藤岡雅宣の「モバイル技術百景」

5Gミリ波の利用拡大に向けて…スマホでの実装から使い方まで

 日本では、28GHz帯の無線免許が5G用及びローカル5G用としてモバイル通信事業者などに付与されています。昨年末このミリ波の利用促進のため、総務省はミリ波をサポートする端末の割引上限額を引き上げる見直しを行いました。この「ミリ波割り」上限額の見直しを契機に、ミリ波の利用が広がることが期待されます。

 2023年9月の本連載記事で、日本ではiPhone15でミリ波がサポートされないことを述べましたが、iPhone16でもミリ波対応は見送られました。しかし、長期的にはトラフィック容量の面でミリ波が必要となるエリアやミリ波の利用が必然となる利用シーンが現れると考えられます。今回は、スマホでのミリ波通信機能の実装と、ミリ波普及に向けた課題と期待について整理します。

スマホでのミリ波サポート

 iPhoneではサポートされていませんが、日本でも約5%のハイエンドのスマホでミリ波がサポートされています。米国ではiPhoneをはじめとして、ミリ波をサポートする端末の割合が約60%にもなります。まず、スマホでミリ波通信機能をどのように実装しているのか見てみましょう。

 図1に、ミリ波に対応したスマホのハードウェア構成例を、無線処理部を中心に示します。図1(a)には、ミリ波対応の無線処理部とともに、3.7GHz帯や4.5GHz帯などサブ6(Sub6、6GHz以下の意味)と呼ばれる別の5G周波数対応の無線処理部も示しており比較することができます。

 無線処理部は、ベースバンドモジュールと無線(RF)モジュール及びアンテナから構成されています。ベースバンドモジュールは、映像や音声などのデジタルデータを無線伝送に適した形式に変換(変調)したり、逆に無線の変調信号をデジタルデータ信号に変換(復調)する複雑な計算処理を行います。

 図1(a)で、ベースバンドモジュールはミリ波とSub6の両方に共通です。

 RFモジュールは、ベースバンドモジュールから送られてきた変調信号を電波に乗せるためのアナログ信号にしてアンテナに送る、またアンテナが受け取ったアナログ信号から元のデジタル変調信号を取り出してベースバンドモジュールに送る役割を担います。

 また、アンテナは無線のやりとりをする相手先の基地局との間で無線信号を送ったり、受けたりする役割を持っています。

 図1(a)から分かるようにSub6(青色)ではRFモジュールと、2つのアンテナそれぞれの間が少し離れています。つまり、Sub6ではRFモジュールとアンテナが別部品となっています。

 一方で、高周波のミリ波(赤色)においてはRFモジュール(ミリ波ではRFIC: Radio Frequency Integrated Circuit)とアンテナの間が離れていると、アナログ信号の減衰(力が弱まること)が大きくなり過ぎるので、RFICとアンテナを一体化して同じ部品の中に実装する必要があります。

 ミリ波は空中でも電波の減衰が大きく広いカバレッジを確保するのは難しいですが、このように装置内で有線で送る場合にも減衰が大きく配線など注意深く設計する必要があります。

 このRFICとアンテナを一体化したのがAiM(Antenna integrated Module、アンテナ一体型モジュール)で、図1(b)の実装例に示すような構造になっています。図から分かるように、基板のおもて面にアンテナを埋め込み、うら面にRFICを埋め込んでRFICとアンテナの間は非常に短く効率の良い配線となっています。

 アンテナの形状も、Sub6とミリ波では異なります。ミリ波向けのアンテナは、パッチアンテナという数ミリ辺の四角形の金属箔を等間隔で縦一列に、あるいは縦横に複数個並べたアンテナアレーとして実装します。

 パッチアンテナ間の距離を波長の1/2(28GHz帯の波長は約10ミリのため間隔は約5ミリ)とすることにより、特定の角度に対象周波数が強い力を持つ指向性のある電波を発し、更にその方向を制御することができます。また逆に特定方法からの電波をより効率的に受信することができます。

基地局との無線接続

 スマホと無線のやりとりをする基地局側のAiMに相当するアンテナ一体型無線装置を見てみると、数百以上のアンテナ素子を持つ非常に大規模なアンテナアレーとなっています。大規模なアンテナアレーでアンテナ素子間が巧みに連携するMassive-MIMO技術により電波を鋭いビーム状にして特定方向に発出することができます。

 この基地局とスマホの間の無線接続では、基地局はサーチライトのようにビーム状の電波の送信方向を切替えていきます。スマホがそのビームが受信できたときに応答することにより、基地局がスマホの位置を認識する「ビームトラッキング」を行っています。実際のデータ通信では、基地局はビームトラッキングにより特定したスマホの方向にビームを送ります。その様子を図2(a)に示します。

