提供を始めました。
さらに、IIJは2018年に日本で最初のフルMVNOサービスを始め、IIJ独自のSIMカードをユーザーに提供できるようになりました。
また、auネットワークとの接続も行い2つのMNOを選択できるようになりました。
続いて、日本通信やNTTPCコミュニケーションズ(現NTTコミュニケーションズ)もフルMVNOサービスを始めました。
MVNOビジネスが進化するのと並行して、2010年代前半以降IIJやNTTコミュニケーションズ、MEEQなどがMVNEとしてネットワーク機能を提供する形で、他の再販型やレイヤー3接続型の多くのMVNOが誕生しました。
これらにより、MNO-MVNE-MVNOという階層構成により、ユーザーにサービスが提供されています。
さて、LINEやFaceTimeなどのアプリを用いた通話ではなく電話番号を用いた標準的な音声通話サービスについては現状MVNOは直接提供しておらず、MVNOユーザーの通話もMNOネットワークを用いて実現しています。
これは、音声通話サービスの実現には固定電話ネットワークとの相互接続を含めて大きなコストがかかることが大きな理由です。
特に3Gと4G以降で通話サービスの仕組みが異なるため、3G停波前は両方の方式に対応する必要があることも大きな制約です。
また、電話番号についてもMNOに割り当てられた番号群の一部をMVNOが譲り受けてユーザーに割り当てているのも、MVNOが独自で音声通話サービスを提供することに対する制約となっています。
ただし、電話番号については2023年1月に総務省からMVNOが電話番号を直接割り当ててもらえるようになりました。
3Gは2026年3月末にNTTドコモが停波することで、日本でのサービスは全て終了します。
これを機に、音声通話サービスを自ら提供するMVNOが現れる可能性があります。
RAN接続型MVNO
MVNOの種別として、フルMVNOよりさらに多くの機能を持つMVNOの形態が考えられます。
ここでは「RAN接続型」と呼びますが、図3に示すようにMNOのRANに直接MVNOのCNを接続する形態です。
ここでは、MVNOがフル装備のCNをもつのが前提です。
実際、2013年にソフトバンクが当時MNOとしてモバイル通信サービスを提供していたイー・アクセス(ブランド名はイー・モバイル)を買収した後、イー・アクセスのRANにソフトバンクのCNを接続して、ソフトバンクの加入者がイー・アクセスが免許を持っていた無線帯域を利用することが可能となりました。
この形態は、総務省のレポートによれば「MNOであるMVNO」と表現されています。
つまり、MNOが他MNOのMVNOとしてサービスを提供する形態です。
同様の事例として、MNOであるUQコミュニケーションズのRANをKDDIがMVNOとしてサービス提供に利用していました。
このRAN接続型MVNOを一般化して、MNOでないMVNOもMNOのRANに自CNを接続してサービスを提供できれば自由度が高まり、より競争力の高いサービスを提供できる可能性があります。
5GにおけるMVNO
5GにおけるMVNOでは、現状の5G展開で主となっているノンスタンドアローン(NSA)方式については、MVNOの観点からはネットワーク構成が基本4Gと同じなので、図2と同じ構成により4Gの延長線上で実現されています。
今後、MNOが本格的展開を予定する5G RANとCNの組み合わせによるスタンドアローン(SA)方式の5GにおけるMVNOの実現形態については、いまだMNOとMVNOの間の議論が進まず明確な方向が出されていません。
可能性としては、従来のレイヤー3接続型相当、レイヤー2接続型相当に加えて、VMNO(Virtual Mobile Network Operator)という構想が提案されています。
VMNOには「ライトVMNO」と「フルVMNO」の2つの形態があるとされています。
ライトVMNOというのはMNOから提供される標準化されたネットワークAPI(Application Programming Interface)を通じ、MNOが設定するネットワークスライス(ネットワークの持つ機能のサブセット)を活用して利用者のニーズに応じた付加価値を備えた通信サービスを実現するVMNOです。
一方で、フルVMNOはCN全体を自ら保有してMNOのRANと直接接続する形態です。
上記のRAN接続型MVNOに相当する形態で、MNOに依存しない形でネットワークスライシングを含めてMNOと同等の付加価値の高いサービスを提供できます。
新しいインフラシェアの可能性
さて、上記のRAN接続型MVNOにおけるネットワーク構成は新たなインフラシェアの可能性を想起させます。
実際、一つのRANの同じ無線周波数を複数の事業者がそれぞれ自社CNに接続してシェアするという形態は、モバイルインフラシェアの観点からはMOCN(Multi-Operator Core Network)と呼ばれています。
ここで、図4に示すようにRANをニュートラルホストと呼ばれるインフラシェア事業者が運用し、複数のMNOがMOCN形態でこの同じRANを利用する構成が成り立てば、これまで日本にはない新しいモデルのインフラシェアが実現することになります。
ここで、ニュートラルホストが自ら無線周波数免許を持つ形態と、ニュートラルホストがMNOが免許を持つ周波数を代行運用する形態があります。
現状、MNO以外の事業者がモバイル通信で利用する無線の免許を取得することはできないことから、近い将来を考えると後者の形態が現実的と考えられます。
この新たな形態によるインフラシェアにより、たとえばモバイルのカバレッジが不十分な中小規模のビルの中などにおいて、低コストでカバレッジを提供できれば、ビル内のユーザーにとってもビルの所有者にとっても非常に有益と考えられます。
おわりに
MVNOは約25年の歴史をもっています。
その中で、単純な再販型からレイヤー3接続型、レイヤー2接続型、フルMVNOと進化してきました。
今後、音声通話機能の提供や5GスタンドアローンにおけるVMNOなど、さらに進化が進みユーザーにとって魅力的で競争力のあるサービスが提供されることを期待します。
特に、RAN接続型やVMNOといった新たな形態のMVNOはMNOと対等に近い条件で競争できる可能性があり、モバイル通信サービスの発展・進化に寄与する可能性が高いと考えられます。
MVNOとMNOとの協議や制度面での進展により、これらが実現することが望まれます。
また、RAN接続型MVNOから派生した新たなインフラシェアの可能性については、カバレッジのニーズが高いビルなどを低コストでサポートできる可能性があり、今後の展開に期待したいと思います。
テレコムサービス協会のMVNO委員会で委員長を務めるIIJ佐々木太志氏によると、「MVNOはMNOのイノベーションの素地の上にビジネスを進化させているが、現状MNOの5Gは未だ十分にイノベーションを起こしているとは言えない。MVNOが早期に5Gスタンドアローンに参入し、イノベーションを起こせるようになることを期待する」ということです。











