インタビュー
法林岳之がKDDI高橋社長に聞く、これまでの20年、そしてiPhone、値下げ論
【ケータイ Watch20周年企画】
2020年10月20日 06:00
2020年4月、本誌「ケータイ Watch」は創刊20周年を迎えた。同じく設立から20年を迎えたKDDIの高橋誠社長に、今回、インタビューする機会を得た。
これまでの20年を振り返るだけではなく、おりしも発表されたばかりの「iPhone 12」シリーズに関する取り組み、そして政府が主導する携帯電話料金の値下げ論、あるいはNTTによるNTTドコモ子会社化など、幅広い話題を聞いた。
インタビュアーは本誌にも数多くの論説、レビューを寄稿する法林岳之氏。インタビューは、今春、開設されたKDDIの施設「LINK FOREST」内にある「KDDI MUSEUM(ミュージアム)」で実施された。
KDDIミュージアムでは、日本の国際通信約150年の歴史と最新のテクノロジーが展示、紹介されており、そのなかには歴代の携帯電話がずらりと並ぶ。新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため、KDDI MUSEUMは開館を控えているが、正式開館の際には、ぜひ読者の皆さんも一度、ご覧いただきたい。
最初のcdmaOne端末
法林
高橋さんには、過去20年、何度も取材の機会がありました。このKDDIミュージアムには、過去のモデルが並んでいますが、まずは心に残った携帯電話をひとつ教えてください。
高橋氏
最初のcdmaOne端末であるEZweb対応機種「C201H」(1999年発売、日立製)です。これだけはね、僕の机の中に、この機種だけは残してます。
ちょうど、iモードが始まり、EZwebが始まるタイミング。
PDC方式(KDDIは前身時代を含め1994年~2003年に提供)の機種にするか、でもCDMA方式でやりたいなという話があって。
C201Hのアンテナトップを見てほしいんですけど、銀色ですよね。これの意味、ご存知ですか?
――(本誌関口)
いえ、まったく……。
高橋氏
これ、実はね、当時、(高橋氏が在籍していたDDIと)日本移動通信さん(IDO)と一緒にCDMA端末を作ろうとしたんです。でも全部合わせることは難しく、アンテナトップだけ合わせたんです。IDOとの協力関係の象徴なんですよ。
パケット通信がまだ始まる前でした。回線交換でEZwebを利用できるようにしようと。クイックネットコネクトを入れるかどうかといった課題もありましたね。
で、日立さんから出てきた端末が、あの頃、むちゃくちゃ格好良かったんだよね。これならやろう、と決めた一台だったので、すごく覚えているんです。
20年前にあった「クラウド」
法林
アドレス帳もサーバー上で編集できて「こんなことができるんだ」とあの頃は驚きました。今、クラウドで実現しているようなサービスの原型とも言えるものだったんですよね。
高橋氏
当時は伝送路がすごく細い(遅い)んですよね。EZwebもブラウザ上で飛ばす信号をできるだけ削っていった。それが「WAP」という技術。それと同じことをメールでやろうとした。
IMAPのメーラーが登場し始めたころです。IMAPってクラウドそのものなんですが、カスタマイズして導入しました。発想として、当時から、携帯電話でもパソコンでも使える、マルチユースを想定していましたね。
「三種の神器」で巻き返す
法林
まさに端末だけではなくサービスのお話ですが、そのサービスで、過去20年、もっとも思い入れのあるものは何でしたか。
高橋氏
なんだろうな……失敗したものは良く覚えてるんですよね。
法林
わはは。
高橋氏
初期のころに導入したものが「WAP 2.0」「GPS」、そして動画のショートムービー(ezmovie)。これが当時、「三種の神器」と呼ばれて、起死回生を図るんだと意気込んだことをすごく覚えてますよ。
法林
僕が思い出すのは「gpsOne」、GPS技術です。地図が見られる、ナビゲーションができる。心動かされました。
高橋氏
「ラーメンナビ」というサービスがありましたよね(笑)。ピッと押せばレーダーのような画面で、「あっちの方向にラーメン屋さんがある」と。ちょっとした機能ですが、今やマップアプリですぐ利用できちゃうようになりましたね。
2006年、グーグルとの協業
法林
あの時代に原型があり、多くの人が携わって、現在に昇華されてきましたね。
端末やサービスに限らず、印象に残った「お仕事」ってどんなものがありましたか? 先日はNTTさんと災害時の協業(※関連記事)も発表されましたね。
高橋氏
NTTさんとの協力を紹介するテレビCM、とても好評なようで嬉しいです。
