インタビュー

ドコモ前田社長インタビュー【前編】 「通信品質の今」と新料金プランで打ち出す“ファンダム戦略”

 いよいよ銀行業へ進出することになったNTTドコモ。4月下旬には新料金プラン「ドコモ MAX」も発表し、通信品質対策にも引き続き注力する。

NTTドコモ 前田義晃社長

 今回、NTTドコモ代表取締役社長兼CEOの前田義晃氏が本誌インタビューに応えた。まずは前編として、通信品質と料金プランについて聞いた。

通信品質の現状と目標

――まずは通信品質の最新状況について教えてください。

前田氏
 2024年度は、Sub-6(6GHz帯より低い周波数の総称)を用いる5G基地局の増設に力を入れました。全国で約20%増加し、人口集中地域である都市部中心部では、昨年度比で約7割増となる大規模な増設を行っています。

5月の決算説明会で現状を報告

 パラメーター調整など、やれることは全て実施してきましたので、全国平均でダウンロードスループットは20%ほど向上しています。

 その結果として、Opensignalの5Gダウンロードスピードで1位を獲得でき、成果が出ていると感じています。もちろん、カバレッジの拡大も着実に進めていますね。

 その上で、4G周波数の5Gへの転用も2025年度にはかなり注力する計画です。

 時間はかかるという感覚はありますが、それでも今年度中に目標は達成できるでしょうし、来年度も含めて投資する計画です。

――通信品質でゴールは、評価が難しいところです。どう設定していますか?

前田氏
 その通りです。「何かを達成したから一区切り」ということはありません。

 毎年、通信量が上がっていく中で、常に良い状況を作り出し続ける必要があります。また、結果が出やすい構造へと変革していくことも同時に行わなければいけませんよね。

 昨年から最新の基地局装置をどんどん導入しており、調達も含めて積極的に進めています。

 これまでマルチベンダーでエリアを構築してきましたが、今後はシングルベンダーのエリアをクラスター化することで、品質も向上しやすくなりますし、効率的な運営ができます。

 大規模な調達は、同時に、2027年度までに200億円~300億円程度のコスト削減に繋がる見込みです。決算でお知らせした「2027年度に削減できる」とお伝えしたお話はこれです。

 コスト効率を上げなければ、同じペースで投資を続けることはできませんから、今年度はその基盤作りに取り組んでいます。

――KPIとして、どのような数値を重視されていますか?

前田氏
 まず、物理的な基地局数はやはり重要です。

 特に5Gの基地局数は、競合他社さんと比べるとまだ少ないのが現状です。Sub-6では今年度でほぼ追いつけるだろうという感覚ですが、700MHz帯はまだ時間がかかりそうです。

 勝利宣言のようなものを出したい思いはもちろんありますけど、その時々でやっぱり状況は変わってきますよね。

 それがずっと続いていくことで、「ドコモの品質が良くなった」「ナンバーワンになった」とお客さまに感じていただくためには、常に努力し続けるしかないです。

――通信品質が契約状況に大きく影響していないという話は過去の決算などでも語られていましたが、この1~2年を振り返って、実際どうだったでしょう?

前田氏
 通信品質だけで契約者数が大きく変動しているかと言えば、それほど影響はしていません。そこにはさまざまな要素が関連してきますので……。

 ただ、他社へ乗り換えられるお客さまの理由を見ると、通信品質への不満の比率は徐々に減ってきてはいるものの、依然として高い。通信品質に対するご不満を下げていく努力は続けなければなりませんね。

衛星通信への取り組み

――先日の決算で衛星通信に関して触れられました。もう少し大々的にメッセージを出しても良いのではと感じました。

前田氏
 色々な事情があり、積極的に発信するのが難しかった面もあります。ただ、質問していただいたことで良い機会となりました。

 「来年の夏にやります」という事実は変わりありませんので、ぜひご理解いただきたいです。

 KDDIさんには1年遅れを取っていますが、巻き返しを図っていきたい。

 低軌道衛星(LEO)のダイレクトアクセス(スマホとの直接通信)もそうですし、将来を見据えたHAPS(高高度プラットフォーム局)の取り組みも進めています。

 HAPSは通信試験には成功していますが、すぐに実用化できるレベルにはまだ課題はあります。

 来年度にHAPSは商用化の予定です。とはいえ、最初から広範囲で便利なサービスになるかというと、そこまでにはならないでしょう。まずは日本の南の一部地域や、法人向けから始めていくことになると思います。

 私たちは通信事業者として、あらゆる場所で繋がる環境を提供したいと強く思っています。

 5Gでさえ電波を飛ばすのにコストがかかりますが、次の世代になると(より高い周波数帯を用いることになり、電波が遮られやすくなるため)さらに電波が飛ばなくなり、コストが増大します。

 このコストをうまく埋める手立てがないとコストは増える一方。そこへの「切り札」として、空からのインフラ構築が重要だと考えています。

 より地上に近い成層圏からのHAPSでカバーできるようになって、実用的にスマホを使えるというレベルに持っていけると思っています。しっかり進めたいですね。

衛星通信・HAPSをどう活用するのか

――KDDIの衛星サービスは5月の連休時、4万人ほど利用されたという話です。サービスのニーズをどう感じていますか?

