インタビュー

スマホ・SNS全盛時代の“新たな風”、「INFOBAR xv」開発者インタビュー

 KDDIが7月に開発を表明した「INFOBAR xv」(インフォバー エックスブイ)。2003年10月に発売した初代「INFOBAR」を現代に復刻するという企画に端を発しながら、デザインは刷新され、「新たな価値の提案」も盛り込まれている。

 本誌では、au Design ProjectをまとめているKDDI 商品・CS統括本部 プロダクト企画部 マネージャーの砂原哲氏に話を伺う機会を得た。また、「INFOBAR xv」のプロダクトマネージャーを務めるKDDI 商品・CS統括本部 プロダクト企画部 課長補佐の美田惇平氏にも同席していただいている。

 同端末は現在開発中のため、ハードウェアの設計・開発段階でのポイントや、搭載機能の取捨選択について経緯を聞いた。また記事後半には、なぜ4G LTEケータイ(Androidフィーチャーフォン)のプラットフォームが選ばれたのかについて聞いており、「INFOBAR xv」の重要なテーマのひとつが明らかになっている。

左から美田氏、砂原氏

困難なディスプレイ選定、パーツ配置と取捨選択

――ハードウェアの開発について伺います。原点回帰の路線ということですが、デザインは刷新されていますね。

 実は、初期段階では、初代INFOBARのデザインそのままで復刻を検討していました。製造を担当する京セラと技術検証を開始し、2.0インチのディスプレイパネルの供給問題はさておき、設計面ではなんとかなりそう、と道筋が見え始めました。

 しかし、プロダクトデザイナーの深澤直人さんとも話を始めたら、新しいデザインを選択する方法もあるよね、ということになり、新たにデザインしてもらって、両方を見て検討しようということになりました。

 外観は昔のままで中身が最新、というのは、私のような世代には「銀河鉄道999」や「宇宙戦艦ヤマト」のようなノリもあって、楽しみな部分でした。しかし今、2インチの画面で、最低限の機能しかない端末を受け入れられるのは、本当にマニアな人だけでは……という懸念も、確かにありました。

 そこで、深澤さんから「INFOBAR xv」の原形になる案があがってくるのですが、フィーチャーフォンとしての良さを残しながら刷新されており、これはこれで良いですね、となりました。

 デザインを見ただけでワクワクしたのは久しぶりでした。プロダクトの持つ力、デザインの持つ力を感じました。このモデルに込める「新しい価値の提案」という意味でも、この新しいデザインには敵わないと思いました。そこで、開発はこの新しいデザインでいこうと決めました。

――実際に難しかったポイントはどこでしょうか。

 量産の設計にあたっては、ディスプレイの選定は本当に難しかったです。小さなディスプレイパネルというのは今、市場に流通していないのです。2.4インチでQVGAの液晶パネルについては、グローバルである程度流通しているので入手できるのですが、今の感覚で見るとドットが見えて画面が荒い。「INFOBAR xv」はローエンドではなくある程度の値段がする製品なので、納得感は無いという結論になりました。

 二代目の「INFOBAR 2」のディスプレイは、2.6インチでした。今回の当初の検討候補に挙がった2.4インチに近いわけですが、INFOBAR 2は有機ELパネルで、画質はそれなりに良いため、今流通しているローエンドデバイス向けの2.4インチの液晶パネルでは、INFOBAR 2よりも画質が劣ってしまうことになる。INFOBAR 2から10年もたっているのに、それよりも明らかに劣るディスプレイを搭載するというのは、かなり厳しいと考えました。

 なんとかいいパネルがないかと、いろいろと聞いたり探したりして、かなり苦労しましたが、3.1インチでWVGAのディスプレイパネルで使えそうなものがあることが分かりました。これは、「GRATINA」のディスプレイの画質とほぼ同等のものです。

