インタビュー

「AQUOS R6」の開発秘話を聞く――1インチセンサーのカメラ以外にも、テクノロジーがてんこ盛り

 シャープが5月17日に発表した5G対応のフラッグシップスマートフォン「AQUOS R6」。いよいよ本日25日に、NTTドコモとソフトバンクから発売される。

 同モデルの最大のセールスポイントは、何といっても1インチの大型センサーを搭載したカメラだろう。このカメラの開発にあたっては独ライカ(Leica)カメラ社と協力し、センサー開発やレンズ設計、さらには画質調整まで同社の監修を受けたという。

 発表当初、SNSでも大きな話題となった同モデルの開発の裏には、一体どんな苦労があったのか――。今回は、シャープの担当者に話を聞いた。

インタビュイー
通信事業本部 パーソナル通信事業部 事業部長 小林繁氏
通信事業本部 パーソナル通信事業部 システム開発部 部長 前田健次氏
通信事業本部 パーソナル通信事業部 商品企画部 係長 小野直樹氏
通信事業本部 パーソナル通信事業部 商品企画部 係長 田中陽平氏
左上:小野直樹氏 右上:小林繁氏 左下:田中陽平氏 右下:前田健次氏

「AQUOS R6」のコンセプト

 「AQUOS R6」の開発にあたり、シャープでは一般的なデジタルカメラは大型センサーとレンズを備える“体力勝負”のデバイス、スマートフォンのカメラは高度な演算処理を得意とする“知力勝負”で進化してきたと定義する。

 その両者の融合を図り、物理的に優れたセンサーとレンズと最高峰の半導体とアルゴリズムを組み合わせることを目指し「co-engineered with Leica」としてカメラを開発した。

 その結果、「AQUOS R5G」の標準カメラで用いたセンサーサイズ(1/2.55インチ)の約5倍となる1インチセンサー(約2020万画素CMOS)を今回採用することになった。

シャープ、1インチセンサーカメラの「AQUOS R6」発表、IGZO技術の有機ELディスプレイも

――「体力」と「知力」を融合させる、というのがAQUOS R6のコンセプトだったかと思いますが、そもそもなんで1インチのセンサーをやろうと思ったんでしょう?

前田氏
 カメラの画質を良くしてお客さまに楽しんでいただきたいと考える中で、センサーを大きくするのが一番の本質だと思ったからです。

 本当にこだわっているお客さまに対して、デジカメレベルの本格的なカメラを提供したいという思いがありました。

――なるほど。大きいセンサーはすぐに見つかったんですか?

前田氏
 いえ、実は全然見つからなくて。その結果、「スマートフォン用のセンサーではダメだ」と思いまして。産業用を探したりもしたんですが、最終的にデジカメ用のセンサーに行き着きましたね。

小林氏
 分厚すぎるので、最初はカメラの部分が5mmくらい飛び出してしまって、全然話にならないね、っていうこともありました(笑)。

1インチセンサーの採用を検討したのは、いつからだったのか

――AQUOS R6の最大の特徴は、カメラに1インチセンサーを採用されたことですよね。いつごろから採用を検討し始めたんでしょう?

前田氏
 1インチセンサーのアイデア自体は、数年前からありました。具体的な検討を始めたのは2年前、2019年の秋ぐらいからですかね……。

――2年前から着手したということで、やはりそれなりに時間がかかったということなんですね。

前田氏
 はい。時間軸でいうと、2年前からスタートしたのは技術検討、インプリメンテーションです。これに1年間くらいかかって、次の1年で商品開発に取り組んだという感じ。

――それは結果的に1年で済んだのか、それとも最初から1年でやる予定だったのか、どちらでしょうか?

前田氏
 実は1年で終わったかっていったら、全然そうではなくて(笑)。1年で目処は立ったけどまだ課題はあるよね、でも商品開発も始めなきゃ……という形で、次のステップに移りました。

通信事業本部 パーソナル通信事業部 システム開発部 部長 前田健次氏

ライカとの出会いについて

――ライカとの出会いも、同じように2年前の話なんですか?

