藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

ソフトバンクが唱える「AI-RAN」、そのしくみは

AI-RANの仕組みとねらい

 最近、「AI-RAN」という言葉をよく聞きます。また、ソフトバンクがAI-RANの統合ソリューションの開発を開始したということです。

 AI-RANはモバイル通信における無線基地局のネットワークであるRAN(Radio Access Network)にAI(人工知能)を取り込んでいこうということですが、どんなふうに実現するのでしょうか。また、そのねらいは何でしょうか。

 今回は、このAI-RANの仕組みとねらいについて考えてみましょう。

モバイルネットワークでのAIの利用

 近年のAIの著しい進化に伴い、個人利用も企業での利用も含めて急速にその適用分野が広がってきています。モバイルネットワークも例外ではありません。4Gから5Gへの進化の中で、複雑化するネットワークを効率的に使いこなしたり、様々な作業を自動化したりするためにAIの利用が広がってきています。

 モバイルネットワークでのAI利用の基本は、図1のようにネットワーク内の無線基地局やコアネットワーク装置から大量のデータを収集し、これを処理・分析して必要なアクションを導き出すことです。ここでいう「データ」とは、主に各装置の利用状況に関わる情報、送受しているユーザーデータの数量、通信を制御するために装置・機能間でやりとりされる制御信号などです。

図1

 具体的には、「(1)をネットワークの各装置を効率良く、バランス良く利用するためのネットワークの最適化」、「(2)障害が発生する前に予防し、安定的にネットワークを自動的に稼働させる運用の自動化」、「(3)不正アクセスやサイバー攻撃を防ぐセキュリティ対策」、「(4)機器のエネルギー使用を最適化し環境への負荷低減を実現する省エネ」などの分野でAIの利用が進んできています。

AI-RANとは

 上記のようなネットワークにおけるAIの利用も視野に入れて、無線基地局群にAIを統合する新たなRANのアーキテクチャがAI-RANです。AI-RAN は、RANインフラをAI基盤として再定義するという面もあります。AI-RANはソフトバンクやAI処理用半導体ベンダーであるNVIDIAなどが提唱し、他関連企業と共同で設立したAI-RAN Allianceを中心に研究開発を推進しています。

 AI-RAN Allianceでは、図2に示す3つの重点検討領域を設定して取り組んでいます。各領域の技術内容は以下のとおりです。

AI for RAN

 AIを活用して、RANの性能を向上させる技術です。

 具体的には、ネットワークの混雑状況を分析して、複数の周波数を各スマホに最適に割り当てたり、AIがリアルタイムで通信状況を分析して電波が弱い場所でも動画がスムーズに再生されるように安定した通信を実現したりするような利用シーンなど最適化、自動化、セキュリティ対策、省エネでの利用が想定されます。

 このようなRANにおけるAIの利用は、世界的に基地局の中にAIを組み込んだり、基地局に外部からアクセスするための切り口(インターフェイス)を設け、外部のAIを含むシステムが基地局を監視したり制御する形で既に広く実現されつつあります。

 AI-RANでは基地局にAIを組み込んだ形態を想定しており、これにより即時性、効率性が高まります。

AI on RAN

 基地局が持つAI機能を利用して、基地局の近くのユーザーやデバイスへ即時性の高いサービスを低遅延で提供する技術です。

 一般に「エッジAI」と呼ばれるネットワークの末端部分(エッジ)にAIを配備する仕組みにおいて、基地局がエッジとなるケースともとらえることができます。

 エッジコンピューティングとも呼ばれますが、データをクラウドなどに送らず近くで処理するため、低遅延で即時性が求められるサービスに利用できます。

 例えば、監視カメラで高解像度映像により怪しい人物の動きを即座に捉えてアラームを出したり、自動運転車が事故を防ぐための瞬時の判断を基地局のAIが支援するなど、様々な利用シーンが考えられます。

 エッジAIにおけるAIを、例えばスマホやクルマなどのデバイス側が持つ形態もありますが、RAN側のAIによりデバイス自体がアクセスできないデータを利用したり、基地局内AIの大きな処理能力により高度で複雑な処理が実現できる可能性があります。

AI and RAN

 RANとは直接関係のないAIの処理と、4Gや5Gのモバイル通信のための無線まわりの処理を同じコンピューティング基盤上で行う技術です。

 コンピューティング基盤において、RAN本来の無線信号処理などでは使わない余剰のリソースを、例えば第三者のためのモバイル通信以外のAI処理に貸し出すことで、モバイル通信事業者が新たな収益を得る可能性が出てきます。

 基地局のコンピューティング基盤は通常、その基地局のサービスエリアでの通信トラフィックがピークとなる状況でも余裕を持って処理ができるだけの能力を持っています。

 つまり、処理能力はほぼいつも余っているということになります。特に夜間などトラフィック閑散時にこの処理能力を無駄なく利用できれば、貴重なリソースの有効利用になります。

 街の騒音や大気汚染状況を基地局ごとに分析・監視、自動運転の経路を周辺の交通トラフィック状況を分析して最適化、患者のウェアラバルデバイスのデータを収集・分析して異常時に即時に医師に通知、農地で土壌や気象データをもとに最適な灌漑や肥料散布を支援など、地域ごとに必要なAI処理は今後増加すると想定され、AI and RANが有効となる可能性があります。

 なお、AI on RANとAI and RANの両方を合わせて「AI with RAN」ということもあるようです。

基地局の仮想化とAI-RAN

 AI-RANのようなアーキテクチャが生まれた背景には、通信ネットワークの仮想化の流れがあります。

 従来、通信ネットワークは多数のユーザーへ通信サービスを同時並行的に提供するために、膨大な数の並列処理をリアルタイムで高信頼に実現する必要がありました。そのため、ネットワーク内の処理装置は専用のハードウェアに専用のソフトウェアを搭載して実現していました。

 従来の基地局においても、無線信号処理用に設計された半導体チップであるASIC(Application Specific Integrated Circuit)や、無線信号処理に専用化したFPGA(Field Programmable Gate Array)と呼ばれる専用のハードウェアとその上で動作する専用のソフトウェアを利用するのが一般的でした。

 しかし、近年の半導体技術の進歩で計算処理プロセッサ(CPU:Central Processing Unit)やメモリが高速化し、従来の専用装置並みの処理能力が手軽に実現可能になりました。

 そこで、このような汎用のハードウェア上で従来の通信装置が持っていた機能をソフトウェアとして実現する「仮想化」が現実的となり、モバイルネットワークは10年ほど前から急速に仮想化が進みました。

 無線基地局については、無線まわりのアンテナやアンテナに無線信号を送ったり、アンテナからの無線信号を受ける無線装置のアナログ処理についてはハードウェア依存の部分が大きく仮想化は困難です。一方で、その他のデジタル処理は仮想化の可能性があり、実際仮想化が徐々に進みました。

 具体的には、映像や音声などのデジタルデータを無線伝送に適した形式に変換(変調)する、あるいは無線装置で受け取った変調信号をデジタルデータ信号に変換(復調)するベースバンド処理と言われるデジタル信号処理や、基地局の中でスマホとインターネットの間の通信データの送受信を制御する部分は基本的に計算処理であり仮想化の対象となっています。

 この基地局の仮想化において、基地局全体の制御やベースバンド処理の基本部分はCPUが行い、膨大なリアルタイム並列信号処理はアクセラレータと呼ばれる高速処理プロセッサが行う構成が一般的です。このアクセラレータとして、例えばGPU(Graphics Processing Unit)を実装すれば、そのGPUにAI処理を行わせることも可能となります。

 従来、基地局で用いられていたASICやFPGAは無線ベースバンド処理以外に利用するのは困難です。

 一方でベースバンド処理を汎用のCPUやGPUを用いて実装すれば、信号処理で使っていない時間には別の用途で利用することが可能となります。AI-RANでは、このように仮想化した基地局のコンピューティングパワーを多目的に利用していこうという考え方が基本にあります。

無線信号処理とAI処理との類似性

 さて、AIが大量のデータを取り込んでその中にある規則性やパターンを見つけ出す学習や、学習した成果(モデル)に基づき予測や判断を行う推論においては、膨大で並列的な計算処理が必要となります。このような処理に、もともと画像処理用に開発されたGPUがたくさん使われています。

 GPUは、数百から数千のコアと呼ばれる計算処理を行う演算ユニットを内蔵しています。それらが並列に動作することで、大量の計算を効率的に処理できます。画像処理の場合には、図3(1)に示すように、ピクセルと呼ばれる画像を構成する単位(特定の位置の画像要素)ごとにそれぞれ異なるコアが並列に同じ処理を行うイメージです。

 一方、モバイル通信における無線の信号処理も実は良く似た処理を行っています。4Gや5Gではスマホと基地局の間ではOFDMA(Orthogonal Frequency Division Multiple Access)という無線方式を使っていますが、OFDMAでは図3(2)に示すようにサブキャリアと呼ばれる小さな帯域幅単位に分割してそれぞれ独立に使用します。

 実際の無線信号はリソースブロックという単位で扱われます。リソースブロックというのは基地局とスマホなどの端末との通信に割り当てる無線資源(リソース)の最小単位で、サブキャリアをいくつか束ねた、例えば180kHzといった周波数帯域と1ミリ秒(千分の1秒)といった時間成分からなります。無線信号処理は、このリソースブロックごとの計算処理を並行して行うわけです。