前田氏
 4万人という数字をどう捉えるかは難しいところですが、山間部や島嶼部にお住まいの方々やそこを訪れる方々も実際にいらっしゃいますし、自治体などからエリア化の要望をいただくことも多い。

 お応えしたい気持ちはあれど、経済合理性で考えると難しい場所がある。そうした場所でも、(HAPSや衛星で)カバーできることには意味があると思っています。

 災害時にどこまで活用できるかも意識しなければなりません。常に多くの方々が利用できるという意味でのインパクトは正直難しいと感じますが、サービスを提供できること自体には価値があると考えています。

――KDDIはスターリンクとAIサービスの組み合わせを提案しました。ドコモとしてはどのように付加価値をつけますか?

前田氏
 HAPSやLEOに関しても、人を対象とするだけでなく、IoTのようなニーズが確実に存在します。

 たとえば、センシングや事業を行う上での監視・制御といったニーズです。これに「空から」というアプローチは非常に有効だと考えています。

 HAPSの初期利用を法人からと申し上げているのも、そういったニーズを意識しているためです。

新料金は「料金というよりサービス」への転換点

――DAZNの新料金プランは、前田社長の肝入りだと感じるところもあるのですが、実際、いかがですか?

前田氏
 いえいえ、あれは彼ら(ドコモの料金プラン設計チーム)がちゃんと考えて持ってきたプランですよ。もちろん、私としては面白いと思いましたね。

 私たちは、料金プランというよりも「サービスプラン」として、お客さまに価値を感じていただくことを重視するものへ、考え方を転換したい。

 もちろんお客さまに共感いただくことが大前提です。ただ、ドコモとしては、2006年のMNP(携帯電話番号ポータビリティ)開始以来、約20年間で1000万人ものお客さまを失ってきました。

 これは、iPhoneの導入の遅れもあったでしょうし、端末・料金値下げ、販売チャネルへの投資といった「お金の使い方」で競合に後れを取ったことも要因だと分析しています。

 もし、他社と同等かそれ以上の投資を早期に行っていれば、お客さまの減少をより早く止められたかもしれません。

 通信サービスというベースの部分では、もちろん一生懸命がんばります。それは各社同じように頑張る。

 お互い懸命に努力すればするほど、均質化が進んでいきます。

 均質化すれば、結局は料金や端末価格、販売チャネルへの投資といった「お金の使い方」での競争になります。

 何千億ものお金を使った結果、実際にどれほどの利益が残るかというと、多くは残らない構造になるでしょう。

 もちろん、この資金投入は今後も必要ではありますが、もっとお客さまに提供できる価値の部分に投資をし、便利で楽しく、喜んで使っていただける状態を作っていく方が、より健全だと考えています。

――なるほど。

前田氏
 そもそも通信を何のために提供しているかといえば、通信の上でさまざまな価値をお届けし、楽しんでいただけるようにするためです。

 だから、この価値を分かりやすく、お客さまに共感してもらい、多くの人々に支持される状況を作る。それが重要ですよね。

 今回の新プランは、海外ローミングやAmazonプライムとの連携など、より一般的なお得さや便利さも提供しています。そうした中での「DAZN観放題」は、スポーツファンに特化した分かりやすい価値提供の試みです。

 DAZNのコンテンツ価値は高く、J1からJ3までの全試合、プロ野球のほとんどの試合、Bリーグ、F1など、スポーツ好きの方々のニーズに応えるラインナップです。

 しかし(DAZNでの料金体系としては)「月額4200円」になる。

 ドコモが工夫することで、DAZNのコンテンツ価値をより多くの方へ届けられるようになれば、それはまた新たな価値になり得ると考えたわけです。

 DAZNを支持する方は限られるのでは? というご指摘もあります。ドコモでは、スポーツファンがどれだけ存在するのか、という点についてサッカー、野球、バスケファンの合計は4000万人ほどいらっしゃると捉えています。仮に競技人口に絞っても1000万人規模です。

――相当大きな規模になりますよね。

前田氏
 ドコモでは最近、「ファンダム(ファンコミュニティ)」という言葉をよく使っています。

 たとえば子供がスポーツをやっていれば、保護者は応援するようになり、関連するスポーツを観るようになります。仲間と集い、コミュニティの熱気や想いが高まる。

 マーケティング次第でニーズを広く取り込める分野だと感じています。たとえばJリーグの全60クラブにコラボレーションを、とお話を進めています。クラブチームを支援して、お客さんも実際にスタジアムを訪れて観戦するようになる、ということを一緒にできないかと。

 スタジアムでの通信環境の整備も進めます。お客さまとの繋がりを深めていって、「ドコモ MAXを使ってみようか」「一緒に楽しんでみようか」というお客さまが増えると思います。

 そうなると、全国各地のドコモショップや量販店でもスポーツチームへの支援や応援といった取り組みができるようになる。

 今回は、「スポーツ」ですが、いわば「価値にフォーカスしたコミュニケーションの取り方」が広がる、増していくと思うんです。つまりは、ドコモが新たにチャレンジする取り組みと言えます。

――「スポーツに興味はないから」という声もあるけども、と。

前田氏
 はい、そうした方々への価値の提供も重要だと理解しています。

 今回のプランも、DAZNだけで終わらせるつもりはなく、今後も他のファン層にも認められるような価値の注入を続けていきたい。

 既存プランもそのまま利用できますし、シンプルな低価格プランも用意していますので、お客さまに合ったプランを提供していきます。

 新たな挑戦に取り組まないと進化しないですよね。そんな考え方で進めていきます。