インタビュー

「AQUOS sense10」が欲しくなる、その魅力と舞台裏を開発者に聞いてみた

 シャープのスタンダードスマートフォンの最新モデル「AQUOS sense10」が登場した。一見すると、「いつもの、使いやすそうな普通のスマホ」に見えるかもしれない。

 しかし、その中身には「ミッドレンジスマホだから」という妥協を押しのけ、私たちユーザーが抱えるスマホへの不満を解消するための技術や工夫が詰め込まれている。

 本誌では今回、シャープの開発陣にインタビュー。担当者が語ったエピソードからは、カタログスペックの背後にある設計思想や技術的なアプローチ、そして数字だけではわからない工夫の裏側が垣間見えた。

 はたして「AQUOS sense10」にはどういった魅力があるのか、インタビューを通じて明らかにされたポイントをご紹介しよう。

左からカメラ担当の奥谷、企画担当の小野、同じく河野、スピーカー担当の三島、デザイン担当の龍華

魅力その1:「軽くて丈夫」とその秘密

 毎日持ち歩くスマートフォンにおいて、重さと丈夫さはトレードオフ(あちらを立てればこちらが立たず)の関係になりがちだ。しかし、「AQUOS sense10」は、5000mAhの大容量バッテリーを搭載しながら約166gという軽さを実現している。その上で、後述するようにしっかりした剛性も確保している。

 バッテリーの大きさは重さを増やす要因だ。剛性を確保することも、しっかりしたボディにするということは、その分、重さにつながるように思える。

 それでいて約166gに仕上げられた理由は、ボディの作り方にある。

 これまでのAQUOS senseシリーズと同じく、「AQUOS sense10」はアルミの塊(インゴット)からボディ全体を削り出す「一体削り出し(バスタブ構造)」を採用している。商品企画担当の小野直樹氏は「アルミの板を曲げて作るのと、塊から削り出して作るのは、強度が全然違う」と語る。

 つなぎ目がないこの構造は、曲げやねじれに対する強さを持つ。丈夫でありながら軽量化を実現できる大きな要素のひとつだ。

 さらに表面上の強度も「硬度9Hの鉛筆で引っ掻いても削れない」(小野氏)ほどだという。日常使いで傷がつきにくい安心感をもたらす。

 強靭なボディ構造により、米国国防総省の調達基準であるMIL規格(MIL-STD-810G)の全18項目(落下、防水、防塵、高温・低温動作など)に加えて、シャープ独自の試験をクリアしている。

 先述したように、AQUOS senseシリーズは、過去のモデルから継続してアルミ削り出しのバスタブ構造を採用しており、ノウハウが蓄積されている。

 強度が確保できているからこそ、どこまで内部のアルミを削り落とすのか、その限界を追求し続けており、その結果が、「剛性」を保ち、なおかつ重さに直結する「大容量バッテリーを積み」ながらも「軽量化を実現」した、ということになる。

 小野氏は「世代を重ねていくことで、『ここはもっと削れる』ということが分かってくる」と、長年のノウハウの蓄積を強調する。「重いスマホは手首が疲れる」「すぐに画面が割れるのは困る」というユーザーにとって、この見えないボディ構造の工夫は、毎日の快適さに直結する大きなメリットと言える。

魅力その2:「スマホを着替える」新しい楽しみ方

 スマートフォンは毎日身につけるアイテム。だからこそ、ファッションの一部として位置づける――そうした考え方を取り入れるスマートフォンとして、1年前の「AQUOS sense9」は登場した。

 それから1年。AQUOS sense10では、日本の職人技術を持つアパレル・シューズブランドとのコラボレーションが実現した。単にケースをつけるだけでなく、「スタイルそのものを着替える」という新しい体験を提案するものだ。

 コラボメーカーのひとつ、「SPINGLE」(スピングル)は、広島県府中市のスニーカーブランドだ。そして、「児島ジーンズ」と「BLUE SAKURA」は岡山県倉敷市のジーンズブランド。

SPINGLE(スピングル)
児島ジーンズ
BLUE SAKURA

 デザイン担当の龍華紫穂氏は、「AQUOS senseユーザーは品質が良くてリーズナブルなものを長く愛用する方が多い。そうした方々に響くブランドを、最初は『仮想コラボ』として勝手に妄想するところから始めた」と明かす。

 「こんなブランドのこんなアイテムはマッチするな」という“妄想”を初めて仕事として進めたとのことだが、その効果として、デザイン担当以外のチームメンバーにも、同じイメージを共有しやすくなったという。そのうち、開発チーム内では「本当にコラボしてもいいのでは」と盛り上がり、その結果、実際にアプローチすることにした。

 そもそもやり取りをしたこともなかったため、まずは各社のWebサイトにある問い合わせフォームから連絡を試みたと龍華氏。その結果が、先述した3ブランドとのコラボとなった。スマートフォンの開発サイクルとアパレルブランドの商品展開サイクルの違いなど、異業種ならではの課題もあったが、「単なるグッズではなく、スマホを含めたスタイリングの提案をしたい」と伝え続けた。

 たとえばジーンズをテーマにしたケースは、単なるプリントではなく、実際のデニム生地やステッチを用いている。これは、ブランド側の素材感やこだわりがそのまま反映されているという。

 さらに、ケースを変えれば、画面の中身も変わる。Android 16の新機能を活用し、コラボケースに同梱されているQRコードを読み込むと、そのブランドの世界観に合わせた壁紙、アプリアイコン、時計ウィジェットなどのテーマを一括でダウンロード・設定できる。

 ケースを変えると、スマホの中身も連動して変わるわけで、龍華氏は「1年使って飽きたら、ケースを変えて気分を一新できる。長く楽しんでほしい」と語る。

 ケースだけではなく、カメラ周辺のリングも実は先代モデルから、わずかだが変化している。「AQUOS sense9」でシリーズ初のバイカラーを採用し、カメラリングも目立たせないデザインを志向した。一方で、ファッション性を高める今回はカラーでも遊び感を出すため、ホワイトのアクセントを採用。開発時は徐々に太さを変えて、どうマッチするか探った。

魅力その3:「撮った瞬間に完成」するAIカメラへ

 「レストランで料理を撮ろうとしたら自分の影が入った」「水族館や夜景でガラスの反射が映り込んだ」。そんな「スマホ撮影あるある」を、「AQUOS sense10」は撮影テクニック不要で解決する。

シャッターを押すだけで「反射」が消える

 特徴のひとつとして打ち出されている撮影機能が「ショーケースモード」だ。

 ガラス越しに撮影する際、AIが画面内の「反射している部分」だけを自動で検出し、周囲の色情報で補完して消去する。

 他社スマホにある「撮影後に編集で消す」機能とは異なり、シャッターを切った直後のバックグラウンド処理で修正するため、ユーザーは「撮ってすぐ、反射のないきれいな写真」を確認できる。

 ショーケース以外にも、食事の写真を撮る場面など、被写体周辺に影が落ちてしまう写真から影を除去する機能は、ハイエンドのAQUOS Rシリーズにも搭載されていたものになる。

ミッドレンジの限界を超えた開発

 こうしたAI処理をスタンダード機のチップセット(Snapdragon 7s Gen 3)で実現することは難しさもあった。

 カメラ担当の奥谷紀子氏によれば、ハイエンドモデルであるAQUOS Rシリーズのアルゴリズムをそのまま移植すると、たとえばメモリーが足りなくなる。そこで、開発チームはAIの精度(学習データ)を落とすことなく、プログラムの無駄を省き、アルゴリズムを見直してカスタマイズ。「AQUOS sense10」でも「サクサク動くAI機能」を実現した。

 学習データを減らせば必要なメモリーも抑えられることになるが、それでは精度も落ちてしまう。精度をキープしたまま、Rシリーズではなくsenseシリーズで実現したことがポイントだ。

 さらにはAQUOS sense10では、Rシリーズにはない「台形補正」撮影も実現。会議室などで投影されるプレゼンテーションを斜めの席から撮影しても、台形になっている投影資料を補正してくれるというもの。

 小野氏は「AQUOSスマホのカメラでは、シャッターを切るだけで美しく撮影できるようにしたい。そうした中で、新しい機能も取り込みたいと考えて、Rシリーズに先駆けて搭載した」と語る。

魅力その4:雑踏でも「自分の声」だけ届ける新機能

 駅のホーム、風の強い屋外、賑やかなカフェ。

 騒がしい場所で大事な電話がかかってきた時、先駆けて「周りの音がうるさくて話せない」「相手に声が届かない」と困った経験を持つ人は、それなりにいるだろう。

 AQUOS sense10の新機能「Vocalist(ボーカリスト)」は、そんなストレスを解消する機能として用意された。

 声紋で「あなた」を識別する「Vocalist」は、一般的なノイズキャンセリングとは少し、考え方が異なる。実は、事前に「ユーザーの声紋」を登録しておくことで、通話時にAIが「あなたの声」だけを識別して抽出する。

 周囲のガヤガヤした騒音や、隣の人の話し声などは「ユーザーではない音」として強力にカット。その結果、どんなに騒がしい場所にいても、相手にはユーザーの声だけがクリアに届く。

 企画担当の河野太一氏は「定性調査で、意外にも多くの人が通話に困っていることがわかった。『通話なんてこんなもんだ』という諦めを解消したかった」と語る。

 また、技術担当の三島啓太氏は、「ソフトウェアの完成は本当にギリギリだった」と振り返る。「Vocalist」の実現のために社内の防音室で1週間、シャープ社内で人を集め、ひたすら声を録音してデータを集めたこともあった。携帯電話会社(キャリア)での採用に向け、実機でのデモンストレーションを披露する際には、その直前まで調整を続けた。

 それでも、一度はデモンストレーションがうまくいかないことがあった。

 河野氏は「ソフトウェアチームには申し訳なかったが、どうしても『Vocalist』の精度を良いものにしたく、何度も修正をお願いした」と振り返れば、三島氏も「通話環境は本当にさまざま。男女の違いや年齢だけではなく、雑踏や駅などノイズもさまざま」と、精度での目標を達成することがいかに難しいことだったかと語る。

 こうして実現した「Vocalist」は、実際、体験してみるとかなり驚く。周囲がいかにうるさい環境でも、きちんと声が聞こえてくる。「買った人は実感しづらい機能」(河野氏)ではあるが、標準の電話アプリだけでなく、LINE通話などのサードパーティ製アプリでも利用できるようになっている。

実用性を追求した「スタンダード」の進化

 今回のインタビューを通じて、カタログスペックの数字だけでは読み取れない設計思想や技術的なアプローチが明らかになった。

 軽量化と剛性の両立、撮影の失敗を防ぐAIカメラ、そして通話品質を改善する新機能。これらは決して派手な機能ではないが、スマートフォンの日常的な使い勝手に直結する要素だ。

 一見すると「普通のスマートフォン」という印象を与えるAQUOS sense10だが、その内部には、ユーザーが抱える課題を技術的に解決しようとする工夫が詰め込まれている。ミッドレンジモデルに求められる実用性を、着実にアップデートした一台と言えるだろう。