レビュー

auの災害対策はどう変わったのか、東日本大震災からこれまでの進化

 東日本大震災から10年。大きな被害を被った東北地方は、現在も復興の最中にある。

 建物や港など、多種多様な設備と同様に、携帯電話ネットワークもまた大きな被害を受けた。あれから10年が経過し、携帯電話各社の対策はどう変化したのだろうか。今回はKDDI(au)に焦点を当ててご紹介したい。

2000局近い基地局が使用不能に

 あらためて、東日本大震災の規模をおさらいすると、マグニチュード 9.0、観測された最大震度は7(宮城県栗原市)。警察庁によると、2020年12月時点で死者1万5899人、行方不明者2527人。建物についても12万1992戸が全壊、28万2920戸が半壊という。

2021年の災害対策訓練の展示パネル

 そして携帯電話通信網もまた、大きな被害を被っていた。2021年2月25日に、宮城県仙台市で開催された「2021 KDDI災害対策訓練」で公開された情報によると当時、KDDIの保有する基地局は1933局が使用不能になり、広域で通信障害が発生することとなった。

 ここで、2011年当時の弊誌記事を見てみよう。3月22日時点でau基地局のうち停波していたのは、502局だった(東北・関東含む)。また、震災からほぼ1カ月後の2011年4月8日時点では、KDDIによる震災への対応方針が説明されており、それによると4月7日時点で停止している基地局は176局に減少。4月末までに96%の復旧を目指すとされており復旧まで1カ月ほどかかった。

 当時、東北にあったKDDIの基地局は、約3000局。2/3に匹敵する1933局がダウンしたということから見てもいかに深刻な状況だったのかが見て取れる。

 ところで、2021年2月13日にも福島県沖で大きな地震が発生したことは記憶に新しい。気象庁の報道発表資料によれば、マグニチュード7.3(暫定値)、観測された最大震度は6強だったという。震源の位置や深さなど、必ずしも東日本大震災と同一視することはできないが、規模の大きな地震であったことは確かだ。

 それでも、KDDIの基地局は1局もダウンせず、もちろん通信障害なども発生しなかった。これは一体どういうことだろうか。

対策装備の変遷

 その答えは、先述した2021 KDDI 災害対策訓練で明かされた。

 13日の地震発生当時、広い地域で停電が発生した。これにより基地局への電源供給も遮断されることになったが、基地局にはバッテリーが搭載されている。これにより電力会社からの電源供給が遮断されても、携帯電話ネットワークを維持できたということだ。

 バッテリーが尽きた後は、ポータブル発電機の給油を繰り返して電力を供給し続けることで基地局の機能を維持し電力網の復旧までを耐え忍んだ。

 下の写真は、東日本大震災からこの10年間、KDDIが取り組んできた災害対策関連の進化だ。

 震災当時に比べて、車載型基地局が大幅に増え、可搬型基地局が相当数整備されたことがよくわかる。可搬型基地局とあわせて187台を揃えており、特にトヨタ・エスティマハイブリッドをベースとした新型の車載型基地局は、人員も抑え、準備にかかる時間も短縮されるなど効率化を進めている。ベース車のモデル終了に伴い、今後はトヨタ・ハイエースをベースにして配備を続けていくという。

 また、スマートフォンが一般化した現在では、日常的に大容量通信が求められ、避難所でも動画再生などのニーズがあり、状況に応じたエリア構築が求められている。これにより今後、これまでの発想にとらわれない車両の開発も検討するとしている。

手前からKDDI 波多江氏、大河内氏、尾方氏

 「東日本大震災当時から、災害対策への意識は大きく変わった」と語るのは、KDDI 技術統括本部 運用本部長の大河内恭雄氏だ。震災当時は、使用できなくなった基地局を車載型基地局などでカバーするという対策がまだ十分ではなかったという。当時から車載型・可搬型の基地局が大幅に増強されたのは、震災の経験に基づく対応だ。

可搬型基地局の訓練の様子

 また、装備品を揃えるだけではなく、万が一の時を見据えて、日頃から基地局を展開する訓練を実施。2月25日に実施した訓練のような大規模なものは、今回を含めて4回目。同社 技術統括本部 運用本部 運用管理部長の波多江 孝光氏によると、このほかにも毎年2回の定例で訓練を行っているほか、自治体や自衛隊などとの連携した訓練も含めて年間での訓練総数は1万回を超すという。

 回線そのものについても、簡単に障害がおきないように多重化を進めているという。大河内氏は「ここ数年は、激甚災害が増えている。ユーザーに対してしっかり通信を届けるためのネットワークの強靭化は毎年進めている」と語る。

 万が一自社の基幹網がダメージを受けた場合、他社の回線へ迂回するという取り組みも実施されている。

 MNOのネットワークが被害を被ると、その影響はMVNOにも波及していく。格安SIMユーザーが格段に増えた現代では、MVNOユーザーへの影響も気になるところだ。大河内氏によると、KDDIのネットワークが復旧した段階で、MVNOユーザーも再び携帯電話を利用できるようになるという。ただし、コア設備を独自で用意しているMVNO事業者の場合はこの限りではない。

