藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

「5G」対応スマホに買い替えたけど、5Gっぽいことを感じられないのはどうして?

5Gの現在地

 2020年前後から日本を含め世界的に導入が進んでいる5Gですが、5Gのメリットを実感している人は意外と少ないのではないでしょうか。高精細ビデオが途切れなく見られるとか、大きなファイルを短時間でダウンロードできるといった体験が主なのかも知れません。

ただ、5Gはやはり4Gよりもはるかに高速な通信を実現できますし、高信頼・低遅延やアプリ毎に適した品質保証など、さまざまなポテンシャルを持っています。

 それでは、本格的な5Gはいつごろから体験できるようになるのでしょうか。それには、もう少し時間が掛かりそうです。

10年ごとに新たな世代になるモバイル通信

モバイル通信は、図1のように1Gから5Gまで約10年ごとに世代(generation)が進んできました。進化のスピードはクルマなどと比べるとかなり速いですが、世代交代は前世代と新世代がオーバーラップしながら徐々に進んでいきます。

図1

 実際、5Gの商用化が始まってからもまだ大部分のモバイル通信は4Gを利用しています。5G対応スマホも、4Gと5Gの両方が利用できるようになっています。日本では3Gの停波(サービス終了)が進んでいますが、ほとんどのスマホで4Gのみならず2Gや3Gも利用でき、海外に行ったときなど実際に使えます。

 これまでのモバイル通信の歴史を振り返ると、たとえば3Gは2000年前後から導入されましたが、本格的に使われ始めたのは2004年くらいからです。

 また、4Gは2010年前後から導入されましたが、スマホのアプリを中心に本格的にその性能を享受できるようになったのは2015年くらいからです。

 つまり、 各世代のモバイル通信が本来の機能を提供し本領を発揮するのは、10年のサイクルの中盤から後半に入ってから と言えるのではないでしょうか。

 その主な理由をまとめてみましょう。

ネットワークの構築

新世代の導入のためには、モバイルネットワークを構成する無線基地局や、通信サービスを提供するシステムを新しくする必要がある。これらを国とかエリア全体に行きわたらせるには、相当な時間が掛かる。

端末の普及

新世代に対応したスマホなどのメーカーがそれらを市場に投入し、ユーザーが買い替えて使い始めるまでには数年掛かる。

アプリの普及

新世代のネットワークが拡充してくることにより、それを積極的に使いこなすアプリが開発されて市場に投入される。それらが普及して、広く使われるのには時間が掛かる。

使われている時間と基地局の広がりはまだ「初期段階」

 日本の5Gをみてみると、現状利用できるエリアという意味では人口カバー率90%を超えています。ただし、これには4Gで使っていた無線周波数を5Gに転用していたり、4Gと5Gで共用していたりする周波数による5Gカバレッジも含まれています。

 しかも、このような4G周波数を5Gで利用しているケースを含めても、日本の通信事業者が展開している全基地局の中で5Gに対応しているものの割合は未だ20%に達していません。

 また、4Gで使っている周波数(700~900MHz、1.5GHz、1.7GHz、2GHzなど)は帯域幅が最大でも20MHz(スマホから基地局の方向への上りと、基地局からスマホへの下りの方向で各20MHz)です。

 それに対して、5G専用に割り当てられた無線周波数では最大100MHz(3.7GHz帯や4.5GHz帯、上りと下りで共用)、はたまた400MHz(28GHz帯、上りと下りで共用)の帯域幅となっています。 帯域幅が広いほど高速・大容量通信が可能 なので、4G周波数を利用しても本来の5Gで期待される通信速度は実現できません。

 日本のユーザーが利用しているスマホの20%程度が5Gに対応しています。しかし、5G対応スマホでも実際に5Gを使っている時間をみると、その割合は10%に満たない状況です。

つまり、上に述べた基地局の整備状況なども含めて、全体として5Gは未だ商用化の初期段階ということで、本格的に5Gを実感できるようになるのはこれからだと考えられます。

それでは、どのようなステップで本格的な5Gが実現され、それをユーザーが体感できるようになるのでしょうか。

5G基地局の展開が広げる「体感できる5G」

 5Gが本格化するためにまず必要なことは、5G対応基地局を増やすことです。特に、5G専用帯域である3.7GHz帯や4.5GHz帯の基地局を増設して、今後5Gの需要が見込まれるエリアに面的カバレッジ、つまりサービスエリアを拡大し、通信品質の向上をもたらすことでしょう。

 これらの帯域は一般にSub6(サブシックス、6GHz以下の意味)と呼ばれていますが、2.5GHz帯、3.5GHz帯なども含めて世界的に5G展開では中心的な役割を果たしています。Sub6では多くの場合、100MHz程度の帯域幅を利用できることから、5Gで期待される数百Mbps以上の高速・大容量通信を実現できます。

 ここで、一点注意すべきことがあります。それは、Sub6の周波数は一部の衛星通信でも使われているということです。特に、首都圏においては5G基地局からの衛星通信に対する干渉を小さくするため、基地局の出力を弱めていることがあります。実は、これも5Gの性能を劣化させている要因のひとつなのです。今後、このような制約がなくなることも期待されます。

主流はMasssive-MIMOで広げること

 Sub6の基地局では、世界的にMasssive-MIMO(マッシブマイモ、Massive Multiple-Input Multiple-Output)という技術が主流となっています。

 これは、図2のように、一つのアンテナ装置に数十~数百のアンテナ素子を並べて、アンテナ素子間の連携によりスポットライトのようなビームを作ってスマホに電波を送る技術です。

図2

 ビームは同時に複数作ることができるので、異なるビームをそれぞれ別のスマホに向けることで、電波を効率良く利用できます。また、従来の4アンテナや8アンテナのMIMO(4×4MIMOや8×8MIMOと呼ばれる)よりも高い通信速度が実現できると同時に電波の到達距離も長く、すなわち無線カバレッジが大きくなります。

 5Gを展開している世界各国では、Sub6の基地局の70~100%で、32アンテナ素子や64素子(2つとか4つのアンテナ素子を束ねて一つの組としている場合もあり、その場合は32組や64組)を用いるMasssive-MIMOが導入されています。

 一方、日本では現状、3.7GHz帯や4.5GHz帯でのMasssive-MIMOの導入割合は非常に小さくなっています。これも、日本では5Gを利用しても5Gっぽく感じないという理由の一つなのかも知れません。

非スタンドアローンからスタンドアローンへの進化

 現在、日本で提供されている商用5Gは、4Gネットワークの存在を前提に5Gを実現する非スタンドアローン(NSA:Non-Standalone)構成が主流です。

 図3(1)に示すように、NSA構成ではLTE基地局群からなる4G無線アクセスネットワーク(RAN: Radio Access Network)の中に5Gの基地局が追加で実装されます。

図3

 基地局~インターネットまでの通信経路を決め、ユーザーによるアプリの利用の開始時にスマホ~アプリのサーバーまでの通信パスを設定したり、アプリ終了時にパスを開放したりする処理を行う“コアネットワーク“は4Gのもの(EPC、Evolved Packet Core)をそのまま使っています。また、通信パスの設定や開放などのためにやりとりされる制御用の信号も、5G基地局から4G基地局を経由してスマホとEPCの間で交わされます。

 NSA構成の5Gでは、データの送受に広帯域の5G用無線周波数を用いて高い通信速度や、5G無線チャネルの特徴の一つである低遅延(送信側から受信側への伝達時間が短いこと)は実現できます。

 ただし、後で述べるような5Gっぽいネットワーク機能については実現することができません。

 一方で、図3(2)に示すように、スタンドアローン(SA:Standalone)構成は4Gの存在を前提とせず、コアネットワークは5G用に新たに準備された5Gコア(5G Core)を利用します。

 ユーザーのやりとりするデータ及び制御信号は5G基地局と5GCの間で直接やりとりされます。SA構成はその導入初期ではネットワークの一部のみに限られていますが、やがてネットワーク全体に広がっていきます。

