藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

花火大会でスマホが繋がりにくくなる理由と対策

今年はコロナが一段落して、夏~秋にかけて大きな花火大会や伝統的な祭り、フェスなどの屋外イベントがコロナ以前と同じような規模で開催されています。このようなイベントでは、会場の周辺でスマホが繋がりにくくなる、というのはよく経験することです。

 今回は、スマホがなぜ、繋がりにくくなるのか。一方で繋がりやすくするためにどのような対策が取られているのか見てみましょう。

モバイルネットワークの輻輳

 大きな屋外イベントでスマホが繋がりにくくなる主な原因はネットワークの輻輳(ふくそう)です。

 輻輳は、想定以上のたくさんのユーザーがネットワークを同時に使おうとして、通信トラフィックがネットワークが処理できる能力を超えてしまったときに起こります。想定以上の数のクルマが道路を通行しようとして引き起こされる渋滞と同じような現象です。

 輻輳が起こると、スマホ上で受信電波の強さを示すバーが何本か立っていても、繋がらなかったり、つながったとしても、データを受けたり送ったりするのに普段よりも多くの時間がかかったりします。

制御信号による輻輳

 花火大会などでは、スマホを持った参加者が徐々に会場の周辺に集まってきます。スマホは、会場をカバーする携帯電話基地局への接続を試みます。

 この接続ですが、まずは自分が加入している携帯電話会社の基地局を見つけ出すことから始まります。基地局は 「報知信号」 と呼ばれる信号を定期的に送信しており、この中に事業者を示す番号が含まれています。

 スマホは報知信号を受け取り、基地局との無線接続を試みます。

 接続が確立した後、必要に応じて「認証」や「位置登録」といったやりとりがモバイルネットワークとの間で行われます。これで、通話やアプリ利用の準備が整うことになります。

 通話の発信・着信やアプリの利用を行うためには、通話のための音声パス(通信路)やアプリのためのデータパスといった通信接続を設定する必要があります。この通信接続を設定するために、スマホとモバイルネットワークの間で 「制御信号」 をやりとりします。

 いくつものスマホが同時に通話やアプリの利用を始めようとすると、花火会場近隣の基地局では、数多くの制御信号を処理することになります。

 制御信号の量が 基地局が同時に処理できる量を超える と、輻輳状態となります。つまり、通信接続の設定ができなかったり、処理待ちにより設定できるまで、大幅に時間がかかることになります。

 制御信号を送るためには、 スマホと基地局の間の無線接続(制御チャネル)を利用する必要 があります。ただ、制御チャネルはその場にいるスマホで共用されています。そして、制御チャネル自体の容量に限りがあります。

 つまり、同時に多くのスマホが基地局に繋がろうとすると、基地局との間の制御チャネルをつかめなかったり、つかむまでに時間がかかったりすることがあるのです。

送受信データによる輻輳

 輻輳は、制御信号によるものだけではなく、ユーザーの通話やアプリのデータのやりとりによっても引き起こされます。

 ここでもスマホと基地局の間の無線リンクは多数のスマホで共用されており、 同時に送受信できる音声やデータの量に限り があります。その容量を超えて音声やデータを送ろうとすると、音声の場合は途切れたり、データの場合は、待ち合わせのため相手に届くまでに想定外の時間がかかったりすることがあります。

 つまり通信接続が無事設定できても、その後にやり取りするデータのトラフィックによって輻輳が起こる可能性があります。

 特に、映像などは時間あたりのデータ量が多くなるので、輻輳を引き起こす要因となりやすく、また輻輳の影響をより大きく受けることになります。

 花火大会などのイベントでは、現地の映像をリアルタイムでアップロードして送りたいと思うかも知れませんが、多くの人が映像を送ろうとすると輻輳を引き起こすことになります。

 基地局とスマホの間の無線リンクでは、もともとスマホからのデータ送信(上り)がデータ受信(下り)よりも小さな容量となっているのが一般的であり、それも輻輳をひきおこす要因となります。

