インタビュー

ドコモ井伊社長が語る、「スマホが売れない時代」に目指す海外展開の意義

 NTTドコモが「O-RAN」と呼ばれる携帯電話の通信ネットワークで、新たな取り組みを進めている。2021年から始まったもので、O-RANを取り入れようとする海外の通信事業者を支援していく。

MWC23のドコモブース

 O-RANは、複数の通信機器事業者が手掛ける装置を組み合わせて、モバイル通信ネットワークを作り上げようというもの。従来、基地局設備などはノキアやエリクソンなどが大きなシェアを持ち、通信事業者にとっては特定の機器ベンダーに影響を受けることがあり、「ベンダーロックイン」とも呼ばれてきた。O-RANでは、そのベンダーロックインを避け、コスト面などで新たなメリットを生み出そうとしている。

 28日、本誌では、スペイン・バルセロナで開催されている展示会「MWC23」の会場で、NTTドコモ代表取締役社長の井伊基之氏へインタビュー。O-RANでの展開の背景にある考えや、6Gに向けた取り組み、そして足元の5Gの展開状況について聞いた。

通信事業者をとりまく環境の変化

――ドコモとして4年ぶりの出展となる今回のMWC23ですが、各社の出展状況などからどのような印象を抱いたのでしょうか。

井伊氏
 まず「クルマ」がないでしょう。自動車メーカーさん、ソニーさんといたところの出展がCESではありました。スマートフォンの次はクルマという話もありますが、MWCでは意外と出ていない。

 一方で、スマートフォンで(これまでにないような)すごい端末がバンバン出てるかっていうと、そうでもないです。

ドコモ井伊社長

 となると、出てくるのはメタバースのような話ですとか、O-RANの話。たとえば、ノキアさんが初日(2月27日)に発表をされて、ロゴの変更をふくめた、さまざまな発表をしました。

 これからの時代、モバイル通信ネットワークがどんどんオープン化するなかで、基地局ベンダーはどうするのか、という視点で、一番最初に発表されたのがノキアさんだったなと。

 一方で、エリクソンさんはまだそこまで触れていない、いつ表明するのか考えていらっしゃるのだなと。

――タイミングを図る理由というのは……。

井伊氏
 それはもう、垂直統合で十分、マーケットシェアを持っているからでしょう。

 世界各地の主要キャリア(携帯電話会社)さんが、オープンRANモデルへ移行するかどうか、見ているのでしょう。

 今回、ドコモでは、ボーダフォンさんや米Dishさんへの支援を発表しましたが、各社が検討していると表明したときに、どう対応していくのか。自分たちのビジネスモデルを変えていくのかどうか、タイミングを見ている。今は、既得権で(シェアを)押さえていますから。

 僕らがやっていることや、楽天シンフォニーさんがやっているようなモデルが、これからだんだんキャリアに受け入れられてくると、考えていくのでしょう。ノキアさんは「自分たちは変わる。恐竜にはならない」と、今言わないといけないと先に発表されて、さすがだなと。

――どちらかといえば、ドコモの取り組みは、基地局ベンダーの取り仕切るマーケットへ殴り込みをかけていくような……。

井伊氏
 いや、そんな野蛮なことを言わないでください(笑)。私たちは、いろんなベンダーさんの持つもので、いろんなサービスを実現できるので、そういう環境に変えたいってだけなので。

 一社のロックインじゃなくて、さまざまなベンダーの、いろいろなサーバーや、ネットワーク技術を取り入れられて5Gのサービスが実現できると。

 今回の展示も5G/6Gで、どんなユースケースがあるかと、訴求しています。6Gの標準化に対して貢献もしたいし、(採用される標準仕様を)我々が研究してるものに持っていきたい気持ちはありますが、いくら技術だけ追求しても「どんなユースケースがあるの」って話がないといけないです。

 コンシューマーと法人市場が、6Gでどう変わるのか。(5Gの次の規格になる)5G Advancedもふくめ、ユースケースのアイデアを示していくのが、我々の仕事かなと。