 スマホから基地局側への無線信号も、指向性を持たせて基地局で強い電波が受かるようにします。基地局から発信されるほどピンポイントの鋭い電波ではないですが、例えば横一列のアンテナアレーの場合には図2(b)のようにそのアレーと直交する方向に扇状の強い力を持つ電波を送ることができます。その扇を左右に振るように調整して、基地局の方向に電波が向くようにします。

ミリ波実装の複雑さ

 AiM自体が複雑な構造となっており、また伝送損失の少ない基板材料の選定など様々な課題があります。

 例えばスマホの側面にAiMを配置する場合には、金属のスマホ筐体に溝や穴を作りそこに樹脂を埋め込むなどして、意匠性を保ちつつ電波が透過できるようにする、筐体とAiMを絶縁する、AiMが発する熱を放射する仕組みを設けるなど、小さいスペースにミリ波通信機能を実装するには様々な工夫と工数が必要です。

 図3に米国で販売されているiPhone15と日本のiPhone15の比較を示します。米国版iPhoneには日本で販売されているiPhoneには見られない追加の溝があります。この溝にミリ波のAiMが埋め込まれています。

 更にビームトラッキングの処理など、ミリ波通信機能の実装は複雑でそれに見合ったコストが掛かることもあり、ハイエンドで高価なスマホしかミリ波に対応していないというのが現状です。今般のミリ波割り上限額を15,000円(税込み16,500円)上乗せすることにより、ミリ波の利用促進を図るということにはこのような背景があります。

 実際にミリ波のサポートのためにどの程度のコストが掛かるか推定するのは難しいですが、5Gミリ波が最も利用されている米国で販売されているスマホでは、同等の機能を持つ機種でもミリ波サポートの有無で売価が50ドル程度異なるようです。

ミリ波対応スマホの利用シーン

 モバイル通信事業者4社で日本全国に既に約5万局のミリ波基地局が設置されています。基地局密度は米国に比べてもかなり高く、個々の基地局のサービスエリアは屋内であったり、屋外でもアンテナから200メートル程度と狭いですがそれでも使える場所はそれなりにあります。

 拡大したミリ波割りを利用するなどしてミリ波対応スマホを私達が手に入れたとして、どのような場面でミリ波の利点を感じることができるのでしょうか。

 ミリ波が力を発揮する例の一つが、スタジアムやイベント会場でスマホで撮影したビデオや画像をリアルタイムにSNSでシェアするような利用シーンです。もちろん、5G Sub6の電波を利用することもできます。しかし、多くの観客が同時にアップロードしようとすると、Sub6だけでは電波の容量が足りず輻輳して動画像を送れなくなる可能性があります。

 米国ではスーパーボウルのスタジアムやテイラー・スウィフトなどのコンサート会場でミリ波が多く利用されたということです。日本でも、たくさんの人が集まってスマホを使うような状況ではミリ波が有効となります。

 実際、日本のサッカースタジアムなどではハーフタイム中にSub6が混んで使えないような状況でも、ミリ波はサクサク利用できたという報告があります。

 このように、ビデオを撮影しながらアップロードするような利用形態を手始めに、ミリ波利用が広まっていく可能性があります。ビデオの撮影ではスマホを横持ちして撮影するのが一般的ですので、撮影するときに上側となる側面にミリ波アンテナ(AiM)を一つ実装しているスマホが多くなっています。

 初期のミリ波対応スマホでは人の手が電波を遮る可能性を考慮して、図1(a)のように複数のアンテナを実装して手の位置の自由度を担保していました。しかし、アンテナを一つにすれば実装がより簡単になるのと、スマホ全体の開発・製造コストを下げることができます。

ミリ波による圧倒的な体感

 スタジアムやイベント会場の利用例もそうですが、例えばビデオのダウンロード時間が飛躍的に短縮できるなど、ミリ波が使えるところでは同じアプリを使ってもミリ波を使わない場合に比べて圧倒的な体感の差を感じるということを聞きます。

 ミリ波の利用が広がるためには、そのような体感を通してミリ波の有用性を理解するユーザーの数を増やす必要があるでしょう。その意味では、ミリ波が利用できる場所を増やすと同時にどこで使えるのかを広く認知してもらうことが望まれます。

 昨年12月の本連載の中でKDDIと京セラが開発したミリ波中継器に触れましたが、ミリ波が利用できる場所を増やすという意味では、ミリ波の基地局に加えて中継器を広く展開するような取組みも期待されます。

ミリ波利用における課題

 さて、スタジアムなどで実際にはミリ波が空いているにも関わらず使えない場合があるという報告があります。その一つの原因が、5G NSA(Non-Standalone)におけるアンカーバンドの輻輳です。

 NSAでは4G(LTE)の無線接続をアンカーとして、スマホとネットワークの間の制御信号のやりとりに利用し、その無線接続に重畳してデータ転送用の5Gの無線接続を設定します。ここで、アンカーとなる4Gの無線接続が確立できないと、ミリ波の無線接続も利用できません。

