インタビュー

ドコモ田村副社長ロングインタビュー、ドコモのネットワーク部門を率いるキーパーソンが語る課題と使命感

 日本国内の携帯電話サービスが立ち上がって以降、業界をリードしてきたNTTドコモの通信品質に対し、今、不信の声が強まっている。当初は都心部を中心に「つながらない」といったもので、最近では都心に限らず、SNSを中心に厳しい声が相次ぐ。

10月10日の説明会で示された対策

 これに対し、NTTドコモも対策を進めている。10月10日に開催された説明会では、全国2000カ所で品質改善の対策や、鉄道路線沿いや繁華街などでの施策を進めること、今後増えるトラフィック(通信量)へ前もって余裕を持った設備にすべく300億円を投じることなどが示された。

小林ネットワーク本部長(左)と田村副社長(右)

 今回本誌では、ネットワーク部門を率いる田村穂積代表取締役副社長へ、あらためて同社の狙いや考えを聞いた。記事中盤までは田村副社長が目指すネットワーク品質向上への考えを紹介する。そして、記事後半では、同氏および取材に同席した小林宏ネットワーク本部長との一問一答をご紹介しよう。

田村氏が語るネットワーク品質向上への考え

田村氏
 10日に説明会を開催いたしましたが、東名阪を中心に、現状のエリア品質に対する状況を私どもとしては重く受け止めており、最優先の問題と捉えています。

 説明会でご紹介した対策は、お客さまの体験として、できるだけ早く「良くなったね」と感じていただけるような対応として実施したいと考えています。ひとつが2000カ所での対策です。

 もうひとつが、鉄道路線沿いでの対策です。東京の山手線、大阪の環状線といった多くの方が利用される路線だけではなく、全国的におよそ50カ所強で、改善を進める計画です。

 年内には既存の基地局を活用して、基地局からの(電波の)照射の角度、指向性の調整、出力の調整で、暫定的に対応させていきますが、これもなるべく早期に対応していきます。

特別チームを設置、新組織で品質管理も

田村氏
 実は、8月ごろから、小林(宏氏、ネットワーク本部長)をヘッドにして、全国横断のプロジェクトチームを立ち上げて、最優先の課題ということで対応してきてはいます。

 その結果を「年内に90%」という数字で表現しているのですが、その上で、私の方からはもう少しハードルを高めた目標を社内では伝えています。

 これは、かなりハードルが高い目標なのですが、年度内に、お客さまから見て、一定の成果が出るような形まで仕上げることがひとつの目標です。

 また、今年7月、組織再編でネットワーク全体での品質の強化を目的に「サービスマネジメント部」という部署を新設しています。そこで、ネットワークのサービス品質を一元的に管理し、いち早く予兆を検知したいと考えています。

 こうした取り組みを実行していくことで、お客さまからの評価をあらためていただけるのではないかと考えています。

「他社から遅れていると思う」「通信品質はドコモの根幹」

田村氏

 一方で、10月10日の会見では、「他社に遅れてるのではないか」という声がありました。これは私も、正直、その通りだと思います。しかし、そうした点についても、他社よりもできるだけ上回るよう精度を上げていきたい。

 たとえば、Opensignal(オープンシグナル)という調査会社のデータを各社、活用していますが、我々もそのデータを活用して予兆を把握しようとしてます。

 アプリを使ったエリア状況の把握についても、現在はスピードテストアプリを用いていますが、自社アプリを中心に、お客さまの情報をネットワーク上で我々が見て、なるべく早く対策を打って、今回のような問題が起きないようにする――といった取り組みを早く進めたいとも考えています。

 なによりも「ネットワークの品質」やエリアの広さは、ドコモの事業の根幹だと認識していますので、スピード感を持って対応していきます。

田村氏に聞く

――これまで4月、8月、10月と3回に渡って説明会が開催されています。いずれも「こうしていきます」という説明でしたが、「良くなりました」など、もう少し強い意味をもたせたメッセージではない、という印象を抱いています。通信品質は、“水物”とも呼ばれ、目まぐるしく変化していくものですが、やはり断言してメッセージを打ち出すのは難しいのでしょうか。

