MWC Barcelona 2023

ドコモの中村氏に聞く、次世代「6G」への取り組み

 2月27日から3月2日(現地時間)にかけて開催されたMWC Barcelonaでは、次世代通信規格「6G」が、おぼろげながらその姿を現し始めていた。5Gの商用展開開始から約4年が経ち、次を見据えた動きが本格化している印象だ。通信ベンダーでは、ノキアやエリクソンも6Gのコンセプトや、サブテラヘルツ帯と呼ばれる周波数を使った基地局などを展示していた。ドコモも、6Gをブースなどで積極的にアピールしていた1社だ。

 国内の主要プレイヤーとして、積極的に6Gの研究開発に取り組んでいるドコモは、6Gをどのようなコンセプトにしようとしているのか。また、5Gが普及しきっていない今、6Gの規格化を進めていく意義はどこにあるのか。ドコモのR&Dイノベーション本部でチーフテクノロジーアーキテクト(6G/IOWN)を務める中村武宏氏にお話をうかがった。

ドコモの中村氏が、6Gに向けた取り組みを語った

――最初に、6Gは今どのような段階なのかをあらためて解説してください。

中村氏
 世間的に言えば、6Gはまだ初期段階です。ただ、R&D的なことは世界中で進められていて、技術開発競争になっています。世界中でそれが立ち上がり、ホワイトペーパーもやたらと出ている状況ですね。日本でも、総務省に「Beyond 5G推進コンソーシアム」を立ち上げていただき、アグレッシブに動いています。

 ビジネスやお客様というところで言うとまだまだの段階ですが、技術開発の観点では、新たな世代を取り入れるのに10年以上はかかります。今からやっていかないと、2030年に間に合いません。

――商用化は30年より早くなるという見方もあるようですが、いかがですか。

中村氏
 5Gよりもかなり前倒しで進んでいるのは確かです。開発競争が非常に激しいので、早めになるかもという人はいますが、逆に多くのプレイヤーがまだ5Gを始めたばかりなのに、なぜ6Gをやるのか、時期尚早ではないかという人もいます。ただ、技術開発競争ではそうも言ってはいられない側面があります。

6Gに向けたロードマップ。2030年ごろの商用化が見込まれるが、前倒しになる可能性もあるという

――5Gも開始から4年が経ち、そろそろ動き出すタイミングだということですね。

中村氏
 どれだけ表立って言うかの問題ではありますが、やらなければいけない話だと思っています。5Gのころも、結局は同じ状況だったと思います。始めたときには欧州から「なんで今から?」と言われましたが、ふたを開けてみたら、欧州は日本より早く始めたりしている。まぁ、そんなもんです(笑)。

――ドコモは、ユースケースの1つとして感覚共有を打ち出しています。低遅延を突き詰めたり、電波でセンシングしたりできるようになることで、視覚や聴覚以外の感覚をネットワークでやり取りできるようになるということだと思いますが、6Gはこういった方向に進んでいくのでしょうか。

中村氏
 まさに人間拡張基盤は、そこを目指しているものです。データとしてこれまで扱っていなかった部分を扱うことで、新たなサービスや新たなコミュニケーションを作れないかということをやっています。脳波や筋肉の動きまで含めた五感を総合的に扱いたいと思っています。デモではピアノのレッスンがありましたが、そういうものは間違いなく1つのユースケースになりますし、ほかにも色々と考えられると思います。テレパシーやテレキネシスがSFの世界ではなくなるということです。

ネットワークを通じて手の動きを共有し、ピアノ演奏のコツをつかむというデモ。超低遅延をさらに進める6Gのユースケースとして、ドコモが打ち出している

――ただ、5Gの初期段階で考えられていたユースケースが、現時点でほとんど実現していないような印象もあります。そういった反省はあったりするのでしょうか。

中村氏
 反省を踏まえてしまうと、(ユースケースは)もうちょっと後でいいんじゃないとなってしまいますが、ユースケース開発は一生懸命やらなければなりません。特に、人間拡張のようなまったく新しい技術が必要なものは、早めに始めないといけない。ネットワーク開発とともにやり出しています。

 5Gに関しても、エンタープライズ分野には新たなアプリケーションが入り始めています。それは、ドコモだけでなく、世界的にです。ただ、今、マネタイズができているかというと、それほど大きくはなっていません。要素があり、議論やアイディアは出ています。こなれてくるにしたがって、そういうものが広がり、マネタイズできる機会も出てきます。そういったモチベーションはありますね。

――技術的には、今のミリ波より高いサブテラヘルツ帯を使うという案がありますが、ミリ波ですらなかなか使いこなせていない状況です。先にミリ波からやっていくべきではないでしょうか。

中村氏
 そこはグッドポイントです。熱く対応しようと思っているところで、世界的にも色々な研究が進められています。本当にサブテラヘルツ波を実現する前に、まずはミリ波でしょということはあります。ミリ波にはニーズがあり、導入の必要性もあります。トラフィックが年1.2倍、1.3倍というペースで上がっている中で、今のミッドバンドだけでは収容しきれなくなるからです。日本ではローカル5Gが発展途上ですが、あれもコストがこなれてくれば、ニーズは間違いなくあります。エンタープライズ系はデータ量が多く、特に映像系のソリューションでは(ミリ波が)必要になります。ミッドバンドだけではダメで、ミリ波をいかに活用するかが重要になってくるということです。