 ただ、3.1インチだと、想定していたデザイン案に対して少し大きい。138mmという端末の長さは絶対死守と決めていましたので、ディスプレイが大きくなると、テンキー側のタイルキーの面積を削ることになる。タイルキーは少しでも面積が変わると、印象がガラリと変わってしまうので……あとはデザイン側と設計側とのせめぎあいです。京セラのエンジニアはずっと頭を抱えていた状態でしたが、なんとかなりそうだと、めどが立ちました。

左からINFOBAR(初代)、INFOBAR 2、INFOBAR xv

――搭載が見送られている機能がいくつかあります。取捨選択は難しかったのでしょうか。

 搭載されていないものは、FeliCa(おサイフケータイ)、ワンセグ、赤外線通信、タッチパネル、防水、などでしょうか。

 基板の設計やパーツの配置は、まるでパズルのようにあの手この手で場所を探して決めていくのですが、本当に制約は多く、とにかくパーツが大きい3.5mmのイヤホンジャックは早々に諦めました。代替手段があるものは省くしかない状況でした。

 microSDカードスロットも、カードスロットのパーツが大きく、搭載を諦めるかどうか悩みましたが、機種変更時のデータの移行や写真データの保存などを考えると、非搭載にするのは厳しいと考えました。「INFOBAR xv」は、単純でシンプルさを追求したものではなく、日常で“使える”ものにしたかったからです。

 最終的には、SIMカードのトレイとセットになったものを、端末の最も厚みのある部分に配置しました。1カ月ぐらいずっと、搭載機能の取捨選択で悩んでいました。

――読者の反応をみていると、おサイフケータイに非対応となった点を残念がる声が多いようです。

 開発の実際としては、microSDかFeliCaのどちらか、もしくは両対応でサイズや厚みが大きくなる、という三択でした。

 FeliCaは、基板上のチップに加えて、アンテナを配置する必要もあり、かなり制約が大きかったのが実情です。外部端子はUSB Type-C端子ではなくmicroUSBですが、こちらもType-C端子はジャックや内部に搭載するチップのサイズが大きく、見送りました。必須としたストラップホールですらも、内部をえぐる形で体積が必要で、配置する場所に苦労しました。

 逆に助かったのは、受話用レシーバーと一体型になったスピーカーです。背面にスピーカーのための場所や穴が不要になり、ディスプレイ側にスピーカーがあるので机に置いた状態でも聞きやすくなりました。

 FeliCaは、今でも搭載したいという気持ちはありますが……。100点満点にはならないけれど、これで行こうと決めました。

“カウンターカルチャー”としての「INFOBAR」

――「INFOBAR xv」のプラットフォームに、Androidフィーチャーフォンの「4G LTEケータイ」を選んだ理由や背景は、どのようなものでしょうか。

 その時々で、プロダクトとしてのINFOBARの立ち位置は変わってきています。

 まずこれまでの経緯ですが、INFOBARシリーズで初めてスマートフォンになった「INFOBAR A01」は2011年6月発売で、auがiPhoneを取り扱う前でした(※auは2011年10月にiPhone 4sを発売)。

 A01は、テンキー付きの「INFOBAR C01」と、発売されなかったタブレット型端末との3モデルで、ファミリーとして展開しようというのが当初のコンセプトでした。2010年頃の話です。この頃は、OSとしてのAndroidの完成度に課題もあり、ソフトウェアの使い勝手に批判をいただくこともありました。

 その後OS自体が成熟してきた頃に、「INFOBAR A02」を開発しました。ソフトウェアや「iida UI」にこだわり、深澤さんが言う所の「最中ではなく羊羹」で、ハードウェアとソフトウェアが別々に存在してくっついているのではなく、融合することを目指しました。これは、スマートフォンが最も勢いよく発展していた時期における、INFOBARの考え方、在り方ということです。A02では、テンキーがないことに「これってINFOBARなの?」という不満の声もありました。

 iPhoneの勢いが決定的になっていた2015年には「INFOBAR A03」を開発しましたが、これはINFOBARらしさに回帰しようというものでした。コンパクトなボディで、扱いやすさを求めました。

