インタビュー

「スマホが“あなた”を理解する」、ドコモが目指す“銀行・金融×AI”の姿とは――ドコモ前田社長インタビュー【後編】

 5月に住信SBIネット銀行の買収を発表したNTTドコモは、かねてより「dカード」「iD」「d払い」と決済サービスを提供し、マネックス証券を傘下に抱える。

 こうした「経済圏」はドコモだけではなく、携帯各社が熱心に取り組む分野だが、銀行に限ってみれば、ドコモは後発組。

 銀行業において、ドコモははたしてどういったサービスを展開するのか。そして、dポイントを軸とした経済圏はどう進化するのか。

NTTドコモ 前田義晃社長

 今回、本誌インタビューに応えたNTTドコモ代表取締役社長兼CEOの前田義晃氏は、経済圏を形作る金融・ポイント事業と、新料金プラン「ドコモ MAX」で進めるファンダム戦略、そして今年3月のMWCで予告したエージェントAIサービスとの関連を率直に語った。

 本稿は23日に掲載した前編に続くもの。前編で語られた「ドコモ MAX」への考えから続いて、dポイント経済圏とファンダム戦略との関連、銀行業、そしてAIサービスについて、前田社長が語った内容をお伝えする

dポイント経済圏と金融が「ファンダム」と結びつく

――ドコモに続いて発表となったKDDIの新料金プランは、通信品質の新たな体験価値を提案するものでした。どう捉えていますか?

前田氏
 KDDIさんのアプローチは通信事業者として納得できますし、つながりやすさを重視されているのは認識しています。

 通信サービスという意味では、私たちも「追いつけ追い越せ」で努力を続けています。通信品質で努力しながら、さらに勝負の要が何になるのか、という点で、「ドコモ MAX」のようなプランで戦いたい。

――では、ドコモのdポイント/dアカウント経済圏がファンダムと結びつくことで、より深く顧客とつながっていく、という変化になるのでしょうか。

前田氏
 dポイント/dアカウントについては、おっしゃる通りです。

 もともとポイント経済圏は共通ポイントとして加点店舗を増やし、決済も連動させて誰でも使えるように広げてきました。店舗からするとドコモ回線のユーザーだけではなく、他社回線をお使いの方もいますので、「dポイント」はドコモ回線ユーザー以外の方でも使えるようにする必要があったわけです。

 できれば、そういったお客さまには、エンターテイメントや通信サービスなど、全てをひっくるめて利用していただくことを期待していました。でも、そう簡単な話じゃないですよね。

 そこで、組み合わせ方をうまく作る必要があります。

 たとえば、愛知に新設された「IGアリーナ」には、「dカードラウンジ」(d CARD LOUNGE)を設けました。こうした“エンターテイメントと金融サービス”をうまく連携させて、お客さまから「ドコモがいい」と思っていただけるようにする。

 これは、クレジットカード会社などがこれまで行ってきたロイヤリティ向上の施策と同様ですね。つまりは親和性がある組み合わせ方。

 通信サービスプランにこうした価値を組み込むことで、経済圏として多様な繋がりが生まれていくと見込んでいます。

 お客さまのロイヤリティが高まり、さらに私たちもお客さまの嗜好を深く理解できるようになるので、それらをベースにしたソリューションを企業へ提供することにも繋がると考えています。

銀行業×dポイント

――銀行サービスが新料金プランやdポイントとどう連携していくのか、いかがでしょうか。

前田氏
 具体的なサービス内容については、まだ手続き中の段階なのでお話できませんが、秋には体制が整いますので、そこから本格的な検討に入ります。

 これまで銀行機能がなかったため、たとえばお客さまが料金をお支払いいただく時、結局は私たちの外にある銀行を使ってお支払いいただくことになります。つまり、ドコモにとってはコストが存在する格好でした。

 ドコモグループ内に銀行機能を持ち、その銀行経由でお支払いいただけるようになれば、グループ外への支出を抑えられます。

 この削減できた分を、ポイント還元などでお客さまに還元する原資にできると考えています。

 通信料金だけでなく、dカードの支払いもそうです。ドコモの銀行機能を利用していただければ、特典としてポイントを提供していきたいですね。

――銀行の乗り換えはハードルが高いですが、ドコモは複数口座を持つお客さまを想定していますか? それともメインバンク化を目指すアプローチでしょうか?