仕事で一番残ったのは、グーグルさんの検索エンジン導入(2006年5月)ですねえ……。
グーグルの徳生さん(徳生健太郎氏)が、当社を訪れて、「Googleの検索エンジンを携帯電話に載せたい」と。
そのまま載せたいという話だったのですが、当時から、日本の携帯電話の利用スタイルには“独特の文化”と言えるものがありました。それにフィットしたものでなければ難しいとお答えして、いったんお断りしたんです。
それから2年ほど経って、またお越しになられた。徳生さんは「グーグルの本社で働いているが、日本人として、日本のためのなる仕事をしたい。だから、携帯電話向けにグーグルの検索をカスタマイズできるところまで社内を説得した」と。
法林
それまでもITリテラシーが高い人にとってはグーグルは馴染み深いものでしたが、auとの連携は、より多くの人に「Google」が浸透するきっかけになったと言えますね。
高橋氏
それをすごく恩義に感じてもらっていたようで、未だにグーグルさんはその関係を保持してくださっている。
グーグルさんに対する認知として「利益ばかり取る」という声があるかもしれませんが、こうしたエピソードひとつ取っても、先駆者への敬意を維持し続けているんだなとあらためて思いますよね。
当時は、ケータイ向けの検索エンジンでの検索数は(auでのサービスが)何年も世界トップでした。iPhoneが出るまでは。
独自サービスの意義
法林
最近、閉所が決まりましたが、「Run Pit」のようなサービスもありました。 そういえば、今も走ってるんですか?
高橋氏
毎日走ろうと決めて続けてます(笑)。ここKDDIミュージアムにも「au Smart Sports」対応機種がもちろん展示されていますが、相談役(小野寺正氏、KDDI元社長)は最近まで、「Walkman Phone, Xmini」も使ってましたからね。
法林
それはすごい。そうしたサービスと、音楽配信の「LISMO」(au LISTEN MOBILE SERVICE)が印象に残ってますね。
高橋氏
LISMOは、アートディレクターの佐野研二郎さんに、キャラクターやソフトウェアのユーザーインターフェイスのデザインを手掛けていただいたんですよね。
お客様との接点で、ああいうキャラクターがいたのは本当によかったなと思います。
スマートフォン時代の今、auとしてお客様との接点は構築しづらい。そこもちゃんと取り組まないと、縁遠くなってしまうので、もう一度チャレンジしたほうがいいなと社内では言っています。
たとえば、「au PAY」「au スマートパス」は大切な接点ですし、最近発表した「smash.」(スマッシュ)も面白い。5G時代にはもっとそうした取り組みをしたいと思ってます。
高橋氏
最近、社内でコミュニケーションを増やすために、タウンホールミーティング(経営層と従業員の対話の場)をしてるんです。
9月25日の発表会のあとも実施したんですが、「smash.」を一緒に進めるSHOWROOM 代表取締役社長の前田裕二さんに来ていただいて、話をしてもらいましたよ。
「スマートフォンに出遅れた」
法林
ここまでは、auの歴史として「誇るもの」を聞いてきましたが、「これはしまったな」というもの、どうですか。
高橋氏
あー、やっぱりあれです。
10年ほど前、他社さんにスマートフォンは先を行かれてしまってた。
理屈としては、当時、auの3GサービスはCDMA2000方式(他社はW-CDMA方式)。デバイスを導入する際、ネットワークのカスタマイズが必要で、グローバルな端末を入れづらかったんだと思います。
そこが「スマートフォンの出遅れ」と言われ、iPhoneも登場してきて、auは沈んていった。
あのときは苦しかったですねえ……いろいろ失敗があったなあと。
法林
2010年の「IS01」の発表会では、高橋さんが壇上に立って、検索する場面を見せてくれました。その検索結果の上位に、僕が出演する動画番組(法林岳之のケータイしようぜ!!)が出てきて、高橋さんが「あ、こんなところに法林さんが」と話したのが今でも覚えてます。
高橋氏
「IS01」、スマートブックですよね。今思えば、「よく作ったな」と(笑)。
法林
でも、あのときはそうするしかなかったと。
高橋氏
いやー、苦しかった。たとえばKCP+というプラットフォームも追求していた。ひとつの夢を追いかけた時代です。
法林
それはそれで、多くのことを学んで、次の時代に進めたということですね。
ドコモ子会社化、5G/6G時代の「光」の重要性
法林
さて、話を現在に戻しましょう。まずひとつは「NTTによるNTTドコモ子会社化」です。どんな影響を危惧されていますか?