 現在はスマートフォン全盛期です。かつてはキャリアと端末がある程度まで一体として認識されていたところが、変化してきています。「auなの? ドコモなの?」と問われていたところが、「iPhoneなの? Galaxyなの?」という具合です。

 au Design Projectはキャリアが端末をデザインしてメーカーに作ってもらうという珍しい形態ですが、こうした取り組みがやりにくい時代になったとも言えます。今は(メーカーによる)端末のブランドの価値がより重要になっており、グローバルで展開するメジャーなブランドに対し、いちキャリアの企画で対抗して戦うことに意味はありません。

 INFOBAR A03以降、au Design Projectの活動をどうしようかと、悩んで、考えてきました。全盛期ともいえるSNSを活用するなら、大量の情報をスクロールするタッチパネルは必須で、フィーチャーフォンのインターフェイスは辛い。SNSカルチャーの上では、選びにくい形です。

 しかし一方で、「SNS疲れ」や、「デジタルデトックス」(過剰な“情報摂取”を意図的に抑制する概念)にも関心が高まってきています。

――デジタルデトックスですか。

 私自身の経験でもあるのですが、SNS漬けの1日、承認欲求を得ること、そしてそれがいつの間にか目的になっている自分――それがはたして幸せなんだろうか? という問いかけです。

 携帯電話(フィーチャーフォン)とスマートフォンは似ているようで全く違います。フィーチャーフォンは電話とコミュニケーションに使う道具です。スマートフォンは、(不特定多数とコミュニケーションがとれる)小型のコンピューターに電話機能が付いているというものです。

 フィーチャーフォンを今も使い続けている人は無意識に感じているのかもしれませんが、もともとの携帯電話は、電話やSMS・メールなどで、少数の、身近な人とのコミュニケーションが主体です。SNS全盛の今ですが、承認欲求がいらない人にとって、スマートフォンは過剰なのです。

 SNSを活用するためのスマートフォンには、現在、豊富な選択肢が用意されています。しかしながら、ソーシャルメディアとかは別にどうでもいいよ、という人達や、デジタルデトックスを志向する人達に、明確な手段を提供できていないと感じました。

 欧州では、スイスのPunkt.が開発した「MP01」をはじめ、ノキアもシンプルな携帯電話を出すなど、大手メーカーでもデジタルデトックスに呼応する動きがあります。2017年7月に開催した「ケータイの形態学 展 - The morphology of mobile phones -」で披露した、シンプルな「SHINKTAI concept」も、そういう文脈で提案したものでした。

「SHINKTAI concept」(シンケータイ コンセプト)

 A03の後継機が求められているのは分かっていました。一方で、初代INFOBARから15周年を迎え、15周年にふさわしい、テンキー付きのモデルという原点回帰の路線もありました。余力がないので(笑)、ひとつに絞らないといけない。悩みましたが、展覧会のアンケート結果などでも好評だった、初代INFOBARを復刻する路線で結論を出しました。2017年の秋頃の話です。

 私は、au Design Projectのファンを裏切りたくないので、今でも個人の端末としてA03を使い続けています。すでにOSのバージョンが古く、いろいろサービスが動かなくなっているとかの問題が出ているのも、身をもって理解しています。

 ただ、先程のように、フィーチャーフォンのユーザー、デジタルデトックスを志向する人には、新しい選択肢がない。また、単純な復古主義ではなく、(デジタルデトックスのような)新しい提案、ライフスタイルの価値提案でなければいけないとも考えたのです。

――想定している使われ方は、メイン端末でしょうか。それともスマートフォンとの2台持ちでしょうか。

 フィーチャーフォンを大好きな人が乗り換えてくれてもいいですし、スマートフォンとの2台持ちでもかまいません。本当に欲しい人、あるいは、選択肢がないと感じている人に届けたいです。

 もちろんデジタルデトックスに目覚めた人にも。スマートフォンライフを見直してくれるのでは、という期待がありますし、そういう“新たな風”を打ち出していきたいです。

――本日はありがとうございました。