 また、5G NSAでミリ波と組み合わせて利用できる4Gのバンドは5G Sub6と組み合わせることのできるバンドほど充実しているわけではなく、特定のバンドに限定されています。ミリ波と組み合わせができる4Gバンドがカバーしていない場所にスマホがいる場合は、そもそもミリ波を利用することができません。

 このような問題を解決するには、通信事業者が必要に応じてNSAのアンカーバンドの割当てを見直し、輻輳が生じにくいバンドやエリア毎に利用可能なバンドを割当てる必要があります。また、スマホでのアンカーバンドとミリ波の組合せに制約がある場合には、その設定を変更する必要があります。

 4Gバンドの利用が不要な5G SA(Standalone)に移行すれば、周波数の利用の仕方が柔軟となるのでこのような問題を回避することがより容易になると考えられます。

周波数やインフラ共同利用の可能性

 図4に示すように、5Gではモバイル通信事業者4社に各400MHzの帯域のミリ波無線免許が付与されています。また、企業のプライベートネットワークなどでの利用のためのローカル5Gにも900MHz確保され、合計2.5GHz幅が割当てられています。現状、この大きな帯域幅の無線資源が必ずしも有効利用されているとは言えない状況です。

 一方で、上記のスタジアムやイベントで多くの人達が動画像のアップロードをする状況など、各通信事業者の400MHzでも帯域幅として十分ではなくなる可能性があります。そのような場合に限定した一つの解決策として、ローカル5G帯域の共同利用が考えられます。

 ここでローカル5G帯域の共同利用というのは、各モバイル通信事業者が免許を持ったミリ波帯域が混んでユーザーに割当てることができなくなったときに、共同利用を可能としたローカル5G帯域の一部を借用して利用するということです。

 また、スタジアムなどではカバレッジを確保できる無線装置の設置場所が限定され、ある事業者が設置すると他の事業者が設置できないという問題が発生しています。このような場合、複数事業者の無線帯域に対応した無線装置を設置して共同利用することも考えられます。

 各モバイル通信事業者に割当てられた400MHzをそれぞれの事業者の加入者が個々に利用するよりも、全帯域を束ねて共同利用するほうが有効利用できるのではないかという見方もあります。本来のローカル5Gの主旨に反する周波数の共同利用も含めて、周波数の共用については制度の改変が必要となるため、国を巻き込んだ議論が必要となります。

 貴重な資源である周波数の有効利用は大きな課題であり、これらの可能性を含めた議論が進むことを期待します。

おわりに

 日本での5G利用の推進と6Gに向けた検討を進めているXGモバイル推進フォーラム(XGMF)の「ミリ波普及による5Gの高度化」白書で、5Gミリ波の現状と普及推進について詳細にまとめています。その中で、ミリ波の導入エリアと基地局整備、アプリ、端末の間で負の連鎖が生じているのではないかと述べています。

 つまり、ミリ波を使うアプリがないので利用が広がらず、従って通信事業者が基地局を積極的に設置せず、使える場所が限定的なのでスマホでのミリ波サポートも広がらないということです。ミリ波普及のためには、この負の連鎖を断ち切り図5に示すように正の連鎖を起こす取組みが必要だと考えられます。

 本文ではスタジアムやイベント会場での利用について取り上げましたが、ミリ波は都市部の混雑エリアや繁華街などトラフィックが多いエリアや屋内でも力を発揮します。また、高速性や低遅延(データの送信側から受信側への到達時間が小さい)特性を利用して、工場や建設現場など企業での利用が広がることも期待されます。

 折しも、総務省では28GHz帯に加えて26GHz帯や40GHz帯という新たなミリ波の5Gへの免許割当ての議論が始まりました。2020年に商用化が始まった5Gも成熟期に入り本格的な展開が期待される中、ミリ波についても本格的な利用が広がることを期待したいと思います。

参照:
XGモバイル推進フォーラム 「XGMF白書 ミリ波普及による5Gの高度化 4.0版」 2024.12.3
総務省|情報通信審議会|情報通信審議会 情報通信技術分科会 新世代モバイル通信システム委員会 技術検討作業班(第36回)

藤岡 雅宣

1998年エリクソン・ジャパン入社、IMT2000プロダクト・マネージメント部長や事業開発本部長として新規事業の開拓、新技術分野に関わる研究開発を総括。2005年から2023年までCTO。前職はKDD(現KDDI)で、ネットワーク技術の研究、新規サービス用システムの開発を担当。主な著書:『ワイヤレス・ブロードバンド教科書』、『5G教科書 ―LTE/IoTから5Gまで―』、『続・5G教科書 ―NSA/SAから6Gまで―』(いずれも共著、インプレス)。『いちばんやさしい5Gの教本』(インプレス)、大阪大学工学博士