田村氏
 10月10日の説明会では、もっとも混んでいる4カ所については、夏と比べ、スピード(通信速度)で向上したと示しています。

 もちろん特定の場所だけですし、イベントなどで人が集中して使いづらいこともあったりするなど、マクロ的に見て全国での宣言というのは確かに難しいところがあります。

 ただ、個人的な心情としては、さきほどお伝えしたとおり「エリアの広さとネットワークの品質」は、今、ドコモの事業の根幹だと思っています。これは、ネットワーク本部の一同も、強く共有できていると思います。

 春、夏の説明会のあと取材陣から「定期的に会見をしてほしい」というご要望もありましたので、見方によってはご指摘のように中途半端に思えてしまうところがあるかもしれませんが、このタイミングできちんとご紹介した、ということになります。今後も、また節目節目でご紹介していきたいですね。

――「対応が後手」という指摘に、田村さんも「そう思う」という話でした。では、なぜそうなってしまったか、どう考えていますか?

田村氏
 ドコモとしては、トラフィックのデータや、お客さまの状況を見ながら、基地局のパラメーターの変更など対応をしてきました。

 ただ、コロナが明けてから(新型コロナウイルス感染症の5類以降後)の状況を見ると、予想よりも人員の流動が多かったのです。

――想定外にどう準備していくのか……ネットワーク運用だけではなく、世の中の出来事全てに共通する質問のようになってしまいますが、どう備えていくのでしょうか。

田村氏
 モバイル通信は、非常に動きが速い分野です。私としては、いろいろ熟考して対策を打つ、という体勢ではおそらく遅れてしまう。

 となると、中途半端でもいいから、スピーディに進めるのがもっとも大切かと思っています。

 当然、何かしら障害が起きた時、あるいは災害が起きた時に向けた対策は考えています。その対策を超えるような事態が起きた時に、スピード感を持って対応するしかないのでしょう。

――では、今回の対応のなかで、特に困難だったものはありますか?

田村氏
 基地局のパラメーターの変更といった作業は比較的、すぐ対応できるものです。

 ただ、新規に基地局を設置する場合は、やはり地権者の方々などとの交渉もあります。交渉のなかでは、私どもから設備の想定を示し、それに対して「ちょっと大きい」と指摘があれば小型化できるようにする、といったやり取りがどうしても発生します。

 これは(エリア品質を進める施策の中では)時間がかかるものです。

他社よりも「人流増」多かった

――今春から人流が増えたこと、そしてトラフィックの増加は他社も同じでは? という指摘もあります。ドコモだけなぜ? とも言われますが、ここに契約数の違いは関わりがあるのでしょうか。

田村氏
 他社さんの状況はよく分からないですし、私から何か他社さんについて申し上げることはないのですが、ソフトバンクさんや楽天モバイルさんなど、最近の各社さんの説明会などの記事を素直に読んでいると、ひとつは当社よりも予兆の検知が進んでいるのではないかとも思います。そこは早くキャッチアップしなければいけません。

LLMを活用して対処が必要な場所をスピーディに絞り込む

 もちろん、LLM(大規模言語モデル)の活用などで追いついていけるとは思いますが、予兆という観点では少し遅れてきたのは事実かなと。

小林氏
 たしか、ソフトバンクさんが記者説明会で「20GB以上を利用するお客さまの比率が1年で約1.15倍」と説明されていたかと思います。

 指標の定義が異なるかもしれませんが、当社の場合、1.5倍~1.7倍、増えたのです。ソフトバンクさんの会見に関する記事を目にして、当社のほうが影響が大きかったのかな? とは感じました。

