藤岡雅宣の「モバイル技術百景」
モバイル通信での電波の死角をなくす! 無線中継器の仕組みと役割
2024年12月30日 06:00
KDDIと京セラが5Gミリ波のサービスエリアを拡大する、新技術を適用した無線中継器(RF Repeater)を開発したという発表がありました。ミリ波に限らず、モバイル通信の中継器はサービスエリアを拡大するために使われています。今回は、モバイルネットワークにおける無線中継器の仕組みと役割について考えてみましょう。
なぜ無線中継器が必要か
ビルの中やビル陰、地下道などでスマホの電波が弱くなって困ったことはありませんか。モバイル通信事業者は、普段ある程度の数の人が滞在したり通行する場所はできるだけどこでもスマホが使えるように無線基地局を面的に展開していますが、それでもカバーしきれない場所があります。
基地局アンテナが見える場所だと電波が直接スマホに届きますし、アンテナが見えなくても建物を回り込んだりビルの壁面や道路で反射したりと様々な経路で電波はスマホに届きます。それでも、建物や地形が入り組んでいたりすると基地局からの電波が遮られて届き難い場所があります。
複数の経路からの電波が伝搬距離の差によって互いに打ち消し合う場合もあります。電波は文字通り波なので、例えば2つの経路で届いた波の山と谷が一致していれば互いに強め合いますが、一方の波と他方の波が反転するようにずれると弱めあうことになります。それで、いわゆるデッドスポットができてしまいます。
電波は周波数がより高くなると、伝搬距離に応じた減衰(電波が弱まること)量やビルの壁や窓を通過するときの減衰量がより大きくなります。特に、5Gで利用している3.7GHz帯や4.5GHz帯は4Gまで使ってきた、より低い周波数帯に比べて減衰量が大きいですし、ミリ波と呼ばれる28GHz帯だと更に一段と減衰量が大きくなります。
このような建造物や地形、電波の減衰の影響によって基地局だけではカバーしきれない場所をカバーする手段の一つが無線中継です。大きなビルやショッピングセンター、地下鉄、地下街などは一般に専用の基地局や構内用システムを利用して無線カバレッジを確保しますが、ビル陰や小さなビル、基地局からの距離が大きい場所などでは無線中継器が使われることがあります。
無線中継器とは
無線中継器というのは、図1に示すように受信部で電波を受信し、増幅部で受信した電波を強くして、送信部から元々は電波が弱いエリア(電波の死角)にある機器に受信できるレベルの電波を届ける装置です。受信部と送信部には、それぞれ受信用と送信用のアンテナが必要です。
モバイル通信の中継器は、無線基地局からの下りの電波を受けて増幅した後スマホに電波を送る機能と、逆方向でスマホからの上りの電波を受けて増幅した後基地局に電波を送る機能が必要です。装置としては、多くの場合図2に示すように上りと下りの機能を一体化した構成が採用されています。
一般に、中継器の基地局側への電波の送受信を行う部分をドナー面(ドナーは提供者の意味)、スマホへの電波の送受信を行う部分をサービス面と言います。ドナー面とサービス面は上りと下りそれぞれで同じ周波数の電波を送受信するので、物理的に反対方向に向き明確に分かれていないと、自身の送信した信号を再度受信して増幅するハウリングが発生する可能性があります。
中継器の装置構成としては、ドナー面とサービス面を別の筐体とし、両者の間をある程度の長さのケーブルで接続して電波が回り込まないようにする構成と、物理的に一つの筐体として両面からの電波が互いに回り込まないように工夫している構成があります。
中継器は電波を中継・増幅することによって、基地局の電波が届くサービスエリアを大きくする役割のみを担います。基地局としての容量、つまり疎通できるデータトラフィック量を増やす効果はありません。トラフィック量が多いエリアでつながりにくさを解消するには、無線周波数の帯域を増やしたり周波数利用効率を改善するか、基地局を追加で設置するしか手立てはありません。
無線中継器の利用シーン
大きなビルで屋外基地局からの電波が受からない場合には、屋内専用の基地局や分散アンテナシステム(DAS: Distributed Antenna System)を利用することが多いですが、小さなビルや商店街などでは中継器を利用するのが有効です。
図3のように、ビルの屋上や窓の外にドナー面のアンテナを設置し、ビル内のカバレッジを確保したいところに増幅部とサービス面の筐体やアンテナを設置する構成が採られます。屋外のアンテナは基地局からの電波が十分に強い位置に設置する必要があります。
ビル陰や地下道、駅の構内やプラットフォームなど入り組んだエリアでも基地局の電波が届きにくいところがあり、無線中継器が有効です。基地局からの電波が届くビルの壁面や軒下、ポールなどにドナー面のアンテナを設置し、電波の死角となっている方向にサービス面のアンテナを向けることによりカバレッジを拡張できます。
家庭内や小さなオフィスなどの屋内でモバイル通信の電波の届きが悪い場合には、小出力の中継器を利用することも可能です。家やオフィスの外で基地局の電波が十分に強いところにドナー面のアンテナを置き、屋内にサービス面のアンテナを置くことによりカバレッジを確保できます。
海外、特に欧州や北米で山間部や広大な平原を走る一部の列車では、無線中継器で車外のモバイル通信の電波を増幅して、車内で乗客や乗員に少しでも品質の良い通信ができるようにしています。日本では線路沿いやトンネル内で広くカバレッジを確保しているのと、車内ではWiFiを提供することもあり、このような中継器の利用の仕方は一般的ではありません。
アナログ型とデジタル型
無線中継器には、アナログ型とデジタル型があります。図4にこれら両者の違いを簡単に示します。アンテナで受信した電波からフィルターにより中継器の対象となる通信事業者の免許帯域だけを取り出すところまでは、アナログ型とデジタル型で共通です。
アナログ型では、取り出した帯域の信号を増幅して反対面のアンテナから強くなった電波を放出します。一方で、デジタル型の場合は対象となる帯域の信号を一旦アナログからデジタルに変換します。
そして、デジタル信号処理により他システムからのノイズや対象となる事業者の隣接基地局やスマホ、及び他事業者の基地局やスマホからの干渉を取り除きます。
4Gや5Gなど、近年のモバイル通信システムは電波に信号を乗せる前はデジタル形式でデータや音声を扱っています。なので、アナログの電波をデジタルに戻して処理することにより、元の信号を復元したり、周波数成分ごとのノイズや干渉を除去する処理が可能となります。
アナログ型では、ノイズや干渉の成分もそのまま増幅してしまうことなるため、デジタル型に比べて信号の品質が悪くなる可能性があります。
一方で、デジタル型ではアナログとデジタルの変換に少し時間が掛かるので中継器の両面間での時間のずれが生じ、これが大きくなると基地局とスマホの間で同期を取ることが難しくなります。アナログ型は中継処理そのものは単純なので、大きな時間のずれは生じません。
無線免許
日本では無線設備を設置・運用する場合には、原則として総務省から無線局免許を取得する必要があります。モバイル通信の中継器も無線設備であり、原則免許が必要です。この免許は、中継器の使用周波数帯、設置場所などを記載して申請して取得します。但し、家庭用や小さなオフィス用の弱い電波しか出さない中継器には免許が不要です。
中継器を利用するには、他の機器に悪影響を与えない、装置が安全に動作する、といった総務省の技術基準を満足するのも条件となります。技術基準を満足していることは、TELEC(一般財団法人テレコムエンジニアリングセンター)など認定試験機関での技術適合試験で合格し、技適マークを得ることで確認します。無線局免許が不要な小電力の中継器でも技適マークは必要です。
無線局免許には、一つひとつの中継器で取る個別免許と、同一仕様の複数の中継器について一括して取得する包括免許があります。個別免許では各中継器について、場所、使用目的、仕様などを提出し、審査を受ける必要があります。一方で包括免許では、複数の機器の免許を一括して取得し、各機器ごとに詳細な審査を受ける必要はありません。