ヘリやドローンの活用も

 現在のKDDIでは、ドローンやヘリコプターを活用した災害復旧、それに加えて救助活動なども検討されている。

 ヘリコプターには、可搬型基地局を搭載。要救助者の携帯電話をエリア化において救出しようという試みが検討されており、実証実験を実施している。運用方法は「単独型」と「連携型」の2つに分けられる。

 単独型では、要救助者の携帯電話とヘリコプターとの通信を確保。続いて、遭難地点付近へ可搬型基地局を設置。ヘリコプターからの通信を中継して、救助隊と要救助者間のコミュニケーションを確保。これを「連携型」としている。これにより、要救助者は一般の携帯電話回線に接続できるようになる。

搭載される可搬型基地局

 特に海難捜索救助の場合、要救助者がいる可能性のある範囲は広大になる場合があり、実用化された暁には、そうした場面での活用が期待されている。

 ドローンもまた、災害復旧活動への手段として紹介された。災害の影響で道路が寸断された場合などでも、空路を使って故障した設備の確認などへの活用が想定されるという。ドローンのカメラで撮影した映像を伝送、ARで作業指示などができる「VistaFinder」と連携でき、映像を受信した対策本部は、そこから状況を確認、復旧指示などができ、災害時の状況把握に有効で、今後さまざまな災害状況での活用が期待されるという。

避難所でも支援を

 避難場所にたどり着いてからも、携帯電話は連絡手段として必須の存在だ。

 モバイルバッテリーを持っているにしても避難所生活が長期間に及ぶと考えると、個人で準備するにも限度がある。そういうケースのために被災者が携帯電話のバッテリー切れで困らないよう、避難所には充電器や無料Wi-Fiが設置される。

充電ボックス充電端子

 充電器は一般的に販売されているものとは異なり、多種多様な接続端子が設けられた星型のような特長的デザインだ。もっとも、これも最初からこうした専用機器があったわけではない。

 東日本大震災当時も、たしかに避難所において充電器のサービスが提供された。しかし、そのときは一般的な充電器を手当たり次第にかき集めて避難所で提供していたのだという。避難所用の充電器が生まれたのも東日本大震災からの教訓のひとつと言えるだろう。

 2018年の北海道胆振東部地震の際に食料の支援を求められたことがあったという。その際には、自社社員用として備蓄していた食料品を船に搭載し、被災地へ提供したそうだ。東日本大震災は、同社の体制にも少なからず影響を与えたらしい。

 KDDIの東島正幸氏が語るには、震災から10年が経過し、東北地区の勤務であっても震災を知らない社員も増えてきという。そのため東北支社では、非常食を試食してどういうものか体験するという試みや、非常食の中に可搬性に優れる携帯食を独自に追加するといった取り組みも進めているという。

 ほかにも、非常水を2Lペットボトルだったものを個人が持ち運びやすい500mlに変更するなど、震災を期に見直されたものは多岐にわたる。

バギーやバイクも……進化する災害対策

 ところで、災害対策に影響を与えるものは地震だけではない。昨今増えている台風などいわゆる激甚災害から教訓を得たものやその発生を見据えたものもある。

水陸両用車
4輪バギー
オフロードバイク

 「水陸両用車」と「4輪バギー」がその一例だ。両車両ともに悪路での走破性に優れており、水陸両用車「AURORA 850SX HUNTMASTER」はその名の通り、地上のみならず水上を走行可能な車両だ。

 地上で時速40km、水上でも時速5kmほどで走行でき、これにより水没地域を乗り越えて、基地局が故障した場所などへ急行し、復旧に必要な要員や機材を届ける。こうした他社では見かけない珍しい車両の導入が決定した経緯には、激甚化した台風などにより、水没があった地域での復旧活動が難航したという経験があったという。

 そして、4輪バギーの「OUTLANDER Hmr 1000R」は土砂崩れなどで道幅が狭くなった、一般的な自動車で進入が難しい場所へ進入できる。こちらも水害などの被災地での活躍が見込まれる。2月25日の訓練では、装輪のものに加えて無限軌道バージョンも公開されていた。

 オフロードバイク(ヤマハ・セロー)は、主に調査に用いられるという。災害時には長大な渋滞の発生が見込まれ、4輪車ではいつまでも到達できないだろう、というところで投入される。こちらは年度末にも導入予定。

 前出の大河内氏によれば、東日本大震災時には携帯電話ネットワークの復旧には40日前後を要したという。今後、また大地震などが起きたとしたらどうなるのだろうか。

 同氏は、災害の規模にもよるとは前置きしつつも「(東日本大震災と)同じ規模であれば、1週間程度を目標としている。ただ、できるだけ早く復旧して被災者の皆さまが通信できるようにしていきたい」と語った。