――なるほど。

井伊氏
 たとえば、昨秋「NTTコノキュー」を設立しました。

 どうしてキャリアがXRをやるのか、と思われるかもしれませんが、我々からすると、5Gやその先の6Gと、XRやメタバース、もっと言うとweb3のようなものは、全部関連していく。

 今回、出展したものとして、離れた場所にいる人が触ったものや感覚、肌触りが自分に伝わるというデモンストレーションを披露しています。たとえば離れた場所にいる猫をなでる感覚がわかる。

離れた場所での触覚を伝えるデモンストレーション

 もちろん、まだフィードバックされる感覚は完成されていません。でもね、現実とメタバースの世界の触覚伝送みたいなものを組み合わせ、さらに6Gによって、リアルタイムで遅延なくつなげると、新しい体験が生まれたり、サービスができたりする。

 研究チームはそれぞれ別ですが、くっつけていくのができるよね。しかも僕らはネットワークキャリアでもある。

 国内なら、すべてデバイス上でなくとも、エッジ(物理的にユーザーの近隣にあるサーバー)で分散して処理して伝えるということもできる。ものすごいハイエンドな機種でなくとも楽しめる可能性があります。

 そうした手法を確立できれば、海外でも実現できる。出展しているメタバースや、O-RAN、リモートの触覚フィードバックは全部つながるんですよ。

――その構想は、なるほど、とても理解できます。一方で、はたしてユーザーや関連分野の企業はついてきてくれるでしょうか。

井伊氏
 今回のショーケースでどう伝わるのか、ケータイ Watchさんの記事次第ですね(笑)。

 ブースにはもちろん商談用の部屋も用意していますが、そこにビジネスの機会があるとなれば、ベンダーさんやソフトウェア業界の方々が一緒にやりたいと言っていただければと。ドコモの技術に、自社の資産をかけ合わせたらなにかできませんか、ということで、MWCはその(新規事業への)入口という感じです。

赤ちゃんの心臓の鼓動を、手にしたデバイスで感じる……という場面

O-RANで世界市場を狙う

――MWCにあわせて、O-RANで、ボーダフォンなど5社への支援や、新ブランド「OREX」も発表されました。さらに広がっていくのでしょうか。

井伊氏
 広げていきます。もちろん、実績がないといけない。

 我々が営業するというよりも、たとえば今回(ドコモが支援する先として発表された)ボーダフォンさんへO-RANが導入されれば、検討中の海外キャリアさんは「実際どうなの?」と聞きに行くわけです。

 そこで、もしも高評価なら「じゃあ、うちも考えようかな」と。なので、まず導入実績がないといけないというのが今のフェーズです。

 ドコモ自身、O-RANを導入して今、通信サービスを提供しています。「ドコモが3G、4G、5Gを保有するなかで、仮想化を導入していっている」というのは、同じような環境のキャリアからすると、非常に心強いわけです。

 どうやって移行するのか、グリーンフィールド(まっさらな何もない場所)で初めて構築するのではなく、ブラウンフィールド(使用中の場所で新たな設備を用意する場所)において、O-RANをどうやって導入するのか、どう規格をアップデートするのか。そこでドコモなら面倒を見てくれると。

 売り切りで提供するというよりも、ずっと面倒を見るというリカーリングモデルで契約していただいて、サポートするところを増やしていきたい。

――すでに通信設備を多く保有している、という意味では、楽天モバイルとの違い、アドバンテージになりますか。

井伊氏
 アドバンテージと見るかどうかわかりませんが、楽天さんと違って私たちは、(過去の資産があるなかで)運用実績を作ってそのノウハウを他キャリアに売るわけです。テストベッドも横須賀(YRP)にあります。

 海外キャリアさんがそのテストベッドに接続すると、O-RANの実験もすぐできます。

 ドコモを信用していただけるのであれば、ドコモがO-RANを使い続けているかぎり、バージョンアップの面倒もずっと見てくれるだろうと他キャリアさんも考えてくださる。

 たとえば支援先のボーダフォンとて、ネットワーク設備の100%をO-RANにするわけではありません。

 まずは一部を変更しつつ、既存の基地局設備も残しつつ、だんだんO-RANの割合を増やしていくならどうするのか――。これってドコモと同じなんですよね。同じ課題を持つ存在がサポートしてくれるというい安心感を売りたいって感じです。

――それって業績としてどれくらいの金額感の目標を……。

井伊氏
 皆さん同じ質問されます(笑)。私自身は、売上が100億円ないとビジネスじゃないと考えています。だから早期に100億円を達成してほしいと担当部署には伝えています。

 楽天さんは、もう500~600億円を達成していると思います。私も詳しいことは知りませんが、どういうビジネスモデルになるのかによるところがあります。

 その後の面倒を見る、リカーリングでずっと続いていくことが大事でしょう。バージョンアップを手伝ったり、お手伝いをしたり……コンサルティングというよりエンジニアリングかもしれません。

 ドコモ社内のネットワーク事業本部の中に、今まで現用ネットワークを手掛けていたスタッフたちのチームを立ち上げました。ネットワークをよくわかっている人間が、これから相手さんの商談のなかでサポートしていかないといけません。

 今はそのチームが東京にいますが、欧州やアジア、北米など対応する拠点、人材をどう配置していくか、というフェーズです。もちろん、お客様がいないと拠点を作ってもしかたがないですが、ある程度近くにエンジニアを配置しないとサポートできませんよね。

 今回、支援先として発表した5社のなかで、きっかけができれば拠点を置いていこうかと。まずは売上というよりも、まずは事業として成立させようという段階です。

――ドコモの実績が、他キャリアにとって信頼につながっていくというわけですね。では、たとえば今後の通信技術の導入タイミングはやはり先頭集団で、ということになりますか。過去、3Gや4G、5Gの導入でドコモは世界的にどうだった、といった話もありましたが、今後は先頭にいることで信頼を得やすくなるというメリットもありそうです。

井伊氏
 はい、その通りです。だから運用実績やサービスの実績を作っていかないと切り開けません。ユースケースを、5Gでも、5G SAでも作っていかないといけない。

 最新のO-RANネットワークを導入していただいたとしても、それを活かせるサービスがないといけない。コンシューマー向けや法人向けのサービスを作りながら、一緒にいれられるか、という。まず基盤をO-RANでやりますが、「なぜマルチベンダー」なのか、その導入する意義を示さないといけないです。

――衛星との通信や、水中での通信などもどんどんいれていくと。

井伊氏
 今、HAPS(高高度を飛ぶ航空機からの通信)も検討しています。あれはいざというときの一時的な運用かもしれません。

 衛星通信は、ドコモとしては、日本だけをカバーするものしかやっていませんが、NTT(持株)がグローバルでの構想を描いていて、IOWN時代に宇宙~海までといったコンセプト。

 でも、ドコモは事業会社なので静止衛星の船舶向けといったサービスを手掛けていて、HAPSを研究しているものの、世界でHAPSを飛ばす力はない。そういうものを賑やかしで言っても……O-RANは確実にグローバルへ輸出できる技術。まず地に足つけて、と言ってはなんですが、衛星も海もまだまだマネタイズできるものではないですよね。

――KDDIがスターリンクと協業した、という点が話題になって、どうしても気になるところではありますが……。

井伊氏
 (衛星との直接通信は)端末も安くないですから、スマートフォンに対応チップを搭載するのかどうかわかりませんが、どうしても高くなります。

 そういうものが、採算取れるサービスとセットでなければ購入していただけない。一部の方は手にされるでしょうが、当たり前の世界にするためには、もっとユースケースをちゃんと作らないとだめかなと思います。

「5Gらしい体験」を広げるには

――足元の話として、5G自身の広がりについてどう見ていますか。ユーザーの反応を見ていると、使い放題の料金はあれど、5Gらしい体験をしていないですとか、端末も高くて買えないといった声があります。

井伊氏
 ドコモでは、いわゆるSub6(6GHz以下の周波数)を使った“本当の5G”を頑張って広げてきました。まだまだエリア拡充は足りていませんが、今後は低い周波数を使った(4Gからの転用周波数で)のエリア拡大を進めていく。

 国内の他キャリアさんはその逆で進めてこられました。5Gらしさよりも“高速なLTE”って感じで来ていた。それを見ていると、5Gらしさを実感できていないのは真実かもしれません。