高橋氏
昔と環境が変わったと言えば、それまでなんですが、「独占が公正な競争を阻害する」のは今も変わりませんよね。そこの議論をしないまま、突っ走っていることには危惧しています。
当社だけではなく、通信業界の各社が抱いています。
もともと総務省さんも、公正競争をもとに産業を育成されてきた省庁だと思います。そこを検証していただければいいですね。
そして5G、その先の6Gも、光回線がものすごく重要なんです。そこを独占するNTTとドコモの距離が近くなる。そこに公正な競争を阻害する要因があるとしたら、やはり問題ですから、きちっと検証していただきたいです。
法林
総務省はもちろん、我々のようなメディアも含めて、みんなでチェックしていかないとダメですよね。
高橋氏
競争はどこかで担保していかないといけないです。
値下げ論の受け止め
法林
総務省と言えば、政府が携帯電話料金の値下げを強く求めています。僕も、先日、指摘する記事を執筆(※関連記事)して、読者さんからも多くの反響がありました。どう見ていますか。
高橋氏
総務省というよりも、菅義偉総理大臣の持論ですよね。あそこまで言われると、総務省も従わざるを得ないのでしょう。
ただ、総務省は、値下げだけではなく競争を促進する政策として、たとえば昨年は電気通信事業法の改正まで打ち出したわけです。
その部分をまず総括されるんでしょう。適正に競争条件を担保してこれたのか。その延長線として、料金値下げも適正に動いているかどうか。これから総務省が出してこられるのでしょう。
国際的な比較をしたとき、中容量、20GBあたりが確かに他国よりも高い。その指標に用いられているのはNTTドコモさんの料金ですが、それは是正すべきということであれば、エビデンスのある話ですから対応していけばいいのかなと思っています。
法林
20年を振り返ると、定額制の「EZフラット」などを含め、auは料金の先駆者だった面があると思います。
高橋氏
現在の「au ピタットプラン」もそうですが、結構、素直に政策へ従ってきたんです。(端末と料金の)分離モデルもそうですし、5Gでもグローバル・スタンダードと思い、アンリミット(使い放題)のプランにしています。
ただ、総務省さんが指摘されるように、かつて「端末の0円販売」のように行き過ぎたところはあった。そういった点は是正して、次のステップに進みたい。
とはいえ、まず5Gを拡げないといけません。「日本の国力を向上させる」という国論が示されるのであれば、5Gの早期展開に繋がる政策は待ち遠しいですね。
iPhoneへの期待感
法林
その5Gは、サービス開始から半年経ちましたが「iPhone 12」シリーズは目玉とも言える存在でしょう。どう捉えていますか。
高橋氏
たとえば4G LTEもiPhoneが牽引してきた面があると思います。そういう意味でも素晴らしい端末でしょう。
そして今回、5G対応になるわけですから、ひとつのきっかけになります。
(iPhoneだけではなく)サムスンさんも素晴らしい端末を出してきました。グーグルのPixelも素晴らしい仕上がりです。そうしたデバイスで5Gを牽引できればいいなと思っています。
メディアの論調も、値下げだけではなく、5Gへの投資も必要という方向になってきたと思います。「iPhoneの5G化」はひとつのトリガーになるでしょう。
法林
今回、4モデルが発表されましたが、高橋さんはどれを選びます?
高橋氏
iPhone 12 Pro Maxはちょっと、僕のポケットには大きい(笑)。だから、個人的には「iPhone 12」かなって思ってます。
一方で、コンパクトな「iPhone 12 mini」は結構支持されるかなと感じてます。
法林
僕は最近、手元が見えなくなって、画面が大きい派です。だから「iPhone 12 Pro Max」です。
これから発売ですが、手応えを感じてますか?