前田氏
 完全にメインバンク化するハードルは高いと思います。

 ただ、複数の口座を持っていただくこと自体は難しいことではないと感じています。たとえば住宅ローンを組む際に、最も安い銀行の口座を利用するといったことがありますよね。

 つまりはさまざまなサービスが用意され、お客さまが利用されるようになれば、お客さまにとっては複数の銀行口座を持つことは自然なこと。

 まずは口座を作っていただくのがスタートラインです。

 その後、どれだけその口座に集約していただけるかは、どれだけの「お得」を提供できるかにかかっています。経済圏の中でどんどんポイントを貯めている人たちが、集約効果という意味でドコモの銀行機能を使うようになってくださる。それは一定程度いらっしゃると思います。

 たとえば住宅ローンをやります、となれば、分かりやすいきっかけになると思います。結果的にメイン口座として使ってくださるお客さまも出てくるでしょうし、一方でこれまでのメイン銀行を使い続けるお客さまもいるでしょう。

――メイン口座として利用することで特典がある、という考え方が有効だろうと。

前田氏
 具体的な設計はこれからですが、お預けいただいている額に応じて、みたいなこともあるかもしれませんし、関連するローンや融資のようなものを使っていただくことで還元できる、というものがあるかもしれません。

 とはいえ、すべてのお客さまがドコモの銀行だけで生活を完結させるとは考えていません。

 今回、銀行を保有するからといって、他行さんと何もしない、ということではありませんし、マーケティングソリューションなども他行さんと一緒にやっていきたい。

 また、住信SBIネット銀行が手掛けるBaaS(Banking as a Service)といったものを求める企業に提供する、と言ったこともありえます。

 私の基本スタンスはオープン思考なので、データ活用を通じて、企業へのソリューション提供も広げていきたいですね。

ファンダムと金融サービス

――ファンダムを軸とした取り組み、そして銀行、特にBaaSの組み合わせということであれば、Jリーグのクラブチームを冠した「◯◯銀行」のようなアイデアも……。

前田氏
 もし、クラブ側がそれが有効だと考えるなら、やりたいというニーズは出てくるかもしれません。

 先日の会見後、さまざまな業種の企業さんから、すでに話を進めている中での影響を尋ねられました。私は「全く影響はありません。どんどん広げたいので、ぜひ話を進めてください」と伝えています。

 たとえば、その中にはエンターテイメント関係の方々もいらっしゃいました。ファンとの強固な関係性を持つ企業は、同じように自分たちの経済圏を作りたいというニーズがあります。

 その際に、お金のやり取りを考えれば、金融機能を自ら提供する方が合理的だと皆さんも考えるのだと思います。

 これはエンターテイメント業界だけでなく、特に小売業界の方々も同様でしょう。そういったニーズに対し、柔軟にサービスを提供していくことも私たちの強みにしていきたいです。

――ドコモの銀行サービスは、顧客を「35年ローン」で縛るのではなく、緩やかな提携のような形になるのでしょうか?

前田氏
 はい、お客さまを縛るつもりは今のところありません。使っていただくことでプラスアルファのリターン(還元、特典)があることは前提ですが、「そうでないと使えません」という形にするつもりはありません。逆に使いにくくなってしまう可能性がありますからね。

 できる限りお客さまの手間をかけずにメリットを享受できる状況を作っていきたいです。

 少なくとも、ドコモへの支払いに関しては、ドコモの銀行機能を利用していただきたいという取り組みは強化していきたいですね。

 ネット銀行としての使い勝手の良さにも依存するでしょう。全体のサービスで進化が進めば、デジタル銀行サービスの使い勝手は向上し、振込や資金移動のハードルも下がっていくと考えています。

――金融サービスとしての利便性も追求していく可能性はありますか?

