藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

楽天モバイルは“プラチナバンド”700MHz帯の3MHz×2でどんな強みを得られるのか

楽天モバイルのプラチナバンド免許獲得

 10月23日の電波監理審議会で700MHz帯の新たな無線免許について、楽天モバイルに付与することが決まりました。これで、楽天モバイルは強く希望していたプラチナバンドを手に入れることになり、モバイル通信事業者としての競争力が増すと思われます。

 そこで、ここではプラチナバンドの特徴、新たな周波数の免許を付与するに到った経緯、今回免許付与される3MHz×2狭帯域無線のポテンシャル、ネットワーク展開の課題について考察します。

プラチナバンドとは

日本のモバイル通信では、700MHz帯から28GHz帯の電波が利用されてきています。電波は周波数によって伝搬のしかた(伝わり方)が違います。700~900MHz辺りの帯域はプラチナバンドと呼ばれ、電波が飛びやすく、また建物などの障害物を回り込んで電波が届く回折(かいせつ)や窓や壁などを透過する力が強いため、広いカバレッジ(基地局からの電波が届く範囲、サービスエリア)を作りやすいという点で特にモバイル通信に適した帯域です。そのため、1G(第1世代の携帯電話)や2G(第2世代の携帯電話)でも使われてきました。

 日本では3大モバイル通信事業者に、図1のように700MHz、800MHz、900MHzの3つの帯域合計で各々25MHz×2の幅のプラチナバンドの無線免許が付与されています。×2というのは、スマホから基地局の方向へ送る上りの電波と、逆に基地局からスマホの方向へ送る下りの電波が同じ帯域幅をペアーとして利用することを意味します。

 プラチナバンドは、1つの基地局で一般に数km~十数kmのカバレッジを実現することが可能なため、特に郊外やルーラル地域で広いサービスエリアを確保するために有効です。より高い周波数を利用する場合に比べて、無線基地局間の距離をより大きくしても切れ目のない面的なカバレッジが確保できます。また、都市部でもビル内やショッピングセンターなどの遮蔽物の多い環境でのカバレッジ確保に有効です。

 電波が飛びやすいということは、無線通信を高い品質と信頼性で安定して提供できることも意味します。また、同じ距離であればより高い周波数よりも小さなパワーで無線信号を送ることができ、省エネというメリットももたらします。

 多くの面でメリットがあるプラチナバンドですが、利用できる無線帯域幅には限りがあります。

 帯域幅は広いほど通信容量が大きく、また高速通信が可能となります。プラチナバンドだけでは通信トラフィック容量や通信速度の面で近年のモバイル通信の要求を満足できないので、モバイル大手三社は1.5GHz帯、1.7GHz帯、2GHz帯、3.4GHz帯など他の帯域の電波と組み合わせて利用しています。

楽天モバイルに新たに割当てられるプラチナバンド

 楽天モバイルは、全国で利用可能な1.7GHz帯で20MHz×2の無線免許を持っています(その後、東名阪以外に限定されますが1.7GHz帯の別の周波数で20MHz×2の無線免許を追加で取得しました)。同社は新規参入当初は1.7GHzだけで十分戦えるとしていましたが、その後の状況から競争力確保のためにはプラチナバンドの取得が是が非でも必要という立場に変わりました。

 2022年に総務省デジタル変革時代の電波政策懇談会の下で開催された「携帯電話用周波数の再割当てに係る円滑な移行に関するタスクフォース」では、楽天モバイルはモバイル大手三社の持つプラチナバンドの一部の同社への再割り当てを主張し、2022年12月末に公表されたタスクフォース報告書は楽天モバイルの主張がかなり反映された内容となりました。

 しかし、実際に現在利用している周波数を再割当てするとなると5年以上の移行期間が掛かることも想定されます。そのような状況の中で、楽天モバイルのためとは敢えて明示せず、NTTドコモが2022年11月末に700MHz帯で未だ使われていない隙間周波数をモバイル通信(4G)に利用することを提案しました。

 図2にこの周波数を示しますが、715~718MHzと770~773MHzの3MHz×2という狭い帯域の周波数です。この提案を受け、2022年12月後半から実際にこの帯域を4Gで利用して問題ないか、利用する場合にどういう条件があるかという検討を始めることとなりました。

 具体的には、この周波数の周辺の周波数を利用しているシステムとの共用可能性について検討されました。「共用」というのは、一方のシステムで利用する電波が、ほかのシステムに干渉して電波の送受信に支障をきたすことがなく(混信することなく)、両システムが同時に利用できるということです。

 今回、割り当てようとしている周波数の周辺には、図2のようにテレビ放送、特定ラジオマイク、ITSが利用している周波数があります。この中で、ITSとの共用については既存の検討結果から問題ないことが分かっていたので、新たにテレビ放送とラジオマイクとの共用可能性について、実際のスマホなどを用いた実証実験も含めて詳細な検討が進められました。