 それで、GPUの各コアがリソースブロック毎のリアルタイムの高速処理を並行して行うことにより、画像処理と同じようにGPUが無線信号処理を実行できると期待されます。実際、ソフトバンクやNVIDIAではGPUを無線信号処理に適用できるかどうか評価を進めてきており、十分に利用可能であるという見通しが得られています。

 このように、GPUはAI処理に利用できると同時に無線信号処理にも利用できます。AI-RANではアーキテクチャ上GPUの利用を必ずしも前提とはしていませんが、GPUが多目的に利用できるということが、このアーキテクチャの妥当性を訴求する根拠となっています。

AI-RANソリューションの開発

 ソフトバンクではAI-RANの商用化に向けて、AIと基地局のベースバンド処理を同一のプラットフォーム上で実現する統合ソリューション「AITRAS(アイトラス)」の開発を本格的に開始したということです。AITRASの構成は図4に示すとおりで、NVIDIAのGrace Hopperプラットフォーム上に仮想化基盤を構築して、その上でAIと基地局用の処理が共存します。

 AI-RANとして、システムを多目的に利用するためのキーとなるのがオーケストレーターであり、コンピューティング基盤を必要に応じて動的に異なるタスクに適切に振り分ける役割を持ちます。ここでは、AI処理と基地局ベースバンド処理に計算処理リソースを振り分けます。

 基地局ベースバンド処理(L1ソフトウェア)の上に、スマホとインターネットとの間の通信データの送受信を制御する機能(L2/L3ソフトウェア)があります。

 実際、AITRAS本体から光回線を伸ばして20個の基地局無線ユニット(Radio Unit)を、実証サイトである慶應義塾大学湘南キャンパスに設置して、動作・性能確認を行いました。

 これら基地局機能に加えて、エッジAIとしてAI遠隔制御ロボットや自動運転支援のアプリケーション機能も実装して基地局機能と同時並行で運用し、こちらもキャンパス内で動作・性能確認を行いました。

 AITRAS のコンピューティング用ハードウェアはクラスター構成(複数の処理装置を連携させて一つのシステムとして動作)となっており、6つのGrace Hopper サーバーが信号処理やAI処理のタスクを実行するworker node として使用されています。このクラスターでは、各 Grace Hopper サーバーに1つの CPU(Grace) と1つの GPU(Hopper)が搭載されています。

 Grace Hopper 上のソフトウェア実行環境である仮想化基盤には、Red Hat社のOpenShift が使われています。OpenShift は クラウドで広く使われているKubernetes(タスクを効率的に管理、割当て、実行するためのソフトウェア)をベースとしており、ソフトウェアの小さな実行単位であるコンテナを多数同時並行的に効率良く実行します。

 ソフトバンクとしては、このような技術検証を経て自社の商用ネットワークへ導入するほか、2026年以降に国内外の通信事業者への展開と拡大を目指すとしています。AITRASの開発は、ソフトバンクがインハウスで行っている部分も多いですが、実際の商用化に向けては図4に示されたベンダー、その他ベンダーがシステム開発を行うものと想定されます。

 これらの取り組みにより、ソフトバンクはAIと通信の融合による次世代のモバイルネットワークの実現を目指しています。

AI-RANによる新しいビジネスモデル

 AI-RAN Allianceとは別に、米国通信事業者であるT-Mobileが次世代モバイル通信システム「6G」のためのAI-RAN技術開発プロジェクトを主導し、AI-RAN Innovation Centerを設立しています。

 このプロジェクトのメンバーはT-Mobile、NVIDIA、Ericsson、Nokiaであり、全てAI-RAN Allianceの設立メンバーです。

 大手基地局ベンダーであるEricssonやNokiaがAI-RANの活動に参画しているということは、AI-RANが通信業界の大きな流れの一つになりつつあるということだと考えられます。無線信号処理用のASICなどの開発には数十億円レベルの大きなコストが掛かると想定され、6Gなどに向けて進化が著しい汎用プロセッサを利用していく方向に舵を切る可能性があります。

 同時に、AI-RANを導入することによりモバイル通信事業者がAI機能を第三者に切り売りすれば、新たな収益源となります。

 通信サービスでの収益に加えて、AIの販売で収益を得ることができれば、膨大なコストが掛かるRANの構築・運用のコストを相当程度回収できることになります。AI-RANにより、新たなビジネスモデルが生まれるということです。

おわりに

 6Gに向けた検討の中で、通信ネットワークとコンピューティングの融合によりデータの発生場所の近くで計算処理が行えることが重要であると言われています。AI-RANアーキテクチャは、コンピューティング機能がネットワーク内に遍在することになり、まさにこの融合を具現化するものです。

 AI-RANは開発が始まったばかりであり、今後の展開については不確定要素が大きいですが、モバイル通信の面からは基地局の構成や役割が大きく変わり、事業者にとってもビジネスモデルが変わる大きな流れとなる可能性があります。今後の動きについて注視していく必要があるでしょう。

藤岡 雅宣

1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士