レビュー

すごいよイーロン・マスクさん! 自宅のネット回線として使える衛星通信「Starlink」ガッツリレポート

Starlinkのアンテナ(手前)とマイ新居。外構工事がまだなので駐車場はまだ土である

 私事ではあるが、最近、注文住宅を建てた。新規分譲地での新築なので、ネット環境は引き込み工事から必要だ。しかし、その工事がいつになるかわからなかったので、「繋ぎ」として、衛星通信サービス「Starlink(スターリンク)」の端末を購入した。

 正直なところ、5G/4GのモバイルWi-Fiルーターでも良かったのだが、繋ぎ回線を検討していたタイミングでStarlinkの期間限定値引きが開始され、「このビッグウェーブ、受信せな!」と思い購入した次第だ。

 けっきょく光回線の工事完了まで4週間ほどかかり、Starlinkはそれまで新居のメイン回線としてガッツリ利用した。今回はその経験を踏まえ、使用感などをレポートしたい。

Starlinkって何?

 Starlinkは、アメリカのSpaceX社が提供している人工衛星を使った通信サービスだ。SpaceX社は有人宇宙船も運用する衛星打ち上げ会社でもあり、PayPalやテスラやOpenAI(ChatGPTの開発企業)の設立者でもあるイーロン・マスク氏の企業でもある。StarlinkはB2B事業も展開していて、auがバックホール回線として使っていたりするが、個人でも端末を購入してインターネット通信に利用できる。しかも(衛星通信サービスとしては)リーズナブルだ。

 Starlinkは、複数の衛星から構成される、いわゆる衛星コンステレーションを使う衛星通信サービスだ。主要な衛星の高度は550kmくらいだという。高度550kmの衛星軌道の速度は約7.5km/s、約1時間半で地球を一周する。

 ちなみに周期が地球の自転と一致する静止衛星の高度は約3.6万kmと、低軌道に比べると桁違いに遠い。高度3.6万kmからだと、1個の衛星から半径6371kmの地球のほぼ半球を見渡せるが、光速(約30万km/s)でも地上からの往復に約0.24秒かかるので、通信に必ず大きな遅延が生じることになる。

 静止衛星に比べ、低軌道衛星は地表と近いことがメリットとなるが、その一方で1つの衛星がカバーできる範囲は狭くなる。そこでStarlinkでは数千基の衛星を打ち上げ、いつでもどこでも使えるようにしている。日本の緯度なら常時10個くらいの衛星が通信圏内に入り、そのうち最適な衛星と通信ができる。

 衛星の動きなどは、非公式サイト「starlink.sx」を参照するとイメージしやすい。任意の位置をホームロケーションとして設定し、通信可能な衛星をシミュレーションしてくれる。

 こちらによると、筆者宅からリンク可能な衛星の範囲は北方面に広がっていて、西は関西上空くらいまでだが、北はウラジオストクや樺太、千島列島の上空まで範囲に含まれる。地球全体から見ると狭い範囲だが、狭い日本から見ると結構広い。

標準アンテナは固定運用向け。北の空を確保せよ

Starlinkのアンテナ。筆者宅の南側はかなり開けているのだが、Starlinkではあんまり意味がない

 Starlinkの端末は、衛星アンテナの室外機とWi-Fiルーターの室内機、この2つのデバイスで構成される。室外機は空が見える屋外に設置しないといけない。室外機と室内機を付属の専用ケーブルで繋ぎ、室内機を電源に繋ぐと、通信できるようになる。あとは専用アプリでWi-Fiなどの設定をすれば良い。

 筆者が購入したStarlink端末の室外機アンテナは、四角いタイプだ(初期にオーダーした人は丸いタイプだった模様)。現行のStarlinkアンテナとしてはこれが「標準」グレードで、ほかに「高性能」と「フラット高性能」の2種類の上位モデルが存在する。

左下の白いのがStarlink室内機。こんな感じで配線引き込み口のある情報分電盤の近くに配置した

 いずれのモデルもバッテリーは内蔵しない。電源は家庭用コンセント(AC100〜240V)なので、モバイル運用は難易度が高い。上位モデルの「フラット高性能」は移動中の利用も想定して設計されているが、そちらもAC電源が必要で、クルマや船舶向けとなっている。

