藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

5Gでのミリ波利用への期待と現実 ― iPhone 15でもサポートされないミリ波に未来はあるか ―

 日本では、28GHz帯の無線免許が5G用としてモバイル通信事業者に付与されています。この28GHz帯を含む電波は一般にミリ波と呼ばれます。5Gでは検討の初期段階から世界的にミリ波を有効に使っていこうということでしたが、今のところまだ広く本格的に利用するに至っていません。一方で、ミリ波は今後のモバイル通信において大きなポテンシャルを持っています。

 今回はこのミリ波について、どういう特徴を持った電波か、今どのように使われているか、今後どのようなポテンシャルがあるかについて説明したいと思います。

ミリ波とは

 電波は周波数帯域ごとに区分して呼び名があります。ミリ波というのは周波数が30GHz~300GHzの電波で、波長(波の山と山の間の長さ)は1センチメートル~1ミリメートルです。この波長がミリの単位であることからミリ波と呼ばれます。5Gに割当てられている28GHz帯は厳密にはミリ波ではありませんが、モバイル通信では便宜上ミリ波の一部とされています。

 世界的には、約20カ国で24~29.5GHz辺りが、また米国では37~40GHz、47.2~48.2GHzも5Gに割当てられ、今後より高い周波数のミリ波を含めて多くの国で割当てられる可能性があります。日本でミリ波は、図1に示すようにモバイル通信事業者4社に各々400MHzずつ、またローカル5Gに900MHzの帯域が割当てられています。

図1

 日本では、5G専用の周波数帯として上記のミリ波周波数帯以外に3.7GHz帯や4.5GHz帯の電波が割当てられています。これらは6GHz以下の周波数帯という意味でSub6(サブシックス)と呼ばれており、モバイル通信事業者に100MHzの帯域が各々1つあるいは2つ割り当てられています。

なぜミリ波?

 電波は周波数によって伝搬のしかた(伝わり方)が違い、使い道も異なっています。日本では、4Gまでは700MHz帯から3.5GHz帯の電波が利用されてきています。例えば700~900MHz辺りの帯域はプラチナバンドと呼ばれ、電波が飛びやすく、また建物などの障害物を回り込んで電波が届く「回折(かいせつ)」や窓や壁などを透過する力が強いため特にモバイル通信に適した帯域です。

 周波数が高くなるにつれ、電波の進んだ距離に対して電波が弱くなる「減衰」の割合が大きくなり、電波があまり届かなくなると同時に回折や透過の力も弱くなります。アンテナの性能などに依存はしますが、原理的には空中での電波の減衰量は周波数の二乗に比例します。

 ミリ波は3.5GHzよりも一桁周波数が大きくなるので、電波がより一層飛びにくくなります。なので、広域をカバーすることが前提のモバイル通信では使い勝手がよくありません。それでは、なぜミリ波をモバイル通信で使うのでしょうか。

 その一番大きな理由は広い帯域幅を確保できるからです。帯域幅は広いほど通信容量が大きく、また高速通信が可能となります。5Gに対する代表的な性能要求として、ピークデータレート20Gbpsというのがあります。これは4Gの1Gbpsに比べて20倍となっており、これを実現するにはより広い帯域幅が必要です。

 4Gまでのモバイル通信で使ってきた3.5GHz帯以下の周波数帯では、最大40MHz幅の単位で帯域幅を割当てていました。5GのSub6では100MHz幅の単位で割当てています。それに対して、ミリ波では400MHz幅単位で割当てています。海外では、ミリ波の電波を800MHz幅や1GHz(1,000MHz)幅の単位で割当てている例もあります。

 電波はモバイル通信だけではなく、様々な用途に利用されています。使い勝手のよいSub6より低い周波数帯は既にほぼ全て利用されており、新たに広い帯域幅を確保することが難しい状況です。一方で、ミリ波については衛星通信などで使っている帯域を共用するなども含めて、広い帯域を確保することができます。

ミリ波の現状

 上記のように日本でも5G用にミリ波が使える状況となっていますが、実際には活用されているというにはほど遠い状況です。2023年9月現在、ミリ波対応の基地局は4つのモバイル通信事業者合計で1万5千局ほど打たれていますが、これらを通っているトラフィックは全モバイルトラフィックの0.2%程度に過ぎません。その一番大きな理由は、ある程度の数の基地局が打たれていると言っても実際のカバレッジは非常に限定的だからです。ミリ波の電波はなかなかつかむことができません。

