藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

基地局をシェアして早急に5Gエリア拡充! ーインフラシェアリングのメリットとはー

 5月上旬、KDDIとソフトバンクがネットワーク共同構築の範囲を拡大するというアナウンスがありました。

 ネットワークを共同構築するというのはどういうことでしょうか。この例も含めて、一般にインフラシェアリング(以下、インフラシェア)というのは何でしょうか。競合する事業者同士がインフラシェアするということに、どういうメリットがあるのでしょうか。今回は、これらの疑問に答えていきたいと思います。

モバイルネットワークにおけるインフラシェア

 インフラシェアというのは文字通り、複数の通信事業者間でネットワークインフラを共用(シェアリング)することです。モバイルネットワークのインフラシェアでは、主に無線アクセスネットワーク(RAN:Radio Access Network)の基地局および周辺設備の全体あるいは一部を共用します。

 共用することにより個々の事業者の設備投資や運用コストが削減できたり、設備設置工事を分業することでネットワーク拡充が早期に行えるというメリットがあります。例えば、人口の少ないルーラルエリアでのカバレッジ拡充には大きなメリットが期待されます。

 インフラシェアは、ビルの中や地下街など限られたスペースに通信設備を効率良く設置する必要がある場合や、公園や公共施設などで環境や景観保護の観点から設備を最小限にしたいといった要件をサポートできるという面もあります。

 インフラシェアは競合する事業者同士が設備を共用するので、競争を阻害するという側面があります。設備共用するのは基本、共用によるメリットが競争上のデメリットよりも大きいという判断があるとき、あるいは共用する以外に私たちユーザーに満足するサービスを提供する手段がないときに限定されます。

 RAN共用には図1のように、共用範囲によってパッシブシェアリングとアクティブシェアリングと呼ばれる形態があります。パッシブシェアリングというのは、鉄塔やビル屋上など基地局の設置場所や局舎、電源線や伝送回線とそれらを通す配線溝などのスペース、無線アンテナやアンテナを設置するポール、蓄電池や警備システムなどを共用する形態です。

 一方で、アクティブシェアリングというのは基地局設備の全体あるいは一部、場合によっては無線周波数まで共用する形態です。

パッシブシェアリング

 パッシブシェアリングの代表例が、一つの鉄塔やコンクリート柱などの「タワー」に複数の事業者がアンテナや基地局装置の一部を設置する形態です。米国、中国、オーストラリアなどではタワーカンパニーと呼ばれる会社が共用のためのタワーを保有し、設備設置の場所を提供しています。

 トンネルや地下街、地下鉄など公共スペースにおける電波の不感対策として、複数の事業者が共同でアンテナやケーブルを敷設する形態もあります。例えば、複数の事業者の基地局を共用分散アンテナシステム(DAS:Distributed Antenna System)に接続して、地下鉄のトンネルや駅プラットフォームをカバーします。

 同様な形態で、高層ビルやショッピングセンターの屋内不感対策として、複数のモバイル通信事業者の基地局をDASに接続して、屋内エリア全体を内部からカバーする形態もあります。

 日本では、屋内公共施設やトンネルなどについては、主にモバイル通信事業者が共同で設立した公益社団法人移動通信基盤整備協会が共用設備を展開しています。また、ビルやショッピングセンターなどはJTOWERやシェアリングデザインなどのインフラシェア専業事業者が共用設備を提供しています。JTOWERはタワーシェアリングも推進しています。

アクティブシェアリング

 アクティブシェアリングでは機器設置場所やアンテナだけではなく、基地局まで共用します。異なる事業者に加入しているユーザーが、同じ共用基地局を通して別々のモバイルネットワークを利用します。

 ただ、スマホの在圏位置を追尾し、スマホとインターネットの間の通信パスの設定・開放やユーザー認証のような制御を行うコアネットワーク(以下、CN:Core Network)は通常、個々の事業者が個別に保有します。

 基地局共用には、図2に示すMORAN(Multi-Operator Radio Access Network)とMOCN(Multi-Operator Core Network)という2つの運用形態があります。MORANの前提は、基地局を共用する各事業者が個別に異なる免許周波数を割り当てられていることで、無線帯域については個々の事業者がそれぞれ独立して運用します。

 一方、MOCNでは事業者間で周波数も共用します。つまり、事業者間で基地局および無線帯域の提供までが共通となります。制度的に、ある事業者に割り当てられた周波数を他事業者と共用してもよい、あるいは複数事業者が共同で周波数免許をもっていることが前提となります。

 日本ではモバイル通信で周波数共用や共同免許という制度がないので、MOCNは一般的ではありません。但し、例えば2013年にソフトバンクがイー・モバイルを買収した後、イー・モバイルが免許を持っていた1.7GHz帯の基地局をソフトバンクのユーザーが利用できるようになった際などに、事実上MOCNが実現されました。

共用周波数免許によるインフラシェア

 MOCNの延長線上に、インフラシェアをサービスとして提供する事業者が無線免許を獲得し、自ら構築したRAN を複数のモバイル通信事業者が共用する形態があります。

 海外ではこの形態のインフラシェアの事例があり、今後日本でも導入される可能性があります。実際、JTOWERは同社のような独立系事業者が無線免許を取得した上でネットワークを構築し、これを複数のモバイル通信事業者に利用してもらう形態の周波数共用を提案しています。