 筆者が購入した四角いタイプの「標準」のアンテナは、縦513mm、横303mmくらいの大きさで、高さはアンテナの角度によるが343〜544mm。

 重さは「片手で把持し続けるのはちょっとツラい」というくらいで、付属のベーススタンドで地面に置くか、別売りのマウンタで建物やポールの上に設置することが想定されている。

Starlinkの箱。中型スーツケースほどのサイズ感

 いわゆるパラボラアンテナではない。パラボラアンテナは中華鍋のような曲面に電波を反射させ、焦点に送受信機を設置して指向性と感度を高めている。

 一方のStarlinkは、無数のアンテナ素子を板状に並べ、電子的に位相を合わせて指向性を作り出す、いわゆるフェーズドアレイアンテナが使われている。電子的に指向性をコントロールするので、起動時にアンテナの角度が動くものの、それ以外ではとくに動かず、アンテナの機械的な設置方向はわりと適当でもOKになっている。

改善後のアンテナ設置位置。建物からは8mほどの距離だが、地面の高さは初期の位置より50cmほど高い

 アンテナを向ける方向は指示されなかったが、やんわりと北に向けて設置してみた。しばらくするとアンテナは勝手に最適な方向に動き出して固定される。そして設置後、6時間くらい経つと、どのくらい空が開けていて、どのくらい障害物があるかをアプリ上で確認できるようになる。アンテナ設置前にカメラを使ったAR機能で必要な空がどれだけ見えているかを確認する機能もある。

アンテナ設置位置を改善したあとの障害物。東南東の電柱が障害物になっているはずだが、あまり影響は出ていない模様

 関東地方だと北側の空が必要で、逆に南側の空はほぼ使われない。

 集合住宅だと北側が開けているルーフバルコニーが使えないとツラい。戸建てでも庭設置での運用は簡単ではなく、別売りのポールや金具で壁面などの高い位置に設置した方が良い。

 筆者は当初、自宅建物の南側にある駐車場の地面に室外機(アンテナ)を置いたため、アンテナの北にある筆者の家自体が障害物となってしまった。

 その障害部分を減らすべく、建物から遠い隣地に室外機を置かせてもらったところ、通信の安定性は大きく改善した。平屋の筆者宅の場合、8mほど離れると、必要な空をほぼ確保できるようだ。

配線引き込みはそこそこ高難易度

やけに大きい専用ケーブルの室外機側の端子。室内機側の端子はもっとデカい

 住宅の常設回線として利用するとなると、「ケーブルをどうやって建物内に引き込むか」という問題が立ち塞がってくる。室外機と室内機を繋ぐ専用ケーブル、端子部が無駄に大きく、厚みが16mmほどある。この配線を引き込むには、フレキ管ならφ(直径)20以上は欲しいところだ。

 筆者宅を建てたトヨタホームの標準フレキ管がφ16だったので、そのままだったら「詰み」だったところだが、こんなこともあろうかと、1カ所だけφ22のフレキ管をオプションで追加していたのでどうにかなった。えらいぞワイ。注文住宅を建てるときは、「こんなこともあろうかと」の精神が重要だ。

 太めの配管がない場合は、エアコンなどの貫通孔を流用するか、新しい穴を開けることになるが、素人には難易度が高いと思う。建物構造に詳しい業者に依頼した方が良いだろう。

標準ではWi-Fiのみなのが微妙に不便

ARでWi-Fiの強さを測定する機能がある(iOS版だけかも)
筆者宅は南北17.5m、東西9.5mの「コ」の字型の平屋で、Wi-Fiが1台だとツラい

 室内機はWi-Fiルーターとなっていて、スマホやパソコンはもちろん、各種IoT機器も接続できる。しかし標準構成では有線LANを接続できない。筆者新居は細長い平屋で、室内機設置場所からリビングのテレビ周辺までは20mほどの距離があり、Apple TVが安定的に接続できなかった。Starlink室内機のWi-Fiは、あまり強くないようだ。

 純正のオプション品に有線LANアダプタが用意されているが、価格は1万400円と、なかなかの値段だ。

 筆者の場合、設置後にこの有線LANアダプタが必要と気が付いたが、コストと時間(アメリカから配送される)が惜しかったので、代わりにAmazonで3000円くらいのWi-Fi中継機(有線LAN対応のもの)を購入した。無線区間が入るのでいろいろロスが入るが、実用上は問題ない程度のネットワーク環境を構築できた。