6Gでは、ミリ波より高い周波数のサブテラヘルツ帯を使うことまで視野に入っており、各社が実験や研究開発を進めている

 また、センシングも重要なトピックです。「Communication as Sensing」という言い方をしていますが、通信の電波を使ってセンシングをする。(6Gは)そういう方向に行こうとしています。この場合、高い周波数ほどセンシングの解像度を高められます。センシングとの親和性という意味でも、さらに高い周波数は使うべきで、ミリ波のジャスティフィケーション(正当化)はいくらでも言うことができます。

 その際の課題はコストで、飛ばないものをいかに使っていくかの検討が必要になります。弊社でも、誘電体導波路を使った「つまむアンテナ」がありますが、あれも高い周波数帯に対応できます。反射板のソリューション(透過型メタサーフェス)も、世界中で話題になっています。色々なソリューションが出てくるので、そういったものを活用していけば、安くミリ波のエリアを構築することができます。ミリ波に関するセッションはGSMA(主催のイベント)でもありましたが、そういった活動を通じて、ミリ波をどんどん使ってもらえる環境にしていきたい。我々だけでコストを安くすることはできないですからね。

――MWCでもスペインキャリアのテレフォニカがミリ波を商用化して、会場で電波を吹いていました。クアルコムのブースでは、スピードテストもできました。ただ、あれも体で見通しをふさいだだけで速度が落ちてしまい、なかなか厳しいなと思いました。

中村氏
 オール・オア・ナッシングで考えられがちですが、ミリ波は反射しても、ある程度(通信は)維持できます。これはほかの周波数でもそうですが、常に受信状況は大きく変動しています。それでも、アプリケーションレベルでは使えているわけです。そういうことは、訴求していかなければいけないところだと思います。

――確かに、遅くなったと言っても700Mbpsは出ていました。一方で、キャリアが投資を抑制しているため、なかなかミリ波の活用が進まないという側面もあると思います。

中村氏
 まずはSub-6でというのは当然だと思います。ただ、今後は人がいっぱいいる場所に(ミリ波を)適材適所で入れていく。あまりに制限しすぎな感もあるので、もうちょっと使いやすくしていくと、ユースケースも広がってくると思います。

ミリ波の整備も、世界各国で徐々に進んでいる。MWC会場では、スペインキャリアのテレフォニカが商用環境のミリ波エリアを構築。クアルコムのブースで、その速度を試すことができた

――周波数を上げていくだけでなく、NTN(非地上系ネットワーク)でエリアをさらに拡大するというのも、6Gのコンセプトの1つになっています。こちらについてはいかがですか。

中村氏
 NTNは重要視しています。NTTグループもSpace Compassを新たに立ち上げ、NTNに向けたビジネスに動き出しています。我々はHAPSにも力を入れていて、エアバスと提携しています。あれを使ってなんとかできないかと、今がんばっているところです。もちろん、低軌道衛星も使うべきで、ベストミックやケースバイケースで、それぞれを使っていくことになります。

――衛星通信は5G NTNがあり、すでに導入されようとしていますが、6Gだと何が違うのでしょうか。

中村氏
 NTNは5Gからどんどん入ってくるものだと思っていますが、6Gはそれがあって当たり前の世界です。より我々のネットワークと全体的に一緒になり、うまくそれを使うイメージですね。NTNだけでなく、海中まで含めて飛躍的なエリア革命が起こります。部分的には5Gからやりますが、6Gではそれが当たり前になるということです。

NTN、特に衛星通信は5Gから導入が始まっていこうとしている。写真はクアルコムの展示の様子

――今は緊急時や災害時などの一時的なエリアというイメージのあるNTNですが、6Gの世界では、恒常的なエリアになるということでしょうか。

中村氏
 そこは考えていかなければいけないところだと思います。エリアをそこまで広げられれば、また新たなユースケースが出てきます。例えば、NTNの議論をしていても、海中資源探索や遠洋漁業だと、今は通信の制約が当たり前だと思われている。当たり前につながらないので、要求条件が何かあるかと聞いても、「ないですね」と言われてしまう。船でデータを取って帰ってきたらアップロードするというのが前提になっているからです。

 ただし、潜在的なニーズは絶対にあります。通信環境を整えることで、そういった方々が、もっと便利に、もっと効率的にできることに気づいていただければ、ウィンウィンのビジネスモデルが作れると思います。

――コンシューマーの観点だと、より高い周波数で何十Gbpsと速度が出るより、どこにいてもつながる方が重要な気もしています。

中村氏
 直接人に対して提供するサービスとしては、高速、低遅延をこれ以上追求してもなかなかユースケースは出てこないと思います。ただ、エンタープライズ系はまだまだ余地があり、色々なサービスを提供できると思います。コンシューマーという意味だと、B2B2C的にやることで、新たなユースケースを届けることができる。人間拡張がその一端にならないかなと思っています。

衛星通信やHAPS、海中通信なども含めたNTNは、6Gでより一般的なものになっていくという

――ありがとうございました。