――なるほど。

小林氏
 とはいえ、お客さまにご迷惑をかけていますので、早期に対応していきますし、ネットワークで吸収するような仕組みづくりも必要かなと思っています。

――トラフィックを左右するのはやはり料金プランのあり方が大きいのでしょうか。

田村氏
 あるいは利用されるコンテンツですね。確かに料金プランが変わった時には、結構データ量がグッと伸びます。

――日本全体での人口は減少傾向にあります。コロナ禍の3年の前後で、大きく利用者数が変わっていないとも思えますが……。

小林氏
 当社の「モバイル空間統計」で見てみると、日本全体で見ると確かに人口は減っています。しかし、東京都心、今回対策をした4カ所については、人数ベースでは減少していないのです。そういう状況もまたちょっと想定しづらかった点ではあります。

――ショート動画に代表されますが、利用されるコンテンツも変化していますよね。

田村氏
 はい、4~5年前と比べると、より大容量のコンテンツへ変化してきています。

スピードテストアプリ以外でもチェックできるように

――スピードテストアプリ以外では、どういったアプリで、ユーザーの電波環境を調査する仕組みを導入したいと考えているのでしょうか。10月10日の説明会では、「d払い」という指摘もありましたが……。

小林氏
 まさに検討中でして、やっぱりサンプル数が多い必要があります。そのためには、できるだけお客さまが普段使っていらっしゃるものがいいです。

 ただ、そういう機能を入れた時に、そのアプリのサービス性を損なわないようにするためにどうすべきか、検討をスマートライフカンパニーとしています。肝はサンプル数がどれぐらい取れるかです。

――そうした新しい仕組み、知見、見方を絶えず取り入れるにはどういう仕掛けが必要でしょうか。

田村氏
 私は、ネットワーク本部と営業本部を担当していますので、今回の通信品質問題については営業本部側とかなり密接に議論しています。たとえば、ネットワーク本部側からは営業のマインドをもっと身につけないといけないと思ってますし、逆もまたしかりです。

 営業本部側には、お客さまと接するポイントが数多くあります。その情報を収集して、頻繁にネットワーク本部側へ提供しながら進めます。

 お客さまの声に関するレポートも頻繁に提供されますので、それもネットワーク本部のスタッフにはきちんと目を通す仕組みづくりなども必要でしょう。

「地方の事象」を把握できていなかった?

――ユーザーの声をまとめ、把握するとのことのことですが、先般の説明会では、地方でのつながりにくさについて質問があがり、回答が明確ではなかったことから、「把握していないのでは?」と取材陣が受け止めていました。

小林氏
 いえ、実はあれは、具体的にどの案件かわからず、いろいろな案件が頭に思い浮かび、「どの県のどの事象」か、細かくその場で確認するのも気がひけてしまったのです。

――各地で発生している事象は把握しているけども……ということですか。

小林氏
 はい、そうなんです。一般的な回答のつもりでお答えして、そう受け止められてしまったのです。

Massive-MIMO、小型化・低消費電力化が大きい

――料金プランとトラフィックの関係についてもう少し詳しく教えてください。今夏、大容量プランの「eximo(エクシモ)」が登場しましたが、それより以前に「ahamo」で大容量の“大盛り”も登場しています。若年層ユーザーにとって大容量の通信を使いやすい環境が整っていたことになります。

田村氏
 新しい料金プランが発表される際には、もちろんネットワーク部門ともやり取りがあり、これでも大丈夫ということを確認しています。

――料金プランには織り込み済みということですよね。ちなみにhome 5Gの影響は?

田村氏
 宅内向けですので、端末が動きません。つまり対策は打ちやすいと言えます。お使いになる住所が決まっていれば、その周辺の基地局のエリアで対応すると。

――他社では、最近、ソフトバンクが大容量の無制限プランで、1カ月で200GB利用すると速度を制限する仕組みを導入しています。こうした大容量通信に対する制限の必要性はどう捉えていますか?

