インタビュー
「Apple Musicは広告付き無料プランを今後も一切やらない」――共同責任者に聞く“人間本位”の哲学
2026年6月26日 00:00
各社が無料プランを武器にユーザーの「奪い合い」を繰り広げ、サブスク疲れも指摘される音楽ストリーミング市場において、Apple Musicは明確に異なるパラダイムで動いている。
「無料のプラットフォームを持つ意向は一切ない」──。そう断言する共同責任者のレイチェル・ニューマン氏の言葉からは、音楽の芸術性とアーティストへの対価を守り抜くという絶対的な自信が窺える。今回、本誌のインタビューに応えたニューマン氏の言葉を余すところなくお伝えする。世界を席巻し始めたJ-POPの可能性から、AI時代を迎えてもなお「人間のエディター」の価値にこだわり続ける真意まで、同社が頑なに守り続ける“最高”の基準が垣間見えるはずだ。
Apple Musicが目指すゴールとラジオの役割
――今日は東京にあるApple Musicのラジオスタジオでのインタビューです。昨年4月の開設から1年あまりですが、ラジオスタジオを設けたということはApple Musicが日本の音楽市場をいかに重視しているか、その表れだと感じました。
ニューマン氏
はい、スタジオを持つ理由のひとつは認知度の向上ですが、同時に私たちの価値観を象徴してもいます。
アーティストがストーリーを語ったり、私たちの素晴らしいテイストメーカーの愛する楽曲を紹介するためのプラットフォームです。
――まずは基本的なことを教えてください。ひとつはApple Musicでどんな体験価値をもたらすか。そして、コンテンツ・機能のひとつである「Apple Music Radio」で何を提供するのかという点です。
ニューマン氏
私たちは、世界でも、大切な地域でチームを置いています。日本でも、その文化やアーティストの観点から、市場で起きていることを反映できるようにするためです。
それが、その地に根ざしたサービスとチームがいるという意義ですし、日本の音楽ファンのために、よりよい体験を提供するためでもあります。
ラジオスタジオはその延長線上にあると言えます。
私たちは常に人間性と、音楽における芸術性の保存を信じています。ストリーミングの本質は、非常に難しく、深みに欠ける側面があります。リスニング体験が平坦化してしまうのです。
ここに気をつけないと、ストリーミングは単なるユーティリティ、つまり、ほかの何かのおまけのようなものになりかねない。
私たちにとってラジオは当初から、「プラットフォームでより深い体験を提供し、ファンとアーティストがつながり、コミュニケーションをとるための方法」でした。
そして、アーティストが自分たちのストーリーを語ることができる本当の舞台を提供することです。
これにより、単に「曲を聴く」だけでなく、「曲やアルバムの背景にある文脈」を見つけられます。ラジオは私たちがそれを行った最初の方法でした。
――音声コンテンツという意味ではポッドキャストもありますし、動画もあります。配信とはいえ、トークを交えて曲を紹介していくラジオという形式にどんな可能性を感じているのでしょうか。
ニューマン氏
まず第一に、「Apple Music」はオーディオプラットフォームです。ラジオはオーディオですから、相性が良い。
たとえば、Apple Music Radioにおける多くのインタビューや、アーティスト主導の番組では、カメラもその場にあります。ですから、いわば“伝統的なラジオ”ではありません。
また、ラジオ的な配信ではなく、オンデマンドで聴ける特別なプログラムもあります。つまり「ラジオ」は包括的に使っている言葉であり、多くのことを意味しています。
単なるラジオストリームだけではなく、ラジオ施設を利用してオーディオコンテンツやビデオコンテンツが含まれています。アーティストのストーリーを伝えることに役立ちますし、アーティストが制作する音楽のサポート、プロモーションやマーケティングのためのアセットにもなります。
究極的には、これらのアセットを使用して、曲であれアルバムであれ、新しい楽曲の認知度を高め、ファンが聴くためにプラットフォームにアクセスするよう誘導したいからです。繰り返しになりますが「ラジオ」はすべてを網羅する言葉なのです。
日本における「ラジオ」の取り組みと今後の展開
――日本における活動についても教えてください。スタジオができてから1年、どうでしたか。
ニューマン氏
日本語でのラジオコンテンツは、DJとして落合健太郎とみのの2人で始まりましたが、当時、コロナ禍の真っ只中でした。自然と、オンラインで制作することになったわけです。
そうした時期を経て、昨年4月に東京のスタジオをオープンしました。引き続きオンラインでお会いするアーティストさんもいらっしゃいますが、スタジオで実際に会ってお話しすることは、いわば手応えがまったく違います。
オンラインだと、収録に決まった時間制限があります。でもリアルだと、楽屋もありますし、打ち合わせもする。アーティストさんがお持ちになった曲をご一緒に聴く機会もあります。日本のチームがコンサートを楽しみ、その後、そのアーティストさんがスタジオに来られて、ライブのパフォーマンスの話で盛り上がることもあるとか。
そういう会話から、企画のアイデアや、アーティストとの絆が深まりますし、ファンとも番組を通じて繋がっていきます。
昨年4月と比べて、Apple Music Radioの視聴リスナーシップは、48%増えました。番組の制作頻度が上がり、内容も濃くなったことがあるでしょうが、もっと単純に番組へのゲストの方も多くなっています。Snow ManやNumber_iといった方々も出演していただきました。
海外にあるスタジオでは、藤井風さんも出演してくださって、現地でパフォーマンスを披露されて、その動画も配信しています。
――次の一手は?