小林氏
 はい、その通りです。ライカさんは、「写真体験」に興味があるお客さまが多くなってきた中で、スマートフォンというのは避けて通れないジャンルだと思っていたようで。

 あとは日本市場もマーケットとして重要視されていて、スマートフォンをベースに日本でも裾野を広げていきたいという思いはあったみたいですね。

――ライカとの協業が決まった時から、1インチセンサーでシングルカメラ、ということも決まっていたのでしょうか。

小林氏
 いえ、それは決まっていませんでした。技術的なところを見て走りながら、少しずつ定まっていった形です。

――では、実際にそれが決まった時の社内の反応はどうだったんでしょう。

前田氏
 もちろん驚きはありましたが、技術的な面での懐疑的な声もありましたね。そもそもスマートフォン用のセンサーを使わずにスマートフォンをつくるのは「非常識」なことで。「こんな分厚いセンサー、入らないでしょ」という声もあった。

どのようにして困難を克服したのか

――先ほど「非常識」と表現されていましたが、デジカメ用の1インチセンサーを採用する上での難しさは何だったんでしょう。また、それをどう克服されたんでしょうか。

小林氏
 デジカメ用のセンサーは、デジカメの分野で育ってきているので、スマートフォン用のセンサーとは少し色が違うというか。

 スマートフォン用のセンサーは、やっぱりスマートフォンで扱いやすいように発展してきたんですけど、一方でデジカメ用のセンサーは、あくまでデジカメ用で、スマートフォンにそのまま搭載するだけでは使いにくい。

 実は、センサーからCPUに流れてくるデータを見た時に、同じイメージのデータであっても、デジカメ用のセンサーの場合はちょっとクセがあるという感じなんですよね。

 ですから、デジカメでは普通に処理していることを、スマートフォンでどうやって処理するのかという大変さはありました。我々には、そういったノウハウや経験がないので。

――「デジカメ用のセンサーを使おう」と思いついたからといって、それをすぐに形にできるわけではないということですね。

小林氏
 はい。実は思いつくことよりも、それを形にするほうが難しいというか。「目の付け所がシャープ」という言葉に表されるように、我々は昔から、他の人が考えることをやめてしまった分野に関して考えるのが得意で。

 常識に逆らうような、ある意味「非常識」なことの実現に向かって進むのは、常に重力に逆らって歩いていくようなイメージです。それをやっているがゆえに出てくる数々の問題を、チーム全体で解決していく感じですかね。

通信事業本部 パーソナル通信事業部 事業部長 小林繁氏

動画手ブレ補正のすごさについて

――AQUOS R6は動画手ブレ補正に関する高評価が結構あるようですが、そのあたりの工夫は。

小野氏
 プロカメラマンの方などからご意見をいただく中で、動画には「水平感」が大事だという声がありました。最近だとジンバルで動画を撮ることもあると思うんですけど、「動画を後から見返したくなるような安心感」には、「水平感」が大切だと思いまして。

 今回は、電子手ブレ補正の中に、水平補正という機能を追加しています。ですから、動画を撮影している時にスマートフォンを少し傾けてみると、ゆっくりと水平に戻そうとする動きが感じられるはずです。

――では、ジンバルと組み合わせたらどんな感じになるんでしょうか。

小野氏
 最強になるんじゃないでしょうか(笑)。

小林氏
 動画を撮る時って、上下よりも左右の動きのほうが多いんですよね。そういう着眼点から生まれた機能で、上下はほとんど動かない。でも左右はある程度動くようになってて、逆にそうでないとパンニングの時に困りますからね。

――手ブレ補正をオン・オフにした時で解像度は違いますか。

小林氏
 いえ、特に解像度が変わるようなことはありません。

――今回のようなソフト面での改良って、かなり労力がかかったのではないかと想像しますが。

小林氏
 おっしゃる通りです。通常だったらトップバッターの特徴として紹介してもいいくらいなんですけど、1インチセンサーのカメラとかの影に隠れてしまった(笑)。

通信事業本部 パーソナル通信事業部 商品企画部 係長 小野直樹氏

新ディスプレイ「PRO IGZO OLED」

 シャープ製のスマートフォンでは、これまで省エネ性能に優れた「IGZO(イグゾー)」技術の液晶ディスプレイが数多く採用されてきた。

 (中略)