速度は固定回線並み。遅延・パケットロスややあれど実用範囲

Starlinkアプリ内で速度テストできる
おなじみのSpeedtestアプリでも100Mbps近い

 通信品質は衛星の位置などによって変わるようで安定しないが、専用アプリの測定だと、速い瞬間なら下りは200Mbps以上、上りも30Mbpsくらいになる。スマホなどでのスピード測定アプリでの実効速度は、Wi-Fiを経由するせいか、だいぶ速度は落ちるが、それでも下り100Mbps、上り10Mbpsくらいは出る。速度面では4K動画でも問題はない。

 遅延は、Starlinkのアプリ上だと25〜50msと表示されるが、スマホのスピード計測アプリのPINGだと50〜200msくらいになる。いずれにせよ、小さい値ではない。衛星までの往復距離は、南関東上空なら1200kmくらい、北海道上空なら2200kmくらいになると思うが、電磁波は2200kmを7msほどで伝わるので、この遅延は光速の限界以外の要因が大きいと見える。0.3〜3%くらいのパケットロスも発生しているので、こうした不安定さも遅延につながっているかもしれない。

ネットワーク停止の頻度はStarlinkアプリ内で参照できる。アンテナ設置位置の改善前は10秒以上の切断が頻繁に発生した
アンテナ設置位置の改善後はご覧の通り停止がかなり減った。ただし2秒未満の切断はそこそこある

 安定性は、アンテナの設置状況によっては大きく変わった。

 筆者が最初にアンテナを設置した位置だと、1時間に数回の頻度で数秒間レベルの切断があった。それでもしっかりキャッシュする動画再生なら問題ないし、ボイスチャットでも「聞き直し」ができる相手ならば実用になる。

 その後、アンテナ設置位置を変更してからは、数秒クラスの切断が1日1回あるかどうか、というくらいまで減り、さらに実用性が向上したが、それでも遅延やパケットロスはあまり改善しなかった。

 ちなみに4週間後に新居に敷設された光回線は、ドコモ光の10ギガプランで、10ギガイーサ機器がない筆者環境で最高速の検証は不可能なのだが、新居の標準配線であるCat.5Eケーブルと1ギガイーサ機器でも、上り下りともに920Mbps以上、遅延は4msくらいが計測された。やはり固定回線はつよつよである。

回線品質、普通に使うなら十分も、オンラインゲーマーには……

 筆者はネット回線にはこだわりのある人間だ。通信ガジェットを扱うライターだから、ではない。大人げないオンラインゲーマーだからだ。オンラインゲームにおいて、通信速度はわりとどうでも良いのだが、遅延と安定性は極めて重要な要素となる。ほかの用途では気にならないレベルの遅延や不安定さが、ヘビーなゲーマーには我慢ならないことは少なくない。

 一部のゲーマーにしか伝わらない事例になってしまうが、筆者が10年近く日常的にプレイし、固定回線でのプレイ品質が身に染み付いているオンラインゲーム、「FINAL FANTASY XIV」(FFXIV)をStarlink経由でプレイしてみた。

 プレイしてみて驚いたが、そこそこプレイできる。FFXIVの戦闘は、敵の攻撃予兆エフェクトを見て回避する。遅延の大きい回線だと、「オレの画面では避けていたけど被弾した」となってプレイに支障を来たすことが多いが、Starlinkでは支障があるとは感じられなかった。やや被弾しやすいかな、とも感じるが、プレーヤースキルの影響の方が大きそうだ。

重要なのは速度ではなく遅延(PING)とパケットロス。調子が良いとパケットロスは0%になるが、それでも遅延は40msとか。固定回線に比べると1フレーム以上の遅延がある

 その一方で、これもプレーヤーにしかわからない説明になってしまうが、バフスキルの重ねがけやリーパーのレムールコンボなど、通常より速くスキルを連打する場面では、固定回線と比べてスキル発動に遅延があり、操作しにくく感じられた。あとはアイテムのやりとりなど通信が発生する細かい操作で、「固定回線より遅延がある」と感じる。すぐに慣れる程度の遅延だが、100%のパフォーマンスは発揮できない、という印象だ。