個別免許は中継器の適用性をチェックするために試験的に少数導入するような場合に有効ですが、包括免許はある程度の数の中継器を広く導入していく場合に有効です。
日本特有の仕組み
中継器に関する技術基準などは世界である程度共通していますが、日本特有の要求条件もあります。その代表的なものがネットワーク識別機能です。モバイル通信の基地局は、自身がどの通信事業者の基地局かという情報(PLMN ID=Public Land Mobile Network Identifier)を報知チャネルという無線チャネルで常に報知しています。
日本で包括免許を取得する中継器は、この基地局から報知されるPLMN IDを解釈して、対象となる事業者の無線信号を増幅してから送信しますが、他事業者の無線信号は増幅しないことが要求されます。各事業者の使用する周波数帯域は決まっていますが、そこに他事業者の無線信号が干渉するような場合にその干渉波を排除するようになっています。
この機能により、中継器の性能がある程度良くなる可能性はあります。しかし、このような要求条件は日本だけで求められるものであり、開発のためのコストが余分に掛かるというデメリットもあります。また、海外製品の日本での利用の際の障壁となっているようです。
ミリ波中継器
冒頭のKDDIと京セラが開発した中継器は、5Gで使っているミリ波(28GHz帯)用のものです。ミリ波は使用できる帯域が広く、高いビットレートや大きな容量を確保するためには有効ですが、電波の飛びが悪いこともあり、またiPhoneを含めて使えるデバイスも少なく、未だ広くは普及していないのが現状です。
ミリ波の中継器は、基地局のカバレッジを少しでも拡張してスマホなどが使えるエリアが大きくなるという意味でミリ波の普及を後押しする装置です。しかも、今回の装置は多段中継によりカバレッジを一層広げることができると同時に、ドナー面とサービス面を状況に応じて切り替えることができるということで柔軟性高く利用できる可能性があります。
多段中継を行うということもあり、本中継器はドナー面とサービス面を一体化し、アナログ型で処理遅延を最小限とするようにしているようです。このような中継器の利用も広がり、ミリ波の利用が進むことを期待します。
反射板
ミリ波のように直進性の高い一方で建物など障害物を回り込む力が弱い電波では、電波を反射する反射板が利用できる可能性もあります。反射板というのは、文字通り電波を反射する素材からなる板で単純に鏡のように入射した電波を90度反射するだけではなく、液晶や特殊な素材によって人工的に作られたメタサーフェスという加工をすると反射角を自由に変えることができます。
基地局アンテナから見通しのあるところに反射板を設置し、ビルの死角など電波が届かないところに向けて反射することにより基地局のサービスエリアを拡大することができます。屋内でも、廊下の曲がり角や会議室の入り口に反射板を置くなどして、カバレッジを拡張できる可能性があります。
このような反射板を中継器と補完的に利用することにより、ミリ波を初めとする高い周波数を利用したモバイル通信を使える範囲が広がることが期待されます。
おわりに
現状、モバイル通信の無線中継器は電波を単に中継・増幅する装置ということで、なるべく単純で低価格なものが重宝されているようです。そうした背景から、日本では韓国や台湾などのベンダーの価格競争力のある製品が多く使われています。
一方で、今回のKDDIと京セラのミリ波中継器のように自動的に電波の中継ルートを決めるようなインテリジェントな中継器が活躍する可能性もあります。
また、今後衛星からスマホへのダイレクトアクセスが広く提供されるようになると、衛星とトンネルの中などとの間の無線中継のような使い方が一般的となる可能性もあります。
5Gそして次世代の6Gにおいて、高い周波数の電波を効率良く使いこなして増大するモバイルトラフィックに対応していく必要があります。上記の衛星中継も含めて、今後無線中継器がどのような役割を果たしていくのか注視していきたいものです。