 「AQUOS R6」では約6.6インチ、1260×2730ピクセル(WUXGA+)のOLEDディスプレイが搭載される。そのディスプレイには、酸化物半導体の特徴である、1Hz駆動(1秒に1回の駆動)と、高いスイッチング能力により画面をなめらかに描画できるという2点が盛り込まれた。これにより、今回のディスプレイは「PRO IGZO OLED」と名付けられている。

シャープ、1インチセンサーカメラの「AQUOS R6」発表、IGZO技術の有機ELディスプレイも

――AQUOS R6ではPRO IGZO OLEDが採用されていますが、その難しさというのはどのあたりにあったのでしょうか。

前田氏
 OLEDって一般的に、液晶に比べて、ひとつの画素に入っているスイッチング素子の数が全然違うんですね。たとえば同じサイズ、同じ解像度で液晶とOLEDを比べると、素子数はケタ違い。

 その中で、IGZOを使ってOLEDを作るってなったときに、液晶を作る時と比べて、ケタが変わるくらい集積度を上げなきゃいけなくなって。

 ……今ちょっと計算してみたんですけど、ひとつの画面の中に数千万くらいの素子が入っているんです。

――それはまたすごい数……(笑)。

前田氏
 その数千万を、240Hzの高速で動かしたり、バチッて止めたりするのには、すごく技術が必要になりまして。技術レベルを上げなきゃいけないってところに、難しさがありましたね。

――240Hzで動かしたり、止めたりすることの難しさがいまいちピンと来ていないのですが、このあたりについて教えてください。

前田氏
 基本的には液晶もOLEDもディスプレイなので、1画面を画面の画素に書き込むというのは変わっていないんです。画面に表示される内容を、目に見えないスピードで、刻々と上から下へ書き換えていっています。

 さっき画素の集積度が違うといいましたが、光らせ方も違います。液晶はバックライトがあって、それが光っている前に液晶がある。OLEDのほうは、1画素ごとに小さな小さなバックライトがあって、画面を動かす時にバックライトをつけたり消したりするというイメージですね。

 やっていることは、CPUで作ったデータを、ディスプレイの中に書き込むという感じで、OLEDの場合は順次光らせる、液晶の場合はまとめてシャッターでさえぎるという仕組み。

 液晶の場合はずっと光っているバックライトがあるんですけど、OLEDはタイミングに合わせてデータを書き込む必要があって、小さいバックライトを光らせたり消したりする制御の難しさがあるんです。

――なるほど。そうして苦労の末にできあがったPRO IGZO OLEDのすごさというのは。

前田氏
 OLEDって、本当に小さい小さい水道の蛇口が画素ごとにあるようなイメージですね。画素ごとにその蛇口をひねって水を出したり止めたり……つまり光らせたり光らせなかったり。

 液晶はどっちかというと、後ろに大きい蛇口がバーンとあって、それを止めるか止めないかという感じ。

 今回のPRO IGZO OLEDは、その小さい蛇口の性能が上がったというか。普通のIGZOでないOLEDの場合は蛇口そのものが緩んでしまって画素そのものが消えてしまうんですが、性能が上がった蛇口をIGZOに使うことによって、小さい蛇口が緩まなくなり、きちんとコントロールしながら、ずっと水道が流れ続けるようなイメージです。

指紋認証センサー

――超音波指紋認証センサーについてもお聞きできればと思います。クアルコムの発表にもありましたけど、センサーは「Qualcomm 3D Sonic Max」を使っているということでよろしいでしょうか。

田中氏
 それで間違いありません。

――単なる採用メーカーではなく、クアルコムと一緒に開発に携わった形になるんですか?