高橋氏
そうですね、社内も盛り上がっています。5Gサービスはこれから既存周波数が使えるようになります。がんばりますよ。
「なんちゃって」から受け入れられてトレンドを
高橋氏
「なんちゃって5G」とも言われていますが、かつて「なんちゃって」から受け入れられたサービスもありました。
法林
ありましたね。
高橋氏
本格的ではなく、それくらいから始めていくものがトレンドを作ることもある。今回も「なんちゃって5Gはむしろ良いんじゃないのか」とも考えたり……。
法林
それは社内のネットワーク屋さんから怒られませんか(笑)。
高橋氏
怒らない怒らない(笑)。「なんちゃって5G」はあくまでも、ユーザーの体験価値から出てくる言葉です。それに向けて、技術はもっと本格的にしていくことになるでしょう。
――既存周波数の転用、他社よりもかなり早いタイミングでの導入なのか? とも感じたのですが、いかがですか。
高橋氏
そうですね。ちょっと出し惜しみしているところはあるんです。キャッチアップされにくいように、とは思ってます。
端末からネットワークが選ばれる時代
法林
16日の発表会で、ネットワークとiPhone 12シリーズの連携も詳しく紹介されました。
高橋氏
9月25日の冬春モデル発表会でも「サービスがネットワークを選ぶ」と述べました。そして端末もそうなると。
端末メーカーさんも、ネットワークを選ぶようになるのでしょう。良いネットワークを使わないと、5Gでのパフォーマンスが出ないと考えるようになってくる。良い関係を構築できるようになっていくのかなと。
法林
そういう意味では、冬春モデルではGalaxyのラインアップを充実させましたね。
高橋氏
面白いですよね。5Gを本当に拡げないといけないから、もうちょっとインセンティブ(販売奨励金)とか……。
法林
もうちょっと積みたいですよね。
高橋氏
今回、iPhone 12の発表会で、米ベライゾンさんも結構大盤振る舞いですよ。
国際競争力というなら、そういう点も、クローズアップしていい気がします。
5Gを広げる政策を
法林
総務省は、ありとあらゆるものをコントロールしようとして、ちょっとつまらなく感じます。
高橋氏
我々の力を使って、はやく5Gネットワークを広めたらいいと思います。
儲けすぎということであれば、端末価格を下げて販売できるようなスキームを作って、お客様にできるだけ速く浸透させる。その結果、携帯電話会社の利益が出たら、どんどん5Gネットワークを拡充させる。
そうしてできあがったネットワークを、IoTで活用させれば良いんです。
これまでもそうでした。IoTで活用が進んでいますが、その料金は、月額数百円といった単価になっている。
それをベースに、付加価値が生まれます。そして携帯電話事業者だけではなく、IoTを活用して新たな産業を提供する方々にも利益がもたらされる。これが社会全体を底上げしていく。
新型コロナウイルス感染症の影響で、1回の売買で完結するワンショットな事業は厳しくなっています。
産業が通信で繋がり、サステナブルに繋がる関係を作りたい。代表格はサブスクリプションモデルですよね。5Gはそんな風に活用されればいいでしょう。
法林
5Gがサービスを生み出す土台になり、コンシューマーは新しい体験を楽しめる。
高橋氏
そういう国家論のほうがやる気出ますよね。
法林
今の政策もそうですが、「ダメ」から始まると、なかなか良いものは生み出せない。
高橋氏
「良いものを作るから一緒に努力しよう」のほうがいいですね。それを推してくれるといいな、と総理には期待しちゃいます。
法林
うまくまとめましたね(笑)。
高橋氏
だって20周年だから(笑)。(かつてNTTドコモでiモードをリードし、高橋氏とライバル関係と評された)夏野剛さんもドワンゴで新しい発表されましたよね。フィールドは違うけど、まだまだ頑張っているんだ、とあらためて感じました。
しかし20年、知っている方は少なくなりました。
法林
そんな年寄り扱いしないでください。
高橋氏
法林さん、僕ら、それだけ年齢を重ねましたよ、いい年ですよ。シニア向けスマホを使わなきゃ。
法林
じゃあ「BASIO」の説明会とかやりますか。
高橋氏
やりますか(笑)。
でも、一般メディアでは歴史を知る方が減ったので、(値下げ論やドコモ子会社化は)良い機会かもしれません。
――本日はありがとうございました。