異なる特徴を持つ自然災害時の輻輳

 話が少しそれますが、モバイルネットワークの輻輳は東日本大震災のような自然災害などの際にもよく発生します。

 ただ、こちらは地域が限定された花火大会などと比べて、より広域に影響します。

 一部の無線基地局が使えなくなり、その周辺の基地局の負荷が増える可能性も含めて、多くの基地局で輻輳が発生するだけではなく、大きな災害ではさらに広範囲のネットワーク全体で輻輳が起きます。

 ネットワーク全体として、「安否確認のための連絡」や「災害関連情報へのアクセス」などの通信サービスの需要が大きく増加します。

 すると、広域のモバイルトラフィックを処理するコアネットワークの処理能力や容量を超えて輻輳が起きます。こちらも、制御信号による輻輳と送受信データによる輻輳があります。

 本記事の前半で触れたように、制御信号による輻輳は、多くのスマホからの認証、位置登録、通信パスの設定要求などのための信号が一斉にコアネットワークに送られてきて、コアネットワークでの処理が追いつかなくなることにより生じます。

 一方、送受信データによる輻輳は、多くのスマホにおける送受信データや通話トラフィックの総量が想定外に増加し、コアネットワークでの処理能力を超えることにより生じます。

 一般に、自然災害などにおける輻輳はモバイルネットワーク全体に及ぶので、花火などの大きなイベントにおけるローカルな輻輳よりも大規模でより多くの人に大きな影響を及ぼすことになります。

輻輳への対策

 輻輳はユーザーの通信ニーズに応えることを妨げるため、極力防ぐ必要があります。

 花火などのイベントにおいては、モバイルネットワークにおける輻輳を防ぐ、あるいは多くのユーザーの通信に支障をきたす重度の輻輳にならないように、さまざまな対策が取られます。

周辺基地局のチューニングと容量拡大

 イベント会場周辺にある既設の無線基地局を、人の動線や桟敷の位置を考慮して、ネットワーク全体としてできるだけ多くの通信トラフィックを処理できるようにチューニングします。
 「チューニング」というのは、主に鉄塔や建物屋上にある地上向けアンテナの角度や電波の強さを調整することです。

 携帯電話会社が設置している周辺基地局で、その事業者が免許を持つ周波数のうち、まだ使っていない周波数があれば、それを使って容量を拡大することも考えられます。

 また、複数の周波数の間で、使用状況に応じて負荷をダイナミックに分散して、特定の周波数にトラフィックが集中しないよう工夫することもあります。

一時的に基地局を追加

 既存の基地局での対策では不十分と判断された場合は、一時的に基地局を追加設置するのが有効な対策です。

 一般に、携帯電話各社は車載型や可搬型の予備基地局を保有しており、イベントのスケジュールに合せて会場周辺にこれらを移動して設置します。

 一時的に設置された基地局は、周辺の既存基地局と協調して動作する必要があり、ネットワーク全体としての調整が必要となります。

 車載型や可搬型の基地局にはアンテナを含めた設置スペースだけではなく、電源やコアネットワークとの間の回線が必要です。電源については商用電力が使えなければ、発電機で自己発電する場合もあります。

 また、コアネットワークとの間の伝送路(バックホール)は、光ファイバーが使える場所でなければ、固定接続で用いる無線のバックホールを使うケースもあります。また、スターリンクのような衛星回線をバックホールとして使うことも可能になってきています。

Wi-Fiへのオフロード

 会場の通信容量を増やすと同時に、モバイルネットワークでの輻輳を防ぐため、臨時にイベント会場にWi-Fiアクセスポイントを設置するケースもあります。この場合も、アクセスポイントからインターネットへ繋げるための光回線が必要です。光回線が使えなければ、衛星通信を使うことも可能です。