 世界的に、5Gの初期では、 導入のしやすさからNSA構成となっており、やがて5Gのカバレッジが広がってくるとSA構成を導入する 方向です。日本でも、各モバイル通信事業者が一部の地域や特定の用途にSA構成を導入しています。なので、SAを利用するシーンはまだかなり限定的ですが、今後数年かけてネットワーク全体がSA構成になると考えられます。

スタンドアローン(SA)で本格的な5Gを実現

 5GCを利用するSA構成の5Gでは、EPCを利用するNSA構成に比べて、新たな機能、はたまた、より高度化された機能が利用可能となります。SA構成の特徴をいくつか挙げてみましょう。

5G SA 特徴その1「低遅延と遅延保障」

SAではネットワークでの処理効率が良くなるため、遅延時間をより小さくできリアルタイム性が求められるアプリの要求を満足できる。また、品質制御の機能によりデータ送信の遅延時間のばらつきを抑制して一定の遅延以内とすることを保証する。

5G SA 特徴その2「ネットワークスライシングを広く実現」

ネットワークの持つ機能やそれらの機能の実行場所を利用するアプリに応じて選択し、スライスとして設定する。スライスごとに5Gネットワーク全体を通した通信速度や遅延時間などの通信品質を設定することができる。

5G SA 特徴その3「エッジコンピューティングの本格的利用」

SAではネットワーク機能を柔軟に配置することが可能であり、アプリのサーバーを地理的にユーザーに近いところ(エッジ)に置いて低遅延が求められるアプリをエッジで処理することが容易となる。

5G SA 特徴その4「ネットワーク機能を外部から利用」

スマホの持つ機能を外部から操作して様々なスマホアプリを実現するように、ネットワークの持つ機能を外部から操作して様々なアプリを実現できるようになる。このプログラマビリティにより、従来のスマホアプリとは異なる多様なアプリが提供される。

 すこし分かりづらいと思いますが、別途、これらについては説明する機会を設けたいと思います。

 これらの特徴は、スマホなどを利用するコンシューマーアプリでももちろん活用することができますし、5Gがターゲットとしている、幅広い産業分野でも広く活かすことができると考えられています。

 これらの特徴を活かしたアプリが広く利用されるようになると、5Gを使っていることをより実感できるようになると期待されます。

5Gアプリの展開

 先にも述べたように、新世代のネットワークが拡充してくると、やがてその能力を積極的に使いこなそうとするアプリが開発されて市場に投入されるという流れがあります。

 一方で、アプリ開発者はネットワークが十分に準備できていない段階でアプリを開発してもユーザーが利用できないので、積極的にそれらを開発する動機が生まれません。5Gについては、今まさにネットワークが拡充している段階であり、5Gの能力をフルに活用するアプリが開発され普及していくと考えられます。

 たとえば、5Gの高速通信や低遅延の特性を活用したオンラインゲームは既に開発が進められています。サーバーをクラウドやエッジに置いて複雑なゲームのプログラムを実行し、ユーザーが手にするスマホやデバイスはゲームコンソールやディスプレイとして利用する形態です。また、AR(拡張現実:Augmented Reality)やVR(仮想現実:Virtual Reality)などを利用するアプリの開発も進んでいます。

 5Gを利用したARやVRは、産業界でもさまざまな応用が進みつつあります。また、産業界では高信頼・低遅延の特性を利用して、工場で部品を搬送する自動走行車の遠隔制御を行ったり、倉庫内を飛行するドローンで撮った映像をサーバーに送ってAIで映像分析することにより在庫管理を行うなどの利用例も出てきています。

 実際にこれらの一般ユーザーが利用する5Gアプリや、産業界での5Gの利用が本格化して広く利用されるようになると、5Gっぽいと感じられる場面が増えるでしょう。それには、5Gネットワーク全体がSA構成となると同時に、より高度な機能を利用可能となることが前提であり、2025年以降になると予想されるでしょう。

藤岡 雅宣

1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士