小林氏
 かねてより、ドコモの料金プランでも、非常にデータ容量が大きい場合に対して、「速度制限をかけることがある」と示しています。最後の最後はネットワークを守るため、制御をかけるという歯止めを効かせているのです。

――技術面で、今後期待できる仕組みはありますか? 先般の説明会では高度化したMassive-MIMOの導入が示されました。

小林氏
 Massive-MIMO以外ですと、5G SAエリアを広げるということは、今後、通信容量で意義があります。

田村氏
 Massive-MIMOは、商用ネットワークに組み込んで、消費電力や容量をみても、従来の2倍程度の性能と効果が見えました。なるべく早く導入する方向に舵を切っており、2024年度以降、本格的に導入しようと考えています。

小林氏
 以前のMassive-MIMOの装置は大型で、消費電力も高かった。今回、小型化かつ低消費電力になりましたので、これは一般的なビルなど既存の基地局に設置しやすくなったという確認が取れたということになります。

NTT(持株)完全子会社化の影響は

――2020年、ドコモはNTT(持株)の完全子会社になりました。ふるわないサービスの終了もきちんと進め、費用対効果を追求する考え方が強く打ち出されたように受け止めています。その考え方が、現場の気持ちを少し萎縮させることはないのか。設備の運営・投資に影響を与えていませんか?

田村氏
 もともと私も小林も、ずっとドコモですが、完全子会社化によって、ネットワークへの投資は、大きく変わっていないんです。

 外部からそう見られるのであれば、我々の振る舞いに至らない点があるのかなという気もしますし、投資の部分で「これが必要」ということがあれば、私も小林も、持株にはかなり物は申しています。なので、逆に煙たがられてるかもしれませんが……。

 そういう感じですので、関係性としては、非常にうまくいっています。逆に持株から助言をもらうこともあります。

――今回、将来分を見越した対策として300億円を投じることになっていますが、これはドコモ側から打ち出されたものでしょうか。

田村氏
 はい、対処療法的な投資ではなくて、その先の余裕を持った設計を取り入れようということです。

「万が一」への考え方

――NTTドコモとして対応する事柄のなかには、電電公社時代から続く使命感というべきものを感じとることがあります。代表例は大規模な災害時で、情報量・頻度・スピードが他社を格段に上回っています。この使命感を裏返すと、「正しいネットワークのあり方」や「どこまでリスクを許容するのか」という考え方において、ちょっと正確性を重んじすぎているのでは? という疑問をつい抱いてしまうのですが……。

田村氏
 ドコモも約2年前、大きな通信障害を起こしているので、あんまり言える立場ではないのですが……やはり「24時間365日、皆さんが安心して使っていただけるようにする」というのは、我々の使命だと思うのです。

 皆さまの生活にモバイルが完全に組み込まれています。そう考えると、かつて以上に使命感は強く持たないといけないかなと。

 その使命感を忘れないがために、オペレーションセンターには、2年前の障害を忘れないよう、展示ルームなどを設けており、風化しないようにしています。そうやって、これからの世代にも伝えていかないといけないと、それは強い気持ちで思っています。

 先日、沖縄での台風でも、台風の動きが「こっちに行ってまた戻ってきた」といったものでしたので、基地局によっては、事前に備えられているバッテリー残量がなくなったところもあったのですが、そうした事象も発生しないよう、あらかじめネットワークとして作っておく必要はあると思っています。

 もちろん、バッテリーを数多く用意する、となれば、費用はかかります。その効果とのバランスを見ることは大切で、最大限の効果を出す必要があるかなと、今回ちょっと再認識はしています。

小林氏
 重要なノードは全国で分散して冗長化しています。

田村氏
 2018年の北海道胆振東部地震では、北海道でブラックアウトが発生しました。当社では、2011年の東日本大震災以降、「大ゾーン基地局」を用意していましたが、北海道胆振東部地震で初めて運用しました。

 万が一への備えは、無駄になるかもしれないのですが、我々の使命だと思っています。

――なるほど、ありがとうございました。