 もう一つ大きな理由は、ミリ波をサポートしているスマホが限定されていることです。日本で2022年に販売されたスマホのうち、ミリ波をサポートしているのは170万台強で全体の約5.2%にとどまっています。9月22日に発売されたiPhone 15も、日本で流通する機種はミリ波をサポートしていません。

 海外ではどうでしょうか。米国では、iPhoneを含めて2022年に販売されたスマホの半分以上がミリ波をサポートしています。道路沿いを中心にミリ波の基地局が打たれている米国の都市部では、モバイルトラフィック全体の10%程度がミリ波を利用しているという報告もあります。

 また、2月に行われたスーパーボールにおいて、スタジアム内のベライゾン(米国最大のモバイル通信事業者)ユーザーのトラフィックの7割以上がミリ波を利用したということです。ただ、米国以外では未だミリ波が本格的に利用されていないのが現状です。

モバイルトラフィック増大と無線帯域幅

 さて、モバイル通信において5G導入の目的の一つは増大するモバイル通信トラフィックに対して、ネットワークとして十分な容量を確保することです。実際、日本のモバイル通信トラフィックは年20~30%、世界全体を見ると年40~50%増加しています。トラフィックが集中する都市部などでは、時間帯によっては既に使っている無線周波数だけでは容量的に足りなくなります。

 5Gでは新たな周波数帯域の追加によりネットワークのトラフィック容量を増大させるわけですが、長期的にはSub6だけでは十分ではないと考えられています。図2は、モバイル通信事業者の世界的業界団体であるGSMA(GSM Association)が予測している2030年に必要とされるミリ波の帯域幅です。これによると、2030年までにミリ波だけで合計5GHzの帯域幅が必要とされています。

図2

 この5GHzの中の4.5GHzがeMBB(enhanced Mobile Broadband)に必要とされる帯域です。一般ユーザーが主に利用するブロードバンド通信です。その中で特に大きな割合を占めるのが動画像ですが、年々、高解像度化が進んでいます。そのような動画の視聴には、より高い通信速度が必要となります。加えて、AR(Augmented Reality)やVR(Virtual Reality)などのXR(eXtended Reality)やクラウドゲームが広く利用されるようになることで、より大きな通信容量が必要と想定されています。

FWA(Fixed Wireless Access、固定無線アクセス)でのミリ波の利用

 図2のGSMAの予測では、FWAにも2030年までに350MHzの帯域幅のミリ波を必要としています。FWAというのは、光ファイバーなどの固定回線で家庭やオフィスからインターネットに接続する代わりに、無線回線でブロードバンドを提供するものです。FWAは本来のモバイル通信ではありませんが、光ファイバーなどの有線回線を敷く手間なく手軽にブロードバンドを提供できることから、世界的に利用が広がっています。

 日本でも、4Gネットワークや5GのSub6を用いたFWAが提供されています。このFWAに広い帯域幅のミリ波を利用すれば、数Gbpsレベルのブロードバンドサービスが提供できます。実際、米国や欧州の一部ではミリ波によるFWAサービスが提供されています。特に米国では、5Gサービス開始時に一部のモバイル事業者がSub6を利用できなかったことから、ミリ波を利用したFWAサービスが早々に提供され始めました。

 日本においても、モバイル通信事業者がミリ波を利用したFWAサービスを提供することが期待されます。また、ケーブルTV事業者などもローカル5Gとして確保されたミリ波を利用したFWAによるビデオ配信サービスを提供することが期待されます。

産業界、ビジネスでのミリ波の利用

 図2のGSMAの予測においては、2030年までに企業ネットワーク(Enterprise networks)向けに150MHzの帯域のミリ波が必要になるとしています。産業界でのミリ波活用のねらいは主に2つあります。一つは、ミリ波で確保されている広帯域の無線を利用して高速・大容量の通信を実現することです。

