石野純也の「スマホとお金」

スマホの「割引上限2万円」緩和でiPhoneが買いやすくなる? 一律の割引規制を見直した“折衷案”でどう変わるのか

 総務省が開催する有識者会議の「競争ルールの検証に関するWG(ワーキンググループ)」では、通信と端末の完全分離や、行き過ぎた囲い込み禁止といったルールを定めてからの市場に与えた影響を検証しています。

 この中で焦点になっているのが、端末購入補助の見直し。19年10月に改正された電気通信事業法によって、契約に紐づく際の割引が2万円(税込で2万2000円)に制限されていました。

 一方、割引の規制が厳しくなりすぎたきらいもあり、その反動として端末そのものを回線契約の有無を問わずに割り引く“白ロム割”と呼ばれる仕組みも登場しました。

 結果として、大幅に割り引かれた端末を転売目的で購入する“転売ヤー”が増えるなど、新たな問題も起こっています。このような状況を踏まえ、競争ルールの検証に関するWGでは、端末購入補助の見直しに着手していました。

競争ルールの検証に関するWGでの議論を取りまとめた報告書の改定案が発表された。これに伴い、端末購入補助の上限が見直される

端末割引は2万円~4万円の範囲に、廉価端末の2万円規制は残る

 以前、本連載でも紹介したように、6月時点では端末購入補助が2万円から4万円(税込で4万4000円)に引き上げられる方向性で議論が進んでいました。

 元々2万円という金額を算出した際に示していた根拠となる「ARPU(1ユーザーあたりの平均収入)」や「平均端末利用期間」が変わってきたためです。割引額の上限を決める算定式はそのままに、各変数に代入する数値を変えることで4万円という数値が導き出されていました。

端末購入補助の上限を検討していた際にドコモが提出していた資料。この変数となる数値に変化があったことを受け、割引上限が最大で4万円に上がる

 このままガイドラインが修正されるのかと思いきや、9月には改訂版の「競争ルールの検証に関する報告書 2023(案)」が発表され、端末購入補助に新たなルールが設けられました。

 最大で4万円という点には変わりがありませんが、端末の価格帯ごとに上限値を設定。8万円を超える端末の場合は4万円、4万円超~8万円の端末は価格の50%、4万円以下の端末は最大2万円までと3段階の割引上限が導入されています。

下線付きの赤字で記載されている部分が、報告書の修正案。4万円の上限に加え、4万未満と4万円~8万円の端末に新たな条件が追加された

 このルールに則ると、たとえば10万円の端末の場合は4万円までが上限になるのに対し、7万円の端末は3万5000円までしか割り引くことができなくなります。5万円の端末は、上限が2万5000円です。

 また、3万円程度のエントリーモデルに関しては、従来とルールは変わらず、最大で2万円の割引までという形になります。グラフにすると一目瞭然ですが、かつてあった段階制のデータ通信料のように、2万円から4万円の間で割引額が変動していく格好です。

割引上限と割引適用後の価格一覧。8万円以降は割引額が一律になるため、割引適用後価格のグラフの伸び方が大きくなる

 一律4万円にならなかったのは、ミッドレンジモデルなどが実質1円で販売されるのを防ぐためと見られます。

 現状でも、スペックの低い2万円程度のエントリーモデルが、割引込みで1円になっていることがあります。この状態で単純に割引額を引き上げるだけだと、2万円の端末を開発する意義はなくなり、価格の下限が4万円になる可能性があります。

 いずれも実質1円であれば、より性能のいい端末が選ばれるからです。こうした事情も踏まえ、最大4万円の割引は、8万円を超える端末にだけ適用される形になる可能性が高まりました。

ソフトバンク以外が4万円上限に反対、採用された折衷案

 また、一部のキャリアやMVNOも、一律4万円にはパブリックコメントで反対の意を表明しており、報告書案の改定にはこうした声も反映されています。

 自ら基地局を運用するMNO(Mobile Network Operator)の中で、4万円案に賛成していたのはソフトバンクだけ。同社の宮川 潤一社長は、8月に開催された決算説明会で「個人的な表現」と前置きしつつも、「チンタラ、チンタラと4Gから5Gに移り変わるのが遅く、何とかしなければいけないという思い。(割引規制は)昔に戻していただけたらうれしい」と語っていました。

 当時の報告書案にあった4万円という割引上限にも言及があり、「iPhoneだけの視点で考えると、4万円まで上げようというお話は妥当な水準だと思っている」(同)と話しています。

 個人的な思いのため、必ずしも会社の方針と一致するわけではないことには留意が必要ですが、ソフトバンクとしては4万円案が妥当で特段、反対する理由はなかったことが伺えます。パブリックコメントでも、「白ロム割を含めた上限額を一律4万円にすることについて、賛同します」と、真っ先に賛意を示しています。

8月の決算説明会で、4万円上限を「妥当」だとしていたソフトバンクの宮川社長

 ただ、ソフトバンク以外の3社やMVNOは、“一律”という点や“4万円”という金額に懸念を表明していました。

 たとえば、ドコモは一律で4万円とした場合、「端末購入サポートプログラム(「いつでもカエドキプログラム」などを指す)と組み合わせた“実質1円販売”が可能となることから、過度な端末割引競争が継続」するとコメントを寄せています。ユーザー間の不公平感や、転売ヤー問題も解消されないとして、上限額を3万円に設定する主張を展開しています。

