石川温の「スマホ業界 Watch」

NTTが唱える次世代ネットワーク「IOWN」が実現する“真のリアルタイム”がもたらす価値

 NTTドコモの井伊基之社長によれば、同社は2000年から通信業界最大の展示会「MWC」に出展しているという(当時はGSM World Congress)。

ドコモ井伊社長

 NTTドコモが出展したのは、その当時から始まる3Gを世界に普及させ、国際進出を果たすことだった。NTTドコモとともに、NECやパナソニックなどがネットワーク機器で世界に打って出るという青写真が描かれていた。

 しかし、数年後、結果としては海外進出は上手くいかず、撤退を余儀なくされた。

 当時、メーカー関係者に取材したところ「日本メーカーの製品は品質においては世界トップレベルなのは間違いない。しかし、世界のキャリアは品質よりも『価格』を重視する。ちょっとぐらいネットワークが止まるのは気にせず、何よりも安価な設備であることが求められた。日本メーカーは『品質を落として値段を下げる』というのが苦手。台数が売れなければ安価にすることもできず、海外メーカーに3G市場を持って行かれたのが敗因」と語っていたのが印象的であった。
 あれから23年。今年のMWCにはNTTを筆頭とする「IOWNグローバルフォーラム」がイベントを実施していた。本来であれば2020年に参加するはずだったが、コロナ禍でMWC自体が中止。4年を経て、ようやくIOWNグローバルフォーラムがMWCにやってきたのだ。目的はもちろん「IOWN」を世界に知ってもらうためだ。

 日本国内では政府を中心に「IOWNで日本の国際競争力を上げる」という旗振りがされている。だが、個人的には「3Gの二の舞になりやしないか」と心配でならないのだ。

 3Gの時はNTTドコモが世界から突っ走り、トップを走りすぎた故に、周りのキャリアやメーカーが着いてこずにエコシステムを作れなかった。その反省を生かし、4Gでは先頭ではなく「先頭集団」のなかで走ることで、NTTドコモは世界で存在感を出せた。

 IOWNでも、NTTが独占するのではなく、世界的に「グローバルフォーラム」を作り、インテルやソニー、さらにはKDDIなど仲間を作ることで、パートナーと一緒にエコシステムを拡大するような戦略が描かれている。

 NTTの荒金陽助IOWN推進室長は「さらにIOWNグローバルフォーラムを知ってもらえるよう、MWCに参加した」と語る。

荒金氏

 ただ、いまでこそ「MWC」という名称だが、その前は「Mobile World Congress」として、モバイルを中心としたイベントであることは間違いない。固定通信のIOWNは、モバイルの世界でどんな役目を果たすというのか。

 荒金氏は「IOWNフォーラムのなかでも『IOWN for Mobile Network』というタスクフォースが立ち上がっている。APN(All Photonics Network)をモバイルネットワークのフロントホール(アンテナから局舎)に使うとどうなるかという議論をしている。将来的に5G、さらには6Gを支える技術になるはず」と語る。

 IOWNのデモを実際に見たことがあるが、とにかく遅延が全くないのに驚いた。お笑いコンビ「ヨネダ2000」の二人が別々の場所にいるにもかかわず、IOWNにつないだ映像を見ながら、全くズレることなく漫才を披露したのに本当にビックリさせられたのだった。

海外でもニーズは高まるのか?

 ただ、IOWNは、ネットワークの中を電気信号に変換せず、すべて光で処理するからこそ超低遅延を実現する技術だ。光ファイバー網が張り巡らされた日本だからこそ導入しやすい技術なのであって、光ファイバーが満足に普及していない海外に進出するというのは、かなり無理筋な話ではないのか。
 荒金氏は「インターネットが普及したときと同じようなことが起きるのではないか。まずはエンタープライズ向けとしてデータセンター、特にハイパースケーラーに使ってもらう。データセンターは世界的に不足しているし、電力も足りない状況にある。都心部でデータセンターを欲しがっている人に対して、郊外にあるデータセンターとAPNでつなげば、都心部と同様の使い勝手を提供できるのではないか。そういった要望から使ってもらい、普及に繋げたい」と語る。

 実際、すでにロンドンやアメリカなどで実証実験を行っているという。また、台湾の中華電信とはNTTが基本合意書を交わし、海底ケーブルを使って日本と台湾をAPNでつなぐという国際間ネットワークの実現を目指していくという。

一般ユーザーには?

 確かにデータセンターにおいては超低遅延での接続というのは需要があるのは間違いなさそうだ。一方で、家庭や一般ユーザーにとって、IOWNは必要なものになり得るのか。

 荒金氏は「かつてISDNが登場したころ、いまのような動画を見まくり、アップロードしまくる世界は想像できなかった。IOWNも将来的にはエンドユーザー、コンシューマでも様々な使い方が期待できる。

 具体的な事例としては、VRゴーグルを使おうと思うと、いまはデバイスのすぐ近くでGPUを使って映像を作らないとVR酔いしてしまう。しかし、そんなGPUを毎年のように買い換えたりするのは現実的ではない。だが、IOWNがあれば、クラウド上のGPUで処理して、APNでつなぎ、VRゴーグルに配信する。そうすることで超低遅延でデータを送れるので、VR酔いを避けることが可能になる」と期待感を示す。

 確かにデバイスのすぐ近くにまでAPNで接続し、そこからVRゴーグルまではテラヘルツ波で送るということも視野に入ってくるだろう。まさに「6Gの世界観」といえる活用法だ。
 ただ、やはり気になるのが「そこまでの超低遅延を世界が求めるものなのだろうか。高いレベルを求める日本品質を追い求めすぎて、世界がまたも着いてこない」なんてことになったりはしないのか。

 荒金氏は「最近、IOWNに興味を持ってくれているのが金融業界。銀行のバックアップサイトとしての活用に注目が集まっている。激甚災害が起きたとき、バックアップサイトからのデータをどれくらいのタイムラグで復活させられるかが期待されている」と語る。

 確かにダークファイバー(利用されていない光ファイバー回線)における遅延でいえば、現状のネットワークもAPNもさほど変わらないという。ただ、APNであれば、光の波長をサーバー設備にダイレクトに、レイヤー2で提供できる。IP接続ではないので、超低遅延での接続を保証できるというわけだ。

 ほぼリアルタイムにデータをバックアップしておければ、何かあったときにも失うデータが限りなく少ないと言う状況に持っていける。

 こうしたスペックを見込んだシステム設計ができるというわけで、APNへの関心が高まっているのだという。

 IOWNのデモを見ると、通信でありながら「真のリアルタイム」を実現していることに感動すら覚える。確かに「真のリアルタイム」に関しては、世界的にもかなりの需要があるのかも知れない。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。