 もし、Starlink側が10秒程度、切断してしまうと、「キャラはオンラインだけどクライアントはオフライン」という状態となり、強制ログアウト処理されるまで再ログインできない状況になる。これが発生するかどうかは、アンテナの置き場所に大きく依存する。

アンテナ位置の改善後は、切断エラーが劇的に減った

 筆者が最初に設置したアンテナ位置だと、10秒クラスの切断が1時間に数回発生していた。FFXIVだと24人レイドダンジョンは1回以上の切断を覚悟しないとダメ、というレベルだ。

 しかしアンテナの設置位置を変更し、隣の空き地に置かせてもらうようになってから、こうした切断はなくなった。

 ただし1回だけ、アンテナ設置位置を改善したあとに、切断エラーが発生し、再ログインできない事態に遭遇した。こちらはStarlinkのルーター機能を再起動させたら再ログインできるようになったが、めったにないレベルのエラーだ。再ログインしたら24人アライアンスが全壊してて「ヤバ、やらかしたか」と思ったが、筆者がオフラインのあいだにみんながギミック処理をミスっただけみたいなのでセーフである。オレは悪くない。

 Starlinkの速度や遅延など回線品質は、オンラインゲーム以外の利用ではほぼ問題ないと思う。しかし「ネトゲは遊びじゃないんだよ!」とか言い出すレベルのオンラインゲーム大好きオジサンの筆者としては、常用するべき回線ではない、と感じた。慣れたゲームで固定回線と比べないとわからない程度の差だが、確実に遅延があるし、安定性も固定回線には及ばない。これで高難易度コンテンツには挑みたくないし、タンクやヒーラーなど、回線落ちしたらパーティが壊滅するロールでもプレイしたくない。

 逆に、「ネトゲは遊びじゃないんだよ!」と言い出すゲーマーからすると、引っ越し直後など一時的に固定回線が使えない状況で、もう一つの生活空間であるオンラインゲームの世界に行くために、緊急手段としては有用と感じた。最低限のウィークリーボーナスを獲得する程度には使えるし、パーティメンバーの理解と協力があればそこそこ難易度のコンテンツにだって挑戦できるだろう。

 ちなみに割り当てられたIPアドレスは検索すると日本のものとなっている。が、なぜか一部のオンラインサービスでは国内判定されず、利用できなかった。具体的にいうとニコニコ動画のアニメが視聴できなかった。権利関係などの問題でリージョン判定を厳密にやっているサービスの場合、使えなかったり、逆に使えるようになったりしそうなので、この辺りは注意が必要である。

本体も月額費用もサービス内容を考えればリーズナブル

 Starlinkの初期費用は7万3000円だが、原稿執筆時点では半額の3万6500円となっている。

 利用料は、固定住所での継続利用向けの「レジデンシャル」だと月額6600円、契約住所以外でも使える「Roam」(旧RV)なら月額9900円になる。

 筆者が利用したのは「Roam」の契約だ(契約時は「RV」だったけど)。通信量の上限はない。レジデンシャルなら光回線とほぼ同等で、衛星通信としては破格のコストである。

 ただ、そうは言っても、住宅のネット回線なら、光回線を敷設した方が良い。ネット回線としての品質は低くはないが、それでも光回線には及ばないし、設置や維持の値段や手間に大差もない。光回線のエリア外とかでない限り、どの事業者でもいいから光回線を選ぶべきだ。

回線休止後もアプリから簡単に再開できる

 しかし休止・再開が簡単にできるので、予備のネット回線として持っておくのはアリだと思う。障害や災害、戦争などで地上インフラが使えなくなっても、ネットだけは使える。AC電源は必要だが、筆者宅は太陽光発電+蓄電池なので、よほどのことがない限りネットが利用できる。

 そうした予備回線のために数万円の機材を準備しておくのはやや割高な感じもするが、筆者のようにネットが生命線の在宅ワーカーやネットが生活の一部になっているオンラインゲーマーなどは、持っておくと安心な機材だろう。

 もちろん、山荘や屋外イベント、工事現場などの仮設ネット回線としても使えるし、島嶼地域など光回線が敷設できないエリアのネット回線としても有用だ。その辺りの用途なら、Starlinkは手放しでお勧めできる。この辺りの用途を間違えず、適材適所で使うなら、Starlinkは唯一無二のネット回線として活躍してくれるはずだ。