 その結果、2023年4月にテレビ放送やラジオマイクが使用する付近では、スマホの送信電力を小さくしたり、基地局の設置場所を事前に通知したりするなどという、一定の条件の下で新たな帯域の4Gとテレビ放送/ラジオマイクとの共用が可能という結論が得られました。その結果は7月末の総務省電波監理審議会で承認され、この3MHz×2の帯域がモバイル通信に割り当てられることが決まりました。

 これを受け、総務省では本帯域の無線免許の割当てに向けて免許付与のための審査基準を示した上で、8月29日から1カ月間、免許取得希望者からの申請を受けつけました。審査基準は、プラチナバンドの免許をもっていない者に有利になっていました。それもあり、結果的に楽天モバイル1者のみが申請しました。

 総務省では、その後、楽天モバイルの申請が免許取得の必要条件を満たしているかなどの審査を行い、その審査をパスしました。その結果、10月23日の電波監理審議会に免許付与の諮問を行い、諮問通り採択されて楽天モバイルが免許を得ることになったわけです。

狭帯域である3MHz×2のポテンシャル

 楽天モバイルが4Gで、既存の1.7GHz帯に加えてこの700MHz帯の3MHz×2を利用することで、どの程度ユーザーの体感、利便性が高まるのでしょうか。

 3MHzの帯域の実力は総務省の報告書によれば、電波の品質が良く最適な無線環境でも下り29.4Mbps、上り11.3Mbps程度です。この通信速度は、他にこの周波数を使う人が周りにいない電波環境の良いところ(たとえば基地局アンテナ直下)で、一人のユーザーがスマホを使ったときに得られる最大速度です。

 実際には、この帯域では10~20人ほどが同時にYouTubeのような動画像を視聴するような状況で、通信容量を使い切ることになります。このように通信容量には大きな制約がありますが、その一方でカバレッジが大きくなることのメリットは非常に大きいと考えられます。特に、地下街やショッピングセンターの中などで、屋外の基地局から離れたところにも電波が届きやすくなります。

 楽天モバイルでは現状、4Gでは1.7GHz帯のみを使っています。それで、カバレッジが確保しにくいところにはリピーターを用いてカバレッジを提供しているケースが多くあります。リピーターは基地局からの電波が届くところに設置され、受けた電波のパワーを増強して、元々電波の受からないところをカバーします。700MHzの電波を利用すれば、このようなリピーターがなくてもカバレッジが確保できる場所が飛躍的に増えます。

 上記のように通信容量は限られますが、たとえばペイメントアプリなどのように与信確認、決済処理だけを行うといったデータ量が少ない通信は、基本カバレッジが確保されていれば利用できます。NTTドコモが4Gで本帯域の利用を提案した際の試算では、この帯域だけで1100万契約のユーザーを収容できるとしていました。

ネットワーク展開における課題

 楽天モバイルは、今回の免許取得を契機にこの周波数を積極的に利用していくこととしています。ただ、ネットワーク展開には幾つかの課題もあります。

 楽天モバイルは、700MHzに対応した4G基地局を新たに設置していくこととなります。4G基地局は一般に20MHz×2程度の帯域に対応できるように設計されているにも関わらず、そのうちの3MHz×2だけを利用することになります。狭い帯域だけを利用すると言っても基地局の部材が安く調達できる訳ではないと考えられ、どうしてもコストパフォーマンスが悪くなります。

 特に、無線電波の送受のための処理を行う無線ユニットや空中の電波を直接発射、受信するアンテナなどのハードウェアについては、コストパフォーマンスの問題は避けられないと想定されます。その上、テレビ放送やラジオマイクとの混信を避けるためのフィルターの設置などの追加のコストも掛かります。

 また、700MHz対応の基地局を設置するための工事や、設置場所の確保と借用のための費用も掛かります。700MHz対応のアンテナは、一般に1.7GHz帯対応のアンテナよりも大きなサイズとなります。なので、既存の1.7GHz帯用基地局と同じ場所に設置するとしても、700MHz対応アンテナ用に新たな支柱を建てる必要があるかも知れません。

 700MHzを含むプラチナバンドの電波は飛びやすいという反面、飛びすぎるという課題もあります。飛びすぎるというのはどういうことかというと、1つの基地局から発した電波が本来隣の基地局のカバーすべきエリアにまで必要以上の強さを保って飛んでしまうということです。これは干渉の原因になり、通信品質を大きく劣化させます。

 電波が飛びすぎないようにするためには、アンテナをより高い位置に設置した上で、地面の方向への電波の飛ぶ向きを微妙に調整する必要があります。この調整は、基地局ごとに干渉が最小限になるように相当慎重にやることが要求されます。

