インタビュー

KDDI髙橋社長に聞く「通信キャリア共通API」の狙いや「スマホと衛星直接通信」の課題

 スペイン・バルセロナで開催されている「MWC Barcelona 23」は世界最大のモバイル分野における展示会だ。世界各地の携帯電話会社や、通信機器メーカーが最新の技術やソリューション、製品をこぞって出展している。

 自社単独ブースこそ展開していないが、業界団体のGSMAの一員として、KDDI代表取締役社長の髙橋誠氏も現地へ来訪。本誌では2月28日(現地時間)、インタビュー。本稿では、その模様をお届けしよう。

KDDI髙橋社長

世界的な展示会で見えてきた風景

――コロナ禍を経て開催されているMWC23ですね。

髙橋氏
 メタバース、AI、エネルギー削減、セキュリティ、5Gといったところが多くのブースで紹介されていますね。(5G用の周波数である)ミリ波はあまり目にしませんでした。

――注目された点はどういったものになりますか。

髙橋氏
 かつてのMWCでは、産業界に向けたメッセージという面がありました。それが、スマートフォンの登場で、コンシューマー向けのサービスが展示の中心になった時代が長く続きました。

 CESと似たような形になっていて、以前はクルマ関連の展示も結構あった。それがちょっと落ち着いて、5Gを中心としたユースケースの展示になっていますね。

 そして、ハイパースケーラーと呼ばれるオーバーザトップ(OTT)の事業者が通信産業へどう入るか、意識している展示が増えているなと。

 たとえば楽天さんが「楽天シンフォニー」を展開しているのが一例でしょうか。クラウドの上にコアネットワークを展開する。それが当たり前のようになっていて、楽天シンフォニーの事業があまり目立たなくなったようですね。

――インタビューの前に楽天シンフォニーの講演がありましたが、取材陣からは前年よりも聴講者数が減ったかな、という話も出ていました。

髙橋氏
 グリーンフィールド(まっさらな状況)での取り組みは、僕ら(長く携帯電話サービスを手掛けているKDDI)はなかなかできない。今年になってみると、(楽天シンフォニーと)同じ発想でいろんな事業者が参入してきたので、目立たなくなってきたと感じています。

 O-RAN(基地局やネットワーク設備を複数の機器ベンダーのもので構成するコンセプト)もドコモさんが5社、新しく参画したという発表をしていましたよね。

通信事業者が用意する「5G SA時代のAPI」

――KDDIでは「GSMA Open Gateway」構想を発表しました。共通APIを構築していくということでしたが……。

髙橋氏
 GSMA Open Gatewayは、世界各地の携帯電話会社が参画しています。僕も一応、GSMAのボードメンバーです。

 特に欧州の通信会社は「インベストメントギャップ」と表現しているんですが、これって自社が通信設備に投資したところに、ハイパースケーラーが、上位6社だけでも60%のトラフィックを使っている状況のことです。

 そこでAPIを整備して、ネットワークをハイパースケーラーがどう使うかによって、新しいビジネスモデルができるんじゃないか、という発想です。

 GSMAでそういう取り組みが進められると、ハイパースケーラーも意識して検討し始めると。実際、今回も多くのハイパースケーラーとミーティングしていますが、必ずOpen Gatewayの話は出ます。ベンダーさんも意識しています。

 ただ、まだビジネスモデルは確立されていません。これからです。

――どんなふうに変化するのか。たとえば、コンシューマーにとってすぐ変わるわけではないですか。

髙橋氏
 たとえば、スマートフォンのアプリマーケット。iPhoneのApp Storeでは30%が手数料という話がありますよね。

 ここで、「キャリア払い」というAPIがあるとすれば、それを使ってもらえれば、手数料の一部をキャリア側の売上にできる。そんなイメージじゃないかと思ってます。

 キャリアがビジネスで役立つ機能を開放して、使いやすくする。これから広がる5Gのネットワークスライシング、超低遅延といった機能でも活用できるかなと。

KDDIはO-RANの外販はしない

――楽天シンフォニーの話が先にありましたが、NTTドコモもO-RAN関連で、海外の事業者への売り込みに注力しています。KDDIは、英国でデータセンター事業を展開していますが、O-RANの外販のようなものは……。

髙橋氏
 (外販を進めるような)そういう立ち位置ではないですね。どちらかといえば、ベンダーさんとコミュニケーションしながら一緒に開発していく。

 ドコモさんはずっと研究開発しているからだと思いますし、楽天さんはシンフォニーでトライしていて立派だなと思います。

「スマホと衛星通信」の誤解を解きたい

――通信の展示会ということで、先端技術も紹介されている場ですが、今後の通信の進展ではNTN(非地上系ネットワーク)として宇宙や高高度からの通信の開発が進んでいきます。KDDIでもスターリンクとの協業が始まっていますが、スマートフォンと衛星の直接通信にも注目が集まっています。

髙橋氏
 若干、みなさん、理解が混乱し始めている気がしています。

 基本的に、スマートフォン内に衛星通信の機能が搭載されるようになっていく。

 もともと衛星通信のイリジウムや、iPhone 14シリーズでサポートされた機能を支えるグローバルスターは衛星通信専用の周波数を使っています。アップルさんのやっているようなメッセージングサービス(緊急SOS機能)も、日本でニーズがあれば、いつ導入されるのか、といった話になるし、イリジウムのものもAndroidスマホメーカーさんがキャッチアップしていくなど、実現性のある話として進められるでしょう。

