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Qualcomm(クアルコム)が披露した、「eZone」のデモ。端末を浮かせても充電している
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「電場・磁場共鳴電力伝送」とは、電場・磁場を共鳴させることで離れた場所に電力を送信する技術のことです。送信側と受信側に、コイルとコンデンサからなるLC回路を作り、両方の回路間で電場・磁場を共鳴させることで、ワイヤレスで電力を送信します。
現在、最も実用化が進んでいるワイヤレス送電の方式である電磁誘導型に比べると、電力を送信できる距離が長く、特定の共振回路だけが電力を受信できるため、たとえば金属性の物体を途中に置いても加熱されるようなことがない安全なワイヤレス電力伝送方式です。また、電磁誘導型と比較して利用する磁場がずっと弱く、それでいてより長い距離を伝送できる方式でもあります。
電場・磁場共鳴による電力伝送の原理自体は古くから知られていましたが、この方式が注目されるようになったのは2007年、Science Express(サイエンス誌のオンライン版)の記事で紹介されてからです。この記事は、米MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究グループが、磁気共鳴を利用したワイヤレス電力伝送装置を試作したというものでした。送信機と受信機に銅線を巻いたコイルを作り、ある周波数で共振する回路としておき、2mほど離れた場所の電球にワイヤレスで電力を送信し、点灯させるという実験で、それまであまり実用的とされなかった磁気共鳴電力伝送の可能性を知らしめたものでした。
最近では、実際の製品や携帯電話などでも磁気共鳴による電力伝送装置のデモが行われています。2008年11月のIDF(Intel Developer Forum)では、インテルによって、WREL(Wireless Resonant Energy Link)と呼ばれる磁気共鳴ワイヤレス送電装置を披露しています。
また、スペインのバルセロナで開かれた展示会「Mobile World Congress 2009」でも携帯電話のチップセットメーカーであるQualcommによって、この原理を使ったワイヤレス充電装置のデモ展示が行われました。「eZone」と名づけられたワイヤレス充電装置で、USB充電と同等の5V、500mA程度程度の電力を、20~30cm浮かせた地点でも非接触で充電できます。
■ 特定の周波数で、離れた場所に振動を伝える「共鳴(共振)」
共鳴とは、特定の周波数で振動が増幅する現象のことです。共振とも言います。共鳴は、電場や磁場だけにあるのではなく、いろいろな振動でも存在します。たとえば、音や地震などです。
振動の波が、ある2点で反射されることを繰り返すことで振幅(波の大きさ)が非常に大きく増幅されます。これは「定常波」と呼ばれる波で、この定常波が作られる周波数のことを固有振動数と言います。あらゆるものには固有振動数が存在していて、外部からの特定の周期の振動で振幅が大きく高まることがあります。楽器などでは、音による空気の振動を筐体内で共鳴させることで、安定して大きく聞きやすい音を発するようにしているものが多くあります。
また、共鳴・共振とは、離れた場所にその振動を伝える現象でもあります。理科の授業で、共鳴の実験として2つの音叉を少し離れた場所に用意し、1つを鳴らすと、もう1つが共鳴するという実験をしたことがある方も多いでしょう。この現象は、音叉を取り付けた共鳴箱の間で、共鳴が起き、その振動が伝わったのです。
電場・磁場共鳴電力伝送装置では、コイルとコンデンサから構成される回路を使いますが、コイルには、直流はスムーズに流れるものの交流は周波数が高くなる、あるいは磁界方向が切り替わるごとに電気が流れにくくなる性質があります。またコンデンサには、周波数が高くなるほど電気が流れやすくなり、直流では電気を一時的に蓄えるようになるという性質があります。このように性質の異なる2つのデバイスを組み合わせることによって、特定の周波数の電磁波で共振現象が起こるような回路を作れるのです。
両方の性質をもった2つの回路のうち、一方に交流の電流を流します。すると、その周辺に振動磁場が発生します。その振動磁場の周波数が回路の共振周波数だった場合、もう1つの回路には共振現象が起こります。これにより、受信側のアンテナにも同じ周波数の電流が流れます。これをエネルギーとして取り出せば、電気製品の充電もできるわけです。これが、磁気共鳴による電力伝送の仕組みです。
■ より長い距離のワイヤレス送電が可能に
磁気共鳴によるワイヤレス送電の特徴は、電磁誘導での送電に比べて、利用する磁場はずっと弱いのですが、より長い距離を伝送できます。共鳴を利用したワイヤレス電力伝送システムは、離れた場所に電磁波の形で流出するエネルギーが少ないため,電力の伝送効率が非常に高いという特徴を持ちます。
電磁誘導を利用したワイヤレス充電器ではプラグをさす手間が省けますが、実際には“接触している”と言えるほど近い距離に置く必要があります。磁気共鳴タイプの送電では、距離が離れていても送電できます。ですので、なんとなく送信機の周りに置いておくだけで機器が充電されているというような使い方も可能になります。ちなみに、この方式でエネルギーを伝送できるのは、おおよそ波長の数倍程度の距離までです。たとえば2GHzの周波数であれば、波長は15cm程度ですから、電力伝送の距離としては45~60cm程度まで理論的には可能です。ただし実際の装置ではそれよりも短くなるでしょう。
ただ、共鳴によるワイヤレス送電は、回路のコイルコンデンサの性質によって共振周波数が違ってきます。つまり、使いたい共振周波数によって回路が物理的な制約ができることになります。MITの実験のように10MHz程度の周波数であれば、波長は30mですから、理論上は100m~120m前後までは電力伝送ができることになります。ただし、この場合、実験のようにコイルのサイズは直径数十cm必要になります。より長距離の送電はできても、半径100m程度の携帯電話を全て充電するような装置は、現実的に作ることは難しいと言えます。
■ URL
eZone(Qualcomm、英文)
http://www.qualcomm.com/products_services/networks/ezone.html
IDF 2008 ジャスティン・ラトナーCTO基調講演レポート(PC Watch)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0823/idf08.htm
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(大和 哲)
2009/03/10 12:22
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