前田氏
 はい。技術自体はクアルコムさんの技術を使っているんですけど、それをモジュール化してOLEDに入れて商品化する、というのは我々も関わっています。

――共同開発の結果、今回のように大きなセンサーができあがったというわけですね。

小林氏
 はい。普通の指紋認証センサーって、実際の指紋のサイズよりも小さいですよね。そうすると、指紋登録の時に何度か指を当てる必要が出てくる。この問題は、部分的な指紋の特徴点をつなぎあわせているということで、境界のところに特徴点を入れられず、「指を当てているのに認識しない」というケースも発生するんです。

 それに対して大きなセンサーでは、特徴点の境界がなくなって、十分な指紋の情報があるんですね。ですから原理的に認識率が上がって、高速な指紋認証が実現するんです。

前田氏
 1回使うと戻れなくなります(笑)。

――実機に早く触れたくなります。そういえば、画面を保護するためのガラスフィルムとの相性も気になったのですが……。

前田氏
 チューニングをしてあるので、ガラスフィルムを貼っても指紋認証センサーが反応しづらくなるようなことはありません。

小林氏
 我々はフィルムメーカーさんとも話をしています。AQUOS R6に適したフィルムであれば、メーカーさん側がコメントを出しているので、それを確認して買っていただければ問題ないかと思います。

その他のアピールポイント

――これまでにお聞きしたこと以外で、AQUOS R6のアピールポイントは何かありますか。

田中氏
 ゲームモードなどを改善しました。あとは、従来「AQUOS便利機能」として提供していたAQUOSならではの機能群を、「AQUOSトリック」としてフルリニューアルしています。

小林氏
 端末を手に持っている時に画面オフにならない「ブライトキープ」とか、AQUOSならではの機能がお客さまに浸透していないことが多くて。このあたりの機能は、しっかりとお伝えしていくことが重要かなと思っています。

――なるほど。

小林氏
 基本的に我々はAndroidのもともとの良さを活かしていきたいという考えですが、AQUOS独自のツールもお客さまに使っていただきたいという思いです。

――そういえば、バッテリー容量もすごいですよね。

田中氏
 カメラとかディスプレイにまぎれてあまりフィーチャーされないんですけど、バッテリーもAQUOS史上最大なんですよね。

 フラッグシップで5000mAhという数字は、途中で何度かくじけそうになりながらも(笑)、実現にこぎつけた部分です。

――確かに、かなり大型のバッテリーだと思います。充電性能はどうなんでしょうか?

田中氏
 もともとあった「インテリジェントチャージ」を強化しまして、大きく2つ機能があります。

 ひとつは、端末を充電しながら使っている時に、電池を通さずシステムのほうへ電流を流す機能。したがって、電池へのダメージはゼロになります。「充電しながらゲームしちゃいけない」というような常識を覆すような感じですね。

 もうひとつは、充電が90%以上になったときに、それ以降はシステムのほうに直接電流を流すような切り替えです。電池は100%近辺で充電を繰り返されるとダメージが一番大きいので、90%を満充電とみなして、それ以降はシステム側に電流を流します。

 「インテリジェントチャージ」を使うと、電池の寿命が倍近くになるというような、そういったインパクトを与えられるのではないかと思っています。

通信事業本部 パーソナル通信事業部 商品企画部 係長 田中陽平氏

「R」シリーズだからできること

――AQUOS R6のコンセプトやアピールポイントについていろいろとお聞きしてきましたが、シャープのスマートフォンといえば「AQUOS sense」シリーズも人気ですよね。

小林氏
 実はAQUOS senseを持っているというのは強みでもあり、我々の苦しさでもあるんです。

――それはどういうことですか?

小林氏
 ほとんどの人はAQUOS senseで全然問題ないし、我々もそういうモノづくりをしているので。我々が思っている以上に多くのお客さまに使っていただけるような状況になっている。

 だから本音としては、AQUOS senseシリーズを持っているのは、最大の強みでありながら、フラッグシップの「R」シリーズを維持する上では少し難しいかな、というところですね。

 一方で「Rシリーズでなければできないこと」も意識していて、今回は「従来の価値観では語れないもの」になったのではないかと考えています。

――確かに、1インチセンサーのカメラ以外にも、技術がてんこ盛りになったモデルであるという印象です。

小林氏
 スマートフォンっていうのは100~200もの技術の集合体で、たまに複数の技術革新の波が同時にやってくることがあるんですね。毎年ではないんですけど。

 今回は同じタイミングでそれを捕まえることができたというイメージです。「リボーン(Reborn)させよう」というフレーズはチーム内で繰り返し言っていて、それが形になったと思っています。

――本日はありがとうございました。