石川温の「スマホ業界 Watch」

楽天モバイルが「家族・学生向けプログラム」を導入した理由

 楽天モバイルが攻勢を強めている。

 2月21日からは「最強家族プログラム」を投入。さらに3月12日には「最強青春プログラム」を始めている。

 既存3社は昨年末ぐらいから春商戦に向けて学生や若者向けのプログラムを開始しているが、3月も中頃になって楽天モバイルも追随した格好だ。

「家族・学生向けプログラム」の導入

 三木谷浩史会長としても家族向けや学生向けプログラムの投入はここ数カ月、相当、迷っていた感が強い。

 1月末に楽天市場のイベントを取材する機会があった。その際、メディアのグループインタビューに答えた三木谷浩史会長は、家族向けプログラムの導入に関して含みを持たせが、実際のところ、社内で検討は進んでいたものの、実際に開始するかのゴーサインは出ていなかったようだ。

 現在、三木谷会長は、直接、面会した人が、すぐに楽天モバイルに加入できるよう、QRコードを印刷した名刺を持ち歩き、ばら撒いていたりするほど、新規顧客獲得に燃えている。実際、筆者も取材の際にもらった。

 三木谷会長自身が営業活動をする中で「楽天モバイルの安さは理解できるが、ウチは家族で、ファミリー割引に入っているので、楽天モバイルには入りづらい」と断られているようなのだ(三木谷会長に面と向かって断れる人は大した度胸だと思う)。

 やはり、既存3社からユーザーを奪うには、わかりやすい比較対象がないと、一般の人にとっては難しい。楽天モバイルがどんなに安価でデータ使い放題という料金プランを提供していても、既存3社のユーザーは「家族でまとめて同じキャリアにしていた方が安いんでしょ」という既成概念にとらわれてしまっているようなのだ。

 それであれば、楽天モバイルも「家族向けプログラム」を導入することで、「家族まるごと楽天モバイルを契約して」と迫ることができるというわけだ。

 同様に、既存3社では、22歳以下であれば通信料金を値引いたり、端末を安く買えるプログラムが存在する。それらと比べると楽天モバイルには「22歳以下でも何もない」状態であった。

 今回、「最強青春プログラム」と銘打つことで、他社と比較してもらい、おトク度をアピールして新規契約に繋げるというわけだ。

既存3社と比較できる安心感

 現在、600万契約を超える楽天モバイルは2024年中に契約回線数で800~1000万回線を是が非でも達成することが、単月黒字化の第一条件となる。800~1000万契約を確保したのち、ARPUを現在の1986円から2500~3000円にすることで、月間のコストである230億円を上回り単月黒字になるという計算だ。

 マーケティングの世界には「キャズム理論」というのがある。

 新たな製品やサービスが出た際、市場に普及していくには、超えなくてはいけない「壁」が存在する。

 新しいサービスが登場すると、まず市場全体に2.5%いるイノベーターという人たちが飛びつく。その後、13.5%のアーリーアダプターに普及するが、さらに世間的に一般的になるのは34%のアーリーマジョリティに受け入れられなくてはならない。そのアーリーアダプターとアーリーマジョリティの間には「キャズム」という壁があり、ココを超えるかが勝負と言われているのだ。

 イノベーターやアーリーアダプターは「目新しいもの」を優先するが、アーリーマジョリティは「安心感」を求める。アーリーアダプターに支持されなくてはアーリーマジョリティには広がらない。

 楽天モバイルのユーザー数はイノベーターを超え、アーリーアダプターの真っ只中にいる。今後、アーリーアダプターに受け入れられ、キャズムを超え、誰もが乗り換えを検討するようになるには、やはり「同じ割引プログラムがある既存3社と比べて安い」というわかりやすい比較条件が必要不可欠となっているのだ。

子供向けラインアップの充足

 楽天モバイルが家族向けや若者向けを強化するとなると、物足りなくなってくるのがデバイスのラインアップだ。

 やはり、家族でまるごと楽天モバイルに契約し、子供も青春プログラムに適用させようとすると、やはりキッズ向けケータイやスマホが欲しくなってくる。しかし、現状、楽天モバイルにそうしたラインアップは存在しない。

 また、YouTubeばかり視聴してしまう子供に対して「データ容量を制限するような仕組み」も欲しくなってくる。

 楽天モバイルの中村礼博マーケティング企画本部長は「現時点では未定だが、個人的にもひとりの親なので共感するところはある。今後、ユーザーから声が増えることもあるだろうから、検討していきたい」とした。

 楽天モバイルが家族向けや若者向けを始めるようになると、結局、4社で似たり寄ったりの見え方になってしまうのは何とも仕方のないことだろう。

 とはいえ、通信業界の過去を振り返ってみても「ユーザーが比較しやすいように寄せる」というのは鉄板ともいえる手法だ。

 ケータイのころは「ダブル定額」といった2段階のデータ従量制プラン、スマホになってデータ使い放題と従量制という2つから選ぶという料金プラン設計。NTTドコモのahamoが登場したときは、他のMNOだけでなく、MVNOもこぞって20GBプランを投入してきた。

 総務省の有識者会議はよく「3社(4社)、横並びでけしからん」という指摘をするが、これも4社やMVNOが競争しているからこその結果とも言えるだろう。

石川 温

スマホ/ケータイジャーナリスト。月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。