石川温の「スマホ業界 Watch」

将来は2回線で1つの番号も? KDDIとソフトバンクの「デュアルSIMバックアップ回線」が与えるインパクトとは

 昨年(2022年)7月に起きたKDDIの大規模通信障害により、画期的なサービスが出てくる雰囲気になってきた。

 KDDIとソフトバンクがデュアルSIMサービスを今年3月(発表では3月下旬以降)にも提供するというのだ。

デュアルSIMによるバックアップ回線を発表した当日、決算会見に臨んだKDDI髙橋社長

 気になる利用料金は「数百円の下の方」(宮川潤一ソフトバンク社長)ということで、万が一、キャリアによる通信障害や災害時に通信が途絶えた場合、デュアルSIMとして、別のキャリアの回線を使えるという「保険的なオプション」という位置づけになりそうだ。

 ITリテラシーが高ければ、基本料金がいらない「povo」や数百円程度のMVNOのSIMカードを使い、自衛的にデュアルSIM環境を実現している人も多いだろう。しかし、KDDIとソフトバンクとしては、キャリアショップの店頭で契約できるようにするなど、 ITリテラシーが高くない人でも使えることを売り とするようだ。

将来的には1つの番号で2キャリアの回線も?

 KDDIとソフトバンク、それぞれ別の回線になるのだが、宮川社長の構想によれば「全然知らない番号で電話がかかってきたら、身内でも電話をとってもらえないのではないか。自分でも、息子からの電話と気がつかず、とらない可能性がある。できれば発着信は同一番号でできるようにしたい。たとえば、いまなら、iPhoneとApple Watch、これは同一番号で提供しているし、テクノロジー的には不可能ではない」というのだ。

ソフトバンク宮川社長

 つまり、KDDIとソフトバンク、別のキャリアであるにも関わらず、ひとつの携帯電話番号で発着信ができるというわけだ。また、アプリの通信に関しても、余計な設定変更をせずに使い続けられるような仕様を考えていると見られる。

 ただし、この使い勝手はあくまで宮川社長の「思いつき」のようで、現場レベルで検討されているかは不明だ。宮川社長自身も「どこまで現場が準備しているかは置いておいての話。こうした話し合いをしていないのであれば、議論をつめていかないといけない」としている。

 2社によるデュアルSIMサービスは宮川社長によれば「KDDI髙橋社長から本気で取り組む気はあるか」と聞かれ、トップ同士の交渉でまとまったとされている。

 関係者は「サービス内容については全く何も決まっていない」とも語っており、宮川社長の構想を実現するにはしばらく時間がかかりそうだ。

もし実現したら多方面に与える大きな影響

 ただ、同一の携帯電話番号でデュアルSIMサービスが使えるとなると、通信業界に与えるインパクトも大きそうだ。

 KDDIは、NTTドコモとソフトバンクに話を持ちかけたが、宮川社長との話し合いがスピーディに決まった模様だ。楽天モバイルに関しては、KDDIのネットワークをローミング提供していることもあり、デュアルSIMサービスを提供したところで、予備的な回線としては機能しづらい。楽天モバイルがKDDIのローミングに依存しなくなったタイミングまで待つ必要がありそうだ。

 一方、ソフトバンクは、NTTドコモと楽天モバイルに関しては「秘密保持契約があるためコメントしない」としている。

 一方で、MVNOはどうか。MVNOは、KDDIの大規模通信障害が発生した際、「予備回線」として一気に需要が増した。例えばIIJのeSIMサービスは当時、通信障害が発生した日の申込数は前月の8倍になるなど、MVNO業界に「特需」が起きたのだった。

 KDDIとソフトバンクが同一携帯番号でのデュアルSIMサービスを開始するとなれば、MVNOにも同様の仕組みを開放してもらい、デュアルSIMサービスを提供したいと考えるのは当然のことだろう。

 しかし、KDDIの髙橋誠社長はMVNOとの連携については「いまのところ、話はしていない」としており、またソフトバンクも宮川潤一社長もMVNOについては「あくまでBCP(事業継続計画)対策として、キャリアがひっくり返ってご迷惑をかけられないという話から始まったものであり、(デュアルSIMをMVNOに向けて)メニュー化することは考えていない」としている。

 では、一方でMVNOはどう思っているのか。

IIJの勝社長

 IIJの勝栄二郎社長は「我々もデュアルSIM用にeSIMサービスを提供している。KDDIとソフトバンクの提携について、中身に関しては具体的なことははっきりしていない。本当にデュアルSIMでありながら、同じ携帯電話番号での提供が技術的に可能なのか。一般論として、災害時にこういったサービスがあった方が、ユーザーのためにはいい。ただ、そういうものを自社の利益のためにやるのではなく、MVNO事業者にも是非開放して欲しいと思っている」とした。

 ちなみに、IIJ・MVNO事業部ビジネス開発部の佐々木太志担当部長は、総務省で行われた事業者間ローミングの検討会において「MVNOが自らの創意工夫でデータeSIMを提供するなどして、大規模通信障害時にも利用者に利便性を提供してきたし、すでに多くの利用者にご利用いただいている」と語っていた。

 つまり、 事業者間ローミングやキャリアによるデュアルSIMサービスは、MVNOのビジネスに大きな影響を与えかねないと釘を刺していた のだ。

 ユーザーの利便性を考えると、2つのキャリアによる同一携帯電話番号のデュアルSIMサービスは魅力的である一方、MVNOが掘り起こしてきた市場を脅かすことにもつながりかねない。

 競争環境を維持するには、キャリアのデュアルSIMサービスをMVNOに開放することが不可欠となるだけに、今後、総務省での議論が必要になってくるかも知れない。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。