石川温の「スマホ業界 Watch」
「Apple Music Classical」、アップルならではのビジネスモデルとその利点とは
2024年1月31日 00:00
アップルは1月24日、クラシック専門の音楽ストリーミングサービス「Apple Music Classical」を日本でも提供を開始した。「クラシック」という専用アプリとして配信されているが、Apple Musicのサブスクリプション登録をしていれば追加料金なしで利用可能だ。
500万曲以上のクラシック音楽を楽しめるのが最大の魅力だ。同サービスは2023年春に欧米などですでに提供されているが、今回、日本や韓国、中国に向けてのローカライズが完了し、ようやく提供開始となった。
アップルでApple Musicのサービスを統括するJonathan Gruber氏は「配信する500万以上の楽曲に詳細なデータを関連付け、カタログの閲覧、検索のしやすさが売りとなっている。さらに作曲家のバイオグラフィー、クラシック音楽に精通したアップルのエディターによる作品解説など独自のコンテンツを充実させている」と胸を張る。
実際のところ、Apple Musicで提供されている一般的な音楽にはアーティスト名と楽曲名、アルバムタイトルぐらいしかタグが設定されていないが、Apple Music Classicalで配信されているクラシック音楽には作曲家の名前、作品の種類、作品名、通称、作品番号、時代、楽曲、楽団などのタグがつけられ、さまざまなキーワードから検索が可能となっているのだ。
指揮者の佐渡裕氏は「よく『オーケストラの演奏は指揮者によって変わるのか』という質問を受けることがある。Apple Music Classicalの作品カタログは検索条件に指揮者、演奏者、オーケストラなどを選んで探せる。たとえばベートーベンの交響曲第5番『運命』を、異なる指揮者とオーケストラが演奏している作品を聴き比べることも可能。色んな発見が得られて楽しめるのではないか」と語る。
確かにこれまで気に入った指揮者が関わった作品をいろいろと聞き比べようと思えば、CDを個別に探し出すなど、相当、手間がかかったことだろう。Apple Music Classicalであれば、名前を検索すれば、大量に指揮者が携わったこれまでの楽曲が一覧で並び、あとは好きに聞き比べることが可能となる。
アップルではApple Music Classicalだけの独占コンテンツの配信も実施。Gruber氏は「日本ではサントリーホール、文化村オーチャードホール、東京フィルハーモニー交響楽団、新日本フィルハーモニー交響楽団、ディズニー・オン・クラシックとの特別なパートナーシップを提携した。今後、独占コンテンツを提供していくことになるだろう」と語る。
ここ最近、アップルが巧みだと感じるのが、単にiPhoneやiPad、Macといったハードウェアを売るだけでなく、しっかりとサービスを作り込んで、ソフトで利益に繋げているという点だ。ハードとソフトの融合が実に上手くはまっている感があるのだ。
Apple Music Classicalにおいては、提供されている楽曲の中にはドルビーアトモスによる空間オーディオに対応しているものがある。オーケストラによる演奏を余すところなく楽しみたいとなると、やはり空間オーディオの再生に対応したAirPodsやAirPods Proが欲しくなってくるというもの。
Apple Music ClassicalはAndroid向けにもアプリは提供されているが、やはりiPhoneとAirPodsの接続性の良さ、さらにMacBookなどを使っていれば、AirPodsがスムーズに接続する先を切り替えていくので、アップル製品に次々と囲まれていくことになる。
もうひとつ、アップルの戦略が上手く回っている点が、クリエイターを引きつけているという点だろう。
アップルは「App Store」というアプリストアを作ったことで、世界中のアプリ開発者に対して、収益を得られるビジネスモデルを構築した。最近では「手数料が高すぎる」といった批判も多いが、作ったアプリを世界中に配布し、代金を簡単に回収できるというスキームは一部のプラットフォーマーしか提供しておらず、必ずしも手数料が高すぎるわけではないだろう。
アップルがしっかりとしているのは、アプリをユーザーに紹介して、新たにダウンロードしてもらうような環境作りをしている点にある。今回、Apple Music Classicalでもエディターがオススメの楽曲を紹介する解説記事などを作ることで、ユーザーに新たな発見をしてもらおうと腐心している。
「クラシック」という独自のアプリを作り、検索性を高めて、クラシック曲を再生してもらうことで、音楽家たちにも収益がもたらされる。
Gruber氏は「我々としては、Apple Music Classicalのユーザー基盤を拡大し、たくさん音楽を聴いてもらうことに尽力していきたい」と語る。
iPhoneやiPadという世界的に巨大なプラットフォームで、アプリが稼働し、クラシックファンが増え、再生数が伸びることは、結果として、クラシック音楽で生計を立てているアーティストたちへの還元につながる。
ハード、ソフト、そしてアーティストが見事に連携した垂直統合モデルはアップルだからこそ実現できる横綱相撲と言えそうだ。