石川温の「スマホ業界 Watch」

「楽天モバイルは大丈夫?」国内での成功で、世界で「逆転ホームラン」を目指す

 先日、某キャリア関係者に意見交換する機会があった。会うなり開口一番「楽天モバイルは大丈夫なんですかね」と質問されてしまった。続けて「どう考えても資金が持たないと思うんだけど」と興味津々な表情だ。

 楽天モバイルの競合企業とすれば、全国に基地局を張り巡らせ、携帯電話事業を運営していくのにどれだけのコストがかかるかは容易に想像ができる。楽天モバイルが主張する「完全仮想化技術」で低コストで運用できるといっても、全国に基地局を建てるのは「人」がやるわけで、コスト削減はたかが知れている。もちろん、ランニングコストは既存3社よりも安いのだろうが、ユーザーが増えればそれだけコストは増していく。

 今回、楽天グループは3728億円という過去最大の赤字となった。ECや金融などは順調なのだが、設備投資がかさんでいる楽天モバイルが4593億円の赤字ということで、グループ全体の足を引っ張っている。

 楽天モバイルでは現在、人口カバー率が98%となっており、2023年中には99%以上を目指す。基地局数の目標は6万局で、現在は5万2003局、残り15%のところまで来ている。

 エリアが完成すれば、KDDIに対するローミング接続料の出費もなくなる。現在は4%程度、KDDIエリアでのデータ通信が発生しているが、これをできるだけ減らしていく方向だ。

 設備投資が一巡することで、基地局開設費用やローミング費用、基地局のメンテナンス費用が減少し、月に150億円程度のコスト減につながるという。これにより年間1800億円程度、負担が軽減されることになる。

 実際のところ、2023年度までは年間3000億円程度かかっていた設備投資費は、2024年には1500億円、2025年度には1200億円程度になる見込みだ。

 楽天モバイルはプラチナバンドを欲しがって、既存3社と議論を展開。NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクが持つプラチナバンドの一部を分け与えてもらうような展開になりそうであったが、ドコモが「狭いプラチナバンドなら、まだここにあるんじゃない?」という提案をしてきたことで、ケンカすること無く、楽天モバイルはすんなりとプラチナバンドを手に入れられそうだ。

 プラチナバンドに対応するために、基地局など新たなコストと時間もかかりそうだが、タレック・アミン氏は「既存の基地局や電柱、バックホールなどを再利用していく。2024年初頭から動き出せるのでは無いか」と語る。三木谷会長も「楽天モバイルは内製のソフトウェアでやっているので、コストはそんなに大きくない。物理的な設置についても既存のバックホールを使おうと考えており、あまりコストはかからないというのが構造的な強み。楽天モバイルはピーク時には1日350局を開設してきた。そういうスピードで進めることも可能だ」と強気の姿勢を崩していない。

 楽天モバイルの決算資料によれば、既存3社の設備投資は、4G開始時までで6〜8.2兆円かかっているとしているが、楽天モバイルの場合は2023年でネットワークはほぼ完成、衛星通信サービスのASTを含めて、他社に比べて80%減の金額で高品質な全国カバレッジを実現すると言う。

 ただ、楽天モバイルが本気でユーザーを獲得していくとなると、そもそも全国で6万基地局で足りるのか、という疑問が沸く。

 既存3社は4Gの場合、20万前後の基地局数で全国をカバーしている。

 もちろん、既存3社と楽天モバイルでは、契約者数の数が圧倒的に違う。楽天モバイルは451万契約ということで、現状であれば、6万という基地局数で余裕なのだろう。

 しかし、三木谷会長がかつて掲げていた1200万、さらにナンバーワンキャリアを目指すなら、数千万の顧客が入ってくるわけで、さすがに仮想化技術でも6万基地局では足りないはずだ(数千万のユーザーがいれば追加の設備投資するだけの資金的な余裕は出てくるだろうが)。

 楽天モバイルのユーザーは月間平均のデータ使用量が18.4GBで、既存3社の平均が9.3GBなので、約2倍の消費量となっている。つまり、それだけネットワークには負荷がかかっているということなので、5G基地局を増やしつつ、5Gスマホユーザーを増やす必要もあるだろう。

 前出の某キャリア関係者はもうひとつ「楽天モバイルはどんなにARPUが上がっても、3000円が天井ですよね。それで大丈夫なんですかね」とも心配していた。

 決算では、ARPUとして2510円という数字が発表されていた。しかし、これはデータ、オプション、音声通話と楽天エコシステムを利用した一人あたりの平均売上額が上乗せされたものだ。データと音声通話は5Gが普及したとしてもARPUは最大3000円程度にしかならない。あとはオプションと楽天経済圏でどれだけ買い物をしてくれるかが勝負になりそうだ。

 業界関係者だけでなく、世間から「楽天グループは赤字で本当に大丈夫か」という目を向けられている。しかし、三木谷会長は2022年にバルセロナで開催されたMWCで記者たちの直撃に遭った際、「国内の楽天モバイルはある意味、マーケティングコストだ」とも語っていた。

 これまで培ってきた仮想化技術を世界のキャリアに売る楽天シンフォニーで稼いでいくという青写真を描いているのだ。確かに、楽天モバイルでコスト削減をして、黒字化に持って行くのが急務ではあるが、楽天モバイルは、世界に楽天が持つ仮想化技術をアピールするための「ショーケース」的な面もあるのだ。

 三木谷会長としては、同じくネット通販を手がけるアマゾン(Amazon)はクラウドサービス「AWS」で利益を上げているのと同じ構造を楽天モバイルと楽天シンフォニーに重ね合わせる。

 ちなみに楽天シンフォニーは創設以来、6四半期で5億ドル以上の収益を計上している。

 今後、しばらくは設備投資もかさみ、楽天モバイルの大赤字は続くことだろう。しかし、三木谷会長は最終的には楽天シンフォニーを大化けさせて、逆転ホームランを打つつもりのようだ。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。