前田氏
 はい、もちろんそうですね。決済、証券、融資といったラインアップされているサービスとの連携性を高め、ワンストップで使い勝手の良いものにしていきたいです。

 SBI新生銀行さんのケイパビリティやノウハウも活用しながら、良いサービスを作っていければと考えています。

ドコモのAIエージェントサービスがもたらす体験

――AIエージェントサービスについて、提供時期や現在の開発状況を教えてください。

前田氏
 今回の銀行も含め、お客さまが普段の生活でどのようなサービスを利用し、どのように移動しているかといったデータが私たちには蓄積されていきます。

 これにより、お客さまのライフスタイルやライフステージを一定程度可視化できるようになっています。

 このデータに合わせて、AIエージェントとしてお客さまの行動を先回りしてサポートし、便利にしてくれるサービスを考えていきたい。

 昔から考えていたことでもあるんですが、生成AIの登場により、その精度をより高く実現できる可能性が見えてきました。

 現在の生成AIサービスは、インタラクティブなやり取りの中で自分をどう理解してもらうか、というアプリケーションになっています。

 そこに、私たちのお客さまの行動をサポートするデータを組み込むことで、生成AI側でのお客さま自身への理解が高まる。グローバルプレイヤーが日本で得られるデータと比較しても、ちょっとレベルが違うと思っています。

 他社のAIサービスよりも「自分のことを理解してくれていて、本当に生活の中で語りかけなくてもサポートしてくれる」というエージェントタイプのサービスの開発を進めています。

 だいぶコンセプトレベルはでき上がってきていますので、何とか年度内のサービスが見えてきています。どうリリースするかということも、色々難易度はありそうですが、グローバルを含めてさまざまなプレイヤーが「ここだな」と気づいてきている印象もあります。つまりは、正しい方向性だろうと考えています。

――米グーグルは、検索履歴を活用し、パーソナライズしたAIサービスを打ち出しました。スマホメーカーのなかにはアプリをAIが操作するといった仕組みを導入するところもあります。こうした存在があるなかで、ドコモは、AIエージェントへの期待を超えることはできそうですか?

前田氏
 はい、期待を超えるために懸命に頑張っています。

 今回のサービス構築は、全てを自社でやるわけではありません。生成AIエンジンもパートナーとのアライアンスの中で進めていくことになるでしょう。

 グローバルプレイヤーとも連携しながら進める可能性はありますし、彼らの進化を取り入れつつ、私たちだけが持つアセット(データ)を組み込むことで、差別化された、より便利なサービスを提供できると考えています。

――たとえばソフトバンクグループがOpenAIとのタッグを発表していますが、そうした動きはドコモが進めたいアライアンスに影響しませんか。

前田氏
 OpenAIはNTTデータとも提携しています。また、私たちとグーグルさんの関係性を見ても、他社の動きが障害になるとは考えていません。

 むしろ、この分野は皆でオープンに仕掛けていくものだと見ています。

――前田さんご自身は、個人的にどのようなAIサービスをお使いですか?

前田氏
 私はChatGPTを使っています。スマートフォンにも入れていますよ。

 一日の間に4、5回は使っているでしょうか。集中的に使うこともありますし、考えごとや調べたい時、あるいは話す原稿を構成してもらう時などに活用しています。

 そうしたAIとのやり取りをすると、「(生成AIに対して)分かっといてくれよ」という部分がどうしても出てきます。

 お客さまがさまざまな場所で買い物をするデータなどを、自分から全てAIにインプットするというのは現実的ではありません。だからこそ、インタラクティブなやり取りだけでなく、やはりデータが必要だと強く感じています。

――ドコモの描くAIエージェント像は、「そろそろこれを買い足したほうがいいのでは?」と提案してくれるような。

前田氏
 そうなんです。

 ドコモからすれば、お客さまの利用店舗や利用額はわかりますが、何を買ったかはわからない。そこで、POSデータとの常時接続のような取り組みを今、70社ほど、いろんな小売の方々と進めています。

 Amazonのように自社内で購買を完結させる企業は循環的な購買行動に対して幅広くレコメンドできます。

 その一方でお客さまは、さまざまな場所で買い物をします。

 販売チャネルに依存せず、お客さまの行動を本当に深く理解した上でのサービスを提供できます。私たちは、そうした姿を目指していきたいと考えています。

――ありがとうございました。