石川温の「スマホ業界 Watch」

「国民のプライバシーが犠牲に」 東大教授がサイドローディング導入に反対する理由とは

 政府のデジタル市場競争会議が導入しようとしているiPhoneでの「サイドローディング」。デジタル市場競争会議ではサイドローディングを導入することで、アプリの流通経路を増やし、結果として、アップルが30%(もしくは15%)を課している手数料の引き下げを促したいとしている。

 しかし、デジタル市場競争会議がサイドローディングについて、パブリックコメントをあつめたところ、500を超える意見が寄せられ、その大半が「反対」もしくは「慎重にすべき」という内容であった。実際にパブリックコメントを出したところを見ると、消費者団体、プライバシーやサイバーセキュリティ、教育や法律の専門家など多岐にわたる団体や業種から寄せられていた。

 そんななか、経済安全保障などを専門とする、東京大学 先端科学技術研究センターの玉井克哉教授にパブリックコメントを出した理由を聞く機会を得た。

東京大学 先端科学技術研究センター 玉井克哉教授

 実は玉井教授はA4サイズの紙で16ページに渡るパブリックコメントを提出している。普段、多忙であるはずの教授がここまで文書を執筆し、提出しているということはよほどデジタル市場競争会議に申しつけたいことがあるのだろう。

サイドローディングでのセキュリティ確保は「現実的でない」

 玉井教授は「スマホのゲーム開発者を儲けさせるために、なぜ国民のプライバシーを犠牲にしなくてはいけないのか」と憤る。

 アップルが提供するApp Storeは、アプリ開発者がアプリを提出すると、アップルで審査が行われ、ユーザーの個人情報を盗んだりしないか、セキュリティ上、問題が無いかなどがチェックされる。そうした審査を通ったアプリだけが配布されるので、iPhoneは安全に使えるというわけだ。

 これはApp Store以外からアプリをダウンロードできるようになると、個人情報を狙ったアプリが流通する危険性があるということだ。

 確かに、通信キャリアやゲーム会社などがアプリストアを運営し、安価にアプリを提供する可能性もあるだろう。デジタル市場競争会議では、こうしたアプリストアに対して、きっちりとアップルと同等のセキュリティレベルを確保した上での審査を求めているが、玉井教授は「現実的ではない」と指摘する。

 「(他のアプリストアが)アップルと同じレベルの審査ができると思わない。代替アプリ流通経路がアップルと同じ水準にするインセンティブがどこにあるのか。他のアプリストアでアプリの審査をできるぐらいの優秀な人であればアップルに就職するだろう」(玉井教授)。

 確かに、新たにアプリストアを運営したい企業が出てきたとして、アップルと同じ審査ができたとしても、アプリのラインナップ的にはAppStoreとの差別化が難しくなってくる。当然、同じ審査レベルを維持するにはコストもかかるため、手数料が下がるとも思えない。

 新たにアプリストアを運営する際、アプリの数を増やしたいのであれば、アプリの審査を緩くするというのが、手っ取り早い方法となる。結果として、セキュリティが甘く、ユーザーの個人情報が奪われやすいアプリストアになることだろう。

他国への情報流出を懸念

 玉井教授は「サイドローディングが実現したら、他の国がアプリストアを作り、日本でとても便利なアプリを配布するようになるのでは」と警戒する。

 「このサイドローディングで喜ぶのは誰か。国家規模でマルウェアを作っている国の人たちだ。その国はサイバーセキュリティのコンテストを実施し、優勝すれば国家の英雄になれる。さらにトップ5の人材が弟子を育てていき、そうした人たちは高い年収を手にする。そうした人たちがつくったアプリによって、我々の個人情報がすべて吸い上げられてしまうのではないか」と危惧するのだ。

 確かにサイドローディングが実現することで、著作権を無視し、本来であれば有料でなければ視聴できないようなコンテンツを見ることができるようなアプリが出てくるのだろう。結果として、審査をしておらず、個人情報が抜かれまくるという可能性が十分にあり得るのだ。

 一般的な国民であれば、問題ないのかも知れないが、これが大企業の役員や国会議員となれば話は変わってくる。単に個人の情報だけでなく、Facebookなどの情報が抜かれれば、個人の交友関係まで筒抜けになる可能性も考えられるのだ。

 玉井教授は「デジタル市場競争会議は、アップルに対して公権力を使って、商売敵に協力しろと言っている。これはマーケットのメカニズムに反することだ。役所が競争を決める、というのはどうかと思う。単に権力を持った人が権力をふるいたいだけのように見える。我々の税金でこんな仕事はしないで欲しい」と手厳しい。

 確かにデジタル市場競争会議は、国民の個人情報が他の国に流れる恐れから目を背けているようにも感じる。国民のプライバシーを守る意味で、サイドローディングについては再検討の余地がありそうだ。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。