 過去には、スタッフがWi-Fiアクセスポイントを背負い、多くの人が集まる場所でWi-Fiサービスを提供することもありました。この場合、Wi-Fiアクセスポイントからインターネットへ接続するためのバックホールとして、携帯電話の無線回線を使うケースが多いようです。

 これで基地局の輻輳が起きれば本末転倒なので、ここではスマホであまり使われていない周波数を利用するようにしています。

通信規制

 ネットワークの負荷が大きくなり輻輳が起こってくる段階では、通信規制を行う選択肢もあります。

 一時的に、一定の割合で、基地局ではスマホからの接続要求を受け付けないようにします。これにより、重度な輻輳となることを未然に防ぎます。

 ネットワークが過負荷になると障害が起こる可能性が高くなるので、通信規制は障害を未然に防ぐという意味もあります。

状況に応じた輻輳対策

 花火大会などで、想定以上に多くの人が来場すると、ここまで紹介したような対策をしていても、制御信号での輻輳が起こり、まったく通信できなくなる可能性もあります。

 より重い輻輳になると、携帯電話会社は通信規制を発動する可能性があります。

 これにより、ユーザーのスマホでは、一定の割合で通信できると期待されます。

 ただ、ここでも通信トラフィック量が一定量を超えると、今度は送受信データによる輻輳が起こる可能性があります。

 トラフィック容量の不足による輻輳が予想される場合には、以下でご紹介する「臨時の5G対応基地局」や、先にご紹介した「Wi-Fiオフロード」などが効果を発揮します。

 制御信号の輻輳が起こる前から通信規制を発動しておいて未然に輻輳が起こらないようにする、といった対策も含めて、輻輳対策の仕方は携帯電話会社のポリシーによります。いずれにしても、状況に応じた適切な輻輳対策が取られることが期待されます。

ユーザーができる輻輳対策

 ネットワークを利用したいというユーザーの立場からすると、輻輳は回避したいものです。
 それでも輻輳で通信がしずらくなったときのひとつの対策として、たとえば副回線の利用が挙げられます。

 各社いずれも多くのユーザーがいる、という状況かもしれませんが、花火などのイベント会場では、各々の携帯電話会社が個別に輻輳対策をとっているので、普段利用している携帯電話会社が使いづらくても、別のキャリアのネットワークは使える可能性があります。

 予備回線として加入している副回線あるいは別の事業者に加入しているスマホがあれば、そちらの利用を試みるというのも、ひとつの輻輳対策となります。

5Gの利用

 5Gの普及に伴い、5G対応基地局が増加し、5Gに対応した車載型や可搬型の基地局も利用できるようになってきています。

 これにより、イベント会場周辺での通信容量が飛躍的に拡大し、動画像を含む通信も利用しやすくなると期待されます。

 今後、5G SA方式が広がっていくとネットワークスライシングという仕組みも活用されていくでしょう。

 ネットワークスライシングは、ひとつのネットワークを用途ごとに品質を分けて(スライスして)提供するというもの。つまり、異なる通信品質を持つ通信接続が手軽に提供できるようになります。

 もし、花火などのイベント会場で、ネットワークが混んでいても、ネットワークスライシングを使うことで、品質を保証するようなサービスが現れるかもしれません。

 技術的には、花火会場で放送事業者がTVカメラで撮った映像を5G経由でリアルタイムにスタジオに送るような利用形態も可能となります。TVカメラに組み込まれた5Gの通信モジュール、あるいはカメラに外付けの5G通信モジュールから、イベント会場の基地局を通して映像がTVスタジオに送られることになります。

 イベントや自然災害における通信機能の維持は非常に重要です。通信ネットワークにおいてもAI(人工知能)の利用が進みつつありますが、今後モバイルネットワークの各基地局やコアネットワークの状況をAIで分析して、輻輳を防ぐ、あるいは影響を最小限とするような仕組みが取り入れられることも期待されます。