ドコモのパブリックコメント。一例として、上限を3万円にすることを提案している

 KDDIも、パブリックコメントで「特に、4万円以下の低価格帯端末では一括1円販売など、過度な割引が可能になります」と述べています。対案として、現行の2万円割引をベースにしつつ、端末販売の利益の上限を上乗せして、最大4万円まで割引を出せる方式を提案しています。

 一方の楽天モバイルは、端末購入補助の議論が不足しているとして、それまでは現状維持を求めています。また、IIJやオプテージといったMVNO各社も、見直しには反対しています。

KDDIは、2万円~4万円に範囲を持たせるよう提案。結果として、報告書案に採用された方式に近い

 結果的に、報告書案では上記の折衷案が採用されたように見えます。

 計算方法はよりシンプルになっていますが、2万円~4万円に幅を持たせている点はもっともKDDI案に近いと言えます。また、6万円の端末は割引上限が3万円になることから、ドコモ案も一部採用されたと見ることができます。

 逆に、楽天モバイルやMVNO各社の意見は却下された格好で、端末購入補助の上限額は引き上げられる形になりそうです。

各端末はいくらに? 販売中のモデルで割引後の価格をチェック

 では、仮にこのルールが適用された場合、それぞれのレンジの端末はいくら程度まで値下げできるのでしょうか。ハイエンド、ミッドレンジ、エントリーそれぞれに価格を見ていきましょう。

 まず、ハイエンドの代表例として挙げておきたいのが、「iPhone 14 Pro」です。ドコモは、128GB版を17万4130円で販売しています。8万円を大きく超えているため、割引上限は税込で4万4000円。差し引きすると、価格は13万130円になります。

iPhone 14 Proの128GB版は、ドコモで17万4130円。いつでもカエドキプログラムの残価は8万6760円に設定されている

 ちなみに、残価設定型のいつでもカエドキプログラムでは、24回目に支払う残価が8万6760円に設定されています。これを割引後の本体価格から差し引くと、残りは4万3370円に。23回の分割支払金は、約1885円強という形になります。

 月々の支払いは半額程度になり、まずまずの買いやすさと言えるのではないでしょうか。約2年後に端末を下取りに出す前提の価格ではありますが、月々の支払いに割引の効果が大きく出ています。

4万4000円割引を適用した場合の価格例

 ミッドレンジモデルは、サムスンの「Galaxy A54 5G」を例に支払額を見ていきます。こちらの本体価格は6万9850円。4万円から8万円の範囲に入る端末のため、割引上限は本体価格の50%。税込で3万4925円まで割り引ける計算になります。これを引いた額も半額の3万4925円になります。

 Galaxy A54 5Gは、いつでもカエドキプログラムの対象。残価は3万360円です。上限いっぱいまで割り引いた後、24回目の残債が免除されると、残りは4565円。1カ月あたり、190円程度の支払いで済みます。ミッドレンジモデルであれば、端末の下取りを前提にした実質価格が限りなく1円に近づくと言えるでしょう。

サムスン電子のGalaxy A54 5Gは6万9850円のため、本体価格の半額まで割り引ける
端末の半額が割り引かれれば、いつでもカエドキプログラムで月190円程度まで価格が下がる

 最後に、4万円を下回るエントリーモデルですが、こちらに関しては現行ルールと同じで割引は税込で2万2000円まで。そのため、特に大きな変化は起こらないはずです。

 たとえばドコモの「AQUOS wish3」は、本体価格が3万7863円。2万2000円の割引を適用すると1万5863円になります。同モデルもいつでもかえどきプログラムの対象で、24回目の残価は1万5840円に設定されています。

 本体価格から割引と残価を引くとちょうど23円になり、毎月1円の支払いで済みます。あまりにキリのいい数字が出てくるのは、本体価格や残価の設定時に2万2000円割引を前提にしているためでしょうか……。ただ、当初案の4万4000円割引が実現していれば、端末の下取りが不要な“一括1円”も実現できていたため、その意味では、当初案より規制が厳しくなったと言えるでしょう。

 毎月の支払いを極力抑えたいユーザーは、端末購入補助の上限見直し後も、このような価格帯のスマホを選ぶ必要がありそうです。

AQUOS wish3は、現行と同額まで割引が可能。いつでもカエドキプログラム適用で、月1円で利用できる

 一方、報告書では、いわゆる白ロム割への規制も明記されています。「通信サービスと端末のセット販売に際して行われる『白ロム割』については、上限額の範囲に含めることとすることが適当である」との記載があり、新規契約やMNP、機種変更などで端末を購入しようとする場合、端末単体への割引も上記の範囲内に収めることが求められます。そのため、現状のように、ハイエンドモデルを数万円単位で値引き、実質1円や一括1円にするような販売方法は取れなくなる可能性があります。

 通信契約を伴わず、単体販売で値引く“裏技”は残りそうな気配はあるものの、少なくとも、端末の売り方が変わっていくことは確実と言えそうです。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya