インタビュー
「Galaxy Z Fold 8」の薄さを進化させた日本企業の技術――サムスン副社長が語る開発秘話
2026年9月2日 00:00
サムスン最新の折りたたみスマートフォンである「Galaxy Z Fold 8」および「Galaxy Z Fold 8 Ultra」が日本で発売され、1カ月あまりが経った。
グローバルでのハードウェア開発を主導するサムスン電子副社長のヤン・ビョンドク氏が来日し、日本の報道関係者向けの共同インタビューに応じた。
ヤン・ビョンドク氏は、初代モデルから7世代にわたり蓄積したユーザーの利用データに基づき、今回の折りたたみシリーズに盛り込まれた数々の技術革新を紹介。
さらにデバイスのさらなる薄型化と軽量化を実現した心臓部の技術「Flexチタニウム」の開発秘話や、それを支えた日本の材料・部品メーカーとの強固な技術提携プロセスに触れ、開発初期から現在に至る10年以上の技術開発ロードマップや、極細部まで徹底された検証プロセスが語られた。
あわせて、サムスン電子ジャパンのMX事業本部副本部長である大橋秀俊氏と、MX事業本部CMOの小林謙一氏から、国内市場における発売1週間の実績が、前作であるGalaxy Z Fold 7シリーズと比較して販売台数が1.2倍と好調なスタートを切ったことも明らかにされた。
“金属配置の課題”を克服した極薄チタン格子構造
折りたたみスマートフォンをさらに薄く、軽く進化させながら、メインディスプレイの平坦さと繰り返しの開閉に耐える頑丈さを高いレベルで両立させることは、歴代の開発における最大の課題だ。
折りたたみディスプレイの支持構造を設計する際、プラスチックなどのポリマーレイヤーを重ねるのが最も実現しやすいアプローチだ。しかし、画面の平坦さを維持して外圧に耐えうる頑丈さを手に入れるためには、最も薄さが求められるディスプレイモジュール内部に、硬い金属を配置する必要があった。とはいえ、「硬い金属を画面内部に滑り込ませる」という試みは、初期開発時のエンジニアたちにとっては強度と薄さのバランスが見出せない、困難な挑戦だった。
今回、サムスンは「薄さ・軽さ」の追求と「タフネス」という物理的な矛盾を解決するため、航空宇宙分野などの過酷な環境で広く使用されているチタンを採用。その上で「Flex Titanium(フレックスチタニウム)」を独自に開発した。
「Flexチタニウム」の構造を見ると、相互補完的に機能する強固なチタンプレートと、人間の髪の毛の約3分の1の薄さであるチタン合金フィルムで構成されている。
チタンを自在に曲げるため、化学エッチングとレーザーカッティングを組み合わせた独自の「ハイブリッド製造工程」が導入された。プレートの下部には、液体薬品で金属を溶かすウェットエッチング加工を用いて比較的大きな穴が空けられており、ディスプレイを折りたたむ際にプレート全体がしなやかに曲がる柔軟性を確保した。
一方でプレートの上部には、超精密なレーザーを用いて非常に微細な格子パターンが刻まれている。これにより、ディスプレイを完全に開ききったときには、チタン同士が隙間なく噛み合って強固な1枚の平坦な支持構造を形成する。
開発を率いたヤン・ビョンドク氏によると、この格子構造を、人間の髪の毛の約3分の1という数十マイクロメートルレベルの極薄さで均一に仕上げる量産プロセスは、世界中で日本の優れた材料・部品メーカーしか実現できなかったという。
日本企業との強固なパートナーシップ
具体的な企業名は明らかにされなかったが、ヤン・ビョンドク氏によれば、サムスンと日本のパートナーとの協業は多岐にわたった。
チタン合金の原材料を提供する企業と、その超精密なエッチングやレーザーカット加工を担う技術企業がそれぞれ重要な役割を果たしている。
製品開発チームが主導して世界中から新素材を発見し、長年のパートナーであるサムスンディスプレイにアプローチしたことで、今回の高度なディスプレイ構造の実装が実現した。
接着剤との闘いがもたらしたソリッドフラットプレートへの移行
ディスプレイ背面を支える内部支持構造も大きな進化を遂げている。
前世代までの内部プレートは、軽さを追求するために「漁網(フィッシングネット)」のような無数の穴が開いた網目状のグリッド構造を採用していた。しかし、この構造は生産現場において「接着剤を均一に塗ることができない」という課題を生んでいた。
網目を避けるために左右に分割した2枚の接着テープで貼り合わせるしかなかったため、中央のヒンジ周辺の固定力が弱まり、開閉時の物理的なサポート力が不均一になるボトルネックを抱えていた。今回の最新世代では網状構造を完全に廃止し、隙間のないソリッドなチタン合金製フラットプレートへと移行している。
フラットプレート化により、接着剤を隙間なく完全に連続塗布できるようになり、パネルの固定強度が大幅に向上した。
同時に、ヒンジからの物理的なサポート力が均一に伝わるようになり、ディスプレイ全体の安定性を大きく向上させている。サムスンは、柔軟だが強度の維持が難しいポリマー素材から始まり、強度を求めたステンレス鋼、そして薄さと強さを極めたチタンプレート、さらに最新のFlexチタニウムテクノロジーへと素材を段階的に進化させてきた。
アルミホイルの変形を防ぐ高降伏強度
0.1マイクロメートル未満という極薄の合金フィルムを折りたたむ際、金属特有の「永久変形」という物理的限界が立ちはだかった。たとえばアルミホイルをくしゃっと折り曲げると、もうフラットな状態には戻らない。薄い金属は一度でも折り曲げるとシワやクセが残り、最悪の場合はひび割れ(クラック)が入って元に戻らなくなる。
それでは折りたたみタイプのフォルダブルスマートフォンの部材に採用できないと思われるだろう。どれほど強い力で折りたたまれても、変形に耐える強い硬さと、元の形にしなやかに戻る「復元力」の両立が欠かせないからだ。
サムスンの開発チームは、極薄のチタン合金フィルムが変形することなくフラットな状態を維持できるよう、0.1マイクロメートルレベルの偏差で耐久テストと測定評価を何カ月も繰り返した。この限界への挑戦により、薄さと同時に完璧な平坦性を生み出すバランスを突き止めた。その結果生まれた部材が、チタン合金フィルムというわけだ。
10年の研究が結実した「プライベート・ライアン」プロジェクト
開発時、すべての部品が100分の1ミリメートルレベルで干渉し合うシステム設計において、1カ所を薄くすれば耐久性が落ち、耐久性を上げれば厚くなる限界の連続に直面した。
プロジェクトが何度も頓挫しかけたことから、開発チーム内ではこのプロジェクトを映画に擬えて「プライベート・ライアン」プロジェクトと呼ばれた、とヤン・ビョンドク氏は振り返る。
プロジェクトが無事に完了し、日本企業などのパートナーを交えた打ち上げの席では、ある開発メンバーがAIを使って、過酷なチタン開発エピソードを映画のシーンに重ね合わせたショート動画を上映し、チームのメンバー全員が涙を浮かべながら鑑賞したという。
ヤン・ビョンドク氏は、今回の来日インタビューの最後、司会から質疑の終了を告げられても席を立たず、あらためて報道陣に向けて、「Flexチタニウムテクノロジー」の開発にまつわる日本のパートナー企業との関係やエピソードを披露。不可能を可能に変えた、日本の優れた技術者たちへ、心からの謝意を示した。
サムスンが折りたたみディスプレイの研究開発を正式にスタートさせたのは、初代モデル発売のさらに10年前である2009年に遡る。最初の製品を2019年に発売するまでに丸10年の歳月を費やしており、今回のチタン素材の採用も、長年にわたる研究開発ロードマップと、7年間に及ぶユーザー行動データの緻密な分析に基づいて慎重に組み込まれた技術となる。
システムレベルの再設計によるバッテリーと充電の進化
デバイスの薄型化を推し進めるにあたり、内部空間の制限からバッテリーの使用時間や充電速度、および安全性の最適なバランスを確保することもまた、難易度が高い課題だった。
サムスンは、スリムなデザインを維持しながらバッテリーのエネルギー密度を高めるため、新たにシリコンカーボン負極材を導入し、バッテリーシステム全体を再設計したという。
シリコンカーボンの負極は充電時の膨張が課題となるが、負極に極薄のカーボンコーティングを適用することで、シリコンカーボン粒子の反応を促しつつ充電時に起こるバッテリーの膨らみを最小限に抑えている。
あわせて正極には特殊なコーティングとドーピングを施し、高電圧下でもバッテリーの構造を強固に維持できるようにした。電解液にはシリコン表面に安定した保護膜を形成する添加剤を適用したほか、セパレータには高性能で熱安定性の高い素材を採用し、安全性を担保しながらイオンの移動効率を大幅に向上させた。
これらシステムレベルにおける数々の工夫により、バッテリー容量は約15%増加した。
異なる使用シーンを見据えたラインアップ
サムスンは、ユーザーのライフスタイルやニーズに対応するため、今回の折りたたみシリーズにおいてポートフォリオ(ラインアップ)の多様化を進めた。
たとえば「Galaxy Z Fold 8」は、日常のさまざまなエンターテイメントや動画コンテンツを没入感高く楽しめるように設計された。
一方、「Galaxy Z Fold 8 Ultra」は創作活動や生産性を求めるユーザーに向け、高い性能と大画面を組み合わせたフラッグシップモデルという位置づけだ。
日本市場における3モデルの具体的な販売比率は、Galaxy Z Fold 8が40%、Galaxy Z Fold 8 Ultraが30%、Galaxy Z Flip 8が30%を占めている。新たな画面比率(4:3)を採用したGalaxy Z Fold 8が最も好評を得ており、新色の「ピスタチオ」や「ラベンダー」は若年層の女性から高い評価を得ている。
日本国内の折りたたみ市場全体では、縦折り型のFlipシリーズが約6割のシェアと高い人気を維持しているが、横折り型であるFoldへの関心も着実に高まりを見せている。
同時発売された「Samsung Galaxy Watch Ultra 2」は、発売2日の時点で前年比1.4倍の売れ行きを見せ、エコシステム製品も好調な推移を見せている。
サムスンは、店頭や量販店でのポップアップスタジオ数を前年比3倍に増やし、キャリア店頭のSamsungブランドテーブルを2.6倍に増加させて、生活者が直接触れてメリットを体験できるタッチポイントを強化している。
なぜSペンは搭載しないのか
ユーザーから要望の多い「Sペンのサポート」を見送った理由について、ヤン・ビョンドク氏はユーザー調査の結果を挙げる。
同氏によれば、折りたたみスマートフォンにおいてユーザーが最も求めているのは、持ち運びやすさ(携帯性)と利便性の最適なバランス。今回のZシリーズではそれらの要素が優先されたとのことで、今後もニーズの変化を総合的に考慮して検討していくという。
また、たとえば10万円前後など、より買いやすい価格でのフォルダブルスマホはあり得るのか。これにヤン・ビョンドク氏は、その計画はないと語る。折りたたみという構造はディスプレイ、ヒンジ、素材、バッテリー、内部構造が密に関わっており、その品質を高い水準を維持することを重視する。つまり、単純にどこかのスペックのグレードを落として低価格版を出すことはない、という考え方のようだ。