 もちろんダウンロード速度が速いといったことがあっても、5Gらしいソリューションやユースケースがない。

 たとえばコンテンツを提供・配信する側も、「5Gじゃないとちゃんと楽しめないようなもの」はまだリスキーになるので、揃いきっていない。ネットワークが充足していないというマーケットの判断ですよね。

 田舎にばんばん基地局を展開したからといって、デジタル田園都市構想で5Gを導入したといっても、ユースケースがなければ、「LTEでいいや」になる。

 むしろ、最近は、人がいない場所でつながらないところに基地局を立てて、というリクエストが多い。基地局を立てても、永久に回収できないような……。

 5Gを各地にといっても、日本の津々浦々はまだまだそういうニーズがある。

 カバレッジを広げる話も、何もなしに投資はできないんです。資金がいくらあっても足りないですから。そうなると、都市部や人が集まる場所ばかりにネットワーク設備の拡充が進められる。

 たとえばイベント開催時には、移動基地局で増強しますが、そういうかたち(ニーズを大幅に超える設備増強をせず一時的な対応)で対応しなければ、ネットワーク設備が無駄になります。そうなると電気代もばかになりません。

端末買い替えも減少

――昨夏のインタビューで、井伊さんは端末割引の規制について変更を望むお話をしていました。一方、この春商戦までに制度は変わっていません。

井伊氏
 現実として、今、みんな端末を買い控えしていますよ。iPhone 14も余ってるでしょ? Androidのハイエンドも余っている。

 世界的に買替需要が減っている。スマートフォンの進歩が、皆さんが期待するほどの、ドラスティックな進化になっていないんじゃないか、今のもので十分だ、ということかもしれません。

 僕らも、端末戦略だけでは食っていかれない。日本も人口が増えるわけではない。他キャリアから移行してもらって獲得するといった疲弊するマーケット構造なんですよ。

 そうなると、小学生が初めて使うスマホ、くらいが新規事業。ほとんどの人がもうスマートフォンを持っている。そうなると、今、死亡時の解約がすごいんですよ。

――件数ですか。

井伊氏
 ええ、(日本の人口動態で)死亡数が今多くなっている。死亡による解約は、純粋な新規契約よりも多いんです。

 そうした市場構造でドコモが成長していこうとすると、他キャリアから獲得するしかない。そんなゼロサムゲーム(参加者の得点・失点が差し引きゼロになる状況)です。

 端末も高くなる一方。ハイエンドは20万円とかするものは、そんな飛ぶようには売れません。

 5Gになると、やっぱり動画視聴には恩恵があります。でも、動画を観ない人はLTEで十分。動画を観るは今の20代や30代といった若い層です。でも、昭和生まれの40代、50代といった層は、光回線があるから自宅で観る。

 もう利用のかたちがぜんぜん違う。5Gとか、無制限とか利用される方は圧倒的に若い層。そうした層に向けたコンテンツを充実させないと伸びません。

 決算会見で、ARPU(ユーザー1人あたりの収益)が4000円台で下げ止まるよって言ったのも、結局は中容量・大容量を若い世代が買ってくれてるからです。おじいさんたちは動画も四六時中、観ないので数GBでいいとなる。

 ARPU向上につながるものは、若年層にヒットするものです、そこが伸びなくなれば、日本(の成長は)もうは多分止まりますよ。

――それは怖くなります。

井伊氏
 ですよね。個人向けのエンタメも大事です。

 その一方で、法人向けのソリューションを作らないといけない。B2B2Cとか、従業員向けとか。もう、コンシューマー向けはそんなに伸びないから。

――コンシューマー向け媒体としてはちょっとつらい時代です。

井伊氏
 だからこそ、海外に売りたい。今回もブースでキャラクターを使ったものにしていますが、それも単なる見栄えではないです。そういうキャラクターは海外に行くとファンがいる。

――国外市場に対応していかないとだめだと。

井伊氏
 なので、MWCでは、グローバルでのプレゼンスを上げたいので、こういう触覚やXR、6Gを全部組み合わせると面白くなりますよ、皆さん一緒にやりませんか? という出展なんです。よろしくお願いします。

――なるほど、ありがとうございました。