 例えば工場で、現場の作業員が見ている機器の映像を、作業員のゴーグルや眼鏡についたカメラでサーバーに送って、AIを用いて即座に異常個所を見つけ出すような使い方です。サーバーからARにより機器の各構成物の役割を作業員のゴーグルを通して表示する、あるいは機器の映像を遠隔の熟練工が見て現場の作業員に作業の指示をするというような使い方もあります。

 その他にも遠隔監視や遠隔制御など、建設現場や医療などでも高速・大容量通信のニーズはたくさんあります。これらに対応するために、4Kさらには8Kの高精細映像も含めた高速通信が求められ、広帯域のミリ波の利用が期待されます。

 もう一つのミリ波活用のねらいは低遅延の実現です。低遅延というのは、送信者からのデータが受信者へ届くまでの時間が短いということです。実は、ミリ波はSub6を使う場合に比べて無線上でのデータ送信の周期が短くなっています。つまり、より大量のデータをより短い時間内で送ることができます。

 この低遅延は、例えば工場内での装置やロボット、建設機械などの遠隔制御において重要な特長となります。これらを含めて、リアルタイム性の要求される様々な場面においてミリ波が活用されることが期待されます。

 ローカル5Gは企業のプライベートネットワークなどを主要なターゲットの一つとしています。ローカル5G用として確保されたミリ波についても、公衆モバイルネットワークのミリ波同様に産業界・ビジネスでの利用が広がることが期待されます。

ミリ波利用の技術

 従来、モバイル通信でミリ波を利用することは非常に難しいと言われてきました。それでは、どのような技術によりミリ波の利用が可能となってきているのでしょうか。一番重要なのはマッシブMIMO(Massive Multiple-Input Multiple-Output)とビームフォーミングです。

 これは図3のように、無線基地局の一つのアンテナ装置に数百のアンテナ素子を並べて、アンテナ素子間の連携によりスポットライトのようなビームを作って、スマホなどの目標に向けて電波を集中的に送る技術です。ビームは同時に複数作ることができるので、異なるビームをそれぞれ別の目標に向けることで、電波を効率良く利用できます。

 ミリ波においては、スマホなどの端末側にもビームフォーミング技術を使い、基地局に向けてビームを形成して電波を送信します。一般に、スペースが限られる端末側のアンテナ素子数は8個程度です。スマホでは、複数素子をもつアンテナをさらにスマホの異なるサイドに別々に複数設けて、スマホをもつ人の手のひらを避けて電波が送れるように、使用するアンテナを選択するという高度な制御も行っています。

図3

 ミリ波では障害物を電波が回り込む回折が期待できないので、基本基地局とスマホの間が見通し内であることが無線接続が成立する条件となります。ただし、道路や建物で電波が反射するので、その反射波を利用できる可能性もあります。また、板状の電波反射板を設置して積極的に反射波を作り出すことも行われます。屋内では、壁や柱などによる反射も利用できます。

 様々な技術を駆使して実用化しているミリ波ですが、それでも電波が届くのはモバイル通信では200メートル程度以下(FWAではキロメートルレベルも視野)です。なので、スマホなどの端末と基地局のアンテナの距離が短くなるようにアンテナを分散して設置することも検討されています。実用化までに時間がかかるかも知れませんが線状や面状に、あるエリアに張り巡らす形態のアンテナも検討されています。

今後のミリ波への期待

 上にも述べたように、少なくともトラフィックが集中する都市部などでは、時間帯によってはミリ波を使わないと容量的に間に合わなくなる可能性があります。Sub6およびそれより低い周波数と組み合わせて、全体として周波数利用効率を最適化しながら適材適所にミリ波を使ってトラフィック容量を確保していくことが期待されます。

 FWAについては、特に光ファイバーがすぐに確保しにくいエリアを中心にミリ波利用の可能性を探っていく必要があります。また、ローカル5Gとして確保されたミリ波についてもケーブル事業者などによるTV・ビデオ配信で利用するのが有効かも知れません。

 今後本格化すると期待される産業・ビジネス分野での5Gの利用の中でも、高速・大容量の映像通信や低遅延のリアルタイム制御系などで公衆モバイルネットワークおよびローカル5Gのミリ波が大きな役割を果たすことが期待されます。

藤岡 雅宣

1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士