石川温の「スマホ業界 Watch」

「プラチナバンド」をめぐる、楽天モバイルと3キャリアの動き

 楽天モバイルがいま、喉から手が出るほど欲しがっているのが「プラチナバンド」だ。

 ゼロ円プランの廃止を発表したことで、4月末から6月末にかけて23万を超えるユーザーが楽天モバイルから流出した。

 ゼロ円では維持できなくなり、楽天モバイルに毎月1078円を支払うくらいなら、3キャリアのオンライン専用プランやサブブランド、MVNOの安価な料金プランに転出したほうがいい、という判断をしたユーザーが多かったと言うことだろう。

 つまり、ゼロ円なら契約するが、1078円なら契約しない。楽天モバイルが他社と比べて何かしら見劣りしているということだろう。

 もしかすると、楽天モバイルが他社と同等のネットワーク品質を提供していれば、ユーザーはMNPで転出することなく、楽天モバイルに料金を支払い続けてくれたかも知れない。

 やはり、楽天モバイルが3キャリアやMVNOと同等の競争力を獲得するには、ネットワーク品質、端的に言えば「プラチナバンド」が必要不可欠というわけだ。

 業界内では楽天モバイルが携帯電話事業に新規参入すると息巻いていた頃から「プラチナバンドがないことには話にならない」とささやかれていたが、「うちの1.7GHzはよくつながる」と胸を張っていた。

 楽天モバイルとしては割り当てられた1.7GHzを使い切らないうちから「プラチナバンドが欲しい」というには世間からの反発も避けられないと判断したのだろう。当初計画の4年前倒しで基地局を建設し、ようやく「プラチナバンドが欲しい」と声を上げるようになった。

楽天モバイルの考える打開策

 現在では4万7556局の基地局で人口カバー率で97.6%を達成。地方や山間部などは衛星からの電波でエリア化する「スペースモバイル計画」でカバーできるかも知れないが、ビルの屋内や地下街など、細かいところをエリア化するにはプラチナバンドがあれば手っ取り早い。

 とはいえ、すぐに楽天モバイルに割り当てられるプラチナバンドなど残っていない。

 そこで楽天モバイルが出してきた案が「既存3社からちょっとずつ割り当ててもらう」というものだ。現在、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクは800MHz帯と900MHz帯をそれぞれ25MHz×2持っている。それぞれに5MHzずつ返してもらい、楽天モバイルに再割り当てしてもらう。これにより、3社は20MHz×2、楽天モバイルは15MHz×2となるという奇策だ。

総務省の動き

 そんななか、総務省が楽天モバイルにプラチナバンドを与えようと動き出す。有識者会議を立ち上げ、事業者ヒアリングを実施。先の通常国会において「電波法および放送法の一部を改正する法律(令和4年法律第63号)」が成立し、今年10月1日から施行されることになった。

 この法律ではすでに割り当てられている周波数について「1.電波の有効利用の程度が一定の基準を満たさないとき」「2.開設指針制定の申出があったとき」「3. 電波の公平かつ能率的な利用を確保するための周波数の再編が必要と認めるとき」のいずれかの場合、既存免許人や申出人への意見聴取や電波管理審議会に諮問を経て、開設指針を制定し、周波数の再割り当てができるようになるというものだ。

 つまり、楽天モバイルの案が実現するよう、総務省がお膳立てしたのだ。

3キャリアの反応

 あとは3社がプラチナバンドを返してくれるかどうかだが、既存3社がそんなに簡単に納得するわけはない。

 3社とも「移行するには技術的な検証や準備期間、工事で7~10年近くかかる」「レピーターの交換やフィルターが設置など移行費用が1000億円近くかかる」「岸田政権は『デジタル田園都市構想』を掲げている。5Gの早期整備を優先するべきだ」「ひとつのシステムを20年以上、安定運用することを前提に経営戦略を立てているし、ネットワークに継続的に設備投資を行っている。世界的にも周波数の最低利用期間のトレンドは20年間だ」「ICTデバイスは1000万台を超える機器が存在し、対応するには期間が必要」と猛反発しているのだ。

 そんな3キャリアの指摘に対して、楽天モバイルの矢澤俊介社長は真っ向から反論する。「プラチナバンドを1年以内に利用開始したい」として「レピータの交換は、楽天モバイルが建ててきた基地局のノウハウであれば125日で工事ができる」「フィルタは国際基準で運用する限り、交換など不要だ」と主張。

 また、再割り当てにおける移行費用の負担については「既存免許人(つまり、楽天モバイルではなく3キャリア)が負担するのが妥当」と、3キャリアからは到底、受け入れられない提案も飛び出したのだった。

 3キャリアとすれば、政府の値下げ圧力によって、通信料収入が激減。5Gに対する設備投資もしなくてはならないなか、プラチナバンドの一部を減らすなんて面倒で金のかかることなんてしたくないというのが本音だろう。

 プラチナバンドの一部が減ると言うことは、それだけ別の周波数帯で収容できるようなエリアの再構築などの調整も必要となってくる。しかも、プラチナバンドの一部を返上するなんて、世界的にも前代未聞であることから、どんな混乱が起こるのかもわからない。

 ただ、一方で世界的に見れば、5G時代に向けて設備投資がかさむなどして、4社体制だったのが3社体制になろうとする国が多くなっている。日本もかつては4社体制だった時期もあったが、結局、3社になってしまうことが何度かあった。

 3キャリアとも「プラチナバンドを再割り当てするには10年近くかかる」と主張しているが、おそらく、牛歩戦術として時間をかけることで、楽天モバイルを衰弱させようとしているのではないか。

 矢澤社長も「10年後に4Gのプラチナバンドをもらっても意味が無い」と主張するように、楽天モバイルには「時間が無い」のだ。

 プレイヤーが3社より4社いたほうが競争は盛り上がり、ゲームは白熱する。かつて「NTTドコモを倒す」と豪語していた孫正義社長は、いまではモバイルにはすっかり飽きてしまって、いつの間にか投資に夢中で赤字を出しまくっていて元気がない。

 一方、三木谷浩史会長は本気でモバイルで国内1位を目指している。モバイル業界を取材している身としては、何かと話題を提供してくれる三木谷会長を見ている方が楽しい。

 果たして、総務省は3キャリアが肌身離さないプラチナバンドをどのようにひっぺ剥がして楽天モバイルに分け与えるのか。楽天モバイルにプラチナバンドを割り当てるのは「既定路線」のようで、あとは官製値下げを実現したとき以上の「力技」が求められそうだ。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。