 一方で、楽天モバイルさんが唱えるASTのような仕組みは、スマートフォンと衛星との通信の周波数は、普段、地上で使っている周波数と同じものを使う場合、レギュレーション(規制)が、やっぱりかなりの問題で。(規制整備に向けて)そこで時間がどれくらいかかるのか。

 スターリンクのバックホールで、衛星専用の周波数を使っている分にはいい。でも、T-mobileがやろうとしてるようなサービス(スターリンクとの協業で実現を目指すスマホとの直接通信)は、やっぱり同じ課題が出てくる。そこは整備しなきゃいけない。

 そうなると「ASTって本当にできるの?」という論点がある。

 すでに先行しているスターリンクは、衛星を数千機でエリアカバーしようとしているのに、ASTは1機。2025年までにどこまで進むのか。個数を揃えるのも資金が必要でしょう。

――ASTには、楽天モバイルやボーダフォンが出資していますが、確かに衛星打上は資金が必要ですね。

髙橋氏
 衛星通信だけではなかなか売上の創出につながらないですからね。たとえば、富裕層に向けたサービスとして衛星から、山のなかでも繋がります、といったものがあってもいいかもしれませんが。

5Gの課題

――現行の5Gについても教えてください。5Gらしさを体験できていない、といった声も散見されます。髙橋さんは、以前の取材でも、もっと加速する必要性を指摘していました。

髙橋氏
 4Gと比較すると、5Gではトラフィックが2.5倍になっています。知らず知らずのうちに使うかたち。5Gにキラーアプリがないという人も多いけど、実際はTikTokやYouTube、Instagramとか、ショート動画を当たり前のように使われていて、通信量は増えている。

 若年層ではもう当たり前のようにショート動画が使われていて、就寝の30分前に楽しむなんて習慣の人もいる。

――なるほど、確かに見始めると止まらなくなりますよね。一方、料金はどうでしょう。20GBがひとつの基準になって、もう2023年です。ギガ単価を変える時期が来るのか、それとももうauで使い放題プランが出ているので、そちらへ、ということになるのでしょうか。

髙橋氏
 通信事業者としての理想はやっぱり使い放題へどうぞ、ということになります。そこにいろんなサービスを組み合わせていく……とまれ頑張ります。

 各社、(値下げの影響を脱して)APRUが上がりつつありますしね。

Web3、メタバースになぜ取り組むのか

――冒頭、MWCの展示内容として多かったもののひとつにメタバースを挙げていました。日本の携帯電話会社ではNTTドコモも注力していますが、それ以前にKDDIも長く取り組んでいる分野です。

髙橋氏
 Web3は、もうひとつの大きな流れじゃないですか。追いかけなきゃしょうがないですよね。レギュレーションができる前にムーブメントを作ったほうがいい世界という気がします。

 どちらといえば、DAO(分散型自律組織)の世界ですよね。そこにNFT、ブロックチェーンがある。中央集権化された世界から、分散された世界へ、と言われている。物になるかわかりませんが、追いかけるしかないと。

――日本政府の動きを見ていると、巨大IT企業の持つ力や流れをこちらに動かしたいような印象があります。主導権を取りたいという考えはありますか。

髙橋氏
 いやぁ……僕にはあまり(そういう考えは)ないなあ。

――髙橋さんはずっと協業というスタイルですよね。

髙橋氏
 僕らはハイパースケーラーと協業してきていますしね。彼らも動きは速いと思います。どうやってビジネスモデルを作るというほうが大切かもしれません。

 先に話したOpen Gatewayも、もともと「オープンバース(Open Verse)」と名付けたかったものの使えなかったのですが、メタバースが複数あるような世界でどう通信を活用してもらうのか、どう新しいビジネスモデルを構築していくのか、という視点で始まっています。

 主導権を取り戻そうというよりも、ちゃんとお付き合いして、単純なタダ乗りにはならないようにしよう、ということだと。

――Web3に対して、ユーザーはどういうサービスに期待していくでしょうか。

髙橋氏
 モバイル中心のWeb世界があって、そこにメタバースができるだけ、というイメージですね。センターにある財布が全部つながって経済圏が広がっていく。

 24時間のうち、現実、Web、メタバースに分散されるだけというか。

 たとえば、昔の感覚なら、リアルもWebも人格はひとつかもしれませんが、メタバースとリアルの性別は別になることもある。IDにも、多重人格というか、コントロールできるような仕組みにすべきという声もあります。

 若い連中と話していると、Webとリアル、メタバースでいろいろ切り分けていても面白いと受け止めている人が多くいます。僕らの感覚でもあんまり語ってはいけない時代になってるような気がする。

 フォートナイトでもなんでも、ゲームの世界を始めとして、もう現実として進んでいますよね。「GSMA Open Gateway」の例もゲームが挙げられていました。当たり前になっていくんだろうなと。

――そこでKDDIはどんな役割を果たしていくんでしょう。

髙橋氏
 もともと垂直統合は志向していません。メタバースのフラッグシップサービスも作るけど、ほかのサービスを結び付けることもできる気がしています。通信ネットワークのAPIを用意して活用していただいたりとか。

 今回のMWCで、いろんなものを見ながら、頭はそういうふうに整理されてきた感じです。

 近日発表会もあるので、ぜひお楽しみに。