MORANの実現形態

 基地局はベースバンド装置(BBU: Baseband Unit)と無線装置(RU: Radio Unit)及びアンテナから構成されています。BBUは、CNとの間の映像や音声などのデジタル信号と、これを電波で送るための無線信号との間の変換のための複雑な計算処理を行います。

 アンテナが受け取った電波から信号を取り出してBBUに送る役割を担うのがRUです。その逆に、BBUから送られてきた信号を電波に乗せてアンテナに送る処理も行います。

 MORANでは少なくともRUとアンテナは複数事業者で共用しますが、図3(1)のようにBBUも共用する形態と、図3(2)のようにBBUは個々の事業者で個別にもつ形態があります。BBUを個別にもつ形態では、事業者ごとに異なるトラフィック処理の要件を満足したり、異なる機能を提供することや、運用管理を分離することができます。

マルチベンダー構成の課題

 幾つかの全国展開しているモバイル通信事業者は、近畿とか北海道といった地域ごとに特定のベンダーの基地局を展開しています。これらの事業者では、プラチナバンドや1.7GHz、2GHz、2.5GHzなど、周波数ごとに同一ベンダーの基地局を採用していることが多く、周波数間の連携まで考えて異なる周波数の基地局も含めて少数のベンダーで統一しようとしています。

 シングルベンダー構成を採用すると、ユーザーの移動に伴う接続先基地局の切替え(ハンドオーバー)などの隣接基地局間での密な連携、ネットワーク運用のし易さ、地域内での提供機能の一貫性などを担保できます。

 上記のようなモバイル通信事業者同士があるエリアで新たな基地局を設置しシェアしようとしても、そのエリアでそれぞれの利用している既存の基地局ベンダーが異なる場合には、何れかの事業者が利用しているベンダーの基地局を利用すると他方の事業者のネットワークはシングルベンダー構成ではなくなります。これがMORANの阻害要因となります。

 図3で、世界的にBBUとRUは同一ベンダーの装置を利用するのがこれまで一般的でした。これは、フロントホールと呼ばれるBBUとRUの間のインタフェースがベンダー特有の仕様となっているためです。

 一方、O-RANではこのフロントホールのオープン化を進めBBUとRUが異なるベンダーの装置でも利用できるように仕様を定めています。NTTドコモなどではフロントホールの仕様を統一し、BBUとRUのマルチベンダー化を実現しています。

 O-RANによるフロントホールのオープン化や基地局間での連携のための仕様も統一されれば、BBUとRUのマルチベンダー構成に対する自由度が高まり、MORANの適用エリアが拡大すると考えられます。

5Gインフラ整備とインフラシェア

 総務省では、日本における5Gのインフラ整備を推進するための一つの手段としてインフラシェアが有効と考え、関連法令の解釈を含むインフラシェア推進のためのガイドラインを策定しています。

 一方、総務省の「デジタルビジネス拡大に向けた電波政策懇談会」では今月、5Gのインフラ整備のための新しい目標設定案を提示しました。この中で、例えばサブ6(5G用に割り当てられた3.7/4.5GHz帯の電波)については、2027年度までに高トラヒックエリア(人口が多い地域)の80%のカバレッジを目標としています。

 これまで5Gでは人口密度に依らない全国一律のカバレッジを目指していましたが、今般の目標設定においては人口の多いエリアを中心としたカバレッジの拡充を目指しています。先行国に対して遅れを取っていると言われる日本の5Gを活性化し、5Gらしいサービスの普及促進を進めようということです。

 インフラシェアは、このインフラ整備を効率的に進めていく上での重要な手段の一つとされています。モバイル通信事業者は、私たちユーザーが5Gを実感できるようにインフラシェアも含めてネットワーク拡充に取り組んでもらいたいと思います。また、国としても必要に応じて5Gネットワーク拡充を支援して頂きたいと思います。

5G JAPANのインフラシェア

 本記事の最初に述べたKDDIとソフトバンクのネットワーク共同構築は両社の合弁会社5G JAPANで進めていますが、地方エリアから全国に対象エリアを拡大した点など上記の5Gインフラ整備の新しい目標設定を意識したものと推察されます。

 以前、両社のインフラシェアではMORAN構成を採用しているという情報がありました。一方で、上記のとおりマルチベンダー構成の問題があるためMORANを採用することが難しいケースもあると思われます。その場合には、基地局設置場所シェアによるパッシブシェアリングに留まる可能性があるかも知れません。

今後のインフラシェアへの期待

 インフラシェアはモバイルネットワークの展開を効率良く、早期に拡充する非常に有効な手段です。特に、5Gにおいては基地局設置場所が増加すると同時に設置条件が多様化しており、インフラシェアの出番も増えると予想されます。

 インフラシェアによってモバイル通信のカバレッジを整備するということは大切ですが、シェアリングしながらも我々ユーザーへのサービス品質は満足できるレベルとなることを期待します。

 なお、本記事では基地局のアクティブシェアリングを中心に解説しましたが、パッシブシェアリングについても別途少し深堀りして解説したいと思います。御期待下さい。

藤岡 雅宣

1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士