ニューマン氏
やはり東京で作っているものが世界中のほかの国でも聴かれるようになることです。
今のところでも日本の番組が聴かれています。意外かもしれないですが、日本語の番組でもインドネシアのようなアジア圏で聴いていただいているんです。
もう1つ、東京のスタジオはアジアのハブ(拠点)という位置づけでもあります。たとえばK-POPアーティストの方々が来日されて番組を収録する、ですとか、ほかのアーティストとコラボするようなコンテンツを手掛けたいですね
日本市場の独自性
――日本のアーティストの活動に関して、Apple Music、とりわけ、エディトリアルな視点でリードしてきたレイチェルさんはどう考えているのかという点はいかがでしょうか。たとえば、日本のアーティストの楽曲は、日本のアニメを通じて世界へ広がっているという話もありますが、それはいわば、ほかのプラットフォームを介している、ということになります。
ニューマン氏
確かにアニメへの関心は高いのですが、それだけではない、ということはお伝えしたい点のひとつです。
たとえば、日本のヒップホップは非常に成功しています。米国では、特に大きな関心が寄せられています。
そしてJ-POPは、ポップミュージック全般が復活しつつあり、世界最高のポップミュージックはアジア発と言えます。これに従ってJ-POP自体も今まさに注目を集めていると思います。
アニメだけに留まらず、日本文化、ひいてはアジア以外の地域も日本文化の影響があります。また、アジア圏外でも日本文化に対する関心が高まっており、メキシコでは大きな成長が見られました。
前年比で言うと、J-POPに限らない日本語楽曲の再生数は、インドネシアで68%増えました。メキシコは59%増、米国が20%増、韓国が27%増、フランスが33%増です。
| 国 | 前年比 |
| インドネシア | 68%増 |
| メキシコ | 59%増 |
| フランス | 33%増 |
| 韓国 | 27%増 |
| 米国 | 20%増 |
Apple Musicの機能のひとつである歌詞機能では、韓国語のハングルの歌詞を日本語で歌えたり、日本語をハングルで歌えたりできるようになっています。また、今回発表したのですけれども、日本の楽曲を英語で発音できるような準備をしています。
こういったことが日本の音楽を広めることに繋がると思っています。
――日本のアーティストのユニークな点はどういったところになるでしょうか。楽曲なのか、レコード会社なのか
ニューマン氏
すべてですね(笑)。日本のすべてがユニークです。
そもそも音楽シーンは非常に活気があり、新旧の良さを併せ持っている。CDやレコード、グッズといった実体を持つビジネスが今もある。
その一方で、新しい取り組みも進んでいます。たとえば、ファンダムを理解し、デジタル空間でファンとアーティストがどう繋がるか。日本の音楽業界はファンダムを理解しています。
日本は信じられないほど、豊かでユニークな市場です。私たちにとっても非常に重要な音楽市場であり、日本のような多様性と規模は、世界のどの国とも異なります。
Apple 50周年記念イベントにVTuberを起用した裏に
ニューマン氏
その一例として、ご紹介したいのがApple50周年のイベントです。日本では、VTuberのMori Calliope(森カリオペ)さんにパフォーマンスを披露していただきました。
――ほかの国での50周年記念イベントは、リアルなアーティストが登場していますが、日本はVTuberという時点で異色だと、確かに現地でも強く感じました。その出演を決めたのがレイチェルさんと日本のApple Musicのチームということですか……?
ニューマン氏
ええ、実はそうなんです。パートナーシップとして取り組んだんです。日本のユニークさを、見事に表現した取り組みですよね。
「人間によるプレイリスト」の重要性
――エディトリアル視点でApple Musicをリードされてきたというレイチェルさんの考え方もあらためて教えてください。Apple Musicにおけるプレイリストでは、人間が手掛けていることを重要視されていますよね。その理由をあらためて教えてください。その上で、次はITのトレンドを踏まえて質問したいです。
ニューマン氏
私たちはAppleの一員で、テクノロジーを愛しています。ただ、Appleは常に、会社全体として、“人間の視点を通じてテクノロジーを受け入れるべき”と信じてきました。
私たちはリベラルアーツとテクノロジーの交差点に生きています。
音楽においては私たちがまさにその交差点にいることが非常にはっきりと分かります。
テクノロジーは素晴らしいものであり、規模をもたらします。しかし人を基点にし、人間性を軸にしなければ、個性がなくなります。
音楽の場合、機械学習やAIだけではいわゆるエコーチェンバーに陥ってしまう。事実上、同じものを永遠に聴き続けることになります。
テクノロジーは人とともにあって、初めて成功するものです。私たちはその考えを中心にサービスを構築してきた。
今日、その議論はさらに騒がしくなっていますが、私たちは未来に取り組むために非常に良い位置にいると感じています。私たちは常にテクノロジーを、人を包み込むものとして考えてきたからです。
私たちは、世界のさまざまな地域に最高のテイストメーカーを配置し、ラジオ番組で全面に出ることもあれば、裏方として文化やアーティストのコミュニティと深く結びついています。我々がフォーカスする点であり、Apple Musicの差別化ポイントであり、さらに言えばリスニング体験にとっても重要です。
――私も、AIやアルゴリズムに沿ったプレイリストをよく聴いていますので、音楽でもエコーチェンバーが、という点は実感できます。一方で、WWDCでは「Siri AI」が発表されました。ユーザーのコンテキストを理解していくAIとされています。WWDCでは生産性を中心にした話でしたが、音楽も人生の一部と考えると、「Siri AI」の登場で、Apple Musicにはどんな可能性が生まれるのでしょうか。
ニューマン氏
日本ではまだ提供されていませんが、新機能として「Apple Music」に「Playlist Playground」がローンチされています。これは、プロンプトベースでAIを活用した機能であり、一種のプレイリストと言えます。
人のエディターの役割は、単にプレイリストへ曲を並べるだけではありません。こうした新技術・機能の土台でもあるのです。
具体的には、エディターたちはメタデータのタグやテイストクラスターを構築し、文化的なコンセプトと実際のサウンドを結びつけています。こうした知見が、AIによる機能へどう貢献するのか……大きく進化し始めていると言えます。
エディターの関わり方はさまざまな形へ広がっていますが、それでも本質として、「人間と機械の融合」であり、その2つの要素はこれからも常に共にあるでしょう。
――編集者の重要性が増しますね。
ニューマン氏
そのとおりです。私たちは常にそうしたアプローチで取り組んできました。私たちの哲学であり、ビジネスを構築してきた手法です。
繰り返しになりますが、だからこそAIという新しい時代でも私たちは絶好のポジションにいます。これまでと同じ環境という見方ですね。エディターチームとミュージックサイエンス(データ科学)チームは常に協力してきているのですから。
本質的なアプローチに変わりはなく、仕事の進め方やツールが変わる。原則や信念が変わることはないのです。
――編集チームとミュージックサイエンスチームが対立することはないのですか……?
ニューマン氏
ないですね(笑)。
――ビジョンが完全に共有されているわけですね。
ニューマン氏
まさにそうなんです。これはApple Music部門だけではなく、Appleという企業全体での哲学なのです。
アーティストリー(芸術性)を重んじ、ヒューマニティ(人間性)を大切にしています。その価値観を重視する。こうした考え方は、Appleにとって新しい考え方ではない。昔からずっとこうなんです。
「広告付きプランは提供しない」、その理由とは
――話を変えて、ユーザーの利用のあり方について教えてください。少なくない人が、年齢を重ねることで音楽と接触する機会が減っていくように思います。少し難しい質問ですが、それに対してApple Musicって何ができるのでしょうか。
ニューマン氏
確かに年齢を重ねると、音楽との接触が減る人はいるでしょう。ソーシャルメディアもありますし、伝統的なものもある。多くの選択肢があります。
私たちは、音楽を聴く人に向けて、その要望に応えることです。時にはディナーと一緒に音楽を使ったり、車を運転したり、旅に出たり、単に逃避して気分を良くするために使ったり、特定の感情に浸るために使ったりします。
音楽のユースケースが何であれ、私たちはその音楽ファンのニーズに応える必要があります。
そのためには、私たちは自分たちが得意とすることに取り組む必要があります。自分たちのサービスがアーティストや音楽、芸術性に忠実であることに自信を持っています。
――いわば、ユーザーの時間をほかのサービスと奪い合うことになるわけですが、今の回答は、そのことへの基本的な姿勢を教えていただいたと思います。多くの選択肢がある中で、ライトな音楽ファンをどう取り込みますか。
ニューマン氏
ストリーミングという形態がその回答になるでしょう。
もちろんストリーミングには課題があり、熱心な音楽ファンにとっては、もっと好きなアーティストと深く繋がる方法を求めるかもしれません。しかし、カジュアルな音楽ファンにとっては、生活にあわせて音楽を楽しむ方法として、ストリーミングが素晴らしい選択肢になります。
定額で聴き放題、再生ボタンを押すだけです。音楽に対する深い知識がなくとも、楽しめます。仮に熱心な音楽ファンであっても、1日を過ごすなかでは、どこかで音楽に対して前のめりにならない時間帯がありますよね。そうした時間にもストリーミングは優れた選択肢になるわけです。
その上で、Apple Musicは、より積極的にアーティストと繋がれるようなサービスも提供しているわけです。
――今のお答えを踏まえて聞きたいのは、音楽とユーザーの接触を増やすための方法として、広告付き無料プランをどう考えているのか、ということです。
ニューマン氏
私たちは、音楽に対して対価を支払うべきだと考えています。無料のプラットフォームを持ったことはありませんし、今後も持つつもりはありません。
音楽に対価を支払うべきだと強く信じています。音楽はひとつの芸術の形です。持続可能性のためにも、アーティストが報酬を得ることが重要です。そのため、無料のプラットフォームを持つ意向は一切ありません。
――アーティストに対価を支払いたい気持ちは、私自身、ひとりの音楽ファンとして持っています。しかし、広告付きで聴ける無料プランがある、ほかのサービスの影響力が高まればどうなるのか。つまりほかのサービスとの競争をどう考えていますか。
ニューマン氏
世界中どこでも同じというわけではないですが、幸運なことに、日本での事業は成功しています。
私たちは、(広告付き無料プランの)そうしたほかのサービスとの競争に参加しているわけではありません。ゴールは、最高で、高品質なサービスを提供することです。Appleの価値観やあり方と合致している目標です。
素晴らしいリスニング体験の提供を重要視しており、その一例が「空間オーディオ」への投資です。そして、受け身で音楽を楽しむ人でも、熱心なファンでも、私たちは「テイスト(センス)」を大切にしているのです。だからこそ、世界中で、素晴らしいテイストを持つスタッフへの投資を惜しみません。
品質こそが自らを測る基準です。「最大」ではなく「最高」を目指しています。Apple Musicの使命のようなもので、音楽に対する「大量消費的なアプローチ」と少し異なると思っています。
音楽をコモディティ(日用品・消費財)として捉えるのではなく、より芸術的な視点で、音楽やそのストーリー、芸術性の保護という観点からアプローチしています。
――なるほど。
ニューマン氏
だから私たちは「アルバム」を尊重しているんです。たとえばアルバムのトラックの曲間にAuto Mixやクロスフェードで流すという機能を提供するといったことはしていません。
――確かにアーティストは、新曲とともに「アルバム」としてまとまった世界を制作する人が本当に多いですね。
ニューマン氏
もちろんトラック(楽曲)ごとのインタビューのようなことも実施しています。
アルバムのアートワークも大切に考えています。消費者に体験だけではなく、アーティストのクリエイティブな作品を、可能なかぎり最高の形で紹介するためです。
――最後の質問は、日本の通信事業者のような存在との関わり方についてです。たとえばNTTドコモは、「ファンダム」を戦略のひとつに掲げました。昨年の発表時には、スポーツ映像配信サービスの「DAZN」を料金プランにバンドルして、追加料金なしで楽しめるようにしています。もちろんApple Musicのバンドルもあるかもしれませんが、ドコモはアリーナの経営にも深く関わるようになっています。
ニューマン氏
日本では、たとえばApple MusicはKDDI(auとUQ mobile)のお客さまは、初回加入については3カ月の無料期間と、有料会員向けにポイント還元があります。NTTドコモでは「Apple One(個人プラン)」として利用いただくと、1カ月の無料期間とポイント還元のあるプランがありますよね。
その上で、パートナーシップの種類といったことについては、世界中のキャリアでビジネスの開発で協力していますし、最近ではTikTokと組んでリスニングパーティなどの機能を実現しました。自分たちだけで全てを手掛けるのではなく、ビジネスパートナーと積極的にコラボレーションしていきたいと考えています。
――ありがとうございました。