キャリアアグリゲーションの可能性

 4Gにおいて複数の周波数が同時に利用可能な場合には、1台のスマホでも幾つかの周波数を束ねて用いるキャリアアグリゲーション(CA/Carrier Aggregation、キャリアというのは情報を運ぶ入れものという意味)を使用するのが一般的です。

 CAでは、たとえば800MHz帯の15MHz×2と1.7GHz帯の20MHz×2を束ねれば、合計35MHz×2として利用できます。これにより、1つの周波数帯を用いる場合よりも高い通信速度が実現可能です。

 楽天モバイルも、今回の700MHz帯を既存の1.7GHz帯とCAで束ねて利用することは可能なのでしょうか。

 モバイル通信関連の国際標準化を進めている3GPP(3rd Generation Partnership Project)で、複数の帯域同士でCAの可能な周波数の組合せを規定しています。その中では、周波数帯だけではなく帯域幅の組合せも規定しています。それによると、700MHz帯と1.7GHz帯のCAは規定されていますが、700MHz帯で3MHzの帯域を用いるCAについては標準化ができていません。

 もちろん、3MHzの帯域を用いるCAを今後提案し、規定することは可能です。ただ、標準化には時間が掛かるので、これから提案しても実際に規定されるのは早くて2024年末頃だと予想されます。また、標準化されたとしても、端末メーカーや基地局ベンダーが対応するにはさらに時間がかかります。

 700MHz帯が3MHzの帯域とは言っても、1.7GHz帯とのCAができれば少しは高い通信速度が実現可能です。また、たとえばスマホがCAで1.7GHz帯と700MHz帯の両方につながっていれば、1.7GHz帯の電波が届きにくいところに移動しても、途切れることなく700MHz帯は継続的に使えるというメリットもあります。この場合、CAが使えなければ1.7GHzから700MHzへ無線チャネルの接続替えが必要になります。

キャリアアアグリゲーションの隠れた効用

 実は、CAには別の効用もあります。図3に示すように、1.7GHz帯と700MHz帯の基地局が同じサイトにあると想定した場合、各周波数帯を個別に利用した場合のカバレッジは実線で示した通りです。一方で、両周波数帯をCAで束ねた場合には、1.7GHz帯のカバレッジが点線で示したように拡大する可能性があります。

 これは、700MHz帯を主キャリア、1.7GHz帯を副キャリアとしてCAで束ねた場合、1.7GHz帯副キャリアにおけるスマホから基地局向けの「キャリア内制御信号」を700MHz帯の主キャリアを用いて送ることができるからです。

 制御信号というのは、たとえばデータを送ったときに問題無く受信できたかどうかを受け側から送り側に知らせる信号です。この制御信号が正しく受け取られないと、通信が成立しません。

 CAなしで1.7GHz帯を単独で使っている場合には、データも制御信号もその1.7GHz帯のキャリアを使って送ります。

 一方、CAにおいては1.7GHz帯でデータを送り、それに関わる制御信号を700MHz帯で送ることが可能です。700MHz帯のほうが電波の品質が良い状態で受け側に届くので、より高い確率で制御信号が正しく受け取られます。データは受け側に間違いなく届けられたけれども、その受信確認を送り側に正しく伝えらないということがなくなるわけです。

 基地局はスマホよりも大きなパワーで電波を発信することが可能です。なので、1.7GHz帯を単独で使っている場合には、基地局から少し離れた場所では基地局から送られたデータはスマホで正しく受け取られていても、スマホからの正しく受け取られたという確認の制御信号が基地局には正しく届かないことがあり得ます。

 CAを用いた場合には、スマホから700MHz帯を使って確認の制御信号を送ればそれが基地局に正しく届く確率が高まります。図3の1.7GHz帯カバレッジの実線と点線の間のエリアでそのような現象が起こります。

 従って、CAによりそのようなエリアまで1.7GHzのサービスエリアとして使えるようになります。このようにCAは1.7GHz帯の実質的なカバレッジを拡大させる効果があります。実際にどの程度の効果があるかについては検証が必要です。

 同じようにCAにおいて、図3の1.7GHz帯カバレッジの実線と点線の間のエリアなどで、1.7GHz帯では上りのデータ送信で十分な品質が得られない場合に、700MHz帯を用いることで安定した通信が実現できる可能性もあります。特に、YouTubeのように下りのデータ量が上りよりも圧倒的に多いアプリの場合、下りは1.7GHz帯を利用し上りは700MHz帯の狭帯域キャリアを利用することにより、安定したやりとりが実現できる可能性があります。

 CAにはこのような効用もあるため、楽天モバイルが早い段階でこれを利用できるようになることが期待されます。