インタビュー
楽天モバイルが手を組むAST社の衛星通信「SpaceMobile」、その実力は
2020年3月4日 00:00
楽天モバイルが3日、米AST&Scienceと資本業務提携を締結した。
低軌道衛星で携帯電話サービスを展開できるというASTの「SpaceMobile」が本当に導入されれば、電波が届かないような山深い場所でも携帯電話が繋がる可能性がある。また大規模な災害時にも、通信サービスを維持できる。はたして、どのような形で運用され、活用されることになるのだろうか。
楽天が最大の投資家に
今回、楽天が出資したASTには、英ボーダフォンも出資する。楽天が最も多額の投資を行うとのことだが、ASTとしては楽天モバイルとボーダフォン、それぞれと緊密な関係を築く考え。
ASTのCEOであるアーベル・アヴェラン氏は「ボーダフォンは、20の国と地域、6億4000万のユーザーを抱えており、そのユーザーへサービスを提供する」と大規模な取り組みになると説明する。ボーダフォンとそのパートナー企業を含めると18億人のユーザーを抱え、ASTの協力先としては最大規模になる。
これまでに米国連邦通信委員会の協力を得て、実験衛星の打ち上げに成功した。米国は、サービスエリア圏外が多く、低軌道衛星のような技術への関心が高い。実現に向けて技術的に回答が出ていないものはない、とした。
高さ500~700kmに衛星
アヴェラン氏によると、同社の低軌道衛星は、地表から500~700kmの高さに整備される。日本は4つの衛星でカバーできるとのことで、船舶はもちろん、エリア内の航空機も特別なアンテナなしで通信できる。
競合他社のなかには、HAPSモバイルのように、成層圏へ基地局を搭載する無人航空機を展開する事業を目指すところもある。そうした取り組みは40~50の設備が必要と同氏は指摘。
ASTでは、展開する装置(衛星)の絶対数が少なく済むと見込んでおり、メリットのひとつになると解説。日本に加えて世界中をカバーできることを強みに挙げる。
衛星の低コスト製造に自信
アヴェラン氏によれば、衛星はモジュール化され、より低コストで製造できるようにしている。先進国だけではなく、新興国、発展途上国の通信事業者にとっても負担の少ない形になると同氏。
モジュール設計により30ほどの特許を取得済みとのことで、これは「衛星そのものの作り方に変革をもたらす。私たちの新しいシステムが登場すれば、既存の衛星システムは窓の外から投げ捨てられる」と自信を見せる。
アヴェラン氏によれば、静止軌道上の衛星では600msほどの遅延になるがASTの低軌道衛星からの通信での遅延は20ms程度になるとのこと。
またスマートフォン側の消費電力は、3kmほど離れた基地局と同程度になるという。衛星の設計上、開口(アパーチャー)を大きくすることで、より遠距離へ電波が到達できるようにしているとのことで、それによりスマートフォン側の電力消費を抑える。
航空機には、特別なアンテナを取り付ける必要はなく、ASTとしても提携パートナーはあくまで携帯電話事業者になり、航空会社や航空機メーカーに売り込むことは考えていない。アヴェラン氏は「航空機が着陸すれば、電波が届いて携帯電話が繋がりますよね。それと同じように低軌道衛星からの電波が機内に届くのです」と語る。これは衛星の大きさ、衛星側のアンテナの開口部(アパーチャー)のサイズによるものだという。
地上基地局は計画通り整備、さらにその先を衛星でカバー
衛星からはビームフォーミングで届ける形になるとのことで、楽天モバイルのネットワーク本部副本部長 兼 技術戦略部長の内田信行氏によれば、主に楽天モバイルの地上基地局がないエリアをカバーすることが想定されている。
楽天側は、免許付与にあたり総務省へ提出した計画に則り、2025年度末の段階で全国96%の人口カバー率を目指す。一般的な地上の基地局を展開することでその人口カバー率達成を目指す一方、地方でも人口が少ない場所など地上基地局が設置されない場所を、衛星でカバーする、といった形だ。
楽天の内田氏は、「人口カバー率の目標である96%から先を伸ばすこと、さらに仮に人口カバー率がもし99%になっても面積で見ると繋がらないところはまだまだある。ASTの技術があれば空白地帯をなくせる。また災害発生時、移動局は用意するものの、道がふさがれることもある。まだ他社のような船舶基地局もないため、そうしたときの手段になる」と述べ、現在の楽天モバイルとのシナジーが大きいことから、ASTとの提携を決めたと説明する。
内田氏によれば、大都市のエリアについては、ASTの衛星通信は普段、利用しないと想定されている。地方のエリアで、楽天の地上基地局がないところ、本来であればカバーエリア対象外になるような場所で、ASTの低軌道衛星が利用できる、といった想定だという。
アヴェラン氏は世界中で50億のユーザーが、携帯電話のサービスエリアに入るか入らないか、厳しい環境にあると説明。そうしたユーザーに向けたサービス提供も重要と解説する。また地球全体で見ても、陸地上で携帯電話のサービスエリアは30%程度であり、海上を含め、空白地帯をなくしていきたいという。
衛星からの電波は普段通り
ASTの衛星からは、地上で用いられる携帯電話サービスと同じ方式、同じ周波数帯の電波を発射できる。4G、5Gどちらの方式も対応できる。そのため、地上の携帯電話は普段の端末をそのまま利用できる。
地上の基地局と同じ周波数を使うとのことだが、衛星からの電波はビームフォーミングが効き、周囲と干渉する場所は抑えられる見込みだとアヴェラン氏。ただ、それでも干渉が起きうる場所は発生する可能性がある。内田氏によれば、そこは通信方式の時分割(時間によって今はAの電波、次はBの電波と切り替える)を採り入れることで回避を図る。つまり、今は地上の基地局、次は衛星からの電波と、ごく短い時間で切り替えるというコンセプトだ。
なお実用化にあたっては、技術上の課題のみならず、法制度上の調整が必要で、楽天側から総務省へ相談をしているレベルとのこと。そうした調整を終えた後で、早期のサービス開始を目指す方針。アヴェラン氏は技術的にクリアできない課題はないとしているものの、サービス開始時期については「決まっていない」とするに留まった。
サービス内容についてもまだまだこれから。今回、使い放題と発表された料金プランに含まれるのか、オプションになるかもわからないが、実現すれば、これまでにないサービスを体験できる。たとえば登山する際、あるいは日本周辺の航空機や船舶を利用する人、働く人にとって、とても心強い相棒になる。災害時にも、通信容量などの課題はありえるものの、携帯電話を使い続けることができる。時期が未定とのことで、5Gのさらに次の未来に向けた取り組みになるかもしれないが、今後に期待したいところだ。